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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
第16章 逆説の虜囚
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第83話 重ならない通路

凱斗(かいと)兄さん!」


 真っ先に飛び込んで来たのは那岐(なぎ)。続いて琉斗(りゅうと)榛冴(はるひ)がさっき地下で会った男・シンと話しながら部屋に入って来た。


「お前ら、もう大丈夫なのか?」

「那岐、采希(さいき)の身体には触れないようにして、どんな様子か見られるか?」


 凱斗と(れい)の問い掛けに頷きを返し、那岐が采希に駆け寄る。難しい顔をしたままの琉斗が凱斗の横に立った。


「俺たちは問題ない。それより、采希の中身が飛ばされたと聞いたが……」


 ちょっと考えるように後頭部を掻きながら、凱斗は白虎から得た情報を説明する。

 すると榛冴が『あっ!』と声を上げた。


「凱斗兄さん、その『不測の力』って多分、滝の神様だよ。あの時、僕らを包んでいたのは滝の神様の気配だった。それと、ロキさんだね」

「そうなのか? ロキはどこにいる?」

「琉斗兄さんの中で動けなくなってる」

「だったら、いつかあの滝にお礼を言いに行かないとな。──琥珀はどうなってるか分かったのか、那岐?」


 肩を叩いた凱斗を振り返りながら那岐はちょっと首を横に振り、黎に視線を移す。


「黎さんのとこに、呪術系の専門の人はいる?」

「呪術か? いや、申し訳ないが俺と陽那(ひな)に対処できなければ他に人員はいない。──(しゅ)、なのか?」

「たぶん。ヒトと神様、両方の。ヒトの方は鉄の匂いがするから武士っぽい。たくさんいるよ」


 人の呪と神様の呪と聞いて、凱斗は思いっきり顔を顰めた。それって、巫女と同じじゃないのか。

 考え込むように中空を見つめた凱斗を、カイが面白そうに覗き込む。その人懐っこい笑顔に、ふっと身体から余計な力が抜けた気がした。


「呪術なら、瀧夜叉の領分だろう? その滝夜叉が采希の中にいるなら──」


 黎の問いに那岐が困ったように俯く。


「瀧夜叉姫さまは兄さんの中で呪の解除をしようとしてくれているけど、多分時間がかかると思う。神様の方は、僕にはよく分からない」

「滝夜叉でも難しいのか。──榛冴、何の神様か分かるか?」

「僕の記憶にはない感じ。綱丸、分かる? ──土地神様? 滝の神様とは別のってこと? どうして土地神様が呪を掛けるの?」


 黎の問いに、榛冴が独り言のように答える。

 その質問で、凱斗は黎が何を確認したかったのか理解出来た気がした。


「黎さん、もしかして呪の正体が分かれば対処できるの?」

「まあな、状態によっては、だが。──シン」


 黎が振り返ると、シンと呼ばれた男は心得たように頷く。


「抑え込む、でいい? だったらカイくん、黒曜石で」

「おう、待ってろ」


 カイが部屋の内線でどこかに連絡するのを見ながら、凱斗たちは顔を見合わせた。


「黒曜石って、パワーストーンとかの、あれだよな?」

「多分、オブシディアンのことだと思う」

「榛冴、効用は?」

「ネガティブなエネルギーからの防御」

「……詳しいな、榛冴」

「こういう話題は女の子受けがいいんだよ」

「「「…………」」」


 真顔で告げる弟の顔を見ながら、凱斗はその隣に立つもう一人の弟に気付いた。()()()()琉斗だ。


(琉斗が役立たずモードのまんまってことは……もしかして采希、無事なんじゃね? ──いや、無事とは断定できないか)


 采希の意識がどこに飛ばされたかも分からないのに、無事だと思ってしまった自分に、凱斗は少し呆れる。


(……俺もこいつら同様、あんまり普通じゃなくなってるのかもな)



