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転職転生、社畜辞めて旅に出る。  作者: 巫星乃
第一章【旅に出る。】
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03話「逃げろ」

 気づいたら走り出していた。

 後ろからミアさんの慌てる声と、いくつかの慌ただしい足音。


 今朝、といっても小一時間前に通った木製の大きなドアを抜け、俺はそのブラックギルド……じゃなくてルートギルドから正真正銘、逃げ出せたと思った。


 少し気をゆるめ、振り返ると自分の後ろには何人かの職員が顔を青ざめ、息を切らしながら俺を追いかけていたのが目に入った。


「待て! 」


 待てと言われて、はいそうですか。と待つ素直な人間がどこの世界にいるのだろうと、俺はそのまま全力で走った。

 ふと、窓枠のそばにミアさんの姿があったような気がした。とても悲しそうな目をして、俺を見ていた……そんな気がした。


「さらばだ! 」


 ***

 あれからしばらくの間、ルートギルドの職員たちとの鬼ごっこは続いた。

 街を抜け、平原を抜け、この森に入りようやく諦めたのか、追っ手の姿は見えなくなった。

 少し湿った地面に木漏れ日が差し込み、どこかで鳥も鳴いている。不気味と言えば少し不気味な森だ。


「はぁ、はぁ……」


 荒れる息を整えながら、俺は道端の倒木に腰を下ろした。湿っていたのか少し冷たさが伝わってきた。

 勢いで逃げ出して来てしまった。辞表とか出してないけど、異世界にそんなもの無いだろう。うん、きっとそうだ多分。

 今のところ後悔はしてないが、これからどうしたものか。

 逃げきれた安堵とこの先の不安とに同時に襲われた。


「えっと、所持金はと……」


 無造作にポケットに手をねじ込み、少しの金属の感触を確かめた。この世界での通貨価値が全く分からないが、数えると銀色の貨幣が12枚と銅製ノ貨幣が8枚ポケットに入っていた。多分端金だ。

 

 何はともあれ、俺はついに自由なんだ!

 明日から、朝早くに起きなくていいし、上司に説教されることもない。誰に縛られることなく、この異世界で悠々自適に生きていける。

 そう考えただけでワクワクが止まらなかった。


「俺は今日から無一文で行くあてもない旅人だ。良いじゃないか……異世界なら冒険者とかもありだけどな」


 そうと決まれば……この森を軽く探索してみるか。

 体が若いからか、あれだけ走ったのにあまり疲れはないし、足もまだ軽い。これは明日以降、筋肉痛に悩まされる心配もいらなそうだ。


 本当に、この体の持ち主は誰なんだろう。俺が入ってしまったことで、その人はどうなったんだ――



 ふと気がつくと、俺は森の中の方まで入り込んでしまっていた。考え事をしていたからか、自分がどう歩いて来たのか分からなくなってしまった。


「ちょっとまずいか……」


 辺りを見回すと、獣道のような草むらの中にできた細い道を見つけた。

 良かった、とりあえず道はあった。


 その道を歩いていると少し開けた場所に出た。その先には、また道が続いていた。

 なんだか不気味な場所だ。上手く表現出来ないが、この場所を包む空気感がどこか異質な感じがする。

 とにかく普通じゃない。先を急ごう。


 ***

「――! 」


 気がつくと、薄暗い参道のような道を歩いていた。両端には狐のような大きな石像が等間隔に並べられている。その台座には小さな蝋燭が置かれていて、その辺だけぼんやり明るい。

 再び歩き出すと、全ての石像に見られているような、そんな気がした。

 

 これが異世界というやつなのか……? 早く抜けないとこんな所。


 そのまましばらく進むと、また開けた場所に出た。先程よりも広い。

 そして、その中央には古い遺跡のようなものがあった。静かすぎる空間に鳥の鳴き声が不気味に響いた。


 恐る恐る近づいてみると、その遺跡は祭壇のようだった。正面に上に続く階段があり、その上に広間が見えた。正面の階段脇には先程と同じような狐の石像が2体、門番のようにひっそりとそこにいた。


「よし、行くか……」


 何を思ったのか俺はその階段を1段ずつゆっくりとのぼり始めた。壁にはよく分からない文字が刻まれていた。先程の書類の文字とはまた違ったものだ。もちろん読めない。


「これは、棺桶……? 」


 その最上部には、真ん中に棺桶のような長方形の石の塊が置いてあった。上の方に切れ込みがあるところを見ると、やはり棺桶なのかもしれない。

 周りの壁には相変わらず謎の文字が並んでいて、正面の壁には月と星、それから石像の狐と……


「あれはなんだ……? まるで魔王のような……」


 明らかに人間では無い、その壁画は無意識に魔王を連想させた。ロウソクのような光でぼんやりと照らされたその壁画を、俺はしばらくぼんやり眺めていた。

 そして、無意識にその棺桶のようなものに手をかけた。手をかけてしまった。

 

 その瞬間、俺の意識は飛んだ。文字通り、どこかとても遠くに強い力で飛ばされたような感覚だった。

 目の前が真っ暗になり、倒れた時の衝撃が体の内部に響く感覚だけ最後に残った。

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