黒幕との再会②
目を覚ますと、エステルは硬質な床に転がされていた。
(……あれ……)
体を起こそうと思ったのに、動かない。手足が拘束されているのかと思ったが、痛みはないのでどうやら違うらしい。気を失うときに吸った薬品がまだ体内に残っていることが原因のようでくらくらとする。
(まだしばらくは動けない気がする)
それでも、意識だけははっきりしてきたので、体は動かさずに目と耳だけで周辺を観察してみる。
(近くには三人。クロードが調べていたグレンダと、彼女の手下らしき二人の男。……あら、頬に傷がついているわ?)
どこかで見たような、と考えを巡らせると、すぐに答えはわかった。
(そうだわ。前に、クロードの頬にも同じ引っ掻き傷がついていた。私のミルクティーを飲んで消えてしまったからすっかり忘れていたけれど……)
もしかして、手下らしき二人の男は彼女と恋愛関係にあるのではないだろうか。あの傷はきっと、喧嘩をしたせいでできたのだ。
気がついてみると、二人の男はグレンダにすっかり夢中な様子だった。エステルがまだ動けないせいもあるのかもしれないが、こちらのことなどは完全に無視してグレンダをかいがいしく世話している。
一人は椅子に座ったグレンダの肩を揉み、もう一人はネイルに色を塗ってあげていた。三人はそれぞれのことに夢中で、床に転がっているエステルが目をぱちぱちしていることになど気づきはしない。
少しほっとして余裕ができたエステルは彼らから視線を移し、様子を窺う範囲を広げた。
(ここは……神殿……? 外が暗くてまだ夜だということを踏まえると、王城の敷地からは出ていないはずだわ。フリード国の王城の中にある、宗教的な施設といったところかしら)
エステルが転がっている床は石でできていて、何も敷かれていない。体がそこまで痛くないのは毛皮のショールのおかげだった。
けれど、寒いものは寒い。グレンダたちは火魔法で温まっている様子だが、エステルの場所までは熱が届かない。ぶるりと震えると、くしゃみが出てしまった。
「……っくしゅん」
思わず口を手で押さえてしまい、体が動かせるようになりつつあることがわかった。同時に、グレンダもエステルが目を覚ましたことに気がついたようである。
「あら、お目覚めね?」
声を出す気にはならなくて瞬きだけで応じると、彼女は妖艶に笑った。
「ご令嬢がこんなところに連れてこられて、絶望ですぐに死にたいかもしれないけれど、もう少し待っていてね? あなたのことはあの第五王子を一人で誘き寄せるエサにさせてもらうわ」
(この人、晩餐会で私とスレヴィが仲良く隣に座っていたことを知っているんだわ……!)
エステルはグレンダを睨みつけたが、全く気にも留めていない様子だ。悪びれることなく、楽しそうに話す。
「あなたは光属性魔法の使い手よね」
「!」
「ああ、いいのよ。無理に隠す必要はないわ。だって、私はあなたが光属性魔法を使うところを見ちゃったんだもの。随分優しいのね。泣いている異国の令嬢に光魔法を使って瘴気を浄化してあげるなんて」
「私は……」
「でも、だめよ。この国では光属性魔法は忌み嫌われているんだもの。しかも、闇属性魔法を使いこなしたという伝説の聖女様と同じ顔をしておきながら光属性魔法を使うなんて、一体どういうつもり?」
迫力美人に至近距離で凄まれて、恐ろしさで気が遠くなりそうだ。
(ここは、オリオール王国のシャルリエ伯爵家の話を出して、その伝説の聖女様の子孫だとわかってもらう……? ううんだめよ。だってこの人は伝説の聖女様に何の敬意も払っていない。きっと効果はない)
エステルの考えを見透かしたように、グレンダは教えてくれる。
「私たちの神の教えではね、光属性魔法の使い手は人々を地獄に連れていく存在なのよ。伝説の聖女様をオリオール王国から追い出したとかそういうのは関係ないの。世界中の人々を不幸にするから、見つけたら殺さないといけないの。これは、私たちに課せられた義務なの」
恍惚とした表情に、緊張がどんどん高まっていく。
(この人……おかしい。そして、本気で私を殺そうとしているのがわかる)
床に転がされたまま、エステルは目を瞑った。
(ルシアン様……こんなところに逃げてこないで、ちゃんとお話しすればよかった。オリオール王国に戻ったら、結婚しますと伝えたかった。私がいなくなったら、ルシアン様はどんなにショックを受けるか)
彼はまた自分自身を殺し、死に戻ってしまうのだろうか。けれど、後悔してももう遅い。グレンダはエステルの前に膝をつくと、一枚の手紙を見せてきた。
そこには、とあるメッセージとともに王城内のとある場所を示した地図が描いてあった。
「これと同じもの、『恋人を助けたいのならここに来い』と書いた手紙をあの第五王子のところに送ったわ。助けに来たところで、あなたと一緒にまとめて始末するの。にしてもやるわね、婚約者がいるのに……心配? 大丈夫よ。そんなに痛くしないもの」
グレンダの言葉に、背中がぞくりとした。
(ど、どうしたらいいの。やっぱりこの人本気だわ……!)
どうやら、これまでにスレヴィを殺していたのは彼女を中心とした集団のようだ。
以前、リーナが教えてくれた『フリード国に蔓延る新興宗教』。グレンダはその教祖のような存在なのだろう。
ただ単に『伝説の聖女様を追放した光属性魔法使いの聖女が許せない』から始まる第五王子憎しとは全く種類が違うことが、自分に向けられる殺気からわかる。
寝転がったまま死への覚悟を決めかけたところで、一帯に黒いモヤのようなものが漂っていることに気がついた。
(あら?)
この神殿周辺にはランプの灯りしかなく、全体的に薄暗い。
石の床に寝転がっているエステルでなければ気がつかないほどの、少量の黒い霧。これには、確かに覚えがある。
そう思った瞬間、コツン、と石の床を叩く靴音がした。
「――誰が誰の恋人だって?」