 ほどなくして運ばれてきたのは、つやつやと真っ黒な長い数珠だった。小さな5ミリ位の石が連なる中に、何個か大きめの珠が入っている。

 黎が那岐の手に数珠を握らせ、何事か囁いた。

 ちょっと眼を見張って頷いた那岐が、凱斗を振り返る。


「凱斗兄さん、手伝って」

「おう。……何を?」

「この数珠の反対側を握ってくれる? 炎駒(えんく)の力を借りたいんだ」


 今日はうまく繋がってくれるのだろうか、と不安に思いながら、凱斗は炎駒に呼び掛ける。


(スルト、俺に力を貸してくれ。采希を、助けたいんだ)


 凱斗の中の、炎駒と繋がっている何かが『采希』という言葉に反応したように思った。数珠を握っている右手から、炎駒の力が数珠に伝わっていくのが感じられる。

 反対側を両手で掴んでいた那岐からも数珠に力が伝えられていく。那岐の守護となった朱雀の気配だった。


 霊獣たちの力が通った数珠に変化が起こる。

 大きめの何個かの石と、特に大きな一石にそれぞれ梵字となにかの記号のようなものが現れた。

 凱斗と那岐の肩に黎が手を乗せる。終了の合図だ。


「上出来だ。じゃ、最後の仕上げ、っと」


 那岐から受け取った数珠が、黎の手の中で光を放つ。黒曜石に刻まれた梵字が金色に変わった。

 そっと采希の右腕を持ち上げ、その手首から掌にかけて数珠を巻き付けていく。その途端、凱斗の頭に声が響いた。


《凱斗さん!》

「……琥珀? お前、どこにいんの?」


 思わず辺りを見回してしまった。『いや、采希のバングルの中だよな』とすぐに気付いた。


《お手数ですが、采希さんの腕から私を外して頂きたいのです。お願いできますか?》

「へ? いいけど……」


 采希の左腕からバングルを外すと、琥珀が凱斗の眼の前に現れた。


「琥珀、お前、ずっとそこにいたのか?」

《はい。呪で縛られて動くことも叶いませんでした。黎さま、ありがとうございます》


 さっきまでは本当に琥珀の気配すらなかった。琥珀が動けるようになったなら、白虎たちはどうなんだろうと凱斗は思った。

 凱斗と同じ事を考えたらしい那岐が、采希の額に手を当てる。

 ぱちっと静電気のような音がして、那岐が慌てて手を引っ込めた。


「…………触れないの?」


 いつの間にか那岐の隣に柊耶(とうや)が立っている。動いた気配すらなかったが、那岐の隣で微笑んでいた。

 驚いてびくっとした凱斗の隣で、那岐が驚いた風もなく淡々と頷く。


「あの……いつか、黎さんの所で……」

「うん、会ってるね。かなり先まで僕の動きを目で追ってたでしょ? いい眼、してるよね。──この黒曜石はヒトの念を抑え込む。でもまだ神様の分が残ってると思うよ。黎くんは神様相手が苦手だからね」


 お互いに顔を見合わせ、同時に笑う。

 柊耶が車の屋根からくるりと一回転しながら降りて来た時の事を思い出し、なるほど、那岐と似た気配だと思った。

 ふとある考えが頭に浮かび、凱斗は黎の袖をそっと引っ張って部屋の隅に誘う。


「ねえ黎さん、あの黒スーツの人達、三人とも元バンドメンバーの人達だよね?」

「ああ」

「俺たちが仕立ててもらったスーツと同じ……」

「よく気付いたな。同じ物だ」


 いや、聞きたいのはそこじゃない。


「あの……黎さんのお仲間って、能力者じゃないって言ってなかったすか?」

「カイとシンは一般人だぞ。柊耶も、()()()()ではない。俺もどう言ったらいいのか分からないんだが、少なくともあきらは、柊耶の力は霊能力ではないと言っていた。実際、柊耶に霊は視えてはいないようだしな」

「…………」


 出会った時の言動から、柊耶は能力者なのだろうと漠然と考えていた。カイにも能力者ではないと言われていたが、凱斗には信じ難かった。

 黎ですら表現できないような力とはどんな物なのかと思いながらそっと振り返ると、柊耶と眼が合った。



「黎くんの言うように、僕は霊能力者じゃない。だけど、さっき采希くんの身体を運んだ時、僕に触れられるのを神様の呪とやらが嫌がってる気がしたんだ。だから、こうすれば──どう? 触れる?」


