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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
第15章 翹望への羅針盤
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第78話 古代の巫女

「まずはどこに向かいますか?」


 陸玖(りく)がエンジンを始動させながら、後部席の采希(さいき)に尋ねる。

 何故か依頼を受けた采希が後部席で、助手席には榛冴(はるひ)が乗り込んでいる。

 それだけではなく、後部席にはあと二人、琉斗(りゅうと)那岐(なぎ)も座っていた。


「ごめんね、采希兄さんはまだ本調子じゃないからって、那岐兄さんも付いて行くことになったんだ」

「琉斗先輩も采希さんが心配で?」

「いや、琉斗兄さんは鍵……えっと、そうだね、心配なんだと思う」


 歯切れの悪い榛冴を訝しみながら、陸玖は車を発進させた。


「──まずは、その彼女の部屋だな。外観だけでいいんで、近くまで行ってもらえるか? ……あと、敬語はやめてくれ」


 采希の要望に陸玖は即座に返事を返す。


「いや、琉斗先輩の前でタメ口は無理です」

「俺なら構わないぞ」

「先輩? 琉斗とは学校は違うんじゃなかったか?」

「練習試合でお会いして、お話させてもらってます。覚えてませんか?」

「…………」


 琉斗の視線が宙を彷徨う。

 それを確認した采希が小さく溜息を吐きながら陸玖に言った。


「本人が覚えていないんだ。敬語にする必要はないだろ」

「……心得ておきます。じゃ、彼女の部屋が見える辺りまで行きます」



 霊障を受けている彼女が借りている部屋が見えるコンビニの駐車場に、陸玖は車を停めた。

 ぞろぞろと降りた采希たちは、陸玖が説明するまでもなく一斉に七階建てのマンションに視線を向けた。

 近隣には何棟か似たような物件があるにも関わらず、迷いなく問題の建物を見つめている。

 まだ何も言っていないのに、彼女の部屋の位置に視線を合わせている四人の背中を見て、陸玖の頬が思わず引き攣れた。

 くるりと榛冴が陸玖を振り返る。


「陸玖くん、あの五階の角部屋だよね?」


 自分が説明しなくても分かってるなら、聞く必要があるのか、と陸玖は額を押さえる。


「……そう。どうして分かったのか、聞いていい?」


 一瞬きょとんとした榛冴は、はっと気付いたように眼を見開く。


「あ……あの、さ、うん……僕もちょっと、視えるから……」


 少し焦ったように申し訳なさそうな顔をする榛冴に、陸玖は少し笑ってみせた。


「どんな風に見えるの?」

「…………そこだけ、気配が違うんだ。どうやら僕はあまり得意じゃない分野みたいなんだけど。──采希兄さん、那岐兄さん」


 榛冴に呼ばれ、二人が振り返る。そのまま二人は顔を見合わせ、頷きあった。


「兄さん、これはちょっと……」

「ああ、厄介そうだ」


 榛冴は『気配が違う』と言っていたが、この二人には、何が見えたんだろう、と思うと同時に陸玖の背中を嫌な汗が伝っていった。


「入院している彼女に会うことはできる?」

「……話はしてあるので大丈夫です。行きましょう」



 * * * * * *



 病院の駐車場に停めていた車に乗り、陸玖は大きく溜息をつく。

 まだ動悸が収まらない気がした。


(以前依頼した自称霊能者たちと全然違う。あれが【気】と呼ばれるモノなんだ……)



 少し前のこと。


 病室に入るなり、挨拶もそこそこに采希と那岐の纏う気配が変わった。

 二人が対称の動きで同時に手を横にはらうと、病室の空気が一変したのが陸玖にさえ分かった。

 ざあっという音が聞こえてきそうな程の変化に、ベッドに起き上がっていた彼女も驚いて固まっていた。


「こんにちは、僕は那岐といいます。陸玖くんのお願いを受けて来ました。榛冴の従兄弟です。えっと、亜妃(あき)さん? ──あ~、なるほど、亜妃さん、守護が強いんだ。だから無事だったんだねぇ」

