お似合いの二人
噂とは、思いもよらない方向に転がっていくことがある。そう、こんなふうに。
リーナに頼まれて『聖女様はルシアン殿下が好み』という噂を流すことを許可してから、わずか一日。どういうことなのか、エステルたちは予定にない晩餐会に招待されていた。
エステルの隣に座った人間の姿をしたクロードは、いつもとは違っておめかしをしている。そしてぷるぷると震えながら聞いてきた。
「おい、闇聖女。テーブルにフォークとナイフが死ぬほどたくさんあるんだが、どうしたらいいんだ⁉︎ しかもスプーンも大小中とサイズ豊富だぞ? この食事会ではこんなにたくさんスープが出るのか⁉︎ お腹タプタプでメインディッシュが食べられなくならないか⁉︎」
「大丈夫よ、クロード」
宥めるようにして右隣を見ると、クロードは相変わらず震えていた。首元の黒い蝶ネクタイがぴくぴくと揺れている。普段とは全く違う姿に、エステルは思わず笑顔になった。
(それはそうよね。だって、使い魔のクロードはこんなにきちんとした食事会に出ることがないもの)
いつもなら、こんなときはルシアンが助けてくれる。クロードを落ち着かせて、震えを収めてくれるのだが……。
今日、そのルシアンはエステルたちから随分と離れた高座にいた。それをテーブルの端から見守るエステルの心は、ざわざわとする。
(ルシアン様は聖女リーナ様のお隣の席……)
あの『噂』を流すことを許可したときには想像しなかった状況に、複雑な気持ちになる。何も知らないクロードも違和感を持ったらしい。
「ルシアン、何であんなところに座らされてるんだ? オリオール王国から来た王子だからか? それなら初日にもっと歓迎されてもよくないか?」
「それがね、リーナ様に頼まれて『聖女リーナはルシアン殿下のような完璧な方が好みだ』という噂を流したの」
周囲には聞こえないよう、できる限りの小声で答えると、クロードは不思議そうにする。
「なんでにゃ?」
「リーナ様に持ち込まれる縁談をお断りするためよ」
「ふーん。それでこんなことに。面白いにゃ」
クロードは驚くほどあっさりと状況を飲み込んでくれたが、エステルはどうしても戸惑いが隠せない。
(まさか、噂が流れたことでこんなことになるだなんて)
リーナに頼まれて、『聖女リーナはルシアン殿下のような完璧な方が好みだ』という噂を流すことを許可したのが昨日の午前中のこと。そのすぐ後、午後のお茶の時間には、数人の有力貴族がルシアンの部屋を訪ねてきたらしい。
ルシアンによると「俺がどれほどの人間なのか品定めしに来たようだ」ということだったが、事態はそれだけでは終わらなかった。
夜になると聖女リーナとの会食に招待された。ちょうど、エステルとスレヴィもルシアンの部屋にいたタイミングだったのだが、招かれたのはルシアンだけ。
それを、ルシアンは「婚約者を一人残して食事会に出るのは心配だから」という理由で断った。すると今日、なんと晩餐会が開かれることになってしまったのだった。
(晩餐会が開かれることになったのは、ルシアン様が断れないようにするため……)
ただ、リーナに持ち込まれる縁談の数を減らして婚約者決定までの猶予がほしかっただけなのに、まさか『リーナ様の好みの男性、ルシアン殿下との仲を取り持とう』という方向に話が行くとは。
高座でルシアンと並ばされているリーナも、心なしか元気がない。もともと垂れている耳にさらに重力に従わせ、こちらをチラチラと見ている。
一方、エステルの左隣にはスレヴィが座っていた。
『聖女様の意中の人ルシアン様の婚約者エステル』と『嫌われ者で国外追放を言い渡された第五王子』が見事に末席に座らされている状況があからさますぎる。
「何か、変な噂が流れてるんだよね。リーナの好きな人がルシアン殿下だって」
「えっと、違うの。ルシアン様のように完璧な人が好みだ、っていう話みたい」
「ふぅん。ルシアン様のように完璧な人かぁ……」
ただでさえ元気がなさそうに見えたスレヴィはがっくりと肩を落としてしまった。それを見て、エステルは首を傾げる。
(スレヴィにどう思われているかについて、リーナ様は「別に好きとかそういうのじゃない」と仰っていたけれど……)
この反応は、どう考えてもそういうのではないだろうか。スレヴィの様子を窺いながら、エステルはスープをすくう。
高座からは外交モードで完璧な王子様を演じているルシアンと、スレヴィ以外の人と婚約させられるのをどうしても避けたいリーナの、楽しげな話し声が聞こえてくる。
(これは演技でお芝居だもの。リーナ様の恋を応援するための、嘘。だから大丈夫。傷つくところではないわ)
そう思えば思うほど、一方で右隣のスレヴィのため息は深くなっていく。こちらにも事情を説明してやりたいが、果たしてそれは許されることなのだろうか。
(リーナ様が知らせていないのだから、私が説明するのはいけないわよね……)
三角の耳を折り、しゅんとして全く食が進まない様子のスレヴィを見ると心が沈む。スレヴィへの同情なのかと思えば、そうでもない気がしてしっくりこない。
そうしているうちに、周囲の会話が聞こえてくる。
「オリオール王国の第二王子、ルシアン殿下か。噂には聞いていたがとんでもなくいい男じゃないか」
「そうですね。聖女リーナ様が夢中になられるのも納得です」
「急遽晩餐会が開かれたのは、聖女リーナ様とルシアン殿下の仲を取り持つためという噂もありますね。確かに、あれだけの人を好みのタイプとして挙げられてしまっては、探すのが大変だ」
「国内で似た条件の貴族子息を探すよりは、リーナ様の意中の本人を婚約者として口説き落とす方が早いですからね」
「――それにしても、本当にお似合いの二人だ」
(そんな)
ルシアンが誘いに靡くとは思っていないし、リーナの事情もよく知っている。けれど、どことなく心細い気持ちになる。
(このお話をしたとき、ルシアン様が『ただ、少し面倒なことになりそうだなと思っただけだ』と仰っていたのはまさにこの状況のことだったのかもしれないわ)
(すぐにルシアンのターンがくるので安心してください)
昨日更新設定するのを忘れていましたすみません……!





