人助け
パーティーがお開きになったので、ルシアンが先に向かった部屋に、エステルも遅れて向かうことになった。
途中、クロードとともに王城の門へと続く回廊付近を通りかかる。その周辺は馬車の手配を待つ人々でごった返していた。スレヴィの誕生日パーティーは不測の事態によりお開きになったものの、予定よりも少し早かったためだ。
さっき起きたことの余韻もあって、皆が興奮している様子だ。そのざわざわしている中を、考え事をしながら抜けていく。
「……これまで、いろいろとルシアン様の本音を聞いてきたのだけれど、ルシアン様が本気でしまったという顔をしたところを見たのは初めてかもしれない……」
「確かににゃぁ。ルシアンは闇聖女のことを本当に好きすぎるから、結婚のことはあまり考えないようにしてるっぽいぞ?」
「私が嫌がると思っているのかしら」
確かに、求婚を受ける条件として『カフェを続けられること』を挙げたのはエステルだ。けれど、結婚が嫌だからその条件をつけたわけではない。
「ルシアン的には待つ以外あり得ないんだろうな。エステルのカフェが軌道に乗って、余裕を持って結婚のことを考えられるようになるまで待ってるんだろうにゃ。……そんなに大事にしてる相手に、恥ずかしい本音が筒抜けになるって……王子様本当にかわいそうだにゃ」
かわいそうと言いつつ笑いが止まらなくなったクロードをエステルは少しだけ睨みつける。
「ルシアン様を馬鹿にしないで」
「あっ、悪い悪い。……エステルが自分のために怒ったって知ったら、ルシアン喜ぶにゃ」
「もう! 私は真面目に悩んで……って」
(あら?)
いよいよ本格的に腹が立ち始めたところで、エステルはクロードの先に見えるとある令嬢の姿に目を留めた。エステルよりもわずかに年下のように見える美しく着飾った少女が、人混みから離れて草むらに座り込んでいるのだ。
頭には、リーナとは違う形のウサギの耳がついている。形よくぴんと立ち、時折ひくひくと動く耳がかわいらしい。けれど、彼女は泣いているようだった。
(何かあったのかしら?)
気になったエステルは声をかけてみる。
「どうかなさったのですか?」
「その……さっきの騒ぎで驚いて足を痛めてしまって」
涙で頬を濡らす令嬢の視線の先を辿ると、そこには赤く腫れた足首があった。靴を脱いでいるところを見ると、靴に入らないほどに腫れてしまっているうえに、ものすごく痛むのだろう。
(これは……なんて酷い怪我なの)
「これでは歩くこともままならず、帰れないでしょう。手当を」
「⁉︎ いいえ、そんな……って、あなたは」
そこで、令嬢はエステルの顔が伝説の聖女にそっくりなことに気がついたようだった。挙動不審になった少女の前で微笑みつつ、エステルはクロードに指示する。
「クロード、そのミルクティーをこちらの方に淹れて差し上げて」
「はいよ」
声をかけると、クロードは手に持っていたトレーの上でミルクティーをカップに注いだ。作ってからだいぶ時間が経ってはいるが、効果は確かなはずだ。
(今日、ミルクティーを使わずに済んでよかった。ここでこの子にあげられるもの)
「冷めてしまっていますが、きっと落ち着くと思います。ぜひお飲みください」
カップを差し出せば、令嬢は恐縮しながらも受け取った。
「ありがとうございます」
そうして、すぐに口をつける。普通、貴族令嬢は見知らぬ人間に勧められた食べ物を口にすることはないが、エステルの顔が伝説の聖女様にそっくりだったため警戒心が緩んだのだろう。
喉が渇いていたのか勢いは止まらず、ごくごくと飲み干してしまった。カップをソーサーに置いた令嬢は、ぎこちなく微笑む。
「おいしかったですわ。少し落ち着きました、ありがとうございます」
「いいえ。このようなことでお役に立てるのなら、いくらでも」
笑みを返したエステルだったが、令嬢の涙は乾いたものの、表情はまだどこか沈んだままなことが気になる。
(まだ痛みが引かないのかしら)
ミルクティーの効果を気にして見つめていると、令嬢は躊躇いを見せた後、遠慮がちに口を開く。
「実は、明日は婚約者と半年ぶりに会える日だったのです。ですが、この足では会えなくなってしまいましたわ」
「まぁ……」
(だから泣いていたのね)
エステルにも覚えがある。基本的に、政略結婚の婚約者との面会日時は随分前に決められている。もしそこで体調を崩したりしてしまったら、その次の機会まで待たなくてはいけないのだ。
ルシアンと過ごした、形ばかりの婚約者としての面会の日々を思い出す。
(私も、幼い頃からルシアン様と定期的に面会をしていたわ。後半の方は月に一度お会いできるようになったけれど、初めの頃は半年に一度しか会えなかったのよね。自分が結婚する相手がどんな人なのか知りたかったけれど、なかなか叶わなかった)
エステルはあの日々のことをルシアンがただ与えられた義務をこなしているとしか思っていなかった。実は、その陰でルシアンがこんなに重く自分を好きでいてくれたとは。それを思うと、つい感情移入してしまう。
(きっと、この方は婚約者を心から慕っているのね。だからこんなに泣いていたんだわ。……あら?)
