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あざみ館の三姉妹  作者: iris Gabe
第一幕
2/10

二. 旅 行

 高崎市へ向かう上越新幹線に乗って東京駅を発った私は、移りゆく外の景色をぼんやりと眺めていた。私は、まだ二回しか東京に来たことがないし、ましてや上越新幹線に乗るのは今回が初めてだ。

 東京って本当にすごいと思う、新幹線に三十分も乗って大宮までやってきても、一向に大都会の喧騒とした街並みが途切れないのだから。

 よそならこれだけの距離を列車で移動すると景色は田園地帯や林間地帯に変わっているはずなのに、ここから見える緑といえば、せいぜい、一瞬に姿を現して消えていく河川敷か、公園や工場の敷地に植えられた人為的な樹木くらいなものだ。

 私はあの手紙について考えてみた。

 実の母は名前を五月女摩由姫というらしいが、苗字の五月女という漢字はどう読むのだろう。さつきにょ、なんてちょっと変だから、さおとめ、でいいのかな。摩由姫の『摩』の字は、私の摩耶と同じ字だから、たしかにこの人が母親であるようにも思える。

 それにしても『摩由姫まゆき』とは。

 仰々しくて不自然な印象がどうしてもぬぐえない。単純に『摩由まゆ』のほうが女の子らしくてよっぽどか可愛らしい。

 ところで、摩由姫という女性はいったいいくつで亡くなったのだろう。文面からは死んでからしばらく時が経っているように読み取れる。私が今年二十歳だから、もし生きていたとしても年齢はせいぜい五十前後ということになり、いずれにせよ、かなり若くして亡くなったみたいだ。

 そして、遺産を娘たちだけで分配するということは、配偶者である夫がいない、ということも同時に意味する。離婚をしたのか、すでに死んでしまったのか。つくづく私は父親という存在には縁が無いようだ。

 女手一人で財閥を賄うほどの巨額の財産を築き上げるなんて、ちょっと話がうまく出来過ぎているようにも思える。ひょっとすると、遺産なんてたいした額じゃないのかもしれない。この旅行で私がこうむるあらゆる損害を金銭で補償してくれるなんて虫のいいことをうたっているが、本当にその言葉を鵜呑みにしても大丈夫なのかどうかも怪しいものだ。

 もう一つ気になることがある。それは私の姉妹である人物のことだ。姉なのか妹なのかは記されていないが、とにかく手紙には、私と同じくその姉妹は今年二十歳を迎える、と書かれている。

 世間にはまれに年初めと暮れに生まれている兄弟がいるけれど、私の誕生日は八月八日だから、もし同じ年に生まれた姉妹がいるとしたら、それは必然的に双生児ふたごであることを意味する。

 そうか、私には双生児の姉妹がいたんだ。

 その子と私はどちらが姉でどちらが妹なのだろう。不意に疑問が湧いてきたが、考えてみれば、そんなことはどっちでもいいことである。

 そういえば、手紙で用いられている『御姉妹』という表現にも、何かとてつもない違和感を覚える。差出人は何ゆえ、相手の子のことを、御姉様とか、妹君などとはっきり明記しなかったのだろう。やっぱり考えすぎか? どうも私は些細なことを余計に考えすぎるきらいがある。

 何より大事なことは、生まれてこれまで面識のない双生児の姉妹が、二十歳になって初めて顔を合わせ、仲良く二人で、母が残した遺産を分配する、という限りなく数奇な運命の歯車が、今まさに手紙に触発されて、回り始めようとしていることなのだ。しかも、もしそれを嫌ってその場に出席しなければ、遺産がもらえなくなってしまう、という厳しい条件も添えられている。

 その子と仲良くなれるのかな。

 ようやく車窓に映り出したのどかな田園風景に心なごまされる反面、どことなく不穏な胸騒ぎを私は感じていた。


 高崎ロイヤルホテルは、高崎駅の西口にしぐちビルを出た大通り沿いに建てられた豪勢な雰囲気をかもし出すビジネスホテルだ。指定されたカッフェ・プリマベーラという喫茶店はすぐに見つかった。約束の時刻までまだ三十分あるから、私は時間をつぶすために中に入った。

「いらっしゃいませ。ご注文はいかがされますか」

 アニメ声優みたいな声の店員が、笑顔で佇んでいた。

「あっ、それじゃあ、紅茶を……ください」

 飲んだあとで口の中に後味が残るコーヒーよりも、清涼感の漂う紅茶のほうが好きなので、私ははっきり紅茶党である。

「それではお客さま、どの紅茶になさいますか」

 どの紅茶ですって?

