懺悔室にて
カタリとドアが開き。
フードを深く被った人物が懺悔室に入って来た。
小さなバラ窓は狭い懺悔室を区切っている。
バラ窓から甘い香水の香りがした。
多分裕福な女性なのだろう。
懺悔をする者は皆懺悔室の前に吊るされている黒いマントに身を包んでいる。
服装である程度身分が分かるため、軽く認識阻害の魔法も施されていた。
女は椅子に腰掛けて首を垂れた。
深くフードを被っているため顔も見えない。
「聖母ヘレナに罪を告白しなさい」
エドワード・グリーン神父は聖母に祈りを捧げると静かに語りかけた。
「どうか……ヘレナ様が私の罪を許し浄化してくださるよう……罪深き……私の行いを許しお救い下さい」
女はそう言うと、己が罪を語り始めた。
娘が、亡くなって三年たちました。
私と夫との間に出来た、たった一人の娘です。
娘は私と同じ金髪に青い瞳でした。
可愛く、気立ての良い娘です。
なのに……
私の娘は亡くなり、忌々しい事にあの女が産んだ娘が生きているのに!!
……
私と夫は政略結婚でした。
同じ伯爵家で身分は釣り合っております。
私は夫を愛しておりました。
一目惚れです。
夫はハンサムと言う訳ではありませんが、優し気なルビーの瞳の虜になりました。
本当に綺麗な赤です。
私は婚約が決まった時は、天にも昇る気持ちで。
一日中ニマニマしておりました。
「気持ち悪い」
そんな私を見て、弟にそう言われてしまいましたわ。
私には生意気で口の悪い弟がおります。
二つ下で。
取り敢えず、弟の事は置いときましょう。
私と婚約者の仲は、悪い物ではありませんでした。
本当にどこにでもいる平凡な婚約関係でしたわ。
それが変わったのは、彼が学園に入った時です。
彼は私よりも三才年上でしたから、それに王太子の側近候補でもありました。
その年の新入生は王太子を始め、高位貴族の子弟が続々と入学した年でもありましたね。
ですが……
彼がグラムス学園を卒業する年に、あの女が現れました。
あの女は男爵令嬢と名乗っていました。
メイドとして働いていたあの女の母親を男爵が孕ませて、捨てられたそうです。
あの親子は下町で暮らしていたそうですが。
母親が亡くなって、魔力が高いので男爵が引き取ったのだとか。
可愛い顔をしていたそうですが。
取りたてて頭が良いとか魔術を使えるとか言う訳ではなかったそうです。
ですが……
あの女は次々と高位貴族の子弟を虜にしていきました。
夫も虜になった一人です。
そうもうお気づきでしょう。
【グラムス・スキャンダル】
あの悪名高いスキャンダルが起きました。
私はまだ学園に通う年ではありませんでした。
だから彼の変化に気が付くのが遅れました。
スキャンダルは下々の耳まで届くこととなりました。
あの男爵令嬢は違法媚薬を使って、王太子を始め王太子の側近候補までも薬漬けにしたのです。
後で分かったのですが彼女を引き取った男爵も薬漬けにされていました。
あの女は、手作りの菓子やハーブティーに薬を入れて、王太子や側近候補達に与え。
幸い私の婚約者は症状が、軽い方でした。
他の皆様は廃人となり、この世を去られました。
夫は症状が軽いとはいえ……右手と左足にしびれが残り。
日常生活に支障が出ました。
まともに動けるようになるまで5年かかりましたわ。
あの女は火炙りになる前に女の子を産み落とし死んだそうです。
父親は誰だか分かっていません。
女の子は死産とされ密かに孤児院に預けられました。
これで事件は終わるはずでした。
9年後、学園の中にある教会の地下室で男爵令嬢がある儀式をしていた事が発覚したのです。
男爵令嬢と彼等は王太子と側近候補の体に魔法陣を描き邪神の生贄にしていたのですわ。
生贄の魔法紋章を刻まれると少しずつ命を削られるのです。
3年かけて彼らの命は削られていきました。
魔法紋章は他の人々に気付かれぬよう【隠匿】が掛けられていたのです。
墓から彼らの遺体を引っ張り出してようやく判明しました。
私の婚約者にもその紋がきざみつけられていたのです。
男爵令嬢と彼らは何を願ったか。
魔法陣の解読でやっと分かりました。
___ 永遠の命 ___
王太子と貴族令息の命を引き換えに彼らが願った物はそれだったそうです。
まさか彼らもこんなに早く解読されるとは思っても居なかったでしょう。
下手をすれば謎の魔法陣として後世でも解き明かされる事は無かったかもしれません。
彼らと同じ【日本】からの転生者が居るなどと、思いもしなかったでしょう。
魔法陣に使われていた文字は漢字とカタカナとローマ字でした。
驚かれました?
