銀の切れ目③ 〜fledgling〜
なんだか最近は退屈だ。あんなにハマっていた喫茶店巡りも、ヨガ教室も飽きてしまった。
仕事のほうは順調だ。生徒も最初に面倒を見ていた世代が卒業して、ちょうどいい数に落ち着いている。口コミで定期的に入校するため、経営も良好だ。
最近結婚もした。博識で話が面白く、結婚後もデートの時はいつもエスコートしてくれる。役所勤めのため給料も安定している。我ながらイイ旦那を捕まえたと思っている。子供はまだだが、お互い30歳になる年に考えようという意見も一致している。
だが、心にぽっかりと空いた穴がある。
「今日はなんか疲れた。」
自宅のドアを開けると、誰もいない暗い部屋に向かって呟く。
演奏会の前だというのに、マジメに練習しない子がいて久々に怒鳴ってしまった。旦那は泊まりの仕事があるため、夕食は1人で適当に済ませた。いつもなら寝る時間になってもイライラは収まらず、明日子供たちに配る予定だったかわいいお菓子の包みを乱暴に空けてやけ食いしてしまった。
ふと、机の上に積んであったチラシが目に入る。
それを無造作に掴んで一瞥すると、ビリビリに破いていると、そこに水滴が落ちる。
涙が止まらなかった。
最近、ムクの名前を見るようになった。まだ10代のはずだが、プロの演奏家に混じって、コンサートを各地でやっているらしい。さっき破いたチラシにも、蒼いドレスを纏った彼女が写っていた。
そうか、私は悔しかったんだ。元教え子に嫉妬していた。
誰もいない教室でフルートを吹いていると、すぐに汗がじんわりとしてきた。
コップに入れた水道水を一気に飲み干すと、事務室に寄る。
演奏室に戻ると、新聞紙を広げて、髪を人束にまとめると、肩のあたりでバッサリと切った。
新聞紙をまとめ、ゴミ箱に捨てる。残った髪は、高い位置でゴムで縛った。
ふうっと息を吐くと、再びフルートを握った。
元々音楽の専門学校に入ったのは、フルートの演奏者になるためだった。勉強もできず、人見知りで友達も少なかったため、将来の夢として小さい頃から続けてきたフルートくらいしか拠り所がなかったからだ。だが、周りの優秀な同期であっという間に心が折れた。夏が過ぎる頃には授業をサボりがちになっていた。
2年生になると、飲み会やイベントに誘われる度に顔を出すようになった。皮肉なことに、いつの間にか人見知りは克服していた。
3年生の時には、フルートの授業をすべてやめ、教員になるための授業を履修することにした。
4年生の時に、ベテランの先生が1人で経営している音楽教室を紹介されて、アルバイトを始めた。
彼女が働いて2年目でその人が腰を悪くして引退してしまった。そして今、若くして2代目塾長として生きてる。
昔学校で習った曲を吹いていたら、いろいろなことを思い出してくる。だが、今は感傷に浸りたいわけではない。湧いてくる記憶の音符を次に吹く音符で塗りつぶしていく。
鳥の囀りが聞こえる。
夢中になって吹いていたら、いつの間にか朝になっていた。