 柊耶が横たわったままの采希の肩に手を乗せる。

 怪訝そうにしながら那岐が再び采希の身体に触れると、眼を見開いた。


「……痛くない」

「よかった。──で? 君はこれから何をしようとしているの?」

「えっと……この身体に繋がっているはずの兄さんの意識を捜そうかなって」

「そんな事、出来るの? すごいねぇ」


 本当に感心したように柊耶が笑顔になる。

 那岐なら出来るだろう、と凱斗は思った。先日も、凱斗が炎駒と共に意識だけを飛ばしていたのをあっさりと捜し出していた。


「僕は、神様の呪を抑え込んじゃう柊耶さんの方が凄いと思います。──じゃ、凱斗兄さん、また手伝ってくれる?」



 * * * * * *



「そもそも、最初にお前だけが具合が悪くなったのはどうしてだ?」


 巫女が腕組みしながら尋ねる。


「だから、何かに憑かれて……」

「琉斗ではなく?」


 巫女の言葉に、采希は思わず眼を見開いた。


(そう言えば……)


 いつも、こういった役割は琉斗だったはず。


(なんで俺が?)


「憑かれた時、何か感じなかったか? 誰かの意識や思いなんかを」


 ちょっと眼を閉じ、つい先刻の感覚を思い起こす。


「俺の中を、探っているような感じだったな。何かを確認しているような……」

「確認?」

「うん。『居ない』って聞こえた気がした」


 眉根を寄せて、巫女が考え込む。


「居ない……何のことだ? ……采希、お前、何処を旅行していたって?」


 大まかな場所を告げると、巫女がちょっと唸る。


「──あの辺りだと……三郎が原因か?」


 いや、三郎の城はかなり離れているし、あの地には攻め込んでいないはず……と言いかけて、采希はふと気付いた。


「あきら、三郎が誰だか分かったのか?」

「お前がすぐに反応するほど有名なんだろうと思ったからな。ネットで検索したら出て来た。『魔王だったんだな』と言ったら、『そんな戯言まで伝わっておるのか。おちおち軽口も叩けん』と憮然としていたぞ」


 そうだろうな、と采希も苦笑する。


「三郎は今、黎さんの所に居るんだろう? だったらやっぱり三郎が不在だから動き出したんじゃないか?」


 そうかもしれない、と思った。あの時、采希の中に居なかったのは三郎だけだ。


(──だけど、なんで俺なんだ?)


「前にも言ったと思うが、お前の力は【邪】のモノにとって格好の御馳走だ。例えば、三郎クラスの霊一体がお前の力を奪おうとしても、お前には白虎がいる。だからあれ程の霊体でもそう簡単には手を出せない。だが、それが何体、何十体もいたら白虎でもかなり厳しいと思う」

「じゃあ、今回の相手は霊の団体様ってことか?」


 ちょっとどころではなく嫌そうな表情になってしまった采希に、巫女が困ったように息を吐いた。


「実際にお前の本体に接触できれば分かるだろうが──ここはお前の弟たちに頑張ってもらうしかないだろうな」



 * * * * * *



 ゆっくりと深呼吸をする。

 那岐は横たわる采希の額に逆向きで自分の額を重ねる。

 以前に凱斗の意識を捜した時の感覚とは全く違う事に気付いて、背筋がぞわりとした。


(……何? すごく嫌な感じ。采希兄さんの身体に纏わりついている気配……これが、呪なのかな?)