「守護? 那岐兄さん、視えるの?」

「うん、すごい力のある女の人……兄さん、何て言ったらいいのかな?」


 すたすたと窓に近寄り、無言で窓を全開にしていた采希が振り返る。


「古代の巫女装束──飛鳥時代くらいだな。瀧夜叉よりベテランさんだ。──はじめまして、俺は榛冴の従兄弟で、采希といいます。今回の件の依頼を受けました。部屋の様子からあなたの身に危険が及んでいる可能性があったので、ここまで押しかけて来てしまいました。胡散臭いとは思いますが、勘弁してください。あ、変なモノを売りつけたりはしないんで」


 笑顔で話す采希と那岐に、彼女──亜妃は少し戸惑いながらもじっと二人を見た。

 何処にでもいる、とは思えないが、ごく普通の青年に見える。どう見ても霊能者という雰囲気ではなかった。

 優しげな美人顔の采希と、線が細い感じのすっきりとした爽やか系の那岐。


 以前、霊感があるという友人に『守護霊に巫女がいる』と言われた事を亜妃は思い出した。

 彼女の不思議な力は何度か目にしている。『私は視えるだけだから……ごめんね』と申し訳なさそうに告げた姿を思い出す。


 その彼女と同じ事を、采希は言った。

 それに加えて、さっき病室を薙いでいった不思議な風。

『今度こそ、()()かも』と亜妃は思う。


「……巫女、ですか? 飛鳥時代?」

「そう。あなたを護っている。だからこの程度で済んでいるんだ」


 自分でもかなり怖い思いをしたと思うのに、この程度でなければどんな目に遭ったと言うのだろう。亜妃は思わず瞑目した。


「亜妃さん、ちょっと近くに行っても平気ですか?」


 那岐の問いに亜妃が頷くと、那岐と采希が彼女を挟むようにベッドの両側に立った。


「榛冴、荼枳尼天(ダキニてん)の気を降ろす。準備はいいか?」

「え? ダキニ様? じゃ、これって……」

「神様の気配が絡んでるな。榛冴、結跏趺坐(けっかふざ)

「うっわ、マジか。あ、亜妃さん久し振りです。もう陸玖くん、亜妃さんならそう言ってよ」


(ちゃんと、言ったけど)


 采希の指示に榛冴は、亜妃に笑顔を見せながら素直に従う。


(ダキニとか、けっか何とかとか……一体何なのか、誰か説明してほしい)


 そう思った陸玖は僅かな希望を持って隣で腕組みしている琉斗を見るが、こちらの視線に気付かない。

 そもそも、この人は何のために付いて来たんだろう、と思ってしまった。

 両足をそれぞれ反対側の脚の太腿に乗せた状態の胡坐で座り込んだ榛冴が、指を組んで眼を閉じる。


 再び空気が変わった。

 涼やかな風と木々の匂い。榛冴の身体がほのかに光って見える。陸玖は思わず眼を擦った。


「兄さん、とりあえず追い出すだけでいい?」

「ここじゃそれ位しかできない。まずは出て行ってもらおう」


(……だから、何に出て行ってもらうんだ?)


 誰にも聞けず、陸玖は唇を噛みしめる。

 采希と那岐がゆっくりと手を胸元に引き上げ、二人が同時に柏手を打った。

 妙に澄んだ音が病室に響く。

 二人部屋で、しかも今入院しているのが彼女一人でよかった、と陸玖は思った。

 こんなの、かなり怪しいと思う。──普通なら。


「はい、おしまい。飛鳥の巫女さま、お手伝いありがとう!」


 嬉しそうに笑って亜妃に向かって頭を下げる那岐を、采希が笑いながら制した。


「ごめん、意味わかんないと思うけど、あなたに憑いていたモノは一旦剥がしました。でも、元いた場所に戻しただけなんで、あなたの部屋にいるはずです。──部屋の中に居るモノ、片付けさせてもらってもいいですか?」

