紺碧を紡ぐ⑥ 〜円環の舞〜
太陽の底辺が地平線に差しかかった頃の砂浜は、静かな熱気が満ちていた。
島の多くの人が詰めかけて、ドーナツのように中心だけが空けて砂浜を埋め尽くしている。視線の先には、海草や貝殻で周りを取り囲み、大きく作られた輪がある。その無人の輪の内側を、踊り子のような衣装に身を包んだ女性が歩いていく。
カラベルナは全身を真紅に染めたドレスを纏っていた。
夕日に照らされて、彼女が全身にまとう金細工たちが発光源となって煌めきだす。リボンから解かれた髪は波風にあおられて舞い、元々栗色だった髪の毛先は透けて黄金に色づいていた。
右腕には、何本もの細い黄金の腕輪をつけている。それぞれの腕輪には、海草が複雑に絡み合ったような模様が施されている。
左腕には太い腕輪が二の腕に巻かれている。こちらは、何層にも分けられて美しい色彩が並ぶ。肘に近い層は紺碧をしており、何重もの波模様が並ぶ。2番目の層は、縦に区切られた薄紅色や翡翠色の正方形が並ぶ。ちょうど互い違いに並んだ次の層は、真紅と深緑が交互に並ぶ。一番肩に近い層は、白い菱形の結晶が散りばめられていた。
カラベルナが輪の中央に立つと、静寂が訪れた。波の音だけが支配する砂浜は、島全体の呼吸が止まったかのようにひっそりとした。真紅のドレスが夕日と溶け合い、彼女の姿が砂浜の景色に溶け込みながらも、同時に際立って見える。その場に集まった人々は、誰もが目を奪われていた。
腕をそっと広げ、まずは軽やかにステップを刻む。足元の砂が舞い、空気に溶け込むたびに、カラベルナの動きが周囲の空間を染め上げていくようだった。腕輪の装飾が振動で小さく揺れ、黄金色の光が波のように観客の瞳へと反射していた。
次第に踊りは激しさを増していく。腕の動きが一つひとつ広がるたび、彼女の存在そのものが海草と波の化身であることを思い起こさせる。右腕の腕輪に刻まれた海草模様が、波間にゆらめく実体を得たかのように見えた。左腕の装飾は、塩田で培われた一族の歴史そのものを象徴し、振り上げるたびに観客の心を揺さぶる。
その瞬間、異変が起こった。
夕日が完全に沈み、黄金色の光が赤紫に変わると、周囲の輪に飾られた海草が微かに輝き始めた。カラベルナの動きに呼応するかのように、光が波のように広がり、海草たちが生命を宿したかのように振動している。それは、まるで大地と海の記憶が目覚めたような、荘厳な光景だった。
観客の中から、思わず歓声が上がる。
しかし、カラベルナの表情は一切揺るがない。深い集中の中で踊り続ける彼女は、まるで全世界と繋がりながら舞っているようだった。
――舞の終わりが近づいていた。
砂浜全体が静かに高揚し、輪の中でカラベルナは最後の一歩を踏み出す。ドレスの裾が翻り、夕闇の中で一筋の光が砂浜に流れ込む。その瞬間、輪の中の全ての海草が強く輝き、波の音が不思議なリズムを刻んだ。
やがて、動きが静止した。カラベルナは優雅に一礼をし、右腕を前に伸ばして手を差し出す。その指先に絡みつくのは、ほんの少しだけ輝きを残した海草だった。
舞は終わった。
会場全体が静寂に包まれ、やがて拍手が嵐のように広がっていく。子どもたちが歓声を上げ、年配者たちが神妙な面持ちで頭を垂れる中、カラベルナはひとときの静けさの中に立ち尽くしていた。
その後、儀式の片付けが始まると、シィードが観客席の外側からゆっくりと前に進んできた。特別な許可を得て彼女に近づく立場を得たシィードは、周囲の目を気にしつつも、嬉しそうにカラベルナを見つめる。
「カラベルナ。」
彼女が振り返り、視線が交わった。柔らかい微笑みが彼女の唇に浮かぶと、シィードはその場で少し息を止めた。
周囲の視線を避けるように、カラベルナはほんの一瞬だけ小さくうなずき、静かにその場を去った。その背中を見送りながら、シィードは改めて彼女との再会がいかに特別なものであるかを胸に刻むのだった。
「よくやったわね。」
儀式を終え、舞の稽古場で一息ついていたカラベルナに声がかかる。
「感謝申し上げます、先代巫女。」
「もう、誰もいないんだから、そんな畏まらなくていいわよ。」
「わかりました……シオンダさん。」
「はい、これ。」
シオンダが手渡してきた包みを、カラベルナは受け取る。
「なんですか、これ?」
「開けてみればわかるわよ。」
包みを開いた瞬間、カラベルナの目が大きく見開かれた。中には、薄桃色のおにぎりが深緑の海苔に包まれて並んでいる。ほかにも、塩漬けの魚や塩レモンの漬物が添えられていた。それは彼女にとって、とても馴染み深い品だった。