 ガラス張りの部屋に閉じ込められて、周りがグロテスクな怪物や化け物に取り囲まれているような気分だ。

 決して襲っては来ないが、恐怖心は大差ない。

 那岐はごくりと喉を鳴らして、眼を閉じたまま凱斗に呼び掛ける。


「凱斗兄さん、ちょっと僕の手を握ってくれる?」


 無言で凱斗の手が那岐の右手を掴む。

 その途端、嫌な気配が間遠に感じた。


(……これなら、行けるかも)


 采希の気配を捜そうと意識を凝らした那岐の手や肩に、さらに榛冴と琉斗の温もりが重ねられた。


(琉斗兄さん、榛冴……)


 嫌な気配がさらに遠のく。


「みんな、行くよ!」




 朱雀の力を借りながら、那岐の意識は虚空を飛ぶ。

 小さく、灯る光が視える。

 白く縁どられたその光の中心は鮮やかな紫の色を湛えている。


(采希兄さんの、色だ)


 その隣に淡い水色に煌く光が寄り添っていた。


(あれは……あきらちゃん? 兄さんと一緒にいるの?)


 かなり遠いが、多分間違いないと那岐は思った。


「……あの小さな光が采希兄さんなの? 気のせいかな、僕には二つの光が視えてるんだけど」

「あ~……俺には視えない。でも、声は聴こえるな。内容までは聞き取れないけど、采希とあきらちゃんが話しているのか?」


 凱斗と榛冴も気付いた。琉斗が焦ったように早口で那岐に尋ねた。


「那岐、榛冴、この先にいるのが采希だって確信はあるのか?」

「大丈夫だよ、琉斗兄さん。おそらく采希兄さんはあきらちゃんと一緒だ。僕について来て」


 那岐の意識は他の三人の意識を引き連れて、小さな光を目指す。徐々に大きくなるにつれて、ぼんやりと人の輪郭が見えて来た。


「采希兄さん!!」


 那岐の声に振り返るような動きをした光が、はっきりと采希の形になる。


「那岐? ──どこだ?」


 那岐からは采希が確認できるが、采希には那岐の姿を捕らえる事は出来なかった。


「那岐か? ……ああ、みんな来たのか。よかったな、采希」

「……あきら、お前には視えるのか?」


 采希が不安そうに視線を動かす。巫女の声で話す采希の隣に佇む光は、何故か人の形を作らなかった。


「采希!」

「あ、俺にもやっと視えた。お~い、采希」

「采希兄さんの隣の光があきらちゃん? 采希兄さんの姿は視えるのに、どうしてあきらちゃんは球状なの?」

「……榛冴にもそう視える? よかった、僕だけかと……」


 声は聞こえるが、采希にはどこに視線を合わせたらいいのか分からなかった。


「……俺の姿は見えるのか? あきらが球状って、どう言う事だ?」

「そのまんまだよ、采希兄さん。僕らにはあきらちゃんが光の珠に見える」

「マジか……俺にはちゃんと見えてるんだけど。巫女装束で」

「……巫女装束……?」


 凱斗が反応して眼を凝らした。

 采希の眼の動きで自分たちの位置が把握できていないと察した那岐は、采希の傍に浮かんだ光の珠に声を掛けた。


「あきらちゃんには、僕らが視えてる?」

「いや、お前たちの気配だけは分かるが……。お前たち、どうやってこの空間に干渉したんだ?」

「えっと……采希兄さんの身体から、意識を追って……」

「その身体、今はどんな状況なんだ?」


 巫女の問い掛けに、那岐は不安が沸き上がった。

 理由は分からないが、巫女が何かを懸念しているのは分かった。


「どうやら神様とヒトと、両方の呪を受けてるみたい。そう言ったら、黎さんたちが数珠を用意してくれて……」

「…………」

「それで、黒曜石の数珠でヒトの呪を抑えて、今は柊耶さんが神様の呪を邪魔してくれてる」


 巫女の声を発する光がゆらりと揺らぐ。


「ああ、黎さんは神様系が苦手だからな。……柊耶さんが抑えているのか……。──だとすると、那岐、お前たちが通って来たルートでは多分、采希を連れ帰る事は出来ないと思うぞ」

「……あきらちゃん? どう言う事?」


 凱斗の声が少し震えた。ここまでやって来たのに。采希を助けに来たのに、無駄だと言う事か。だったら他に何か方法はあるのか。

 どうしたらいいのか分からないような不安に、思わず泣きそうになる。


「凱斗、お前の中に神域に近い【場】が存在することは以前に話したな? 同じように、柊耶さんの中にも【場】がある。ただし、それはお前の神域とは質が違うんだ。彼の中に在るのは──()()だ」


 巫女の言葉に、那岐がはっとした。さっき自分が柊耶の眼を覗き込んだ時に感じた気持ちが思い出される。

 それは恐怖ではなく、どこか懐かしく思える感触。

 どこまでも深い、静寂の『無』。


(深淵……柊耶さんの瞳の奥に視えた、あれが?)