「……こちらこそ、お手数お掛けします。お願いできますか?」


 亜妃は一瞬、陸玖を見てから采希に視線を合わせ、しっかりと頷いた。




「じゃ、陸玖くん、亜妃さんの部屋までお願い」


 陸玖の隣でシートベルトをしながら榛冴が言った。


「……了解。──あのさ、さっきの……」

「ん?」

「亜妃ちゃんに何か憑いていたの? あの一瞬で何が起こったの?」


 少し声が震えてしまった。そんな陸玖には気付かず、榛冴はちょっと考えるように首を軽く捻る。


「ん~……亜妃さんの部屋に居た霊、って言ったら分かる? その中の何体かが彼女に憑りついていたようだったから、采希兄さんと那岐兄さんが祓ったんだよ」

「正確には祓ったんじゃなく、彼女から強引に引き剥がしただけなんだけどな」


 後部席から采希がぼそりと呟く。

 何の呪文もお経も、御幣を振ったりの動きもなく、柏手ひとつでお祓いしたと言われ、これまでの大仰な霊能者のみなさんは、何だったんだろうと考え込んでしまった。

 榛冴が言っていた『こういうのが得意』な采希と那岐は、どうみても霊能者という雰囲気ではないと、陸玖も思った。


(まぁ、榛冴も霊が視えるようなキャラには見えないし。……待て、お化け屋敷のお化け退治をした頭数に、琉斗先輩も入っている? 榛冴、采希さん、那岐さん、凱斗さんとあと一人。……琉斗先輩、どう見ても脳き……アスリート系なのに)


 高校時代の雄姿を覚えている。他校生でしかも助っ人としてたった半日の参入だというのに、うちの女子生徒の視線を全て持って行った。

 その姿とずっと不機嫌そうに口を噤んでいる今日の琉斗は陸玖の中ではどうにも一致しなかった。

 真面目で大人しそうだけど何処か近寄りがたい采希と、いつも微笑んでいるのに気付くと気配もなく移動している那岐をミラー越しに見ながら、一番()()()見える榛冴はもしかして彼らの扱いに苦労しているのではないかと想像した。


 何より素人である陸玖に対する説明が全く足りていない。


(あれ? そういえば、凱斗さんってどんな人なんだろう。采希さん以上に真面目で固いタイプなのかな?)


 依頼を断られた一件でしか会った事のない凱斗だったが、兄弟でも榛冴と真逆のタイプであれば陸玖とは合わないだろうと思った。


 実際に肌で感じた本当の除霊に未だ動揺が隠せない陸玖は、大きく深呼吸をして車のギアを入れた。



 * * * * * *



「今、鍵を開けますね。ちょっとお待ちください」


 そう言ってこちらに背中を向けた榛冴の友人を、采希は少し不思議な気持ちで見つめる。

 スマホで心霊現象を解決できる能力者を捜していて、偶然記事を目にしたと言っていたが、彼が考えたとおり自分たちに関する情報は組織によって全て削除されている。


(何度か見かけたって言ってたけど……あの組織の情報部門がそんなに鈍いとは思えない。まるで、陸玖くんの眼に留まるように何かの力が働いたとしか思えない。──一体誰が、何の目的で?)


 采希は脳裏に浮かんだ考えを振り払うように小さく頭を左右に振る。


「兄さん、どうかした?」


 那岐が心配そうに采希を覗き込む。


「この場所、やっぱり兄さんには辛い?」

「……問題ない」


 笑顔で応えてはみたものの、依頼じゃなければこんな場所には近付きたくはないと思った。

 玄関の扉が開くと、部屋の中は──


「……うわー、満員御礼っすね」

「通勤ラッシュの電車って感じ?」

「采希、これは中に入っても大丈夫なのか? もの凄いことになってるじゃないか」

「──琉斗兄さんにも分かるくらいって……亜妃さん、よく無事だったね」


 誰も部屋に入ろうとせず、それぞれが呆然と呟く。

 その様子に、陸玖が采希たちと部屋の中を交互に見て蒼褪めたまま大量の汗を流していた。


(僕には見えない。だけどここは、駄目だ。入っちゃいけない)