 私は急いで立ててあったメニューを手に取り開いてみた。

 そこには紅茶だけでも、ロイヤルミルクティー、アールグレイ、キャラメルメープル、アプリコットフレーバ、ダージリンストレートの五種類が載っていた。

 しかし値段を見て、すぐに私は後悔することとなる。紅茶一杯が千円もするのか。かといって今さら店から出ていくわけにもいかないし。

 少考の末に私はアールグレイを注文した。

 ちょうど週末のランチタイムなので、店内は多くの客でにぎわっていた。こんな高いお店で平然とランチを済ます人がこんなにたくさんいることに、私は驚きを隠せない。

 十分に待たせて運ばれてきた紅茶は、さすがに刺激的な香りと上品な舌触りのする一品ではあったが、私にはこの飲み物に千円を支払う意義は最後まで理解できなかった。


 少し経つと、アタッシュケースを抱えたスーツ姿の青年がすぐ隣の席にやってきて腰を下ろした。その青年は落ちつかない様子で、私の後ろにある硝子ウインドウ越しに外を気にかける素振そぶりをしていたが、実は横目遣よこめづかいに私のことをこそこそ観察しているのはすぐにわかった。いつものことなので、はじめは素知らぬ振りを通していたのだが、それに付け込んで視線の先がしだいに露骨になってきたので、業を煮やした私は、逆にきっと睨み返してやった。すると、青年は慌てて目を逸らして、決まり悪そうにうつむいた。


 ふと、私は不安になった。考えてみれば、手紙の差出人がどんな人なのか、私は全く情報を持っていない。向こうは、この私が西野摩耶であることに果たして気づいてくれるだろうか。この店にはほかにも私のような若い女性客はいっぱいいるのに。

 そんな私の心配は全くの杞憂きゆうに終わった。程なく、黒スーツをまとった品の良い紳士が回転ドアから颯爽さっそうと姿を現すと、真っ直ぐに私へ向かって歩いてきた。

「西野摩耶さまですね。大変お待たせいたしました」

「あなたは松川さん?」

「いえ、わたくしはあざみ館の執事、大河原おおがわらと申します。よろしくお願いいたします」

 白い口ひげをたくわえた白髪の紳士は丁重ていちょう会釈えしゃくをした。

「ああ、大河原さんですね。はじめまして。西野摩耶です」

 慌てて椅子から立ち上がって、私もぺこりと頭を下げた。顔を上げてから改めて見ると、大河原氏は私よりも背が低かった。

「お勘定はいくらですか。ああ、たったのそれだけですか。では、わたくしが支払っておきますよ。

 それでは、摩耶さま、お荷物をお持ちいたしましょうか」

「あっ、ちょっと待って、大河原さん。どうして私が西野摩耶だってわかったんですか」

 私が発した声に振り返った大河原氏は、一瞬怪訝けげんそうな顔を見せていたが、それもすぐに笑顔に戻った。

「そりゃあ、わかりますよ。これだけの美人はそうはみえませんからねえ」

 きょとんとする私を残したまま、大河原氏は私のキャリーバックをさっと手に取ると、そそくさと店を出ていってしまった。


 高崎ロイヤルホテルの立体駐車場で私が来るのを待ち受けていたのは、黒い大型の自家用車であった。

 キャリーバッグをトランクに詰め込んでから、大河原氏は急いでドアを開けて私を後部座席へと招き入れた。車の知識が皆無の私でも、さすがにこの車がかなりの高級車であることくらいはわかる。運転席が右側にあるから、きっと国産車なのだろう。