「それって、何? 深淵って……?」


 凱斗が小さく呟く。その声はとても不安そうに聞こえた。


「子供の頃はその底知れなさがちょっとだけ怖くてな、しっかり見極める事を避けたんだ。それでも柊耶さんが大好きだったから、別にそれが何であっても構わないと思ったしな。──だからうまく説明できないんだが……柊耶さんの中に存在する【場】は、色も音も気配もない。なのに、確実にそこに【場】がある事は分かるんだ」


 上手く説明できずに、巫女の光がもどかしそうに揺れる。


「……宇宙?」


 ぽつりと采希が呟く。その単語に隣に浮かんだ光が明らかに光量を増した。


「……ああ、そうか。そうだな。その表現が一番わかりやすいかも。よく分かったな、采希」

「近くに似たようなのがいるからね」


 凱斗たちの視線が一斉に那岐に集まった。

 ずっと自分の中で考えてから唐突にぽつりと話す仕草や、どこか有らぬ所を見つめている様子、そしてその突拍子もない発想から、那岐は家族の中でもかなり異質な宇宙人扱いをされる事が多かった。


(──え? 僕?)


「なるほど。言われてみれば、そうだな。──でも、那岐の気配は『広がる宇宙』じゃないか? 柊耶さんの【場】は……『無』と呼ぶのが一番ふさわしい気がするんだ。宇宙の奥底、みたいな感じかな」


 那岐にはよく分からなかった。

 采希は、納得したようにこくこくと頷いている。


「だけどさ、その事と采希兄さんを連れて帰れないかもしれない事に、どんな関係があるの?」


 榛冴が落ち着いた声で尋ねる。こんな時にも冷静な榛冴に、那岐は少し感心した。


「推測なんだが……柊耶さんには采希やお前たちのような霊能力はない、と言うか、そもそも【気】の扱い方が違うようなんだ。おそらく、モノの見え方や気配の感じ方も違っていると思う。だから、……どう説明したらいいか分からないんだが……」

「──あ、俺、分かる気がする」


 采希がぱあっと表情を輝かせる。


「……采希、分かるのか……?」

「ああ。……えっと、柊耶さんが俺の身体に掛かった呪を抑えてくれてるんだよな? だとすると、今、俺の身体の中には柊耶さんが作った結界に似た【場】が出来ていると思う。でも、それは俺たちとは異質の力らしい。だから、その【場】に入ったみんなは真っすぐに俺を目指したとしても、ほんの少し本来の道から外れたルートを辿った可能性がある。俺たちが本来存在する【場】からほんの少し次元がズレている、って言うか……」

「……パラレルワールドみたいなもの?」


 榛冴の問いに、采希がちょっと首を捻る。


「そこまでズレてはいないと思うんだけど。──そうだな……例えば、那岐、お前には身に覚えがあるだろう?」


 采希の言葉に、はっと気付く。幼い頃の記憶が即座に浮かんだ。


「……あるね」

「え? 何かあったのか?」


 凱斗に聞かれ、凱斗の弟たちが一斉に考え込む。


「まだ小学校に入る前だったと思う。俺と那岐が遊んでいた時、どう言う訳か那岐が霊道みたいなのに迷い込んだ事があったんだ。お互いの姿は見えるのに、触れる事が出来なかった。──あの時は、どうしたんだっけ?」


 采希に釣られるように、那岐も首を傾げる。

 迷い込んだ感覚は覚えている。なのに、どうやって抜け出したか、記憶にない。


「見えるのに触れられない。つまり、微妙にズレた空間みたいだった」

「…………じゃあ、今もそんな状態に近いってこと?」

「そうなんじゃないかと思う。榛冴にも、あきらの姿は見えないんだろ?」

「残念ながら。……あきらちゃんの巫女姿、見たかったのにね」


 一斉に頷く彼らの趣味はひとまず置いておくとして。

 黎が神様系を苦手としている以上、今の采希の身体に施された土地神の呪は柊耶にしか抑えられない。それは分かっていた。

 でも、このままでは采希を連れて帰る事はできないかもしれない。それでは凱斗の言うように、何のためにここまで来たのか分からなくなってしまう。

 那岐の頭は目まぐるしく記憶の検索を始めた。


(……どうすればいいんだろう?)