 足が動かなかった。ここに連れて来たのは自分なのだから、と思うが、どうしても動けない。

 陸玖の様子に気付いた榛冴がそっと入り口から遠ざけるように陸玖の身体を引いた。


 腕組みしたまま采希は低く唸る。部屋に入らなければ処置もできないし、このまま入ったら憑依体質のヤツが無事では済まない。

 玄関が外に接しているのを幸いと、采希はそっと龍神を呼んだ。


「ナーガ、俺たちが中に入れるようにちょっと散らしてくれ」

《それは良いが──長くは()つまいぞ》

「ああ、構わない。中を確認するだけだから」


 了承する答えの代わりに、采希たちの背後から一陣の風が吹き抜ける。

 風の出口がないはずの部屋の内部から、全ての霊を押し流すように部屋の向こう側に通って行くのが視えた。


「おおっ! きれいになった!」


 那岐が真っ先に部屋に入る。続いて榛冴。

 その後に続こうとする琉斗を腕を掴んで引き留め、采希は陸玖を先に促す。


「……采希?」

「お前は、憑依される可能性を考えて動け。ロキ、琉斗に入ってくれ」

《承知した》

「……そうだな。すまない、油断していたようだ」

「お前、何か考え込んでいるみたいだけど、黎さんにも釘を刺されているんだからな」

「──分かっている」

「ならいい。……行くぞ」



 采希が部屋に入ると、那岐が振り返った。


「那岐、どうだ?」

「ん~……こっちから、こう、かな?」


 那岐が玄関から斜め方向、今いる部屋の隣の部屋に向かって手を動かす。


(隣──多分、寝室かな?)


 玄関からまっすぐ入ったこの部屋は、小さなテーブルとソファ、テレビ台と本棚。だったらもう一方の部屋は寝室だろうと思われた。


「寝室に向かってるんじゃ、安眠できるはずないな……」

「キレイにこの部屋だけ通ってるね。隣も上下の部屋も無事みたいだ」


 采希と那岐が唸っていると、陸玖が恐る恐る尋ねて来た。


「あの……通ってるって、何が……?」

「「霊道」」


 二人同時に答えると、陸玖の頬が奇妙に歪む。

 反射的に答えてしまった采希がはっとしたように陸玖を見る。

 普通の人がどう受け取るかを考えていなかった事に気付いて少し顔が引き攣った。

 榛冴にフォローしてもらおうと振り返るが、霊道と聞いた榛冴は、那岐が指した場所に黙って移動してしまった。隣の寝室のドアに触れ、頷きながら戻って来る。


「上代……あのさ……」

「ん? 何?」

「霊道って、何?」

「ああ、そのまんまだよ。霊が通る道」


 陸玖が一瞬、泣きそうな顔になる。

 怯えたようなその顔を気の毒そうに見ながら采希は、亜妃が采希と那岐を違和感なく受け入れていた事を思い出した。


こういう(オカルト)系って、女性の方が平気そうだよなぁ。陽那(ひな)もあんまり怯えなかったし)


 たまたま自分の周囲の男性陣が怖がりなだけだろうかと思いつつ、采希は視線を玄関の方に向ける。


「さっき、この部屋にいた霊たちは吹き飛ばしているからね、怖がらなくても大丈夫だよ。でも、このままにしてたらまた霊たちが集まってくると思うから……采希兄さん、どうするの?」


 怯えた様子の陸玖にやっと気付いた榛冴が安心させようとするが、『また集まってくる』と言われた陸玖はさらに身体を硬直させた。


(どうする、か。あれ? これって……)


