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銀の切れ目② 〜scattered flutter〜

初夏になり、街路樹の葉が光を乱反射させる。日向で歩いていると、うっすらと汗をかくほどだった。


生徒から、食事はないがコーヒーがとにかくオイシイと教えてもらった喫茶店に入る。


ランチで入ったキンキンに冷えたパスタ屋とは違い、ほどよく空気が流れている暖かい店内。


意識しないと耳に残らないほど、繊細なサックスの音色。


「1番苦味の強いコーヒーはどれですか?」

「ブラジルという品種はいかがでしょう?」

「じゃあそれでお願いします。」

瓶に移される際、乾いた豆の音が響く。

ミキサーが数秒だけガリガリと音を立てると、こちらにまで豆の香りがうっすらと広がる。薄茶色のフィルターを広げると、細かくなった豆をさっと流す。

細い口の真鍮ポットから、弧を描くようにお湯を注ぐ。

フィルターの中が干上がってきたら、またゆっくりと継ぎ足していく。


持ってきた小説をカウンターに広げる。読み進めていくと、その内容に深く感動し、現世から離れたような感覚に襲われる。


しばらく集中して読み耽っていると、さすがに頭が痛くなってきた。おやつタイムにしよう。


「アーモンドパウンドケーキをください。あと、コーヒーのおかわりですけど、ブラジル以外で苦味のある種類はありますか?」

「かしこまりました。やっぱり苦味はブラジルが一番つよいですね。酸味が苦手でしたら、キリマンジャロは避けた方がいいですが、、、

そうですね、残りだとグァテマラがオススメですかね。」


さきほど見逃した工程も漏らさないよう、店主の手元に集中する。



グァテマラに口をつける。たしかに苦味は同じくらいだが、後味の深みがある気がする。

とにかくこっちのほうが好みだった。賭けに成功だ。


グラニュー糖をまぶされたパウンドケーキはほんのりと甘い。薄くスライスされたアーモンドが食感にアクセントを加え、キメの細やかなクリームが潤いを与える。



お昼ご飯と同じように、店の賑わいを合図に会計を済ませた。




その後も、休みの日には時々喫茶店に通った。ただ、どんなにステキだと思ったお店も、一度行ってしまうと飽きてしまう。日帰りで行ける範囲の喫茶店を見つけては、次々と制覇して行った。



夏休みで教室が休みになる頃には、近場でアイスを買って、家でごろごろする日が多くなってきた。



教室が再開すると、子供たちは少し肌が黒くなっており、年上の子たちの中には、髪が明るくなっている子もいた。


目の前の大きな鏡には自分の見慣れた黒い髪や白い肌の隣で、子供たちはそれぞれの色に染まっていく。




朝仕事に向かっている途中、いつもは茶色い土しかない空き地に、真っ白い霜が降りていた。


体の冷えを感じることが多くなってきたので、街で評判の場所に通ってみることにした。




会員カードを提示して、受付を済ませる。持ってきた銀色のボトルに水を注ぐ。


更衣室でほとんど肌着のような上下のセットに着替える。


待合室に座り、ゆっくりとした動作で体をほぐす。


この教室に1カ月ほど前から通っていた。東の国が発祥で、ヨガというらしい。レッスン自体は1時間にも満たないのだが、準備とアフターケアも含めて3時間ほど滞在することが多い。

その間は水のみを摂取し、レッスンの前後に小を済ませる。ただ、水の循環だけをさせてデトックスする。


同じようにその場で軽く体を動かしたり、馴染みの人とおしゃべりをしていた人影が、急に列をなして奥の暗い部屋に吸い込まれていく。


コルリも少し遅れて、その流れに身を任せる。


部屋一面に、等間隔にスキマを空けて並べられたマット。まだ埋まっていない右前のスペースに自分の紺色を並べる。


待合室は軽く動いても過ごしやすいほど少しひんやりとしていたが、この暗い部屋の中はじっとしていても汗がにじむ。


先生が入ってくる。


神秘的な音楽に身を任せて、すべてがゆったりした動きで体をほぐしていく。


思いつくまま、気の向くまま。


一応、ポーズの指導はあるが、疲れたら休んでもいい。その時の気分で行動や体勢を決める。


呼吸の心地よさを優先して体を動かす時間。


先生の動きを真似したり。


仰向けになって瞑想したり。


周りの人とは、決して心も体もぶつからない穏やかな世界。



最後に座禅を組んで、ゆっくりと呼吸をする。先生の優しいお疲れ様でしたと言う声を合図に、みんな立ち上がって、それぞれのタイミングで明るい世界に戻っていく。


こんな空間でもコルリのせっかちな性格そのものは抜けず、先頭集団に混じって部屋を出ていた。


更衣室に入るとすぐに濡れた服を脱ぎ、人肌に近い温度のシャワーを流す。ひと通り汗を落とすと、ノズルをぐっと下げる。肌に当たると最初はびくっとするほどの冷水で、温まった体と心を沈めていく。


新しい下着に袖を通し、来たときと同じシャツを着る。


それ以外の服は脇に抱えて、涼しい待合室に出る。


もう汗をかく事はなかったが、皮膚の下で全身が脈打っているのがわかる。人のいない場所を選んで座り、瞑想と考え事を行ったり来たりするような状態でしばらく過ごす。


一緒のレッスンをやっていた人たちもまばらになった頃、セーターとコートを纏って寒空に踏み出した。

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