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君の心の奥をのぞきたい  作者: みやあきら
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【第一章】③絶句

「ちょっと待って。彼女は堂々と、君に他の男とセックスをしてきますと言って出かけたわけ?」

「はい、そうです。今日みたいにはっきり言って出かけるときもあれば、あとから、どこ行っていたのって聞いたら、セフレと会ってセックスしていたとはっきりと言うんです」

「君という許嫁がいるのに、他の男性とそういうことをしているってことは、それは浮気だよね」

「僕もそう思います。でも彼女は浮気とは認めない、彼女の理屈は違うんです」

「どう違うの?」

「当然、僕も彼女とセックスをしますが、彼女はそのことについて『私はあなたを満足させている。ちゃんと射精するよね。でもね、私はあなたのセックスじゃ逝くこともできないし、満足させて貰ってないの。それはあなたの責任であって私のせいじゃない。だから他の人に性的に満足させて貰わなければ不公平じゃないの』っていうんです」

「…、そう言われて君は納得できたの」

「できるわけありません。だから僕も言い返したんです。『じゃあオレも他の女とセックスするよ』って言ったら、そしたら滅茶苦茶怒って、『それは浮気だよね。認められる訳ないじゃない』って。いや、お前が言うなよって思いました」

「君は彼女以外の女性と付き合ったことないの?」

「僕は彼女以外の女性と付き合ったことはないです。ラブレターとか貰ったことも何回かあるんですけど、大体彼女がそれ見つけて激怒して、捨てちゃったり、断ってきなさいと言われたり、ひどい場合は彼女本人が僕の知らないところで勝手に断りにいったりしたこともあったんです。バレンタインのチョコレートとか貰っても彼女が捨ててしまっていました」

 ニノくんが話す彼女の話は信じられないことばかりだった。彼女の彼に対する感情は執着に近い。でもそんな彼女は他の複数の男性と性行為をし、あまつさえそれを彼本人にもはっきりと伝えている。そして彼が同じことをするならそれを浮気という。僕はなんとか理解しようとしたが、思考がまとまらなくなってきた。

「彼女の浮気がわかったとき、僕は彼女にはっきり言ったんです。『他に好きな人が出来たみたいだから、別れようよ』って。そしたら彼女は『一番好きなのはあなた。というか他の男の人は好きでもなんでもないし、別につきあってもいない、ただ単にHする関係だけだから』というんです。そして、『別れるなら、あなたを殺して私も死ぬよ』といったんです。凄く真面目な表情で、こう目が座っている顔で…」

「えっと、彼女のことを許嫁と言っていたよね。当然、二人の結婚は親同士が決めたことだった訳だ。そのことを双方の両親は知っているの?」

「知っています。彼女が浮気をしているのを認めたので彼女とは別れると。そうしたら、両方の母親から『小さな男だね。浮気ぐらい許せる度量を持てよ』と言われ、父親からも『別れるなら家から出ていけ。二度と家に入れないし、一人で生きていけ』と言われました。彼女の父親からは『早く大人になりなよ。大人だったらこんなことで別れたりしないよ。あの子をもっと大きな気持ちで包んであげてよ』って言われて、全員にお前が悪いという感じに責められて誰も僕の言っていることに同意してくれませんでした」

 僕は二の句が告げられなかった。僕がここまでの話を聞いても、ニノくんが言っていることは十分理解ができる。しかし彼女や彼女の両親の言っていることは理解することができなかった。そして、1年ぶり以上前に受けた感情がフィードバックしてきた。それはスクールカウンセラーをやっている時に、いじめ被害を訴える生徒たちの話を聞いているときに受けたなんとも胸を締め付ける感情と同じだった。

 ひとりの生徒に複数の生徒が一斉に暴言を浴びせたり、冷やかしたり、嘲り笑ったり、理不尽なことを強要したり、高圧的に一方的な屁理屈を集団の力で押し付けたり、とても納得できない無茶苦茶な理由をつけて責任を転嫁して、無理やり罪をなすりつけたりするいじめの体験談がひとつひとつ思い出されてきた。

「先月、みんなで食事をしていたとき、いよいよ来月から大学2年生、3年生になったら就職活動をしなければならなくなるから、今のうちに思う存分遊んでおけよっていう話になったんです。そしたら、母親たちが『就職したら次はすぐに結婚式の準備をしなくちゃね』っていいだしたんです。そして彼女の父親が僕に『君も結婚するの楽しみだろう』って聞いてきたんで、今の彼女と結婚する気にはどうしてもならないから、『う~ん、結婚はどうだろう…』って返事をしたんです…」