 龍神の力で今だけ清浄となった霊道に一部重なって、もう一本の白っぽい道が視える。


「…………那岐、俺にはもう一つ、道が視えるんだけど」

「──え? あ、ホントだ」


 那岐が采希の指す方をじっと凝視する。


「何だろう……でも、霊道とは違うね」

「綱丸、来てくれ」


 采希が呼ぶと、榛冴の銀笛から小さな白狐が飛び出した。


「これって、もしかしたら神様の通り道か?」


 掌の上にちょこんと座った白狐がこくこくと頷く。


「神様の道? でも、神様の気配、無くない?」


 榛冴が采希の手の中を覗き込みながら綱丸に話しかける。

 白狐は困ったように二本の尾をぱたんと振った。


「今は使われていない道なのか? 瀧夜叉、分かるか?」


 ふわりと現れた平安時代の呪術師が、手にした扇の先で采希の眉間に触れた。同時に琥珀の声が采希の耳に届く。


《この道はまだ活きています。霊道と重なった事で塞がれているような状況ですが》

「霊道自体は最近動かされたように見えるな」

《そうですね、何者かによって意図的にずらされた道が、偶然ここに置かれてしまったようです》

「だけど、こんな所に神様の通り道って…………あ!」


 急いで玄関から外に走り出た采希は、五階の通路から外を見渡す。

 周りにも似たような集合住宅が多いので視界は遮られるが、神様の通り道をゆっくりと眼で辿る。

 その先にある物を、采希は見つけた。




「采希兄さん、何か分かったの?」


 采希の向かいに座った榛冴が身を乗り出した。

 亜妃の部屋の近くのカフェで、陸玖はもう今にも倒れそうな顔色をしている。

 何が起こったのか簡単に榛冴が説明してくれたが、全く理解が追い付かない。


「ああ、霊道自体は可動式のようだけどな、ちょっと厄介だ」

「どういう事? 可動式なら、またずらしちゃえばいいんじゃないの?」


 小首を傾げる榛冴に、那岐がそっと首を横に振る。


「可動式ってことは、また戻る可能性もあるんだよ、ハル」

「は? ……戻る?」

「そう。しかも、あの霊道は彼女の部屋を通り抜けてすぐにループしている」


 那岐の言葉に榛冴が嫌そうな顔になる。『気持ちは分かる』と呟きながら采希が後を続けた。


「ループして、またあの部屋に戻る。だからあんなに霊が留まっていたんだ。しかも、本来なら霊道は昔の近未来SFによく出て来るような道路──エアチューブみたいな形状で、一般の人達にはほとんど影響しない。だけど神様の通り道と重なってしまったことで、チューブが破損したような状況になっている」

「…………つまり?」

「霊道から霊が溢れているな」


 榛冴の眉がぎゅっと寄せられる。陸玖にも何となく意味が通じ、呼吸をするのも忘れたように固まっている。


「……神様の通り道は──どこに繋がっているの?」

「これから、そこに向かおうと思う。榛冴、お前の力が必要だ」



 * * * * * *



「俺にはよく分からないんだが……」

「何がだ、琉斗? まさか『霊道って何だ?』とか言い出すんじゃないだろうな」

「いや、それは俺にも分かる。……霊道がループするとはどう言う意味だ?」

「そのままだな。くるっと回って同じ場所に戻ってくる」

「…………それでは、その中にいる霊はずっと同じ場所を巡っていることになってしまうのか? 永遠に?」

「まぁ、そうだな。霊道は一方通行なのがほとんどらしいから」

「それでは霊が増える一方なんじゃないか?」


 車の後部座席から采希と琉斗の会話が聞こえてきて、榛冴は小さく息を吐く。


(琉斗兄さん、また霊に同情しそう)


 双子の弟の方は、どんな相手にもすぐに同情してしまう。

 情けをかけるべき相手を選ばないので、よく采希に怒られていた。


(だから憑依されやすいんじゃないのかなぁ……)


 最近では常に紅蓮を携帯し、采希か那岐が一緒にいる事が多いため憑依される事はなかったが、琉斗はこれまで何度も良くない霊に憑かれている。

 ただ憑かれるだけではなく、その度に琉斗は琉斗でなくなるので、本当に厄介だった。


 ハンドルを握る陸玖がルームミラーで後部を確認し、榛冴をちらりと見る。


「……上代、聞いていい?」

「何?」

「上代の力が必要、って……どういう……」


 まだ蒼褪めたままの陸玖の横顔を確認し、榛冴はどう説明しようかと戸惑った。

 普通の人にはこんな状況は信じがたいと分かっている。

 どんなに説明しても、眼に見えないモノを全面的に信じられる人はそうそういない。


(こんな事なら、知らぬ存ぜぬで押し通せばよかったかも……)


