第103話 勇者魔王の事情
俺たちはユウタの指示でマルス村の菜の花から菜種油を抽出する作業を行っていた。
この油という素材がみんな大好き、揚げ物に欠かせない物だと知って俺と魔王は張り切って抽出マシーンと化した。だってこの菜種油で揚げれば、ただでさえおいしい揚げ物がもっともっと美味しくなると聞かされたのだ。少しばかり張り切り過ぎてもしょうがないと思うんだ。
だが、せっかくあっという間に鍋いっぱいの油を作っても、揚げる材料が無いと気付いた時の俺たちの絶望感と言ったら筆舌に尽くしがたい感情だったな…この時ばかりは異世界への行き来を許可しない神に憤りを感じたね。
しょうがないので採れた油は明日村長に菜種油を特産品にするデモンストレーションを行うために取っておいて、この収まりきらない憤りをユウタの部屋に戻って冷凍食品にぶつけてやろうと決心したその時だった。
俺たち三人は部屋に戻る途中でたまいもない会話をしていた。確かあの時ユウタは…
「だけどこの油は、この村の村長や村人達に作ってもらうための効果を知らしめる為に使わないといけないんでしばらく空間魔法で預かってもらえますか?」
「ああ、いいぞそれぐらいなら我の…」
急に黙った魔王に気づいて声をかけた。
「ん? どした? 魔王…」
そこで俺は気づいた。いない…さっきまで俺たちとしゃべっていたユウタがいない?
「一体どうゆう…」
俺は魔王に聞こうとしたら…
ドドドドドドドドドゴゴゴゴゴゴーーーーーー
ものすごい爆音と共に遅れてきた衝撃破で飛ばされそうになったが、その場に踏ん張って耐えた。
魔王が空に向かって第八界火魔法をぶっ放したのだ。
「お、おい一体どうしたっていうんだ。」
俺はいきなり奇行に走った魔王を問いただした。
振り向いた魔王は俺を睨んだが、どことなく悲しさも漂わせていた。やるせない表情といった方がわかりやすいだろうか。今思えば自分の不甲斐なさに怒ってもいたのだろう。
「ユウタが消えた。」
「一体どこに?」
「…ユウタの存在自体が消えたのだ。」
「何? 存在自体がだと!」
「この世界のどこにもユウタはいない…どこにもだ…。」
「…なんて事だ。ユウタの部屋は? 異世界の部屋に居るのではないか?」
「ユウタがこの世に存在しなくなったのだ…必然的にあの異世界の部屋も閉じられて行けなくなった。」
俺達との繋がりのあったユウタが居なくなったのだから異世界に行けなくなるのも道理か…。試しにいつものようにユウタの部屋へと念じてみたのだが…魔王の言う通り、繋がる気配はしなかった。
本当にこの世界から…いや、俺たちの目の前から消滅してしまったのか? 魂ごと…。俺や魔王クラスの目の前でそれをやってのけるというのは、もはや…
「許さん! 許さんぞ! 我の目の前での愚行を! たとえそれが神の所業であろうと我は絶対に許さん!」
魔王は激昂して空に向かって叫んだ。空気が張り詰める。魔王の本気の怒りが俺にもビリビリと伝わって来る。
俺は今にも空へ飛び立ち、この世界すべてを破壊しようとする魔王を抱きかかえて抑え込んだ。
「落ち着け、一旦落ち着くんだ魔王!」
俺を殺しそうな勢いで睨む魔王。それにひるまず俺は魔王を諭す。
「こんな事をやってのけるのは神ぐらいだぞ! もしくはそれに近しい上位の存在だ。今の俺たちに出来る事は何も無い!」
「神? 上位の存在だ? そんなものは我には関係ない! このような愚行を行った責任をそいつらに負わせるまでだ。この世界を破壊すればその神とやらも、我の前に出てこざるをえんだろうよ。」
確かに…魔王の意見には一理ある。この世界はユウタの居る世界とは違い実在しない神への信仰ではないのだ。上位の存在の中には、天からこぼれ落ちた邪神といような存在も実在する世界なのだ。
神は実在する。
俺の制止を振りほどき、魔王は天に向かってその力を示そうと膨大な魔力を込めた時それは起こった。