「そうしたら?」

「両方の両親とも大激怒して、それまでの楽しい空気が一変してしまったんです。『なに勝手なことを言っているんだ』とか『結婚前に多少遊んだことぐらいで、ガキすぎる』とか『結婚しないならお前とは親子の縁を切るから今すぐここから出ていけ』って、マジで怒鳴られたんです。挙句の果てに、彼女自身も泣きながら『裏切るの?』って言いだして、それを見た両親が更に激怒して、僕がごめんなさいっていうまで罵倒され続けたんです」

「それでその後はどんな状況になっているの?」

「とりあえず、適当に返事をしています。『就職したらいよいよ結婚準備だよね』っていわれたら『はいはい』とか、彼女がゼクシィのCMを見て、『そろそろ買って準備した方が良いかな?』って聞かれたら、『うんそうだね』とかそんな感じです」

「このままの状況で君は良いと思っているの? このまま彼女と結婚する?」

「今のままセフレが何人もいる状態の彼女とは、とてもじゃないけど結婚なんてできません。実はセフレの一人に高校の後輩がいるんです。こいつは高校時代に彼女にアタックしてきたんだけど、僕という彼氏がいるからあんたとは付き合えないって断ったって言ってたんですが、彼女の友人が、セフレの一人はそいつだよって教えてくれたんです。マジでって聞いたら、よく国道近くのラブホに行ってるらしいし、私も二人が出てくるのを見たことあるしって…」

「それは彼女に確認したの?」

「はい確認しました。そしたら、あっさりと認めるんです。『うん、そうだよ』って。いやオマエ、以前あいつに告くられたときに断ったっていったよなって聞いたら、『彼女になってって言われたから、あなたがいるから無理って断った』っていうのです。いやいやラブホに行ってるよねって言ったら、『だから付き合ってないから、彼氏じゃないよね。セックスはする関係になったけど、あいつに恋愛感情は全くないし、付き合ってもいない。ましてやあいつと結婚するなんて考えられない。ただあなたよりセックスが上手いから、まあなんていうの、道具のように使っているだけだから安心して』って答えるんですよ…」

 ここまで聞いてお互い無言になってしまった。というより僕が二の句を告げなかったのだ。沈黙を破るように小さくドアがノックされた。和美さんがドアを少しだけあけて、申し訳なさそうに小声で話しかけてきた。

「井坂先生ごめんなさい。そろそろ出なければいけないので、先に帰りますね」とささやいた。それを聞いたニノくんは、

「すいません、30分の約束なのにもうとっくに過ぎてますよね」と右手にリュックを掴んで立ち上がろうとした。僕は

「そうですね。和美さんは先に帰って大丈夫ですよ。念のため玄関ドアは施錠しておいてください。ニノくんはまだ慌てなくも大丈夫です。もう少しだけ話をしましょう」

というと、ニノくんは椅子に座り直し、和美さんは扉を静かに閉めて、帰っていった。

「じゃあ、話にもどりましょうか? ニノくんは今後どうしたいですか?」

「彼女との結婚の話になると、だいたいこういった反応をされて、僕が謝って済ますということがずっと続いているんです。でも彼女の浮気癖は一向に良くならないどころか逆に相手が増えていって、中には既婚者の人も複数名いるみたいで、お前それはヤバいよって言っても、笑顔で『だいじょうぶ、だいじょうぶ』って答えるなんていうやりとりが続いているんです。それでインターネットの匿名掲示板に彼女と家族のことを簡単に書き込んで反応をみたんです。そうしたら、一斉に『それは彼女と家族がおかしい』、『その異常性に気づかないお前もやばい』とか、『周りの人にも聞いてみた方が良い』っていう意見とか、『彼女の思考は普通じゃないから、すぐにカウンセリングを受けさせた方がいい』って書き込みだけしかなかったので、ああやっぱり自分の考えの方がまともなんだという安心感と同時に、彼女をどうにかしなければという気持ちになったんです」

