氷魔法の使い手
しかし、ルシアンは納得していないようだった。
「エステルを離したくない……」
「また、今度、承ります」
「今度っていつ」
「……」
甘ったるい声に目が潤みそうになる。けれどとにかく、エステルには同じ抱擁を受け入れる日程を具体的に提示する勇気はなかった。
名残惜しそうなルシアンの腕を丁寧に体から離すと、エステルは熱を持った頬をぱたぱたと手で仰いで冷ましつつ氷の前に戻った。不満げなルシアンの視線が痛いし、呆れたようなクロードの笑みが視界に入るのもいたたまれない。
一旦外に出て頭を冷やしたいところだが、こうしてはいられない。のんびりしていては、せっかくいい具合に冷やしてもらった氷が溶けてしまうからだ。
「その……氷も作ってくださいましたし、仕上げをしますね」
そう言って氷を削ると、さっきよりもずっと細かくふわふわした氷の粒が器に落ちていく。ガラスの器に氷が山盛りに削れたら、エステルは冷蔵庫から瓶を取り出してスモモで作ったシロップをかける。
この前の朝市で手に入れたスモモを綺麗に洗い、氷砂糖に漬け込んで一週間ほど置いたものだった。
すっかり食べごろになったシロップは、エステルのカフェを爽やかで甘い香りに変えていく。その上に、近くの畑で採れた桃を煮詰めて作った、桃ジャムを乗せると完成だった。
白い氷の上につやつやとした桃、甘酸っぱい香りを漂わせるシロップ。
屋台では透明な氷にカラフルなシロップと練乳がかかっているが、エステルが作ったこのかき氷はおしゃれなデザートのような仕上がりだった。
エステルに逃げられて不満そうにしていたルシアンと、その顔を見てゲラゲラ笑っていたクロードだったが、目を輝かせて席についてくれる。
「おいしそうだな」
「うまそう。オレのにもっとジャム乗せてにゃ」
「クロードはその見た目で甘いものが本当に好きよね……」
そうして、ルシアンはスプーンで、黒猫姿のクロードは氷の中に顔を突っ込む形で、エステル特製のかき氷を口に運ぶ。
「……おいしい。このなめらかさ……グラニテのざくざくした食感とは全く違ってやみつきになりそうだ」
「本当だにゃ! ユーグがくれた屋台のかき氷よりもおしゃれな味!」
二人がおいしいと言ってくれたことに、ホッとする。
「よかったです。氷の固さについては改善しないといけないけれど、夏のうちに新メニューとして出せたらいいなと思っています」
ほっとして息を吐くと、エステルがつくったかき氷のせいでいつのまにか人型になっていたクロードが指先についたスモモのシロップをぺろりと舐めながらいう。
「さっきの話に戻るけど、ルシアンの水属性魔法の貴重な派生型におそれをなす闇聖女の気持ちはわからないでもないぜ」
「? そうなの?」
聞き返すと、クロードはうんうんと頷く。
「氷魔法は、昔フリード国に行ったとき、ルシアンが苦労して覚えた魔法だにゃ」
「フリード国……」
ある特別な特徴を持つその国の名に、エステルは少し驚いた。
ルシアンが闇属性の魔力を持ち、しかも巧みに使いこなすのは国中で広く知られている事実だ。だからもう一つの属性『水』も同じように容易に使いこなすのだ、と勝手に納得していたエステルはぱちぱちと瞬く。
(ルシアン様が魔法を苦労して覚えただなんて、なんだか新鮮……!)
「フリード国というと、ここからはものすごく遠いところにあって、年中雪でおおわれた『氷の要塞』とも呼ばれる国ですよね?」
「ああ。そういえば、フリード国ではデザートとしてグラニテがポピュラーだな。向こうにいた頃は毎日のように食べていた。懐かしいな」
ルシアンの言葉に、大人しく聞いていたクロードが不満そうにしながら頬杖をついた。
「寒いとこで氷のお菓子なんて変わってんなあ。オレならあったかいスイーツがいいけど。焼きたてのアップルパイとか、おしることか」
クロードの言葉が引っかかったエステルは首を傾げる。
「あら? その言い方だと、クロードはルシアン様と一緒にフリード国に行かなかったの?」
「そうだにゃ。オレがルシアンの使い魔としてつくられたのはその後だにゃ。魔力や魔法の使い方に慣れた人間でないと使い魔は作れないし契約もできないからにゃ」
「じゃあ、クロードはルシアン様が子どもの頃のことをあまり知らないのね」
その問いには、ルシアンが応じた。
「そうと言えばそうだな。子どもと言っても、十三歳ぐらいの頃の話か。すでにエステルとは婚約をしていて、エステルのことを思い浮かべては悶々としながら過ごしていた頃のことだ」
「もんもん?」
「……拾わないでくれるか? ……っ」
思わず復唱してしまったのだが、ルシアンとしては聞かせたくない本音がうっかり漏れ出たものだったらしい。