 高崎駅を出発した車は、川沿いの広い国道をしばらく走り続けると、大河原氏の説明によればこの川は利根川の支流でからす川というらしいが、そこをわき道へそれて、今度は水田が左右に広がる閑静な道路をしばらく進んでいった。しだいに山並みが近くなってきて、景色は林間地帯の風景へと一変する。

 以前にも述べたけど、私は初対面の人が大の苦手である。車の中で二人きりにされるといつも会話に窮してしまうのが悩みの種なのだが、この大河原氏というおじいさんはとにかく何でも気さくにしゃべりかけてくるので、そんな心配は全く無用で、私の心はしだいに打ち解けていった。

「このわたくしめも、摩耶さまと同じ年頃の時には、若気の至りと申しますか、かなりやんちゃ者でございましてな。その昔、前橋で『赤城あかぎ乱多能異怒ランタノイド』という暴走族の総長リーダーをやっていたこともございます」

「ええっ。そんな風にはとても。その、優しいおじいさんにしか見えないですよ」

 あまりに驚愕な事実に、私はどう反応していいのかわからなかった。

「年を取れば、人間誰でも丸くなってくるものですなあ」

 大河原氏がしみじみと呟くので、私もついその雰囲気に飲み込まれて、自分のことをしゃべりたくなった。

「私も丸くなれるのかなあ。あっ、私ってすぐに友達とぎすぎすしちゃんですよ」

「摩耶さまは今でも十分にお優しいお方ですよ」

「そんなことないわ。本当はね、私ってすごく腹黒いんだから」

「はははっ、本当に腹黒いお方は、そんなこと申しませんよ。きっと摩耶さまは謙虚で正直なお嬢さまなのでございましょう」と、大河原氏が軽く笑い飛ばした。

「でも、私は何かをしようとするといつも叱られちゃうの。別に悪気はないんですけどね」

「それは摩耶さまがとても魅力的であるが故に、どうしても人より目立ってしまい、結果として叩く標的にされやすくなってしまうためだと思いますよ。それはある意味、才能のあるお方の宿命さだめでございますな」

「そうかしら」

 否定形で返事をしながらも、この褒め言葉に内心は満更でもなかった。

 私を口説こうと悩んでいる人がいたら、ぜひ助言さしあげたい。私を口説くのはそんなに難しいことではない。コツはただ一つ、私の容姿以外のことをひたすら褒めていれば良いのだ。

「さっき、ランタノイドっていいましたっけ? ほら、大河原さんの所属していた暴走族のグループ名」

「左様でございます」

「ランタノイドって、たしか、化学用語ですよね。えっと、バケ学のほうの『かがく』ですけど」

「よく御存じで。ランタノイドは周期律表の法則ルールに従わない元素の集まりで、いわば異端児の元素ということですな」

「あはは、面白い。そういう意味だったんだ。

 ――あっ、すみません。つい、はしたない言葉で」

 私は縮こまって謝った。

「いえいえ、お気楽に話していただいたほうが、わたくしめも嬉しゅうございます」

 運転席の大河原氏が前方に目を配りながら肩を揺らしていた。

「これから向かう先は、えっと、お屋敷があるのはどんなところなんですか」と、私は話題を変えてみた。

「目的地は群馬県の多野たの上栗かみくり村にございます」

「上栗村?」

「左様で。仮に群馬県の形を羽を広げた鶴にたとえますと、上栗村は右翼の先端に当たる場所にございまして、すぐ隣には長野県の佐久穂町、北相木村、南相木村に川上村、さらには埼玉県の中津川村に、それから、たしかほんのちょっとですが小鹿野町とも接しておりますね。それから群馬県の神流町と南牧村と、合わせて八つの町に囲まれたのどかな集落でございます」