 困り果てている陸玖が気の毒で、つい引き受けてしまった事を榛冴は心の底から後悔した。

 もし引き受けなかったとしたら、おそらくもっと後悔することになったのだろうと思い、嘆息する。


「榛冴の力はねぇ、とっても凄いよ。僕らの誰も真似出来ないんだ」


 後部席から那岐が身を乗り出す。

 ルームミラー越しに陸玖に満面の笑みを向けた。


「那岐さん、具体的には……?」

「すぐに分かるよ。凄くキレイだから、期待してて」


 期待って、何をだ。そう思いながら榛冴は額を押さえる。

 琉斗ほどではないが、那岐も説明が苦手な部類だ。

 ただ、那岐の場合は頭の中で考えている事が多すぎて口に出すのが追い付いていない事を、榛冴は理解している。

 榛冴でも時々首を傾げる程なので、陸玖もさぞや困っているだろう、と思ったが、意外にも陸玖は嬉しそうに笑っていた。


「そうなんですか、キレイなんだ……。では、期待しておきます」


 だから何を期待されているんだ、と思いながら榛冴は眉を寄せた。


「陸玖くんはさ、『視えない』人なんだよね? なのに、僕たちの話を信じるの?」


 運転席のシートに手を掛け、那岐が屈託なく問い掛ける。


「え? そりゃ信じますよ。──確かに僕にはそういったモノは視えません。だけど病室でも亜妃ちゃんの部屋でも、確かに空気が変化するのをはっきりと感じました。自分でも体験したことなので、僕は信じます。それに──榛冴の事を信用していますから」


 思いがけない陸玖の言葉に、思わずその横顔を凝視してしまった。

 少し照れたように榛冴を横目で見た陸玖は、軽く咳払いして采希に話し掛ける。


「采希さんが仰った『神社』は、多分この先です。──ちょっと登山になりますが……行きますか?」




 思っていた以上に、登山だった。整わない呼吸を、大きく深呼吸することで、榛冴は何とか呼吸を落ち着かせる。

 前を歩く采希の背中に向かって声を上げた。


「体力系の琉斗兄さんや那岐兄さんはともかく……どうして采希兄さんが平然としているわけ? ほとんど息も乱れていないとか、信じられないんですけど」


 采希がにやりと笑う。


「ま、そこは裏技で」

「……どんな?」

「企業秘密」

「…………」


 平然とした顔で、榛冴を残して歩き出す。慌てて後を追った。


 小さな鳥居の前で一礼し、ゆっくりと鳥居をくぐる。

 手水場で教科書通りの禊をし、真っすぐに拝殿に向かう。拝殿の階段の前で那岐が戸惑ったように足を止めた。


「兄さん、ここ……」

「うん、ちょっと……どうかな」

「何がだ、采希?」


 琉斗の疑問には応えず、采希と那岐がお社を見渡す。

 困ったように眼を伏せ、采希が振り返った。


「榛冴、出直そう」

「──え?」

「今日は無理だね。榛冴、出番は明日以降だよ」


 采希と那岐の言葉に、榛冴は『説明を、してくれ』と呟いて項垂れた。

 ここまで登って来たのに、出直すと言う事はまた登らなくてはならないと言う事だ。

 状況が見えなくて立ち尽くす陸玖に、采希がふっと微笑む。


「ごめん、今日は無理だ。色々と準備が必要みたいだから、明日以降にしたい。陸玖くんが空いている日、教えてくれ。忙しいようだったら、俺たちだけで何とかするけど」


 陸玖が小さく頭を横に振る。


「いえ、依頼したのは僕の方ですから──明後日、でもいいですか?」

「了解。──じゃ、一旦帰ろうか」

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