「それでカウンセリングを受けに来たと」

「まあ結果的にそうなんですけど、彼女が高校の後輩とラブホに行っていることを知った時に高校時代の親友に相談したんです。そしたらそいつが『知ってるよ。ていうか、あいつだけじゃないよ、相手は。お前の彼女みんなからヤリマンって呼ばれてて、一部では有名だよ』っていうんです。そして『俺もお前の彼女すげえ美人だからいいなって思ってたけど、一気に覚めたわ。お前、よくあんな女と付き合ってるよな。オレなら速攻別かれるね。絶対やだよ、あんな女』って言われました。そして、あんな女と付き合っているお前とはこれ以上友達付き合いしたくないみたいなことを言われたんです…」

 寂しそうに語るニノくんをみて、またも僕は二の句が告げなくなっていた。

「まあ普通はそうですよね。だからこのことは、彼女のことを知っている中学高校時代の友達には相談できないし、大学の友人たちにも大ぴらに言えないし、大学のカウンセラーにはとてもじゃないけど相談できないし…」

「そんな時に声をかけてくれたのが吉沢君なんですよ。『最近浮かない顔してるけどなんかあった?』って。なんで分かるのって聞いたら、『オレの中学生のときと同じだなって思ったから。たえず俯き加減で、定期的にため息をついて、ちょっとしたことでイライラして、さすがになにかあるなって思った』って」

「僕はこの人ならって思って、彼女のこと、家族のことを話したんです。そうしたら吉沢君、僕の気持ちに共感してくれて、自分のことのように怒ってくれたんです。そして自分が中学生の時にいじめられて不登校になったときにお世話になったカウンセラーを紹介してやるっていってすぐに電話をかけてくれたんです。実は先日吉沢君が電話しているときに僕、真横にいてスマホから漏れてきた先生の声を聴いて、是非とも話を聞いて欲しいと思って今日はやってきたんです」

「ああ、そうだったんですか」

「本当はカウンセリングを受けべきは彼女の方だと思うんですが、昨日『一緒に行かない』って誘ったら、『そんなの私は必要ないからあなた一人で行ってきなさい』って、そして『セフレに会いに行く』って答えられました」

「そうですか、では今日は最後にこの質問で終わりましょう。あなたはこのあと、どうなることを望んでいますか?」

「実は彼女と別れたい訳じゃないんです。できれば彼女と結婚したいと僕も思っています。そうすれば僕たち家族が全員幸せに暮らせる訳で… ただ彼女の浮気癖が治らなくて… だからどうすれば彼女に浮気を止めさせることができるのか、それが一番知りたいです」

「わかりました。では次回のカウンセリングは希望しますか?」

「はい是非ともお願いします」

「ではご自身のスケジュールを確認して、この番号に電話するか、メールアドレスまで連絡してください。次回の日時を決めましょう。それと彼女もできるなら一緒に連れてきてください。僕は大歓迎ですよ」といいながら、僕は名刺をかれに手渡した。

「これはこのカウンセリングオフィスの連絡先です。9時15分から17時まででしたら電話で予約が取れます。時間外でも、下のアドレスにメールしてください。また、一番下にある@livedoor.comのアドレスは僕の個人アドレスです。他のスタッフに知られたくないことがあったら、このアドレスにメールしてください」

「ありがとうございました。ではまた連絡します」

 雨はすっかり上がり、窓からは青空が望んでいた。ニノくんは深々と頭を下げ、オフィスから出ていった。

 オフィスの机に戻り、iPadの初期設定を再開した。和美さんが言っていた通り、マニュアルなしでも設定は終わらせることができた。作業をしながらも、先ほどのニノくんの話してくれた内容が、何度も思い起こされ、彼の心中を慮った。なんとも例えようもない、負の感情が沸き起こった。カウンセラーをしていると、様々な相談を受けるが、まだ経験が10年に満たない僕にとって、それは初めてケースだった。

今日のニノくんの内容をノートに整理した。気がつくと4時を回っていた。帰り支度を終え、火の元を確認し、湯沸かしポットと、コーヒーメーカーは念のためコンセントを抜いた。オフィスとカウンセリングルームの消灯を確認し、玄関の扉を施錠し、セキュリティカードを差した。空模様は再び雨となり、渋谷駅に着くころには傘をささなければならない程の降り方に変わっていた。この時にまだ気づいていなかったけど、僕は重大なことを忘れていた。

翌日、和美さんから昨日のお試しカウンセリングの代金を徴収されたとき、僕はニノくんから料金を貰うことをすっかり忘れていた。しょうがないから自分で5000円は建て替えることにした。10年後の現在も僕はこの5000円を回収できていない。

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