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君の心の奥をのぞきたい  作者: みやあきら
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【第一章】②出会い

 「あらまた雨が降ってきたわ」と和美さんのつぶやきが聞こえたので、窓の外を見た。結構な雨が降っていた。土砂降りと言ってもいい。時刻は13時前、約束の時間は近づいていた。そんなとき、階段を早足で駆け昇ってくる足音が聞こえた。

 ひとりの小柄な男の子がガラスドアの向こうで立ち止まっていた。そして、ドアバーを遠慮がちに引いて入ってきた。ずぶ濡れになった髪からポタポタと水滴が玄関マットに落ちていった。

「あらあら、大丈夫ですか? いま拭くものを持ってきますから」和美さんは奥に行ってタオルを持ってきて彼に手渡した。「すいません、すいません」といいながら受け取ったタオルで顔を拭い、次に風呂上がりのようにタオルで頭をゴシゴシとした。和美さんに、

「傘をお忘れになったんですか?」と聞かれると

「いえ天気予報では午後から晴れると言ってて、家を出るときにも降っていなかったので持ってこなかったんです。渋谷駅をでたらポツポツ降り始めて、走ったんですけど大雨になってしまいました」と答えた。

「そうですか、あなたは岡田さんですか。13時に井坂カウンセラーを予約している」

「はいそうです。岡田遼輔といいます」

「そのデスクに座っているのが井坂カウンセラーです。左の部屋がカウンセリングルームです。中に入ってお待ちくださいね」

「あの、タオルありがとうございます。それと玄関マットを濡らしてしまってすいません」

「大丈夫ですよ。玄関マットは泥や水滴を中にいれないために作られたのですから、なにも気にすることはありません。多分玄関マットも本望でしょう」

 僕は和美さんのこういう受け答えが好きだ。多分片山君も和美さんのそんなところに惹かれたのだろうと思う。

一連のやり取りを僕はずっと見ていた。多くのカウンセラーがとる手法ではあるが、僕はまず最初にクライアントの人となりをじっくりと観察する。ニノくんは身長165センチくらいで小柄、体重は52~3キロぐらいだろう。肩幅が余りないせいか華奢に見えるし、胸板も薄い。色白な顔つきは非常に端正で、確かにあの男性アイドルによく似ている。髭はほとんど生えていないようで、鼻の下に若干の剃り跡がみえる。でも数える程しかない。あごも剃り跡は全くなく、肌もとてもきれいだ。髪型は前髪を少し重くしたショートヘアスタイル。もみあげは逆三角形にのばし、耳たぶの高さで揃えられている。目は二重瞼だが、それよりも涙袋が印象的にみえる。

薄手の青いジャケットは春物らしく、ユニクロで同じようなものを見た気がする。その下にはベージュのVネックセーター。ジーンズはジャケットより若干濃い目の青。多分、エドウィンだろう。通学には適さない、外出専用と思われる小型のリュックを手から下げていた。身なりは彼の外見によく似合っていた。

あとから聞いたが、彼自身はファッションにはほとんど興味がなく、彼の身に着けるものは彼女とのデートのときに、彼女がコーディネートするということらしい。

iPadはまだ設定できていなかったし、何しろまだ使い方が分からない。これまで通り、ノートを手に取って彼の待つカウンセリングルームに向かった。

まだ濡れている前髪を気にしながら、彼は椅子に座っていた。僕は彼の右斜め前の席に座り自己紹介をした。

「心理カウンセラーの井坂翔太といいます。はじめまして」

「東洋大学2年の岡田遼輔です」

「岡田君ですね。あなたのことはどう読んだらいいですか? 岡田さん、岡田君、遼輔君。呼ばれたい呼び方をおっしゃってください」

「先生はどう呼びたいですか?」

「吉沢君たちは、あなたのことをニノって呼んでいると聞いています。だからみんなと一緒でニノくんと呼びましょうか?」

「それで結構です。僕も大学入学してからニノとしか呼ばれていないので、その呼び方に慣れてしまっているので。で、僕は先生をなんと呼んだら良いですか?」

「それこそ好きに呼んでください」

「じゃあ先生で、井坂先生と呼ばせていただきます」

「それで全然大丈夫です」

「今日はお試しカウンセリングということで、本格的なカウンセリングを受ける前に、このカウンセラーでいいのかを、クライアントであるニノくんが決めることになります。僕のことがどうしても気に入らない、別のカウンセラーが良いと思ったなら、それで結構ですので遠慮なく判断してください」

