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君の心の奥をのぞきたい  作者: みやあきら
7/7

【第一章】 ⑥告白

「どう違っていたの?」

「その日は日曜日だったんだけど、金曜日の夜に『職場の同僚たちと上野公園に桜を見に行ってきていいかな?』って聞いてきたんだ。それと『昼間に行って、夜には帰ってくるから』って。愛理が生まれてから、直くんもいろいろと大変だったから、いいよって返事した。でも日曜日が近づくにつれ、なんかワクワクしているような感じがして…」

「浮かれてたの?」

「ううん、浮かれていたという感じではないんだけど、金曜日の夜からなんか表情とかも明るくなったような気がしたの。だから私、直くんが出かける前にこっそり彼の携帯を見たの」

「和ちゃんも他人の携帯を見たりするんだ」

「でもね、他人の携帯を見たのはこの時が本当に初めて。それから今まで一回もない。でも携帯見たら、明らかに女の人とのやり取りがあったの」

「相手がその女子大生だったんだね」

「うん、直くんのオフィスにインターンで来ていた女子大生。青山学院の後輩だそう。見たら『初めてのデートですね』とか、『お昼ご飯はどこで食べましょうか?』とか、『何時まで一緒に居られますか?』とか聞いていて、直くんも律儀に全部に返信していた」

「いちいち返信するのが片山君らしいといえば片山君らしいか」

「もうそのやり取りを見ていたら、昔のことがフラッシュバックしてきちゃって、目の前が真っ暗になってきた。ああ、この人も私を裏切るんだって」

「そんな私に気づかずに、直くんは出かける準備をして部屋から出てきたの。いつもと違って少しおしゃれな格好をして」

「片山君のおしゃれって、どんな格好なの?」

父親が洋品店経営で、母親が服飾デザイナーという家庭で育った僕と兄は少しだけファッションには通じている。因みに兄は大手の繊維メーカーの帝人に勤めている。よく知りもしない人は両親の伝手で入社したと思っているみたいだが、兄は自分で就職活動をして帝人から内定を貰った。東工大出身で、現在は大阪府の茨木にある研究センターで、炭素繊維の研究をしている。大学時代に知り合った、京都出身の1つ年下の恋人と27歳で結婚。翌年に甥っ子が生まれ、幼稚園入園前に研究センターに移動した。本人が以前から希望していた職場であり、あと5年は大阪で暮らすと言っている。

僕も物心ついたときから、服飾関連の情報のシャワーを浴びていたからか、自然とファッションには明るくなった。そんな僕の知り合いの中でも、片山君は致命的にファッションセンスが皆無だった。

基本サイズの合わない服を幾つも持っている。というか、サイズの合う服を着ていることを見たことがなかった。聞いたところ、大学に入ってから、服はスーパーで正月に売り出す福袋でまとめ買いでしか買ったことがなかったらしい。

シワシワなTシャツ、袖口のほつれたジャケット。汚れて黄ばんだ襟のシャツに、首筋がダルダルなクルーネックシャツ。夏はたいてい短パンに半袖のシャツ。特に壊滅的なのが、色の組み合わせが全く分かっていなかった。あまりにひどいので、コーディネートのアクセントとして、差し色を提案していてみたが、彼は差し色という概念そのものが理解でき無いらしい。落ち着いた色合いの中に、アクセントとなる鮮やかな色を取り入れるのが差し色のルールなんだよと言っても、まったく理解の表情を浮かべなかった。

それ以来、僕は彼のファッションに触れることはやめた。片山君の中では、僕の方が男性の中でも珍しいタイプの人間で、基本自分の周りにはコーディネートなんて言葉を使う人間などはいなかったといった。そして、既に僕がゲイであることを知っていた彼は、僕がファッションだ、コーディネートだというのは、僕の性的嗜好によるものだと思っている節がある。彼はゲイにはストレートには無い美的感覚が備わっており、僕がファッションに拘るのは、僕がゲイであることに由来していると勝手に分析しているようだ。そんなんで、よくもまあ、臨床心理士の資格が取れたものだと感心する。片山君と同じくらい、センスのないゲイは新宿二丁目に行けばいくらでも見かけることができる。

因みに和美さんと結婚してからは、服選びやコーディネートは和美さんに任せているらしく、見違えるほど服装はまともになった。最近は華奢な彼によく似合う、ルコックスポルティフやヴィクトリノックスのポロシャツを着こなすようになったし、自分の眼鏡にあうような髪型を心がけ、最低月に1度は美容院に行っているらしい。

そういえばニノくんのコーディネートも彼女がしていると言っていた。相手のことをよく理解しているパートナーは、相手のことをよく観察しているからこそ、その人に合ったコーディネートをできるのだろうと僕は思っている。