天から一筋の眩い光が俺と魔王を一瞬で包み込んだ。
それは一瞬で終わった。
神との邂逅だった。
そこには会話などはないが、一瞬で理解はできたのだ。
「さらに上の存在だと…そんな事がありうるのか? しかし、だとすれば異世界の部屋との繋がりも納得できるのだが…ユウタは一体何者なのだ?」
魔王は神との会話で思いとどまった。
「魔王、今の俺たちに出来る事は何もない。一旦落ち着いてから再度明日落ち合おう、いつもの場所でいいか?」
「確かに今我が出来る事は何もないようだな…ああ、わかった明日な。」
そういって魔王は自分の国へと帰って行った。
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次の日、メルニーク王国とアルメロ魔国のちょうど真ん中にある、とある小国の城下町の高級宿で魔王落ち合った。魔王は時間通りに現れた。
「昨日はすまなかった。あれから一晩いろいろ考えて反省したところだ。」
「いやいいさ、俺も魔王の怒りを間近で見ていなければ取り乱して暴れていただろうしな。」
お互いに笑い合った後、俺と魔王は今後のユウタの事をいろいろと話し合ったのだが…今出来る事は何も無かった。
唯一打開できる策があるとすれば、ユウタの魂に融合した俺と魔王の魂の呪術連絡待ちといったところか。
以前に術式を施した、ユウタがどこにいても俺たちが駆けつける事ができるという術式だ。しかし生身で駆けつけるというわけではなく幽体、アストラルボディで移動するので、移動先でどこまで、何が出来るかは未知数なのだ。
それでも違う世界に存在するユウタに会うためにはこれしか無い。この方法に縋るしか無いのだ。
「こちらの時間とあちらの時間が同じだとは限らん。こちらの3日が向こうの5年だったり、その逆に、こちらの5年が向こうの3日だったりするかもしれんからな。」
魔王は一体いつになるやらとため息をついていたが、まだ縋れる希望があるだけありがたいと思う。
何も無いまま自分の力不足を嘆き続けるよりは小さな希望でもあった方がよっぽどいい。きっと魔王もそう思っている事だろう。
「ああ、ユウタの事だからすぐにはあの呪文を唱えないのじゃないか? もっと言いやすい呪文にしてやればよかったのに。」
「バカ! 困った時に唱える呪文こそ、自分の本音をさらけ出した方がより魂に深く刻み込まれ発動するのだろうが! だからあのような恥ずかしい呪文にしたというのは…少ししか他意はないぞ!」
「少しはあるのかよ!」
そう突っ込んでお互いに笑いあった。ここにユウタも居ればなとも思ったがそれを口に出せば寂しくなってしまうので、言わずに飲み込んだ。
そうして俺達はその日が来るまで待つ事になったのだった。
“カミラさんとレインさん、だ〜い好き”
来た! とうとう呪文が発動された。馬鹿野郎! このムッツリすけべ野郎が! この俺様を10日も待たすなんて! ユウタに会ったらっ絶対にぶっ飛ばしてやるぞ!
術式の効果で俺の幽体は体から離れ、遠く離れた惑星へと呼び出された。
そこには…
そこにはユウタが居たんだ。
姿形は違えど、紛れもなくユウタの魂がそこにあった。俺は居ても立っても居られなくなってユウタに抱きついた。幽体だから掴むことは出来ないとわかっていてもユウタに抱き着いた。
それは俺の前に来ていた魔王も一緒だったようだ。たった10日間だと思うかもしれないが、俺たちには1年、いや10年のような長い年月に感じられるほど待ち焦がれていた瞬間だったのだ。
ユウタは俺たちに気づかずに泣いていた。全く…違う世界に来てもユウタは泣き虫だな。俺は声をかけた。
「あ〜あ〜、ユウタは泣き虫だな。」
「やっと唱えたな。我をこんなに待たせおって!」
泣きはらした目を開け、俺たちを認識したユウタはさらにその目をはらす事になった。




