未密室
「ゲーテって作家がさ、死の間際『もっと光を』って言ったんだって」
啓二がガムテープを引き出しながらそう言った。彼の目の前にある窓はくすみ、ぼんやりと光を通すだけ。薄暗い室内に散乱していたパイプ椅子を片付けていた未祐が肩越しに彼を振りかえる。
「それが?」
「別に。ふと思い出しただけ」
「ふーん」
会話はそれきり途切れ、啓二はガムテープを窓枠にしっかりと目張りしていく。未祐も止めていた手を動かす。
大学の旧校舎にある旧クラブハウス棟の六畳もない一室で、彼らの作業は続く。
椅子を片付け終えた未祐は持参したボストンバッグから睡眠薬やライター、七輪などを取り出し、部屋の真ん中に広げる。
「死の間際といえば」
何か思い出したかのように言う未祐の言葉に啓二は、ん? と、軽く返事をする。しかしテープを張っていくその手は止まらない。
「辞世の句とかあったよね」
「武将とか志士とかが詠んだとかいうあれ?」
「それ」
「詠めって?」
「面白そうじゃん」
「お前がやれよ」
「やだ、めんどい」
「じゃあ言うな」
全ての窓に目張りを終えた啓二は小さくなったガムテープをボストンバッグに放り込んだ。
「ドアは?」
「まだいい」
ぶっきらぼうに未祐の問いに答え、啓二はごろりと床に寝転んだ。
土足で動き回っていた場所に腰を下ろすことが躊躇われ、未祐は啓二の隣にパイプ椅子を広げ、背もたれを正面にして座った。
「もっと明るい方が良いか?」
「『もっと光を』って?」
啓二の問いをからかうように未祐がくすくすと笑う。しかし眼下の彼は至極真面目な顔をしていた。
「最期って大事だろ」
「死んだら何も分かんないって」
またくすくすと未祐が笑い、呆れたように啓二がため息をつく。
そのまま、ただ無為な時間を過ごしていると、部屋の外から足音が徐々に近付き、次いでドアがノックされた。
寝ころんでいた啓二が起き上がり、ドアを開けてやる。
ドアの外には男が二人。一人は意識が無いのか、もう一人に背負われている形になっている。
「洋孝、遅かったな」
「それが苦労して運んでやった奴に対する台詞かよ」
悪態を笑って流された洋孝は、遅い足取りで部屋に入り、背負っていた男を床に転がした。
「指紋とかは?」
「接着剤とかで残らないようにしてある」
「オーケー」
啓二の言葉に満足げに頷き、洋孝は室内を見回す。
「後は、ドアの目張りと掃除か」
そう呟き、啓二と未祐に向きなおる。
「じゃあ、俺らの誰がここでこいつと死ぬ?」
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