そこで、微妙な感覚に気がついた。令嬢の周辺に、わずかに瘴気が感じられることに。
瘴気は目で見えるものではないが、途轍もなく嫌な感じがするため、子どもの頃から聖女になるための教育を受けていたエステルにはすぐにわかる。
『穢れ』とも呼ばれる瘴気のもととなるのは、人の営み全てだ。そのなかでも、魔法使用の形跡などは特に瘴気を生みやすいものとして知られているが、実は負の感情も多くの瘴気に変わりやすい。
(魔法のせいで怪我をして、婚約者に会えなくなってしまったんだもの。瘴気が生まれるのは当たり前のことよね)
普段なら、この国の聖女リーナが浄化してくれるだろうと手を出さないのだが、婚約者に会いたかったと泣いていた令嬢にエステルは同情してしまった。
(リーナ様は、スレヴィ暗殺の犯人を捕まえるために今は忙しいはずだわ。水鏡を覗く時間などなくて、きっと明日までには浄化できない)
「失礼します」
迷わずに令嬢の胸のうえに手をかざし、光魔法の呪文を唱える。穢れがあると、いくら闇魔法で作ったミルクティーを飲んでも治りが遅くなる。少しでも助けになりたいという気持ちからだった。
すると、わずかに光が湧き上がり、手の周りがぼんやりと明るくなる。
(とはいえ、私の光属性の魔力なんて義妹のアイヴィーに比べたら子どものお遊びみたいなものだったけれどね)
これは、エステルがかつて『顔だけ聖女』と揶揄されていた頃に呼ばれていた頃の、オリオール王国での聖女としての魔法だ。
(私はリーナ様がされるような闇属性での浄化のことをあまり知らないわ。私の闇魔法では瘴気の発生を抑えられても、生まれてしまった瘴気を消すことができない。でも、光魔法でなら)
幸い、エステルにはわずかしかない光属性魔力でも、この量の瘴気なら容易に浄化ができる。
「これは⁉︎」
「瘴気を消すものです。大丈夫、私の国では一般的な魔法ですから」
「…………」
令嬢は呆気に取られたままエステルの手元を見ている。光魔法はフリード国では嫌われているが、同時に極めて希少な魔法でもある。使用しているところを見たことがなければ、これがそうだとは気づかないだろう。
「終わりました。足の調子はいかがでしょうか?」
問いかけると、令嬢は目を丸くした。
「あらっ? 腫れが引いて……全然痛くないわ!」
「よかったですわ」
立ち上がり、靴を履いた令嬢は驚いた様子で足踏みをしてみたり、くるりと回ってみたりする。そうして、うれしそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。……聖女様」
フリード国で、その呼び方をされたのは初めてだった。
(よかった)
程なくして、令嬢の迎えの馬車が現れた。迎えの馬車に乗り、何度もこちらを振り返り、うれしそうに手を振りながら帰って行った令嬢を見送る。
(明日、彼女が婚約者の方と会えますように)
そんな願いを込めたところで。
「――っ!」
急に、クロードが何かに反応して暗闇の方を振り向いた。クロードの表情がいきなり厳しくなったので、エステルは首を傾げる。
「どうしたの? 誰かいた?」
「いや。――おかしい。誰もいないのか」
「? そう? では行きましょうか。あまり遅くなるとルシアン様が心配するもの」
「まー、そうだにゃ」
違和感を追求することなく、エステルたちはそのまま聖女リーナの部屋に向かったのだった。