ただ片山君と同じく、臨床心理士である僕の最大のミステリーは、大学生の時の壊滅的にファッションセンスが無かった片山君のどこが良くて、和美さんは付き合おうと思ったのかということだ。すでに知り合って10年以上経っているのに、その心情を聞く機会はまだ訪れていない。

さて、その時の片山君のコーディネートを和美さんははっきり覚えていたらしい。

「春にはちょっと似つかわしくない濃い紺色のシャツに、レモンイエローのネクタイしてた」少し意地の悪い笑顔を浮かべて、和美さんは答えた。

「ちょっと待って、それ全然おしゃれじゃない。レモンイエローは濃い紺色の差し色にはなっていない」僕は思わず、笑ってしまった。和美さんも笑いながら、

「いつも何着て行けばいいか、私に聞いてくるんだけど、そのときは後ろめたいのか自分で決めたみたい。でもね、そんな彼の格好をみたら、なんていうの一気に馬鹿らしくなって、初めに言ってやろうと、メールをみたことを暴露したんだ」

「ごめん、悪けど携帯開いて、メール見た。それは先に謝る。でもこのあと出かけるなら、私は愛理を連れて実家にかえるからね」

「片山君はどうしたの?」

「しばらく無言だったんだけど、私がどうするって聞いたら、ごめんと小さく謝って部屋に戻っていった。その後、二人ともこのことには触れないようにしてる」

「それだけ?」

「うん、それだけ。私から責めたりもしていないし、直くんから言い訳も弁解も無かった。一応、二人の間では無かったことになった。」

「和ちゃんはそれで良かったの?」

「結果的には良かったと思う。それ以来思い返しても、直くんに怪しい素振りは無かったし、私も育児に忙しいうえに、直くんはいたっては、ここを開業したでしょう。お互い浮気なんかする時間なんてないし、あえて触れなかったことが結果として良かったと思う。」

「多分そうなんだろうね。ただ片山君はもし出かけていったとしても、きっと食事だけで帰ってきたと思うよ。」

「冷静に考えればそうだよね。ただあの時の私は精神的もそんな余裕なんかなかったし、なにせトイレットペーパーがダブルだけで直くんを罵倒したぐらいの精神状態だったしね」といって和美さんは恥ずかしそうな笑顔を見せた。

「ただね、ひとつ大きな疑問があるの」

「なに?」

「今となっては知りようもないんだけど、なんでその女子大生は直くんなんかとデートしようと思ったのかってことよ。メールのやり取りを見ても、明らかに女の子の方が積極的で、グイグイ来てる感じだったの。直くんのどこが良くて、その子は接近したのか、それは知りたいなと思った」

「それは多分、和ちゃんと同じ感性の子だったんじゃないの?」

「いや、いや、いや、井坂君。直くんは会ったばかりの異性に好感を持たれるタイプじゃないって知ってるでしょう」

確かに片山君は少なくとも女性に一目ぼれされるようなタイプではない。特にあの壊滅的なファッションセンスは、一緒に歩くのには憚られるタイプだ。

「直くんは長く付き合って、その良さがわかる人だと思う。だからインターンできたぽっと出の子が積極的にアプローチをかけてくるなんて考えられないし、直くんにとっては一生に一度あるかないかのことだったと思うの」

自分の亭主をここまで言い切れる和美さんは改めてすごいなと思った。でもそれは片山君のことを心から愛しているからだと僕は確信した。

「ねえ、井坂君気づいていた? 私は最初は井坂君のことをかっこいいなって思ってたこと」

「えっ、そうだったの?」

「うん、単純なんだけど、服のセンスの良い、おしゃれな男子。ザ・青学生って感じだった。サークルにも井坂君のファンは多かったよね。私もその一人だったってこと」

「全然気づかなかった…」

「でもね、大学3年ぐらいの時かな、直くんと付き合いだしてすぐ気づいたの。あなたがゲイだっていうことを」

「やっぱりね。実は片山君は気づいてないと確信のようなものがあったけど、もしかしたら和ちゃんにはバレてるんじゃないかって感じていたんだ」

「だから卒業式のあと、私が就職するからもう頻繁に会えなくなるしっていって3人で飲みにいったよね」

「うん、その時に僕は二人だけには話しておこうとカミングアウトしたよね」

「あのとき、直くんが凄く動揺して、でも真剣に話を聞いている姿を見て、私は知ってたよ、なんて言えなくてね。でも、本当は気づいていた。だってあれだけ多くの女の子に告白されても井坂君は全部断ってるんだもん。普通の男子だったら断るなんてありえないぐらいの可愛い子でも、判で押したように同じ返事をしていたよね。『友達なら』って」と言って和美さんはにっこり微笑んだ。その笑顔は優しく、慈愛に満ちている表情だった。僕はなぜかその時、高校生の時にお世話になったスクールカウンセラーのことを思い出していた。

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