とんでもない勘違い③
翌日。急遽、エステルはルシアンとともに聖女リーナの部屋へ呼び出されていた。
「リーナ様、御用とはどのようなことでしょうか?」
問いかけると、リーナは不敵に微笑んだ。
「今日はね、作戦会議よ」
「僕が殺される誕生日パーティーまであと十日ほどだから、当日のことについて打ち合わせしようってリーナが言うんだ」
そうして、スレヴィはルシアンを見ている。けれど特別な用はないようで、すぐに目を逸らしリーナの手元にある紙を覗き込む。
(…………)
明らかに気を遣って挙動不審な様子に、エステルは昨日の晩餐会のことを思い出した。
(スレヴィは『聖女リーナ様はルシアン様のように完璧な人が好みだ』と知って、とても落ち込んでいたものね)
昨日の会場で同じように凹んでいたエステルにも気持ちはよくわかる。何となく仲間意識を感じたところで、席についたばかりのはずのルシアンからとんでもない発言が聞こえてきた。
「昨夜のエステルはかわいかったからな」
「待ってくださいルシアン様?」
本音がだだ漏れるのがエスカレートするのを防ぐため、できる限り反応をしないことにしているはずが、うっかり突っ込んでしまった。しかし、まずは状況を整理したい。
(間違いなく、いろいろと誤解を受けそうな発言だわ……⁉︎)
現に、十五歳のリーナは顔を引き攣らせて頬を染め、十三歳のスレヴィが目を丸くしていた。けれど、自分の本音が漏れていることにまだ気がついていないルシアンは、そのまま続ける。
「昨夜のエステルは、わざわざ呼ばなくても俺の隣に座ったんだ。そして、『寂しかった』と俺に囁いた。何度思い返してもかわいすぎないか? 部屋に戻ってから百回は反芻した。エステルの、」
「ルッ……ルシアン様!」
あわてて叫ぶと、ルシアンも自分の本音がだだ漏れていることにやっと気がついたようだ。胸を押さえ、息苦しそうにしながら自分の言動を後悔している。
「……っ、殺してくれ……苦し……っ」
「うっわー今までで一番おもしれえわ」
「ルシアン様、大丈夫ですか⁉︎」
クロードはお腹を抱え涙を流しながら笑っていて、全く介抱する気がないらしい。けれど、ルシアンはいつも通りエステルの手を優しく拒絶する。
「エステルは、離れてて……、心配されてうれしい自分が、心の底から気持ち悪すぎる……最悪だ」
これまで大体クールに振る舞っていたルシアンがいきなり妙なことを口にし、その後で苦しそうに悶えながら狼狽し始めたので、リーナとスレヴィは大変に困惑しているようだった。
エステルもエステルで、この状況を全然受け入れたくない。昨夜のやり取りを知られたうえに、とんでもない誤解があったことが発覚したからだ。
(なぜ? どうして? ――人はお酒に酔ったら記憶をなくすんじゃなかったの⁉︎ だから、ちょっとだけいつもとは違う振る舞いをしてしまったのに!)
まさか、ルシアンはそういうタイプではないのだろうか。半ばパニック状態のエステルはルシアンに聞く。
「ルシアン様。お酒に酔っていたのに記憶をなくしていないのはどうしてですか⁉︎」
「……っ? 何を……? 普通は酔っても記憶は飛ばないが」
「えっ」
エステルに絶望が広がった。
(つまり、ルシアン様は昨夜のことを詳細に覚えていらっしゃる⁉︎)
自分の失態を把握した途端、急に恥ずかしくなる。さっき、リーナの部屋に行くため、迎えに来てくれたルシアンはいつも通りだった。
ルシアンの顔を見て、昨夜のことを少しだけ思い出したものの、彼が覚えていないのだから恥ずかしがったりそのことに言及する必要はない。そう思って、普通に過ごしていたのに。
エステルとルシアンのやり取りを見ていたクロードは、疑問に気がついたようだ。
「あーおもしれぇ。でも待て。昨夜、エステルはオレと一緒に客間に戻ったよな。で、オレは先に寝るって言ってルシアンの部屋に行ってベッドを占領して寝たんだが……オレが寝てる間に何かあったのか?」
「話せないな」
「ルシアン様⁉︎」
何でも本音を話してしまうはずのルシアンが拒否したことに、驚いてしまう。そして、ルシアンはきっぱりと言い切った。
「昨夜のエステルのことは一生忘れないし、誰にも話さな、……っ」
「……っ、ルシアン様⁉︎ それです! それを言わないでください……!」
「……最悪、だ……」
ルシアンはまた胸を押さえて壁にもたれかかり、クロードが「しかたにゃいな」と言いながら介抱に向かう。
結局、誤解を招く意味深すぎる答えになってしまっただけだった。





