本日のスープ 〜芳醇な森の香り〜
目の前の大きなキャンバスは、上半分が空色一色で塗られている。よく見ると光とわずかな陰影のおかげで、微妙なグラデーションが見られる。対照的に、キャンバスの下半分は鮮やかな模様が繊細なタッチで描かれており、そのスキマは緑の縦線で埋められている。
私の部屋には、大きな窓がある。そこから見えるのは、今日も雲1つない青空だった。最近はずっと快晴が続いている。
庭一面に植えられた個性の違う花々が、自分たちの成長の証を競うようにそれぞれ思い思いの色で咲き誇っている。庭の奥には、小さな川が流れている。川は植物だけに接しているように見えるが、目を凝らすと周りの有機物より少し薄い緑色の橋が見える。
私は画家だ。子供の頃からずっと絵を描いてきたが、なかなか目が出なかった。だが、自分のスタイルを見つけてから、この2、3年で急に売れ出した。気づけば、こんなに立派な庭がある屋敷に住むことができるようになっていた。
「あなたー、ご飯よ!」
妻に呼ばれてリビングに向かう。
ドアを開けるとすぐ、トリュフのいい香りが漂ってきて今日のメニューに気づく。
1番手前の、いつもの決まったテーブルに座る。
目の前では既に妻がスープをすする音が聞こえていた。
うちの妻は少々変わっている。
家の中で食事をするだけだと言うのに、よく白いひらひらのドレスを着ている。まぁ、光が反射してキレイだし、私もその姿は気に入ってはいるのだが。
それよりも不満なのが、会話のネタに厳しいことだ。
私が庭で苦労したスイレンを咲かせたことを話すと、もうその話は何回も聞いたと冷たく返される
「ミサンはどうした?」
「もう寝たわよ。」
「なんだ、3歳にもなるのにこんな早く寝るのか。」
「あなたは絵を描いてるだけなんだから、子育てに口出ししないで。」
「そうか、悪い。」
私が絵ばかり夢中になっているのが悪いのだが、最近あまり息子のミサンダスタンと話せていない。
画家に定休日などないが、もう生活の心配はしなくていいので週に2日ほど休む日を決めている。今日はその休日だ。リビングでくつろいでいると、ミサンの声が聞こえた。
「おー、よく来たな、ミサン!」
まだ自分の名前を認識していないのか、返事を返さない。
「こら、はしゃぐんじゃない!」
ミサンダスタンの後から、知らない男の声がした。
「おい、うちの息子を勝手に叱るんじゃない!お前は誰だ?」
「あ、すいません。私は近所のものでして、息子さんとは時々遊ばせてもらっているんです。」
「そうか。それは私の代わりにありがとう。いきなり怒鳴ってすまなかった。そうだ、そろそろ昼飯ができる頃だからゆっくりしていってくれ。」
「ありがとうございます」
「言っときますけど、その昼飯作っているのはアタシですからね。」
妻がブツブツ言いながら大鍋を持ってくると、4人での食事が始まった。
この知らない男は、やたらと親しそうに妻と話す。すぐ不機嫌になる妻には言わないが、正直なところ私は少し浮気を疑っている。
妻とはたまに揉めたりはするが、今は家族で食事ができて、好きな絵も自由に描けて悪くは無い生活だ。
いつの間にか眠っていたようだ。意識は少し戻ってきたものの、眠気には勝てずそのまま目をつぶっている。背中や足の感覚から察するに、どうやら私はベッドではなく椅子で眠りこけていたらしい。
まだ朝日はのぼっていないかと思っていたが、瞼の裏からでも感じるほど左側から強い光が注いでいる。
あぁ、私はこの『光』に魅力されて画家を目指したのだ。意識はあるのだが瞼は重いし、午前中ぐらいはのんびりしていよう。
そう自分に言い訳して、眠気に身を任せて二度寝することにした。