第8話 それぞれの日常②
「なあ、外国人に手料理振る舞うとしたら何がいいと思う?」
朝のホームルームが終わった後に、僕はだべっていたコウジとタケシに聞いてみた。
「外国人? なあなあ、その外国人って女の子? ナイスバディか?」
コウジのいいところは欲望に従順なところだな。未来の性犯罪者予備軍だ。
「うーん、国籍にもよるけど、外国人に好評な日本食なのは寿司とか天ぷら、最近はギョーザが人気らしいよね。」
ああ、そういえば国際大会の食堂で餃子が話題になっていたな。さすがタケシ、イケメンだな。ちゃんと最近のニュースを抑え豊富な話題を取り揃えているところが人たらしと言われる所以だな。
「料理じゃないかもしれんけど、枝豆や羊羹なんかも人気らしいぞ。」
コウジも無い頭を絞ってひり出してくれた。へー羊羹が人気だとは聞いた事がなかったな。
「コウジにしては役立った方だ。ほら2点やるよ。」
僕はコウジにヤマザキ○のパンまつりの2点をあげた。
「主婦か! いるかよこんなヤマザキ○のパンまつりの2点なんて!」
といって床に投げつけた。ひらひらと舞って落ちた。
「それじゃあ、俺がもらうよ。丁度母さんが集めてたと思うから。」
タケシが床に落ちた2点を拾う。さすがだタケシ。2点を無駄にしないお前の心意気。後でもう1点あげよう。
「う〜ん寿司は手作りは無理だけど出来合いの物を出せばいいか…でも高いしな。ギョーザなら自分で作った事があるからいけそうかな。」
「そうだな、あとジャパニーズカレーなんかもいいんじゃないか? カツを乗せたら最強らしいぞ、イギリスでは。」
おお〜イギリスでそんなに人気あるんだ、カツカレー。よく知ってるなタケシ。後でもう1点追加してあげるからな。
「そ、そうだな〜ん~~あっ、フランスとかでも日本のオタク人気はすごいみたいだぞ、コスプレとか…コスプレが。」
…もう何も話題がないのにタケシに負けじと料理と関係ない誰でも知っていそうな話題をぶっこんできたコウジ。
「お前には何も期待していないから安心しろ、コウジ。」
僕は優しく言ってあげた。
「いや、まだ有るし! 外国人に好評な料理ネタあるし!」
「無理しなくてもいいぞ、今からスマホで検索するから。」
「…じゃあ最初っから俺に聞かなくてもよくね?」
丁度オチがついたところで1時限目を知らせる予鈴がなり、かなり不満顔で自分の席に戻っていったコウジをみやりながら今日の夕飯の献立を考えるのであった。
…ワシャ主婦か!
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今日俺はパーティーの仲間達とかなり前から予約していた王都の高級店で食事を楽しんでいた。
いい食材に、一流のシェフによる趣向を凝らした王城で出される物と遜色のないメニュー、サービス。気の置けない仲間達との遠慮のない楽しい会話。
俺はこのお店に来たときには絶対頼む一番のお気に入りメニューである肉料理を食べていた。
…あれ? こんな味だったけ。以前はもっと美味しく感じていたように思うが…何かが物足りなく感じる…。
会話の途中で考え事をしていて口数が少なくなった俺に気付いた仲間達が声をかけてくれる。
「どうしたの? レイン何か今日は…ううん、この2、3日考え事が多いような気がするけど。」
「そうだぞ、レインが何を悩んでいるか知らんが、このうまい食事にありついて悩みなんて吹き飛ばしちまえよ、さあ食え食え!」
いや、そのうまい食事が今の俺の最大の悩み事なのだが…などと気遣ってくれる仲間に言えるわけもなく
「そんな大した悩み事じゃないんだ。ちょっと最近お腹の具合が良く無かったものだから、その…贅沢な食事を目の前にしても…。」
「えっそうだったのですか? それならすぐ言ってくだされば私がエクストラヒールをかけましたのに。えい!」
ソフィアのかけ声と共に俺の体が光に包まれる。体の疲れが綺麗さっぱり流されたように快適だ。…もちろん心の悩みは解消されないけどな。
「ソフィア、お腹の調子が悪いぐらいでエクストラヒールは…キュア程度で十分だろ。」
「さーびすさーびすですううう、ヒック。」
「誰だソフィアに酒を飲ましたのは…酔いが醒めるまで絡み地獄が始まるぞ…。」
「ロイ、誰が地獄ですってヒック…地獄といえばあれは5年前の…。」
