『顔だけ聖女』への疑問
ピンと立っていた耳をぱたんと折り、急にしおらしくなった。
「……あら? ごめんなさい、お客様だったのね。どんなご用かしら?」
「オリオール王国が第二王子、ルシアン・クラルティと申します。この度はフリード国の聖女様に申し上げたき議があり、まいりました」
「……オリオール王国の王子様?」
ルシアンの挨拶に、聖女は赤い目を丸くした後、かわいらしく微笑む。
「私は聖女リーナよ。うさぎ獣人で、闇魔法使いの聖女をしているの」
「聖女リーナ様、私たちはオリオール王国でスレヴィと出会い、事情を聞いて貴国に送り届けることにしました。彼は生まれ育った国での生活を強く希望しています。何か必要な支援があるのなら、私どもがいたしましょう。どうか、国外追放についてご再考をいただけませんか」
「どうして、オリオール王国の王子様がそこまでするの? ……でもそれなら、スレヴィをオリオール王国で保護してもらうことはできないかしら? ルシアン殿下の庇護下なら安全よね」
聖女リーナの望みを聞いたルシアンは、それまでの王子様然とした爽やかな表情を一変させた。
「断る。この子狼は俺の婚約者の部屋に滞在し、毎日食事を作ってもらい、ベッドを借りて眠っているんだ。しかもやたら優しくしてもらっている。エステルはもともと天使のように優しくてかわいらしいが、俺のエステルを独り占めしているんだぞ? 万死に値する。だから送り返しに来た」
(ルシアン様⁉︎)
「……っ」
本音がだだ漏れている。
驚いてルシアンを見上げると、本人もしまったと思っているらしく口を押さえていた。つい数秒前までの、外交モードのルシアンは一体どこへ行ってしまったのか。
一方、聖女リーナもルシアンの本音には戸惑ったようだった。長くてふわふわの耳をぴくりと動かし、首を傾げている。
「……ねえ、あなた。もしかしてそれって……何か特別な禁呪による呪い返しではないかしら?」
「!」
一瞬で見抜かれたことにエステルは驚いたが、ルシアンは落ち着いた様子で応じる。
「いえまさか。呪い返しどころか、禁呪など使ったことはありません」
「ふぅん。『嘘がつけない』とかそういう類の呪い返しかと思ったけれど、違うのね?」
ものすごく惜しいところである。
(というか、ほぼ当たりのような気がするけれど)
『意中の相手に本音がだだ漏れになる』という呪いが禁呪の呪い返しだなんて、普通はどうあってもたどり着けない突飛すぎる正解なのだから。
(それに、ルシアン様は呪い返しのことを聖女様にお話しにはならないのね……?)
エステルとしては、スレヴィを送り届けることも重要だが、ルシアンの呪いを解いてもらうこともフリード国を訪問した大きな理由だった。
(ルシアン様のことだもの。きっと折を見てお話しになるのでしょう)
納得したエステルは特に口出しはせず見守ることにする。一方、ルシアンから視線を外したリーナは自分を納得させるようにブツブツと思案している様子だった。
「オリオール王国が一番安全かなと思ってスレヴィの追放先に選んだのだけど、ご迷惑をおかけしているのなら他の国にしようかしら。……でもスレヴィは頼りなくてポンコツだから心配なのよね」
「ごっ……ごめんなさぁい」
頼りなくポンコツだと怒られてしまったスレヴィは額を床につけて謝罪している。リーナとのやりとりを見ていると、二人が幼馴染だというのは本当のことのようだった。
力関係はリーナの方が圧倒的に上のようだが、同時にリーナがスレヴィの甘えたような振る舞いを許していることも感じられる。
(仲良しだったのに、こんなことになってしまったなんて……)
そんなことを考えていると、ふとこちらにリーナの視線が向いた。そのまま、じっと見つめられる。
もしかして、自分の顔に何かついているのだろうか。
不安になったところで、リーナは当然のように問いかけてくる。
「ねえ。あなた、お名前は? すっごく気になるお顔をしてるんだけど?」
「私はエステル・シャルリエといいます。オリオール王国の王都のはずれでカフェをやっていて、……オリオール王国では聖女としても仕事を承っています」
リーナの顔色が変わる。
「聖女? もしかして、闇属性魔力持ちだったりする?」
「……はい。よくおわかりで。オリオール王国では光属性魔力持ちの聖女が一般的で……闇属性魔力持ちの聖女はこれまでにいなかったそうで」
エステルの言葉を聞いたリーナは納得したように頷く。それから、背後で控えていた付き人たちに視線で告げてから、こちらに向き直る。
「ふぅん。すぐにスレヴィを連れて帰ってもらおうと思ったけど、スレヴィは子犬みたいでかわいそうだし、王子様は不思議な呪いにかかっていそうだし、あなたはそんな顔してるしで気が変わったわ。しばらくここに滞在なさい。……明日は街へ観光に連れて行ってあげる。エステルと言ったわね。あなたは顔を隠すのよ。いいわね?」
「……?」
街を案内してもらえるのはありがたいが、どうして顔を隠す必要があるのだろうか。
思ってもみなかった展開に、エステルとルシアンは顔を見合わせ、スレヴィはクゥンと鼻を鳴らし、クロードは興味なさそうに窓の外を見ていたのだった。
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