聖女様との出会い
比較的温暖な気候が特徴のオリオール王国に比べ、フリード国は一年中雪と氷に覆われている国だ。それだけに物理的な距離がものすごく、エステルたちはフリード国の王都に到着するまでに、鉄道を乗り継いで十日間もかかってしまった。
けれど、辿り着いた王都は白銀の世界が広がる、素晴らしい街だった。早朝の王城前、降り積ったばかりのふわふわの雪に彩られた光景にエステルは思わず声を上げる。
「素敵だわ……! 雪化粧をしたお城がこんなに美しいだなんて」
「十三の頃に来たときと変わっていないな。半年間、魔法塔にこもって勉強ばかりしていたから、スレヴィを追放した聖女には会ったことがないが」
「オレも来たのは初めてだ。……寒いにゃ。オレって使い魔だけど一応猫だし、寒いの無理だにゃ」
クロードが震えだしたので、エステルは自分が着ている毛皮のコートの中に入れてやる。やがて王城に入ったエステルたちは、東の棟の真ん中にある不思議な部屋へと通された。
途中、出会った数人の衛兵や女官たちがエステルの顔を見てあっと声をあげそうになっていた。
(私の顔に、何かついてる……?)
そう思いながら通された大きなターコイズ色の扉の中は、信じられないほどに広い部屋になっていた。屋内のはずなのに、部屋の中央には大きな噴水があって、そこに誰かの魔力が流れているようだった。
(これは噴水ではなくて水鏡……? 街の人々の様子が映っているわ)
水の中には、街で過ごす人々の様子。わずかに感じられる瘴気の気配を、闇属性の魔力が飲み込んでいるような、不思議な感覚に襲われる。
「これは……何?」
「我が国の聖女様が浄化に使っている水鏡だよ。そこに、常に魔力を流しておいて、悪いものが溜まる前に綺麗にしちゃうんだ」
「そんなことができるのね!」
スレヴィの答えに、驚いてしまう。オリオール王国では、光魔法を扱う聖女が浄化を行うが、瘴気が溜まっている場所まで行かないとできない。離れた場所から瘴気を浄化できるとなると、フリード国の聖女が相当な力を持っていることの証になる。
(一体、どんな聖女様なのかしら)
子どもの狼の見た目をしたスレヴィの幼馴染だというその聖女にことを想像したところで。
「どうしてこんなところにいるのよ!」
突然広い部屋の中に澄み渡った、高くてかわいらしい声に息を呑む。振り返ると、うさぎの耳を生やした少女がいた。
「スレヴィは国外追放処分って言ったじゃないの! しっかり国境の町まで送り届けたはずなのに、どうして戻って来ちゃったの⁉︎」
ラベンダー色のふわふわの髪に、ルビーのような赤い瞳。頭の上からにょきにょきと生えているふかふかの耳が彼女の愛らしい印象を数倍に見せている。後ろには同じウサギの耳を持つ幼い少女二人が付き従っていた。
(これは間違いなく聖女様だわ……!)
そう思ったところで、スレヴィが彼女に向かい華麗な土下座を披露する。エステルやルシアンに挨拶をする隙を与えないほどの淀みなく美しい謝罪だった。
そうして、広い部屋の中に悲痛な叫びが響く。
「聖女リーナ様。どうかあの予言を取り消してください。僕をこの国から追い出さないでぇ……!」
「嫌よ。絶対に嫌。予言は絶対に取り消さないんだから!」
「だって僕行くところがないんだよ。一人で国外に追い出されたら生きていけない」
「一生遊んで暮らせるお金を持たせたし、オリオール王国のおすすめの宿リストも渡したでしょう⁉︎」
「それが、盗賊に身包み剥がされちゃったんだ。お金も宿リストもなくなっちゃった」
「はぁ⁉︎ スレヴィってどうしていつもそうなるの?」
「だからお願い、ここに置いてよ。僕は王子じゃなくてもいいんだ。リーナの付き人とかでもいいから、ここにいさせて」
「何いってるの……っ⁉︎ 私は、あなたを助けるために……っ。なんでもないわ」
突然始まってしまった、痴話喧嘩のようなやりとりにエステルは目を瞬いた。
(スレヴィがお話ししている相手は聖女様よね⁉︎ 国外追放されたなんて言うから、もっとこう……厳格な聖女様を想像していたわ⁉︎)
ところが、今目の前にいるのはふわふわの耳を跳ねさせ、まんまるの赤い目をがんばって釣り上げ、小さな鼻をひくひくさせながら怒っている聖女だった。控えめに言ってかわいすぎる。
一方のスレヴィも、自分を追放した相手に対するものとは思えない接し方をしている。プライドをかなぐり捨てた、完全に子犬のような命乞いに驚くしかない。
その様子を見ていたルシアンは何か納得したようである。キャンキャンやりとりをするスレヴィとフリード国の聖女をバックに、頷いた。
「そういうことか」
「? ルシアン様は、スレヴィの追放の経緯について心当たりがあったのですか?」
「ああ。事前に調べた際、スレヴィが追放されたのは『聖女の未来予知』によるものだと聞いていた。だが、闇魔法で未来予知がされた例はこれまでにただの一度もないんだ」
「それはつまり……?」
「あの仲の良さだ。間違いなく、スレヴィの追放には何か別の理由がある。フリード国には王位継承権争いはなく安定しているはずだが、一体どんな事情で国外追放したんだろうな」
「……」
(確かに、二人は戯れあっているようにしか見えないわ……!)
とりあえず、スレヴィと聖女のじゃれあいを見守ることにしたエステルだったが、聖女は我に返ってエステルたちの存在に気がついたらしかった。
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