スレヴィの誕生日パーティー①
それから十日後。
あっという間にスレヴィの誕生日がやってきてしまった。
「まず、最初のときのスレヴィは、飲み物に混ぜられた特殊な毒で死んでいるわ。だから、会場の食べ物には絶対に手をつけないこと。誰かに渡された飲み物にも、絶対に手をつけてはダメ。私にはどのグラスに毒が入っているかはわかっているけれど、念には念をいれるのよ」
「うん、わかった。約束するよ」
聖女リーナのだだっ広い部屋。今日の振る舞いについてリーナとスレヴィが確認するのを聞きながら、エステルはミルクティーを淹れていた。
小鍋に茶葉を煮出して、ミルクを加える。闇魔法の呪文が組み込まれている歌を、今日は特に丁寧に歌う。丁寧に歌いつつも、楽しいことを思い浮かべる。
(だって、もしかしたら誰かが毒を飲んでしまうかもしれないんだもの)
この後、夜会が行われるが、エステルは常にこのミルクティーを持ち歩く予定だ。毒や呪いを解くには、解毒薬やその呪いに適応した特別な呪文が必要になる。
現に、一度目のときのリーナは魔法書が間に合わず、スレヴィを救えなかったと言っていた。けれど、エステルのミルクティーならほぼ全ての毒を無効化できる。もっとも効率の良い方法に思えた。
(リーナ様のこれまでの人生から、今夜は確実に毒が使われるわ。何とか回避しないと)
気合を入れると、ルシアンが手を挙げた。
「今日の動きの確認なんだが、俺は聖女リーナをエスコートすると見せかけて、主役のスレヴィのもとに合流する。そして、スレヴィに何らかの攻撃が仕掛けられたら護衛に徹する。これでいいな?」
「ええ、もちろんよ。私とルシアン殿下の噂が変な形で広まってしまったときはどうしようかと思ったけれど、こんな形で役に立つなんてね」
リーナが頷くと、ルシアンはさらに確認する。
「二度目のときは魔法で攻撃されたんだったな。エステルのそばにいられないのは残念だし心配だが、今回の刺客の狙いはスレヴィだ。いろいろな事情を考慮すれば、俺が守るのが一番いいだろう」
「ルシアン殿下、お願いね。……記憶では、スレヴィが倒れたのはパーティーが終わりに近づいた頃のことだったわ。中庭から窓を突き破って火魔法が飛んできたの」
「そのときの実行犯のことは調べてあるな?」
「ええ。今も尾行させていて、少しでも怪しい素振りを見せた瞬間に捕えるように指示してあるわ。三度目、四度目、五度目それぞれの犯人についても同じよ。きちんとルシアン殿下の指示通りにしたわ」
「いいだろう。準備は整ったな」
ルシアンとリーナの会話は、十日前の作戦会議を踏まえたものだった。
本来、スレヴィの護衛にはフリード国から専用の人間をつけるのが望ましいが、リーナによると三度目でそれをやったところ、王族の私設な護衛組織からなぜか情報が漏れてしまったのだという。
だから、スレヴィの護衛は自分たちでするしかないのだ。ルシアンはそのことも甚く気にしていたが、今日の作戦では言及しないようだ。
(これまで五回も死に戻っていて、それぞれ犯人が違うんだもの。六度目の今回もまた違う犯人が出てくると考えるのが自然よね)
ちなみに、先日街の屋台で購入した丸パンに毒が入っていた件についても調べたらしいが、当日の調理を任されていたアルバイトの青年が行方不明らしい。身元を辿っても、偽の住所や名前が使われていたようで毒が混入した原因についてはわからずじまい。
結局、その屋台は王族御用達の看板を取り上げられて調査が終了したということだった。
いろいろなことを回想しつつ、エステルは淹れ終わったミルクティーを小鍋から漉してポットに入れ替え、カートに載せた。このカートは目の届くところに置いておくつもりだ。万一、何かがあったときにすぐに取り出せるように。
「闇聖女、そのミルクティー少しくれにゃ。喉が渇いた」
人間の姿で盛装をしたクロードが喉を鳴らして寄ってくる。
「少しだけならいいけれど……って、その傷は何?」
見ると、クロードの頬に引っ掻き傷ができていた。ルシアンの使い魔であるクロードは相当に強く、傷を作ることなど滅多にない。今夜の作戦に関わって何かあったのか、と思ってしまう。
けれど、クロードはエステルからカップに注いでもらったミルクティーをごくごくと飲み干して、口の端をぺろりと舐める。
「気にすんにゃ。女はめんどくさいなって話だ」
(女は、めんどくさい……?)
もしかして、クロードはここで滞在中に誰かと仲良くなって恋仲になり、そして喧嘩でもしたのだろうか。
(そういえば、この前もランチを急いで平らげてどこかへ出かけて行ったような)
スレヴィ暗殺を防ぐための作戦決行前、緊張感に包まれていたエステルだったが、ほんの少しだけ遠い目になる。なるほど。使い魔も恋をするのね、と感心したところで、その変化は起こった。
「あら?」
クロードの頬から、引っ掻き傷がすうっと消えてしまったのだ。ついさっきまでくっきりとあったはずなのに、跡形もなく消えていた。
「闇聖女、どうかしたか?」
「クロードの頬にあった傷が消えたわ」
「このミルクティーおいしかったからにゃ。効果が高まったんじゃないか」
確かに、エステルのミルクティーに怪我を回復させる効果があることは、近所の子どもたちでもなんとなくわかっていた。でも、まさかこんなにはっきり効果が見えるとは。
(集中して作ったおかげかな。でも、これならスレヴィのお誕生日パーティーの最中に何かがあっても大丈夫そうだわ。毒や怪我の類なら、きっと何とかなる)
ほっとしてカートを見つめていると、ルシアンとクロードの会話が聞こえた。
「エステルにはクロードがついてくれ。お前が死んでもエステルだけは守れ」
とんでもなく重い命令が聞こえてきてしまった。
「はいはい。まぁ、この『顔だけ聖女』さんはフリード国でもちょっと有名になってきちまったからな。余計なやつらに絡まれないようにしつつ、ちゃんと守るにゃ」
「頼むぞ」
エステルが『伝説の聖女様』に顔がそっくりなことは少しずつ知られるようになっている。この前の晩餐会をきっかけに広まったのだが、きっと今日は少し面倒なことになる気がしないでもなかった。
(スレヴィのことを守るために私はここにいるのに、皆に余計な気を遣わせてしまって申し訳ないわ……)
これまで、リーナは一人でスレヴィを救おうとしてきた。スレヴィを傷つけるのが嫌で誰にも打ち明けることができず、一人きりだったせいで打てる作戦には限りがあった。
けれど、今日はそうではない。
部屋の中央に立ち、誰よりも似合う淡いピンクのドレスを着て腕組みをしたリーナはふわりと微笑む。
「今日の目的は、過去の犯人五人全員を同時に捕まえて、背後にいる人間のことを吐かせるのよ。そして、そいつを消すんだから」





