リーナを蝕む呪い返し
引き続き、予想外すぎる頼み事に目を瞬くしかない。
(どうしてそんな噂を? というか、リーナ様は本気なの……⁉︎)
驚いているエステルだったが、リーナは控えめに話し始めた。
「私がスレヴィのことを好きなのは気がついているわよね」
「……はい。何となく、そうなのかなとは思っていました」
そのことは、初対面の日のリーナの表情から気がついていた。加えて、リーナはこれまでに五回も死に戻っているのだ。
いくら幼なじみのためとはいえ、普通ではありえない。特別な感情があることは容易に想像できていた。エステルが遠慮がちに頷くと、リーナは照れ隠しのようにふんぞり返る。
「私はフリード国でとっても大事にされている聖女なの。王宮の中にこんなに大きな部屋をもらって、大切に敬われて楽しく暮らしているの。これはぜーんぶ、王族の方々が私を聖女としてこの国に留めたいからよ。――だから、この国の王族は私に婚約者まであてがおうとする」
「リーナ様は婚約されているのですね」
「いいえまだよ。でも、そろそろ逃げられなくなるの。私は十五歳、スレヴィは十三歳でフリード国では結婚適齢期に入るんだから。どちらにもまだ縁談はないけど、忌避されているスレヴィはともかくとして、私には確実に婚約者をあてがってくると思う」
強がるように話すリーナだったが、表情は寂しげだ。本当は、スレヴィの前で誰かと結婚するのは嫌なのだろう。
(もし、今回の死に戻りでスレヴィを救えたとしても、リーナ様の恋が叶うことはない……)
想像して悲しくなった。
「それで、どうしてルシアン様を好きだという噂を流したいというような話になるのでしょうか?」
「ルシアン殿下はとてもお顔がいいわ」
「……ええ、まぁ、それはそうですね……」
自分の婚約者の外見をあらためて褒められると、何と答えたらいいのかわからなくなる。目を泳がせたエステルだったが、リーナの言葉は止まらなかった。
「お顔の他にも、佇まいがいいわ。王族としての気品にあふれ、自信に満ちたお姿はさすが生まれながらの王子様って感じね。そのうえ、他国で突拍子もない事件に巻き込まれても落ち着いて対応するクールさもある。闇属性魔力をお持ちだと聞いているけれど、見た感じ相当な使い手ね?」
「はい、リーナ様のおっしゃる通りではあるのですが……?」
訝しげなエステルに、リーナは目を逸らして小声で言った。
「そんなルシアン殿下のことを私がとんでもなく好きだという噂が回れば、私の機嫌を損ねたくない周囲はきっと同じぐらい素敵な殿方を見つけてこようとするわ。だから、婚約者探しは難航する。婚約者問題が先送りにできるわ」
「なるほど……」
「正直、フリード国の男はイマイチすぎるのよ。みんな私には弱いし、へこへこしてくるし、ちっとも魅力がないの。これまで、スケープゴートにできるような存在すらいなくて困ってたのだけれど、ルシアン殿下なら完璧だわ」
(こんなふうにおっしゃっているのに、リーナ様はその中でもスレヴィのことだけは五回も死ぬほど好きなのね)
ルシアンの呪い返しによって語られる愛も大概重いが、リーナの愛の重さにはせつなくなった。ということで、エステルは快諾することにした。
「承知いたしました。リーナ様がルシアン様を好きだという噂、流していただいて結構です。私の方からもルシアン殿下にお話ししておきますね」
「ありがとう。助かるわ」
リーナはホッとしたように笑うと、自分もキャロットケーキを口に運んだ。緊張が解けたような仕草に、エステルも安堵する。
(リーナ様は強がっているだけでなく、いろいろなことを考えて苦労されていらっしゃるのね)
一息つきつつ、自分へのルシアンの愛の重さを思い出したエステルは聞いてみる。
「禁呪には呪い返しがつきものと聞きます。リーナ様の呪い返しはどんなことなのでしょうか?」
「五回も禁呪を使っているから、呪い返しも五つよ。特定の闇魔法が使えないとか、闇魔法の呪文が読めないとか、そんなのばっかり。でも聖女として必要な呪文は大体覚えているから大丈夫。だけど、ひとつだけ困った呪い返しがあって」
せつなげなリーナの瞳に、エステルは首を傾げた。
「困った呪い返し……?」
「ええ。一回目、初めての死に戻りで代償として現れた呪い返しよ。――私は、スレヴィに好きだと言えないの」
「好きだと言えない? それは、言葉にならないということですか?」
「そう。とにかく、好意を伝えること自体がだめみたい。無理に伝えようとすると息苦しくなって、呼吸が止まりそうになるの。手紙もだめ。書いているうちに苦しくなる」
「……!」
ルシアンと真逆の呪いに、胸が痛くなった。
(人に気持ちを伝えるのってすごく勇気がいることなのに。勇気を振り絞っても、それが相手に伝わらないなんて)
「もともと、スレヴィと私は幼なじみだもの。スレヴィは私のことを心配したり優しくしたりすることもあるけれど、別に好きとかそういうのじゃない。だから、スレヴィに振り向いてもらうにはこっちから好きだと伝えないといけないのに、それができなくなった」
「リーナ様……」
「仕方ないの。とにかく、スレヴィが生きてくれればそれでいいと思ってる」
気丈に振舞うリーナの真っ直ぐな眼差しには迷いがない。本当に、スレヴィを救えればそれでいいと思っているのだろう。
(ルシアン様によると、死に戻るときには自分で自分を殺す必要があるということだったわ)
まさに死ぬほどに痛くて怖い思いをしてまで助けたい相手に、気持ちを伝えられないなんて。
(リーナ様はどんなに辛い思いをされているのかしら)
リーナの想いを想像して辛くなったエステルは、瞳が潤みそうになるのを堪えてしっかりと頷く。
「私たちも、スレヴィがお誕生日の日の夜を乗り切れるようにできる限りのお手伝いをいたします」
「ええ、お願いね」
にっこりと微笑むリーナは、どこか吹っ切れたように爽やかだった。
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