パイネとヨシノ② 〜墓参りとティータイム〜
まだ昼過ぎだというのに、辺りは林に囲まれていて薄暗かった。その空間には、直方体に切り取られた薄い灰色の石が整列していた。表面には文字が彫られている。
それは全て墓だった。その墓石の1つの前にパイネは立ち、手を合わせていた。
左後ろから、声をかけられた。
「オマエ、パイネか?」
気づいて顔を向けると、白いシャツに深緑のチョッキを着た太った男が立っていた。知らない男だったが、何か引っ掛かる。
おそらくパイネと年は近い。その男の丸い輪郭を頭の中で削ると、記憶の中にある面影と照合された。
「もしかして、フィルか?」
「あぁ。フィルトリーだ!嬉しいよ、覚えててくれて。オマエは相変わらずの短髪と悪い目つきですぐわかったよ。でもシワは増えて、えらくおっさんになったなぁ!」
「オマエの腹もな。」
「ハハハ、子供ができてからは何年もまともに運動していないからな。それにしても久しぶりだよなぁ。たぶん会うのはダイトウの葬式以来だよな?もう何年前だろうな?」
「19年ぶりだ。」
「そっか、アイツが死んでからそんなにたつか。もしかしてオマエ、毎年墓参り来てんのか?」
「あぁ。オレの人生で、唯一のダチだからな。」
「オマエら仲良かったよな!ダイトウがむちゃくちゃなこと思いついて、毎回それに付き合わされてたもんな。」
「そうだったな。」
「その道具持ってるってことは、今も庭師やってんのか?」
「あぁ。」
「パイネはすげえな。オレなんか親方から独立して、2 年でやめちまったよ。」
「そうか。今は何してるんだ?」
「行商人をやってるんだ。オレは黙って何か作業するより、いろんな人と話す方が向いてたみたいだ。」
「オレはいまだに口ベタだから、うらやましいよ。」
「オレは、若い頃に憧れた人と同じ仕事を続けてるオマエの方がかっこいいと思うけどな。」
「他にできることがないだけだ。この街に住んでたのか?」
「いや、いろんな国を渡り歩いてるんだ。今日は久々に帰省も兼ねてこの街に戻ってきててさ。そしたらダイトウのことを思い出したんだ。ちょうど命日だからたまには弔ってやろうと思ってさ。」
「そうか、寂しがり屋のアイツのことだから喜んでるよ。」
「そうだろうな!他の幽霊にオレたちの事、嬉しそうにしゃべってるだろうな!」
「あぁ、違いない。」
「でもアイツもやりきれなかっただろうな。こんな遠い土地で急に死んじまって。故郷には、かわいい奥さんとちっちゃい娘が生まれたばかりだったのにな。」
「ほんとにな。」
その後は、昔一緒に過ごした修行時代の話になった。
フィルトリーはこの街が地元で、18才になっても仕事をしていなかった。見かねた親が、知り合いだった庭師の親方に頼み込んでムリヤリ修行させられていた。一方パイネは、親と勘当同然になって家を出て、ちょうど親方が剪定中だった庭に見惚れたまま昼寝していた所を発見されて、そのまま弟子入りしていた。
2人が修行して数年経った頃、遠い東の国から来たダイトウという男も加わり、3人は一時期一緒に修行をしていた。ダイトウはもともと地元でも庭師をしていたが、外国から来た親方が関わった庭園を見て感動した。ウワサを頼りに親方の元に辿り着き、奥さんと子供を残したまま1年だけ修行に来ていたのだ。事故で亡くなったのは、修行が終わる予定のわずか1週間前のことだった。
「じゃあな、パイネ。久々に昔話できて楽しかったぜ。」
「オレもだ。」
「オマエももうおっさんなんだから、健康だけは気をつけろよ?」
「オマエもな。」
アパートの自分の部屋で寝そべり、色々思い出に浸っていると、ドアをノックする音がした。
ドアを開けるとヨシノだった。
「ハロー、今週のデザートの時間です!」
あれから、時々お菓子を持って部屋を訪ねてくるので、玄関先で立ち話をしながら食べるのが定番になっていた。今日はラップに包まれた大きなお皿を両手で抱えている。
中身はホールのショートケーキだった。たくさんのイチゴの隙間を埋めるように、それ以上の数のロウソクが乗っている。
「お誕生日おめでとうございます!」
「あぁ、ありがとう。」
そういえば、この前の立ち話で自分の誕生日を話したことを思い出した。普段誰かに祝ってもらうこともないので、自分でもすっかり忘れていた。同じ日付である親友の命日だけはずっと覚えていたのに。
「これ、お祝いです。さすがにケーキは立って食べれないですよね?家にあげてもらえませんか?」
たしかにケーキを立って食べるのは少し行儀が悪いと思った。かといって、もう何回もお菓子をご馳走してもらっているのに、おそらくいつもより手が込んでいるだろうケーキだけを断るのも忍びなかった。どうせ周りに誤解されてウワサされても困るほど、元から近所付き合いもしていない。まぁいいかと思い、部屋に通すことにした。
リビングのテーブルまで移動し、2人は向かい合って座る。自信作を食べてもらうのが嬉しいのか、ウキウキしているヨシノ。
「ふふふ、この日のために試行錯誤を繰り返したケーキをとくと味わってくださいね!」
ケーキを食べようとラップを外した時に何かに気づいて、彼女ははっとした顔をした。
「あのー、お誕生日の主役に頼むの申し訳ないんですけど、マッチを貸してもらえませんか?」
「ロウソクの火だろ?子供じゃないんだからいらないよ。」
「それはダメです!誕生日ケーキは、ロウソクの火をつけて始めて完成するんですから!」
こういう時に妙にガンコになるのは、短い付き合いだが散々経験してきた。諦めて奥の部屋からマッチを取ってくる。
戻ってきてマッチを渡そうと手を伸ばすと、彼女はテーブルの前で立っていた。腕を前でモジモジさせながら、何か言いたげな顔をしている。
「あのぉ、もう一つお願いがあるんですが、紅茶を用意したいのでお湯とお茶っ葉をもらえますか?」
「オレが淹れてくるから座ってなよ、パティシエさん。」
紅茶をテーブルに置くと、こちらが静止する間もなく、彼女は恥ずかしさを誤魔化すようにすぐに口をつけた。淹れたてで熱い紅茶で口内を軽く焼き、ツラそうな顔をしている。今度はコップに水を入れてきて渡した。
「気をつけろよ。」
「ありがとうございます。そういえば、タンスを運んでもらった時もお茶飲ませてもらいましたね。昔から友達にもよく言われるんです。せっかちだねって。」
「両親にも落ち着けってよく言われてたんじゃないか?」
「私、小さい頃からお父さんいないんです。」
「そっか、悪かった。」
「いえ、謝らないでください。お母さんは優しかったから別に寂しくなかったんですよ。ただ、結構なせっかちでおっちょこちょいなんですけどね。」
「遺伝は恐ろしいな。」
「でも、おっちょこちょいはお母さんのほうがひどいんですよ?昔、私が誕生日の当日に、何が食べたいか聞いてきたんですけど、ショートケーキ食べたいって言ったらすぐに作りはじめちゃって。ケーキが焼き上がった時に、じつは家にイチゴがないことに気づいたんですよ。もう夜も遅かったし、結局ただのクリームとスポンジケーキを食べさせられるハメになったんです!当然、ロウソクも用意してなかったですし!ありえなくないですか?」
「さすが、2回も隣人にお茶を要求する娘の母だな。」
「もう!今はお母さんの話をしているんですから、私の失敗のほうをほじくらないでください!」