「はい、でも吉沢君が井坂先生は信頼できるカウンセラーだからって強く推してくれたので、先生に話を聞いて欲しいと思っています」

「わかりました。カウンセリングはクライアントの話をカウンセラーが聴くというのが基本になります。またこちらかの問いかけもオープンクエスチョンといって、ハイ・イイエで答えられるものではありません。答えたくないなら答えなくても結構です。ですから、緊張せず、遠慮なくお話ししてください」

「よろしくお願いします」

「では先にこちらから聞きますね。今日、ニノくんが僕に聞いてもらいたいという話をゆっくりと言いたいことだけ、お話ししてください」

「僕が聴いてもらいたいのは、僕の彼女のことです。僕の彼女は同学年です。あっ、でも僕は4月生まれで、彼女は2月生まれなのでまだ19歳です。僕と彼女は同じマンションの違う棟に住んでいて、親同士が親友の関係です。今住んでいるマンションが売りに出されたときにそれぞれが購入して、住み始めて僕らは物心つく前から一緒に育ってきました。僕らは互いに兄弟姉妹がいないので、一人っ子ということになりますが、生まれた時から一緒なので、まるで兄弟のように育ちました」

「親同士が、それぞれ仲が良いの?」

「はい、もともと母親同士が中学校からの親友で、中高一貫の女子高の同級生で何をやるのも一緒で、外出や旅行も一緒。幼稚園から高校まで同じだったんで、学校行事なんかも両家ですべて一緒に参加という感じです。特に母親同士は毎日お互いの家にどちらかが行っているという関係がずっと続いています。休日の晩御飯は例外なくどちらかの家で6人全員で食べるというのが当たり前なんです」彼はすぐに続けた。

「僕の父はもともと証券会社に勤めていたんですけど、株とか為替とかに詳しいらしく、独立してデイトレーダーっていうんですか、マンションの一室を仕事場にして在宅で取引をしているんです」

「彼女の父親は誰でも知っている商社に勤めていて、年の割には出世しているらしく、課長とか部長代理とからしくて、今度部長に昇進するかもって母親が言ってました。だから平日は帰りが遅いので、彼女のお父さんは夕食にいない時が多いです。あと彼女も学習塾で講師のアルバイトをしているんで、夜は居ない時が多いですね」

「彼女さん、大学生なのに講師の仕事ができるんですね」

「その塾には結構多いらしくって、彼女のほかにも大学生の講師が何人かいるって聞いています」

「彼女は何を教えているんですか」

「中学生の英語と、小学生の算数を教えているそうです。彼女は上智大学の英文学科に通っているので、英語は得意みたいです」

「あなたはなにかアルバイトをしているの」

「近くのセブンイレブンで夕方から4時間ぐらい働いています。大体8時くらいに僕が家に帰って夕食が始まるっていうパターンが多いです」

「なにか絵に描いたような幸せですね」

「はい、もともと母親同士の仲が良くて、進学した大学のサークルでそれぞれの父親に出会って、4人での付き合いがずっと続いているというんです。だからうちは2人の父親と、2人の母親と、2人の息子娘の6人家族だねってよく言いあっていました」

「母親同士が、子供が生まれたらお互いの子同士で結婚させようって言っていて、僕が産まれて、そのあと彼女が産まれて、その瞬間から許嫁っていうんですか、親同士が決めた結婚相手のこと、なんかそんなことになったらしいです」

「今では珍しいけど、昔は結構あった話だと聞いたことはあります」

「僕も物心つく前から、ずっと一緒だったんで抵抗なくそれを受け入れていたんです。もう中学校くらいから学校中の公認カップルという感じになっていたし、僕も彼女のことが好きなんでこのまま結婚するんだろうなって思っていたんです…、でも…」

「なにか問題が起きた?」

「はい、実はその彼女がセックスに対して開放的というか、無頓着というか、僕以外に多くのセックスの相手がいるんです」

「えっ、どういうこと?」

「セックスフレンド、セフレっていうんですか。高校時代の友達の話では今は7~8人くらいそういう関係の男がいて、毎週ではないですがそのセフレ達と定期的にあってセックスしているらしいです」

「許嫁の君がいるのに、彼女はそういうことをする相手が7~8人いることを、君が知っていることを彼女はわかっているの?」

「はいわかっています。多分、今もセフレの誰かにあってセックスしていると思います」

「なんでそんなことを知っているの?」

「彼女本人から直接聞きました。『土曜日休みだけど、どっか行く?』って聞かれたから、『前に話していた、カウンセリングを受けにいってくる』っていったら、『そうか、じゃあ私はセフレに会ってくるからね。それから夕方から塾の授業があるから帰るのは9時くらいになるんで、お父さんたちと先にご飯食べててね』って、僕より先に家を出ていきましたから」


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