わりと転生者は多いのですよ。
ただ、多くの者は10歳までに忘れていきます。
何故なら、記憶を持って生まれる者の多くは、事故や病死や殺されて亡くなった者がほとんどで。
この世界で生きていくには邪魔な記憶なのです。
意識的、無意識的に前世の記憶は抹消され、せいぜい変な夢を見た。
ぐらいしか思わなくなります。
ああ……
そうそう、魔法陣でしたね。
私の一族は魔術に造詣が深いから、教会から発見された魔法陣の写しは父の元に運ばれました。
薄々お気づきだと思いますが、弟は【日本】からの転生者でした。
一目見るなりその魔法陣を解読し男爵令嬢と彼の悪事を突き止めました。
弟が言うには彼等は気付いていないようですが、その魔法陣と彼らにはナメクジが這った様な繋がりを残すそうです。
忌々しい事に、男爵令嬢は自分が産んだ娘の体を乗っ取っていたのです。
教会の孤児院で育てられたあの女は、実の父親の伝手で王都のグラムス学園に食堂の下働きとして入り込みました。
母親に似ず醜い女だったようです。
ヒキガエルと言うあだ名だったとか。
父親に似たのかしら?
父親が誰なのか、件の男爵令嬢は最後まで口を割らなかったそうですが。
男爵令嬢が産んだ娘はエルザと名付けられたそうです。
母親と同じ名前を付けるなんて、何の冗談でしょうね。
それとも名付け親はあの女の正体を知っていたのでしょうか?
そうそう学園の教師にエルザに似た男がいたそうですが。
その教師は3年前に亡くなったとか。
片足が悪くいつも足を引き摺って歩いていたとか。
醜い体は気に入らなかったようで、ですからエルザは直ぐに次の寄生先を見つけました。
そう……
私の娘を寄生先に選んだのです。
若くて美しくて頭もよく金持ちの高位貴族、何と言っても王太子グイー様の婚約者ですもの。
あの女はいつだって金持ちの美しい男が大好きでしたわ。
ええ。
あの女の目論見は叶い。
娘の体を乗っ取り、何喰わぬ顔で館に帰って来ましたわ。
愚かな事。
直ぐに私達はエルザの正体に気付きました。
母親を舐めてもらっては困ります。
でも、そ知らぬふりをし拘束の魔方陣の上に誘導しました。
エルザはものの見事に身動きが取れなくなり、娘の体を人質にしようとしたので……
殺しました。
いえ、正確には仮死状態にしたのです。
私のギフトは【氷の棺】です。
人を仮死状態にできるのです。
夫も仮死状態にして呪印を解きましたの。
夫に掛けられた呪印は仮死状態になることで解けましたが。
娘はそうはいかなかった。
3年前の事ですわ。
今も娘は生きることも、死ぬ事も出来ず。
はざまの中にいます。
それで……弟と夫と私は必死で研究しましたの。
娘を助けるために。
そして……
1年前にようやく娘を助ける方法を見つけたのです。
娘を助ける為にはある素材が必要だった。
ようやく見つける事が出来ましたわ。
「私達が探していたのは貴方。もう一人の不死者、エドワード・グリーン神父。いえ前のお名前はヨーゼフ・シュトラウスでしたか。貴方の脊髄が私達が探している素材ですの」
神父は立ち上がろうとしてそのまま椅子の上に崩れ落ちる。
「まあ。やっと効いてきましたのね。この香が効かないんじゃないかと、はらはらしましたわ」
「うっうう……」
「ああ。体が痺れて声を出すことも出来ませんか?」
神父は助けを呼ぼうとしたが、声は出ずただ涎が出るだけだった。
それでも彼は、何とか這いずりながら外に出た。
しかし……
「ぐうっ!!」
神父は唸る。
神父の背中を踏んづけて、動きを止めた者がいる。
私の夫だ。
「やあ、ヨーゼフ先生。お久しぶりです。あの節は大変お世話になりました。妻のスキルで死は免れたものの。後遺症が大変でしたよ。あの時のお礼と、娘のお礼もしなくてはね」
夫はにっこりと嗤う。
黒いコートに身を包み。
娘が眠りについたその日から、私達は喪服を纏っている。
【黒衣の夫婦】と貴族たちの間ではそう呼ばれている。
夫は持っていたステッキを神父の頭に振り落とした。
神父はカエルが踏みつぶされた様な声を上げて気絶した。
かわいそうに若くてハンサムだったばかりにヨーゼフに目を付けられて。
体を乗っ取られて、死んでしまったエドワード・グリーン神父。
貴方の仇は私達が取ってあげるわ。
「ねえ。この香って本当に効いているの? 殴った方が早かったわね」
私はマントを脱いだ。
最もマントを脱いでも下も真っ黒のドレスだ。