「ええと、手っ取り早くいってしまえば、長野県と埼玉県の二つの県に接している群馬県側の村ということね。つまり、群馬県の一番端っこにある村なのね、上栗村は」

「左様でございます。鉄道も通っておりませんから、バスか自家用車でなければ入ることすらままならない集落でございますよ」

「へえ、楽しみだなあ。私、田舎って住んだこともないし、本当はあんまりよく知らないんですよね。

 あっ、ごめんなさい。決して馬鹿にしたつもりじゃなくて」

 どうも私には調子に乗ると暴言を発するところがある。

「はははっ、わかっておりますとも。上栗村はとても良い村ですから、きっと摩耶さまもお気に召されることでしょう」

 大河原氏は細かいことにはあまり気に留めていないようだ。

「そこに、さおとめ財閥のお屋敷があるのね」と、鼻歌まじりに私が独り言を呟くと、

「摩耶さま、財閥の名前は、さおとめ、ではございませんよ。

 早乙女そうとめ、と申します」と、即座に訂正された。

「えっ、そうなんですか。そうとめ――ですね。わかりました」

 ということは、私の本名も、そうとめ まや、と読むのであろう。


挿絵(By みてみん)


「あざみ館は――」大河原氏の舌は増々絶好調になっていく。「上栗村の中心部から少し山奥に入った、とても見晴らしの良い丘にたたずんでおりましてな」

「あざみ館?」

「左様でございます。五月女財閥のお屋敷の俗称でございます」

「ふーん、あざみ館っていうんだ」

 私ははっとした。そうか、あの花は……、

「それでわかりました。あの手紙の封筒に刻まれていた花は、アザミの花、だったのですね」思わず私はポンと手を叩いてしまった。

「ああ、気づかれましたか。そのとおりですよ。財閥の象徴でもあるアザミの花です」

 大河原氏は得意げに話を続けた。「今頃の暑い時期に花をつける、美しいけどたくましい植物でございますな」

「たしか、アザミってとげがありませんでしたっけ」

「はい、昔から美しい花には棘があるとよく申します。

 ところで摩耶さまは、ご存知でございますか。アザミという名称の純粋種の草花は、実は存在しないのですよ」

「えっ、じゃあ、私が知ってるアザミって」

「アザミとは、アザミ属の植物全般の総称だそうです」

 大河原氏はさらにつけ足した。「つまり、アザミと一言でいっても、実はとてもたくさんの種類があるのでございます。似ているようで全く違う種類もよくあるそうですよ」

 そうだったのか。いわれるまでそんなことは知らなかった。

「あざみ館というくらいだから、きっと庭にはアザミがいっぱい咲いているのでしょうね」

 とっさに、私はくだらない質問をしていた。

「ああ、森に行けば野草が幾らでもございますよ」

「へえ、近くに森があるんですか。素敵ですね」と私が感心すると、

「いえ、あざみ館の敷地の中にある森でございます。五月女財閥は上栗村に広大な土地を所有しておりまして」と大河原氏が慌てて訂正した。

 敷地の中に森がある? あっ気に取られた私の顔をミラー越しに眺めて、大河原氏は笑っていた。


 外を見ると車は渓谷沿いを走っている。寂れた小さな温泉宿街をすり抜けて、やがて大きな湖が左手に現われた。ダム湖だな、と私は思った。その美しい景観に見とれていると、道幅は急に狭くなって、要所に設置された路肩の待避スペースを利用しなければ対向車ともすれ違えなくなった。徐々に舗装の手入れもいいかげんになってきて、時々、道路側面に突き立った崖から落ちてきたと思われる小さな岩のかけらが転がっていた。

 大河原氏はというと、すっかり慣れたもので一向にスピードを緩めようとはしない。いや、むしろ道路状況が悪くなってから、運転がより乱暴になってきたような気さえする。もしかして、かつて暴走族で鳴らしていたという話は案外本当なのかもしれない。

 民家が途絶えてからどれくらい時間が経過しただろうか。

 曲がりくねった狭い断崖街道で展開される大河原氏の無謀な運転劇場は、後部座席にいるとはいえ、私にとって正直なところ拷問であった。

 気分が悪くなってうつむきかけた時、ふっと頭上から大河原氏の声が聞こえた。「摩耶さま、この峠を越えれば上栗村ですよ」

「大河原さん。ちょっと降ろしてもらえない」

 ありったけの声で私はささやかな交渉を試みた。

「そうですな。ここはとても見晴らしが良い場所でございますからね」

 迂闊うかつでしたとばかりに、大河原氏は急ブレーキを踏み込んで、車が停車した。ただ、私が発した言葉の真実ほんとうの意味は、おそらく彼は理解していないと思う。


 そこは、神流かんな町と上栗かみくり村の境界にある尾附おづく峠付近の待避場だった。夕刻は近くなっていたけれど、依然として外は蒸し暑かった。でも車内の冷房に震えていた私にとって、むしろそれは心地良いものであった。水を得た魚のように外へとび出した私は、両腕を頭上に掲げて思いっきり伸び上がった。

