彼女と奴。
芦田達也はお気に入りの望遠レンズを磨き終えると朝食についた。
アメリカンスタイルでスクランブルエッグとベーコン、そしてトーストだ。
コーヒーを片手に朝食を取っていると、空から爆音が聞こえてくる。
急いでカメラに望遠レンズを付け、窓から爆音の正体をレンズに収める。
「彼女」が悠々と地面に降り立つと、芦田はまた朝食の続きを食べる。
ただ今日はのんびりしていられない。10時には国際通りにいかねばならないからだ。
知り合いからもらった銀色の腕時計が9時15分を指している。
国際通りには車で30分以上はかかるからそろそろ出ないといけないが、また「彼女」だ。
今回は二人ほど連れた小さな「彼女」たちが着陸するのを無心でレンズに収めていく。
そんなことをしていると9時25分になってしまった。
奴は少しでも送れると文句を延々と言うタイプの面倒な人間だ。あの文句につきあうほどこっちも暇ではないので、急いで身支度をして出るしかない。
巷では見なくなったJeepにのり、国道330号線をかけてゆく。
ラジオは今日も異常な暑さであることを告げているが、そんなことを言って何になるんだ。
いつも通り渋滞に巻き込まれていると、腕時計は9時50分を指している。
このままでは間に合いそうにもないが致し方ない。
待ち合わせ近くの駐車場にJeepを止めて、いつもの沖縄国際ビルディングの3階に上がる。
304号室の「那覇国際センター会長室」に入ると奴が貧乏ゆすりをして待っていた。
「遅いぞ芦田~。5分遅れだ。5分前行動するよういつも・・・」
「あ~わかった。すまん、車の調子が悪くてね」
「そんなオンボロ車に乗るのが悪いんだろ。車くらいは手配してやると言っているじゃないか」
「君らに手配された車じゃ目立ってしょうがない。これくらいがいいんだよ」
「ふん、相変わらずだな。で、本題だ」
「ああ、いつも通りこれでいいか」
「さすがプロのフォトグラファーは違うな」
「元プロのフォトグラファーだ。今はしがないアマチュアさ。」
「いやいや、こうして報酬を渡してるんだかられっきとしたプロだよ、芦田君は。」
「ありがとうございます。もう写真を撮るつもりはなかったんですけどね。ところで次回は?」
「ああ、次回もいつも通り進めてくれ。場所は手配済みだ、その封筒の中に詳細がある」
芦田はテーブルに上に置いた写真と共に「彼女」の様子を説明しながら封筒の中身を確認する。
「場所は確認した。ところで報酬が減ってないか?」
「すまない、場所代を少し差し引いている。こっちも予算不足でね。」
「那覇国際センターなんだから県とか政府からお金もらえないのかよ」
「うちは民間だからね、そうもいかないんだよ。とりあえず今回もありがとう。引き続き頼むよ」
「わかりました、次回のご連絡お待ちしてます」
芦田は手を挙げて部屋を後にする。
奴は相変わらず、最後はありがとうって言ってくるから憎めない。
Jeepに戻り封筒をあけ、金額を確認する。
いつも通り奴の名刺がご丁寧に入っている。
「日本国際センター会長 椎名武志」
しかし、Jeepのキーが硬くて中々エンジンがかからない。
奴の言う通りこいつもそろそろ寿命なのか
・・・
「救急車!救急車よべ!」
「911!911!」
「違う、119だよ!くそっ、これだから奴らは」
・・・
「被害者の名前は芦田達也さん。性別は男性、年齢は42歳、職業はカメラマンです。元は有名なフォトグラファーとして活躍していましたが、最近はSNS等の更新も途絶えていました。鑑識によると、駐車場に止めていた愛車のJeepに乗り込み、エンジンをかけたところ車が爆発し死亡しました。検視の結果、即死だったとのことです。」
渡辺薫は久々の合同捜査本部に緊張しながらも報告を終えた。
「聞いたかみんな、報告の通りだが被害者は自車のエンジンをかけたところ車が爆発し死亡している。事件事故両面から捜査に当たれ」
「はい!!!」
捜査員が返事をすると同時に席から立ち、部屋を後にしようとする
「渡辺さん~お疲れ様です!」
「おお、阿部じゃないか!こっちにいるのか」
「はい!先日、沖縄署の捜査課に異動になって」
「すごいじゃないか、おめでとう」
「いやいや、渡辺さんに比べればまだまだですよ」
「こっちは明日も知れぬ身だ、若いうちに頑張れよ」
「そうだ、言うの忘れてました。今日バディの相手が欠勤してて渡辺さん代わりに一緒に捜査付き合ってくれませんか?」
「あ、別に構わんが上の許可は」
「取ってます!勢いでしたけど」
「そうか、なら被害者自宅に行くつもりだから一緒に行くか」
「お願いします」
阿部美鈴は5つ下の後輩だ。阿部の最初の赴任先の警察署で指導係をした縁だ。
