聖女像
しばらくして、リーナの付き人が『丸パン』を買ってきてくれた。
ちなみに、今日はリーナに案内してもらっての、お忍びでの訪問である。フリード国を追放されたスレヴィはもちろん、オリオール王国からの客人ルシアンとエステルの存在も明かされていない。
全員地味な格好をしているため、この集団の中の二人が王子様で、二人が聖女だとは誰も気づかないだろう。だからこそ、護衛の人数も最小限なものになっている。
一般市民に混ざって街を楽しんでいると、さっきまで結婚のことで悩んでいたエステルもわくわくが抑えきれず、自然と気持ちが切り替わる。
(さっきルシアン様がおっしゃっていた通りだわ。普段はこんな風にしてお出かけをすることがないから、新鮮だし楽しい)
「広場のベンチで座って食べましょう」
リーナの提案で広場まで行くと、銅像の周囲に花壇が配置され、それを囲むようにしてベンチが並んでいる場所があった。中央の銅像は女性を模ったもののようだ。よく見ると、リーナと似た服を身につけている。
(あれ、誰かに似ているような……)
そんなことを考えていると、スレヴィが教えてくれる。
「あれがフリード国の伝説の聖女様の銅像だよ」
「! 私に似ているっていう?」
「そうだよ」
今、感じた『誰かに似ている』という感覚は自分自身に似ているというものだったようだ。
(確かに……見れば見るほど毎朝鏡の中で見る顔にそっくりだわ)
銅像から目が離せないでいると、リーナが教えてくれる。
「あなたに顔を隠してもらったのは、街の人に顔を見られたら騒ぎになるからよ。こんな銅像が国中の至るところにあるの」
「どうしてこんなに似ているのでしょうか」
フリード国には何のルーツも関わりもないエステルは首を傾げるばかりだが、リーナはとっくに答えを知っているようだ。
「あなたのお名前、エステル・シャルリエといったわね。これは我が国で聖女になるものだけが受ける『聖女教育』で教わることで一般的なことではないのだけれど――伝説の聖女様はオリオール王国のシャルリエ家というところのお嬢様だったらしいわ」
「つまり、伝説の聖女様は私の祖先だとおっしゃるのですか?」
目を丸くすると、リーナは頷く。
「そうだと思うわ。数百年前のこと、伝説の聖女様は若い頃はオリオール王国で暮らして、中年を過ぎてからこの国に来たみたいよ。家に尽くして子どももいたのに、ある日突然立場を奪われてシャルリエ家を追い出されたんですって。その結果フリード国に辿り着いたと」
「なんてひどい……」
絶句したエステルだったが、隣のルシアンは「あの家は本当に信じられないな。数百年前も変わらないのか」と怒っている。それを見ながらため息をついたリーナは続ける。
「だから、オリオール王国には伝説の聖女様の記録がないの。祖国では力を発揮する機会をもらえなかったみたい」
「そういえば、実家の厨房には闇属性魔法の呪文をベースにした歌が伝わっているんです。それを歌いながらお料理をしたら、出来上がった食べ物や飲み物に特別な効果が付与されるようになって」
「⁉︎ それなら、あなたはやっぱり伝説の聖女様の力を受け継いでいるのね……⁉︎」
さっきまでかわいらしくはあるもののどこか淡々と対応をしていたリーナの瞳に、動揺が見えた気がする。
(リーナ様……?)
急な変化が気になったエステルだったが、リーナはコホンと咳払いをした。
「こんなふうに、光属性魔法はフリード国で嫌われているの。伝説の聖女様を崇め奉るだけならいいけれど、光魔法を嫌う妙な新興宗教まで増えてきているみたいで大変だと聞いたわ」
「新興宗教、でしょうか?」
「ええ。自分たちの目的を果たすためなら、強引な手段をとる組織も珍しくないんですって。あまりにも数が多すぎて、把握しきれないと聞くわ。……まぁ、歴史の話はこれくらいにして、丸パンをいただきましょう? 冷めちゃうわ」
「そうですね」
ということで、リーナのことが気にはなったものの、エステルは手渡された『丸パン』をまじまじと見る。話を聞いたときは、丸いパンをただ揚げたものを想像していたが、どうやら違うようだ。
表面に細かく砕いたコーンフレークのようなものがまぶされていて、とうもろこしのいい香りがする。見るからにカリカリの表面は、食感を想像させて食欲を刺激してくる。
「おいしそうだわ」
「闇聖女、オレにもくれるか?」
「ええ、どうぞ」
まだ全員に丸パンが行き渡らない中、猫の姿をしたクロードがエステルの肩に乗って身を乗り出してくる。
(クロードったら)
涎を垂らしそうな勢いのクロードに笑いながら一口めを譲れば、彼はあーんっと大きな口を開けて丸パンにかぶりつく。
「……んにゃっ⁉︎」
丸パンを頬張った瞬間、クロードが全身の毛を逆立てて変な声を上げた。
「どうしたの?」
「……おいしいっ」
「お前、紛らわしいだろう? 妙な声を出すから、毒でも入っていたのかと」
ルシアンに咎められたクロードはへへへっと笑っている。
「カリカリした生地と、中のお肉のジューシーさが堪らないぞコレ。オレの分も買ってくれにゃ」
エステルたちの会話を聞いていたリーナとスレヴィはうれしそうにしている。自分たちの国をほめられてうれしいのだろう。
「丸パンのおいしさは控えめに言っても世界一だと思うの。フリード国が誇る宝だわ」
「特色のグラニテもおいしいけど、丸パンだけは温かくても食べられるんだよね」
(この丸パン、カフェでも出せたらいいのだけど。お菓子を作ったことはあっても、パンは焼いたことがないのよね。お店に出せるクオリティで生地を作れるようになるまで、どれぐらいかかるのかしら)
こんがりきつね色に揚がった丸パンを見つめ、自分も食べようとしたところで、パンを包んでいるツルツルの紙に何かが書いてあることに気がつく。
(何かしら? 『光属性の?』)
——光属性の第五王子は災いをもたらす、生まれたことを命をもって償え
「……何これ」
その瞬間、肩の上にいたクロードがまた変な声を上げた。
「……んにゃっ⁉︎」
そうして、えづき始めた。