 ふと、那岐の眼に巫女の姿が薄っすらと視えた気がした。

 目を凝らすと、腕組みをして口元に手を当てて考え込んでいるのが分かった。


(……ホントに巫女さまだ)


 那岐と視線が合い、巫女の眼がちょっと見開かれる。


「……そうだな、イチかバチか試してみるか。那岐と凱斗が揃っていることだし」

「あきら? 一体何を思い付いたんだ?」


 采希は巫女の笑顔に顔を引きつらせている。


「俺には、嫌な予感しかないぞ。──大体、ロキといい紅蓮といい、異空間から俺を戻す時は必ず大雑把に放り投げるような真似を──」

「那岐、采希の身体には白虎も瀧夜叉も居るんだよな? 地龍の欠片はどうした?」


 ぶつぶつと呟く采希をスルーして、巫女が那岐に確認する。


「うん。白虎さんたちは采希兄さんの身体を護ってくれている。姫ちゃんは飛ばされて、本体の地龍さまに保護されているけど、まだ動けないらしいよ」

「ロキはどうした?」

「琉斗兄さんの中。僕らが采希兄さんに向けられた呪の余波で動けなくなった時、僕らを護ろうとして力を使い果たしたみたいで……出て来られないんだ」


 あの時、たまたま琉斗の中にいた白狼のおかげで、那岐たちは意識を失うだけで済んだ。

 だが、呪の中心にいた采希はそれだけに留まらず、悪意に反応した白虎と瀧夜叉が全力で護ろうとしたが、護り切る事はできなかった。

 今も、白虎と瀧夜叉は呪の解除のために采希の中で闘っている。


「普段は采希から気脈を受け取っているから、今のロキは燃料切れか」


 ちょっと考えるように、巫女の視線が上の方に向く。


「なにか、考えがあるの?」


 那岐が尋ねると、采希が慌ててこちらに向き直る。


「那岐! あきらの案はな、大体が大雑把で無謀っつーか……聞くんじゃねぇ!」

「このまま連れ帰ってみたらどうかと思ってるんだが」


 巫女の視線が那岐をはっきりと捉えているのが分かった。


「……巫女さま。僕が視えてますね?」

「ああ。朱雀の力が【場】に干渉し始めているようだな」


 那岐と巫女が同時に笑う。


「分かりました。このまま兄さんを連れて帰ります」

「はああ? おま……このままだと戻れない可能性がって……マジで戻れなかったらどうすんだ?!」


 珍しく采希が巫女に食って掛かっているのを、琉斗はちょっと面白いと思いながら眺める。

 あまり感情を出さない采希だが、巫女の前では自然に振る舞えているように思えた。


「だがな、お前の身体の呪を解除しない事にはどうしようもないだろう? 黎さんは苦手だし、私はここからでは対処できない。榛冴にもちょっと厳しいな。神様たちは神様相手は嫌がるから。だから、お前が戻って自分で呪を解くのがベストだと思うんだ」

「だからそれは、戻れたら、が前提だろ? 戻れなかったらどうすんだよ」

「それはその時に考える」

「~~~~!!」


 采希が歯を食いしばって悶えるように天を仰ぐ。その気持ちは那岐にもよく分かった。


「他に方法がないんだったら、それでいいんじゃね? 俺たちも、采希を連れて帰るためにここまで来たんだし。試してみようぜ。──ほら、采希!」


 凱斗が采希に向かって手を伸ばす。

 采希からは視えていないはずなのに、大きく溜息をついた采希はしっかりとその手を掴んだ。

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