「うーん、気持ちいい」

 突然、生温い風がさっと吹き込んで後ろ髪を乱したので、思わずキャッと小さく声をあげて、私は髪を押さえた。

「血は争えませんねえ。今の摩耶さまのしぐさは、亡きお母上の摩由姫さまにそっくりでございますよ」と、後からやってきた大河原氏が、しきりに感心していた。

「あら、そうなんですか」と、ちょっとだけ恥ずかしい気持ちになった。

 ヒグラシの甲高い鳴き声が高台にあるこの空間を優しく包み込んでいる。ガードレール下を見下ろすと、遥か彼方に猫の額ほどに開けた盆地があって、そこにはつづまやかに民家が点在していた。

 あれが、周囲から隔絶された村――上栗村か。


挿絵(By みてみん)


 私はこれまでに送ってきた人生を思い返していた。母の須美代は五月女財閥のことを知っていたのであろうか? もしかすると、五月女摩由姫という女性と面識があったかもしれないし、摩由姫から依頼されて私を育てていたのかもしれない。

 きっとそうだ。だとすれば、いろいろな事実のつじつまが合ってくる。

 須美代が私のことを「さん」づけでしか呼べなかったのは、摩由姫に遠慮していたためなのかもしれないし、須美代がパートタイムの仕事だけで私を育てることができたのは、背後に五月女財閥からの援助があったおかげかもしれない。

 でも逆に、私の実の母親とか遺産相続という話がそもそも真っ赤な嘘で、私はまんまと誘拐されているなんて可能性はあり得ないかしら。私は横目で大河原氏をこっそり盗み見した。あまりそんな気配は感じられないけど。でも、もし誘拐されているのなら、ここまで来てしまってはもう逃げ出せない気もする。

「摩耶さま。そろそろ参りましょうか」

 私の勝手な妄想を察知する様子もなく、煙草を一服済ませた大河原氏は、満足げに車のほうへとぼとぼと歩いて行った。


 峠を出れば、上栗村の中心地まではわりとすぐだった。そこには、駐在所や小学校、質素な郵便局に、ちょっとした商店の軒並が連なっていた。それらをやり過ごして集落の外れまでやって来ると、車は奥の沢に向かう細い脇道へ入った。くねくねとした急な上り坂の一本道をしばらく突き進んでいくと、やがて道が行き止まりになっていて、その先にはかつて見たことがないほど荘厳な鉄の門が構えていた。


 ここがあざみ館。私の生い立ちの秘密がしまってあるお屋敷。


挿絵(By みてみん) 


 門の両サイドには、不気味な小悪魔ガーゴイルの姿をした二匹の大理石の彫像が向かい合っていて、外部からやって来る訪問者を威嚇していた。和式の旧家を想像していたのでちょっと当てが外れたが、あざみ館は英国式イングリッシュ庭園ガーデン様式システムを組み入れた本格的な洋館であった。

 つたが生い茂った古びたコンクリート壁が、まるで万里の長城のように、視界から途切れるまでずっと伸びている。それは、単に侵入者を拒むだけではなく、内部を隠蔽いんぺいする目的で設置されたかのようにも、私には思えた。

 大河原氏は車から降りて、ポケットから取り出した大きなリングのついた鍵束から鍵を一つ選び出すと、それで門の錠を開けた。それから敷地の中に車を乗り入れて、キョロキョロと用心深く辺りを見まわしてから、門まで走っていって、再度錠をかけ直した。

 ガシャンという乾いた音が響いて門は閉ざされたが、その瞬間、なぜか私は外界から永遠に隔離されたような気がして、妙に心細くなった。

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