「あの……これ、作ったのって……」
「アンタの姉ちゃんだよ。そして、アタシの大親友。」
返事を聞く前から、カラベルナの瞳は潤んでいた。
「我慢しないで、早く食べなよ。儀式に備えて何も食べてなかったんでしょ?」
「いただきます!」
許可が出るや否や、カラベルナはおにぎりに勢いよくかぶりついた。口いっぱいに広がる優しい味に、涙がこぼれ落ちる。
「もう……食べるのか泣くのか、どっちかにしなさいよ。」
「だってぇ……」
シオンダは肩をすくめ、小さく笑った。
「わかった、わかった。今日だけは無礼講だからね。」
「ありがとう……」
先ほどまで砂浜で華麗に舞っていた巫女の姿はどこへやら。そこにいるのは、感情のままに泣いて笑いながら食べる、幼い少女のようなカラベルナだった。
カラベルナは、夜の島を駆け抜けていた。足音が静かな砂利道に響くたび、月光を反射した小石が淡く光る。儀式で使い果たした体力にも関わらず、彼女の胸の中には再会への高揚感が燃え続けていた。先代巫女も協力して慣習を変えてくれた。無事に儀式を終えたら、1日だけ抜け出せるように。
崖沿いの小道を抜けると、思い出の入江が目の前に広がった。穏やかな波が砂浜を撫でる音が耳をくすぐる。月光に照らされた砂粒は、細かなガラス片のように輝き、まるで夜空の星が地上に降り立ったかのようだった。
仄かに明るい海辺で、彼の黒い人影が月光で縁取られて浮かび上がる。影の中でも髪は特に黒く、相変わらずの癖っ毛なのがシルエットでわかる。だが、前よりもサイドを刈り込んだ代わりにトップは放射状に伸びていた。
「待たせて、ごめーん!」
カラベルナは笑顔を浮かべて、彼に手を振った。
「先代のシオンダさんと話が盛り上がっちゃって!」
彼もカラベルナに気づくと、小走りで近づく。
「儀式で疲れてるのに、来てくれてありがとう。」
シィードの声は柔らかく、それが彼の人柄そのものを表していた。
「そりゃ、シィードに会えるなら来るよ。」
カラベルナは自分のセリフに照れてしまう
シィードはそんな照れに気づかないふりをして、本当に言いたかった言葉を告げる。
「1年間、おつかれさま。会いたかった。」
「ありがとう。アタシも。」
短いセリフの中に、お互いの想いを感じる。
シィードはカバンから小さな包みを取り出す。包みを解くと、海草模様をあしらった箱だった。
「これ、見せたかったんだ。」
箱の中には、大小さまざまな色合いの貝殻が整然と並べられていた。
「選定士の証明品だよ。」
カラベルナの目が輝く。
「すごいね!おめでとう!」
「まあね……唯一の特技だから。」
照れくさそうに肩をすくめるシィードの表情に、カラベルナはクスリと笑った。
最後の文章を締める部分を考えて。題名は「円環の舞」なので、2人が入江で夜を明かし、太陽が昇るまでの地球の自転を感じられるような文章にしたい。以下、原案。
その場に腰を下ろし、二人は一年分の出来事を語り合った。
カラベルナは、儀式のための厳しい舞の修行や、師匠でもある先代巫女シオンダとの交流について話した。稽古中に感じた挫折や、それを乗り越えた瞬間の達成感が、言葉の端々ににじみ出ている。
シィードは、選定士の試験に挑んだ日々を振り返る。細かな模様や形状を見極める訓練の難しさ。試験のプレッシャー。それでも、海草や貝殻を愛する気持ちだけは揺るがなかったこと。そして、ようやく合格を勝ち取った瞬間、自分で自分を認められるようになったことを静かに語った。
風がゆるやかに向きを変え、潮の香りを運んでくる。
遠くの波が寄せては返し、地の鼓動のように響いていた。
二人の声は次第に落ち着き、入江の静寂が再び周囲を包み込む。波の音だけが二人の会話を引き継いでいるようだった。
月が雲間に隠れ、あたりがほの暗くなる。カラベルナとシィードは黙ったまま、お互いの存在を感じ取っていた。体を包む夜の冷たさと、隣にあるぬくもり。そのどちらも、確かに今ここにあった。薄れゆく光の中で、二つの影がゆっくりと重なり合う。
星空も瞬きをやめ、それを反射していた海も光を失っていく。
空と海の境界が見えなくなった。
暗闇は、帳を下ろす前のまま島の生命を閉じ込める。
やがて、水平線の向こうに淡い光が滲み始めるまで、永遠の時を刻んでいく。
El Mediterráneo:スペイン語で地中海
Cala:スペイン語で入江
conduct:案内する。導く




