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転職転生、社畜辞めて旅に出る。  作者: 巫星乃
第一章【旅に出る。】
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02話「始業」

 ――木製の大きな扉がゆっくりと開いた。


 静かで少し肌寒い朝の空気がルートギルドの正面玄関を包んでいた。


「おはようございます。昨日は無断欠勤ですか」


 足を1歩踏み入れると、受付のカウンターに座っていた女性が、ゆっくりと顔を上げながらそう言った。周りを見ても誰もいないところを見ると、どうやら俺に向けて言ったらしい。

 肩の少し上くらいで綺麗に切りそろえられた美しい亜麻色の髪に、翡翠色の澄んだ瞳を持つ……長く尖った耳をした、とても綺麗な人だ。


「やっぱり、ここは……」

「何か言いましたか」


 その女性の特徴、やはり世にいう()()()と呼ばれるやつだろう。となると、ここはやはり異世界……とせざるを得ない。先程の化け物、そして俺を助けた少女。ここまで状況証拠が揃えば、もう疑えない。


「あの、聞いているんですか? 」


 彼女の訝しげな目線が刺さるが、それどころでは無い。

 そうすると、やはり俺は俺じゃないのかもしれない。確かに違和感を感じていた。体は軽いし、なんだか目線も低くなった気がする。


「はぁ……もういいです。早く仕事に戻ってください。昨日の件は、こちらで処理しておきます」


 俺が一生懸命に思考を巡らしている間に、その女性は何か勘違いをしているのか、そう言いながら呆れたと言わんばかりに大きなため息をついた。


「いや、あの……俺は――」

「言い訳はいいですから! 早く! 」


 俺の言葉を遮って、その女性は奥の扉を指刺した。これ以上の会話は無理そうだ。一旦、従っておこう。


「お、お疲れ様です! 本部長……」


 そう思い、その女性の横を通り過ぎようかとした時、ついさっき聞いた扉が開く音と、ガタッと慌てたように椅子から立ち上がる音がした。

 振り返ると、少し小太りの中年くらいのおっさんが扉のところに立っていた。少し不機嫌そうだ。


「ほら、あなたも! 」


 その男の風貌に目を取られていると、俺の頭はその女性に掴まれ、半強制的にその男に向かい下げられた。


「朝早くからご苦労。今日の昼頃、協会から抜き打ちの監査が入るという情報が入った。支部長は? 」


 その本部長と呼ばれた男は、こちらに歩きながらそう事務的に淡々と言った。


「支部長は支部長室に……私がお伝えしましょうか」

「いや、良い。私が行く」


 そんな会話をしながら、本部長は俺の横を通り過ぎ、そのまま姿を消した。


「ふぅ……こんな朝早くから本部長がお見えになるなんて……」


 緊張の糸が切れたように、その女性は力なく椅子に座り込んだ。

 何がなんやら。事態は全く飲み込めてないがとりあえず、行くか。


 記憶が曖昧だが、俺は地下鉄のホームで転職サイトのURLをクリックしたような気がする。もしかすると、ここが転職先……なのかもしれない。

 面接どころか履歴書も出してないし、というか別人の体出し、にわかには信じられないが……夢じゃないのは確かなようだ。これは現実だ。


 ……待てよ? 俺のデスクというか部屋が分からん。


「あの、俺のデスクってどこでしたっけ? 」

 

 ***

 通りすがりの人が俺のらしいデスクを教えてくれて助かった。トイレの鏡で確かめたが、確かにこの体は俺じゃない。こんなセンター分けしたことないし、そもそもこんなにイケメンじゃない……うん、なんか虚しいな。この体は大体15歳くらいだろうか。体内に何の毒気も無い気がする。やけにスッキリしている。

 

 文字こそ読めないが、それにしてもこの山積みになった書類はすごいな。言葉は通じるのに文字は全く読めないって普通になんでだよ。

 その山の中から書類を1枚手に取ると、一面にびっしりと見たことの無い文字が刻まれ、そのインクも黒というより赤――いや、赤茶色っぽい。まるで血のような……趣味が悪い。

 転生前と変わらないぞこれ……はぁ、嫌だな。


「この冒険者の担当誰だ! 早く切れこんなやつ! 」

「おいてめぇ! 今季もノルマ未達だと? やる気あんのか! 死んでも魔獣狩らせろ! 」


 オフィスと言っていいのか、室内はやけに怒声が飛び交っている。その節々から、ここは冒険者とやらのサポートをしている部署のようだ。魔獣? の討伐数にノルマがあって担当冒険者が規定の数を討伐してないと怒られるらしい。

 元の世界で言うと月末頃なのか、周りの職員は皆フラフラで目の下にはしっかりクマが刻み込まれている。ノルマに追われるって辛いよな……身に染みて分かるよ……

 転職と言っていいのかわからんが、絶対にミスった。絶対ブラック企業……いや、ブラックギルドだ。

 とっても既視感を覚える。同じだ、あのブラック企業と。俺と同じだ。ここの職員たちは。

 異世界も現実世界となんら変わらない。社会の歯車はいつだって……


「はい、これ。昨日の分と、昨日バックれた罰ね。あと、昨日逃げた人の分も……死者の担当分は、業務規定で後任に全て回す事になってるますからね」


 頭を抱えていると、聞き覚えのある声と書類の山が1つ増えた。


「あの、ちょっと勘弁して欲しくて……てか死者? まぁこの際いいや、あなたもちょっとこれ手伝ってくれないですかね……? 」

「さっきから変な人ですね。頭でも打ったんですか? それにあなたってやめてくれます? 私にはミア・アルテナという名があるのです、同僚の名前も忘れ――」


 だめだ。この人、ミア・アルテナと名乗る女性は一見とてもクールに見えるけど、口を開くと止まらないな。


「わ、分かりました……」


 このままにしておくと永遠に小言を言われそうだ。というか、文字は読めないのに言葉は通じるのは、ほんとに何でなんだ? 不幸中の幸いってやつか? いや、この場合だと言葉も分からなかった方が良かったかもな……


 うーん……嫌だな。そういえば、ここは異世界だよな。うーん、1回も2回も変わらないか……?


「ミアさん……俺、辞めますね! 」

「は? 」

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