明るい性格かつ度胸ある精神はきっと阿部の出世を助けるだろう。
そんなことを思いながら阿部と共に被害者宅へ向かう。
被害者宅は現場のすぐ近くで、20階建てマンションの18階にある「1801」号室だ。
「さすが芦田さん、往年の印税があるとこんな立派なマンションに住めるんですね」
「阿部は被害者の昔の作品、見たことあるのか?」
「私こう見ても写真とか結構好きで見てたんですよ。人物写真が有名で、有名モデルの写真集とかも撮ってたんですよ」
「そうなのか、おれも一度は芦田さんの写真見たことあるのかもしれないな」
「ええ、おそらくネットなりテレビなり見る人なら一度は。ただ、芦田さんが五年ほどまえに表舞台からいなくなる直前は人物写真やらなくなるんですよ」
「そうなのか、逆に何を撮ってたんだ」
「鳥です。」
「鳥?」
「ええ、あまりに違う方向性過ぎてびっくりしちゃって。それでファンが離れて表舞台から消えたんじゃないか、とか噂は色々ありましたね」
「なるほど。しかし、この部屋には鳥関連のものは見当たらないし、なんならカメラ関連のものもなくないか?」
「こことは別に作業部屋借りてるとかじゃないですか?」
「だが、被害者が契約してる部屋はここだけだぞ。」
部屋があまりにきれいで生活感がないくらいだ。渡辺が見てきた被害者宅の中でも一二を争うレベルの清潔感だ。
そんなことを思っていると資料を持っていない阿部が質問してきた。
「芦田さんってご家族はいるんでしたっけ」
「資料によると東京に妹がいるだけど、両親は既に亡くなっているし独身のようだな」
「あ、でも芦田さん昔はモデルと付き合ってたみたいな話はありましね」
「写真家ならなくはないか。誰だそのモデルって」
阿部が慣れた手つきでスマホを触って検索している。
「あ、ありました。綾乃風香です。当時21歳の人気モデルで、10個年の離れた芦田との熱愛は話題になってましたね。」
「なるほど、確かロシア人とのハーフだったか」
「あ、そうですそうです。よくご存じですね!」
「一度何かで観たことがあって、とにかく美人だったのを思い出したよ」
「そりゃ、一度観たら忘れないですよね、あの美貌は。最近全然観ないですよね~」
「きっとモデルの世界も大変なんだろ。すまん、話がそれたな、もう少し部屋の捜索をして署に戻ろう。阿部ちゃん、リビングの捜索を頼む。俺は書斎を見てくる。」
「わかりました!」
書斎といっても本当に何もない。あるのは綾乃風香との写真や写真集ばかりだ。
やはり付き合っていたのは本当だろう。あまりゴシップに興味がない分、気まずいだけだ。
リビングはどうだろうか。
「阿部~、どうだリビングの方は」
「べっp」
「どうした?別府がどうかしたか。被害者の温泉旅行の写真でもあったのか?」
「へ!?あ、いや被害者って温泉好きなんですか!?」
「さあどうだろうな、別府って阿部ちゃんが言うからてっきり温泉かなんかの資料があったのかと思ったけど、違うのか」
「いえいえ、何でもないです。ほら!ちらっと別府の資料があったのできっとそうですね!!!」
「別府か~、被害者は山口出身だし、あながち別府は遠くないのか」
「ですね!!ただ被害者は山口出身なのにどうして沖縄に住んでるんでしょうか」
「確かに、綾乃風香の出身地とかだったらみんな面白がるかもな」
「綾乃風香の?」
「ああ、さっき見てきたが書斎には綾乃風香の写真ばかり置いてあった」
「え!綾乃風香の写真あったんですか?」
「ああ、書斎に飾ってあったよ、見てくるか?」
「あ、いえ。大丈夫です!」
「そうか、ただこれ以上何か手がかりもなさそうだし一旦撤収するか。」
「わかりました。」
渡辺は玄関に戻ろうと後ろを向くとシャッター音がした。
「阿部ちゃん、なんか写真撮った?」
「え、撮ってないですよ。あ、スマホが勝手にスクリーンショット撮ってました、すいません」
「そうか、大丈夫か顔色悪そうだけど?」
「そうですか?全然元気ですよ!! 署に戻る前にゴーヤチャンプルーでも食べて帰りましょ!」
「そうだな、そろそろお昼時だしそうするか」
「じゃあ、渡辺さんのおごりで!」
「給料日前だから困るんだけどな、、というか事件事故どちらなのか全くわからないし、事件だったとしても容疑者像が浮かばないな」
「ええ、被害者が爆発に合った現場周辺は防犯カメラが無く調査に手間取っているようです。」
「そもそも芦田さんはどこに行くつもりで、あそこに車を停めてたんだ?」
「あとで、現場周辺で聞き込みしてみますか?」
「そうだな」
しかし、彼らは知らなかった。
この事件が単なる殺人事件ではないことを。
超初心者です。
連載ものです。
よろしくお願いします。