「始まったぞソフィア地獄のからみ酒話が。普段は聖女なみの穏やかなソフィアなのに…ロイご愁傷様。」
とソフィアに絡まれたロイを危惧するガイルとその3人を他所に料理を堪能するサーシャ。いつもの遠慮のない騒がしい仲間達との楽しい会話だったが…それを心の底から楽しめない自分がいた。
散々食べて飲んで食事会は終了した。その後2次会に誘ってくれた仲間におなかの調子が良くないと断りをいれ別れた。仲間たちが見えなくなるまで見送った後、俺はユウタのいる異世界の扉を開く為に家路をスキップで急ぐのであった。
…あっ普通に走った方が早かった。
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我は今、夕食を1人で取っているぞ。
今日の夕食は魔族一番と名高い料理人に作らせた料理だぞ。専属だから毎日食べてるけど。今まではうまいうまいと何度もおかわりしていたが、最近はこの肉一つとっても物足りなく感じてきた。シンプルな味付けも、もちろんいいのだが…なんというか味に深みがないように感じられるのだ。あのカツ丼や唐揚げのような濃厚な深い旨味を感じないのだ。
そうだ! ユウタに教えてもらった唐揚げの作り方を料理人に伝えれば毎日こっちの世界でも味わえるのではないか? そうすれば自分の望んだ量が毎日好きなだけ食べれるのでわ? なぜこんな簡単な事に気付かなかったのだ、よし早速料理人に伝えてみよう。
「フィア、料理人を呼んでくれ。」
「わかりました魔王様。」
そう言って我の優秀な右腕ことフィアが優雅な身のこなしで部屋を出て行く。
ユウタから作り方を聞いたは良いがうろ覚えだ。まあその辺は完成形を伝えれば料理のプロが試行錯誤して何とかしてくれるだろう。我が心配する事ではあるまい。何せ我は魔王なのだからな。そう思っているとフィアが料理長を引き連れ部屋に戻ってきた。
「御呼びでしょうか魔王様。また肉のお代わりをご所望ですかな?」
「いや、そうではなくお主におねが…………」
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「「?」」
…あれ? 思い出せぬ。今我が何を言おうかどんな事を頼もうとしたか急に思い出せなくなってしまった。おかしい…
我が何かを言いかけたのに黙り込んでしまった事で沈黙が生まれてしまった。
「魔王様いかがなさいましたか?」
それをいぶかしく思ったフィアが心配して声をかけてくれる。
我はコホンと一度咳を切って、それを悟られない様に料理長に告げた。
「料理長…打ち首獄門!」
「「えええええええええええええええ」」
料理長は分かるがフィアまで驚いている。二人の叫び声がハーモニーを醸し出したので我もびっくりしてしまったではないか。
「…冗談だ、冗談。いつも我にうまい料理を作ってくれた事をねぎらおうと思ってな。これからもうまい料理をよろしく頼むぞ。」
なんとかごまかしたが、料理長は打ち首と告げられた事がよほどショックだったようでうなだれて帰っていった。…いやちゃんとねぎらったであろう我?
料理長が部屋から出たあとフィアが我に
「魔王様、何か悩み事でもおありですか? 最近考え事をしている頻度が多いように感じられますが。」
「ふむ、フィアには隠し事が出来んな。実はな…悩み事がない事が悩みなのだぞ。」
「確かに魔王様は考え事をしているようで、何も考えていらっしゃらない事の方が多いですからねえ。」
「…何気にディスってるよね。我の事尊敬してないよね?」
フィアは、いえそんな事はと言ってニヒルな笑いを見せた。あっ絶対バカにしてる。
「まあよい、今日は何だか疲れたから我はこのまま部屋に戻る。後は頼んだぞ。」
と声をかけて足早に自室へ戻った。ソファーに腰をかけ先ほどの事を考察する。
あの時、唐揚げの作り方を告げようとした時頭が真っ白になり言葉が出てこなかった。カツ丼の事もしかりだ、もちろん今は鮮明に思い出せるが。第8界の魔法耐性を使える我を上回る認識阻害をかけるという事はつまり…
「我よりも高位の存在の関与している可能性が…いや、まさかな…。」
口に出す事も憚れる存在なのか? しばらく思考の海へと沈んだが今の段階で出来る事はないので考える事を止めて、待ち望んだ1日の楽しみである寝室へとスキップで向かうのであった。