「酷いな姉さん。僕が作った香だよ。抜かりは無いよ」
プンプンしながら弟が言う。私は弟を無視して。
「王家にも承諾を取っているのよ。王家も王太子が亡くなった元凶を許しはしないわ」
「それに解呪の方法も知る必要があるからね」
夫は憎悪の目を向ける。
王太子や友人を殺されて、自身も不自由な体にされ、果ては最愛の娘にまで手を出した。
彼らを許すことはしない。
私は【氷の棺】のスキルを使った。
ヨーゼフ・シュトラウスは仮死状態になる。
弟はアイテムバックにヨーゼフを仕舞う。
夫は結界を解き、私達はその教会から何食わぬ顔で立ち去った。
~~~*~~~~*~~~~
「お母様……私どうしたの?」
娘は3年もの長き眠りから目覚めた。
「ああ……レオーネ‼ レオーネ‼」
私は娘を抱きしめる。
「お母様? 泣いているの? あら? どうしてお父様も叔父様も泣いているの?」
「レオーネ……貴方は病気で3年もの間眠っていたのよ」
「まあ‼ 私3年も眠っていたの?」
「そうよ。でも大丈夫。貴方の病気は治ったわ」
私達はヨーゼフの寄生体を神父の脊髄から引きはがしすり潰してレオーネの脊髄に注射した。
レオーネの脊髄に寄生していたエルザの寄生体は拒絶反応を起こしレオーネの体から出て来た。
弟はすぐさま暖炉の中に寄生体を蹴り込み、硫酸をかけて焼いた。
エルザだったものは、しばらく暖炉の中でのたうっていたがぐずぐずと崩れていく。
念の為灰を集めて瓶に詰めアイテムバックに入れると【破棄】した。
アイテムバッグの便利機能【破棄】は要らなくなった物を狭間に捨てる事が出来る。
これも弟が作った物だ。
弟は天才だが。
魔道具の嫁を造り出さないか心配だ。
リーンゴーン リンゴーン
教会の鐘が鳴る。
今日は娘が王太子殿下と結婚式を挙げる。
私達は喪服を脱いで礼服を纏う。
今日の良き日に、娘の幸せを神に願う。
~ Fin ~
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2021/4/1 『小説家になろう』 どんC
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~ 登場人物紹介 ~
★ アンジェリーナ・グァイス (伯爵夫人 32歳)
【氷の棺】のスキルを持つ。相手を仮死状態に出来る。
このスキルのお陰でクライト(夫)は命拾いをした。
夫に一目ぼれ。三才夫と年が離れているため、男爵令嬢とは会っていない。
★ クライト・グァイス (伯爵 35歳)
主人公の夫。男爵令嬢と関わったお陰で、王太子と友人は殺されて、自分もえらい目に遭う。
妻のお陰で命拾いした。夫婦仲は良く、娘を愛している。
★ レオーネ・グァイス (伯爵令嬢 12歳)
アンジェリーナとクライトの娘。
素直で可愛い。エルザの餌食になったが、両親と叔父のお陰で助かる。
★ グリフ・アルージェ (伯爵 30歳)
アンジェリーナの弟。レオーネの叔父さん。
魔術オタク。独身。日本からの転生者。
まさか同じ日本からの転生者が居るとは思わなかった。
日本語の魔法陣でスラスラ解読できた。
これがドイツ語やラテン語だったらアウト!! であった。
★ エルザ・ボレアス
男爵令嬢。ヨーゼフの娘。邪神信仰者。
ボレアス男爵の娘と偽ってボレアス家に入り込む。
男爵一家は薬漬けで洗脳済み。
王太子と高位貴族を生贄にして【永遠の命】を手に入れる。
脊髄に似た寄生体となって気に入った人間の体に取り付く。
★ エドワード・グリーン神父
前の体の名はヨーゼフ・シュトラウス。教師で邪神信仰者。
駒である娘を使い王太子と貴族子息を生贄にして【永遠の命】を手に入れる。
20年ごとに体を入れ替えるつもりだったが。
同じ日本からの転生者に魔法陣を解読されて取っ捕まる。
悪いことはできないと言ういい例。
★ 邪神
その名を告げてはいけない神。
【無面の神】とも【名無し様】と呼ばれている。
信者は結構いる。
戦争にかこつけて村や町ごと生贄に捧げる信者もいる。
気まぐれに人間の望みを叶えるが、但し信者の望みとはかなりずれて叶える。
邪神だからか、人間の体が不死に向いてないせいなのか?
【不死】を望めばゴーレムやスライムにされる。
脊髄に似た生物にされたのは結構いい扱い。
ゴーレムやスライムだと体は持つが、精神や知能が低くなる。
最後までお読みいただきありがとうございます。