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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
第15章 翹望への羅針盤
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第77話 怪異の誘導

「ひとまず、お願いはしてみたからさ。あとは依頼を受けてもらえるかどうか……。悪いんだけど、あまり期待しないでくれる?」


 助手席にゆったりと沈み込んだ榛冴(はるひ)は、あまり機嫌よさそうには見えなかった。

 凱斗(かいと)の態度から陸玖(りく)も期待はしていなかったが、ほんの少し気が楽になった気がした。

 弱みを突いたような形になってしまったのに、それでも何とかしようと動いてくれた榛冴には感謝している。


「こっちこそ、悪かったね。あそこまで情報を隠されてるって事は、秘密にしたいんだろうなとは思ったんだ。でもこっちももう打つ手が無くてさ」


 陸玖はこれまで何度か霊能者と呼ばれる人に依頼はしていた。霊障を受けている友人は普通の生活も困難なほどに衰弱していたので、彼女の代わりに様々な伝手を辿ってみた。

 何やら祈祷のような事をして高いお札を買わされ『これでもう大丈夫』と言ったきり連絡の取れない人や、青褪めて『自分には無理』と逃げ出した人もいた。

 事態は悪くなる一方で、途方に暮れていた時、偶然あの記事を見つけた。

 翌日には削除されており二度と見つからなかったが、別の記事を見つけ、すかさずスクリーンショットを保存した。その記事も一時間と経たずに消えてしまった。


 最初は榛冴の事だとは思わなかった。

 別の友人にふと話を振ったところ、『そう言えば、上代(かみしろ)んとこの兄ちゃんだか従兄弟だかが霊感少年で有名だったなぁ』と言われ、榛冴の幼馴染を中心に情報を集めた。


自分(はるひ)からはそんな能力があるなんて一言も聞いたことがなかったしな。逆にそういう話は嫌いだと思ってたし)


 一緒にテーマパークに遊びに行った時も、ホラーハウスなどは断固拒否していたことを思い出した。

 双子の兄と従兄弟が二人いる事は聞いていたが、時折榛冴が話題にする名前は二人だけだった。

 そのため出会った最初の頃は、陸玖は『采希(さいき)兄さん』と『那岐(なぎ)兄さん』というのが双子だと思っていた。

 今回の一件で、その二人が従兄弟だとようやく知った。


(兄より仲がいい従兄弟、か。どんな人なんだろう)


 ちょっと不機嫌そうだと思っていた助手席の榛冴が、小さく溜息をついた。その表情で不機嫌ではなく不安なのだと陸玖は気付く。


「……上代、もしかして霊感少年だったお兄さん、今、家にいないの?」

「……え?」

「さっき、そんな事を言いかけてたからさ」


 何で気付くかなぁ、と言いたそうに榛冴が陸玖を下から睨みつける。ちょっと口を尖らせ、ぼそぼそと話し出した。


「僕たちはさ、みんなが同じ能力じゃないんだ。多分、陸玖くんが望んでいるような怪異を収める力を持っているのは采希兄さんと那岐兄さんで……二人は今、琉斗(りゅうと)兄さんと三人で某組織の当主の所にいる。──ちょっと事情があってね。残された僕と凱斗兄さんでは多分対処できない。だから……(れい)さ……組織の当主は采希兄さん次第だって、そう言ってた。采希兄さんさえ本調子なら、きっとすぐに解決してくれるんだろうけどね」


 悔しそうに話す榛冴は、それでも心からその采希兄さんとやらを信頼しているのだろうと思った。

 言葉の感じや表情から、それは如実に伝わってくる。


「采希さんと那岐さんって、僕は会った事、ないよね?」

「多分ね。あまり他人と関わりたくない人だし、僕らとは学校も違うし」

「琉斗さんって、もしかしてうちの高校に練習試合で来た他校のチームで、助っ人参入してて、うちの女子の黄色い声援を浴びていた人?」

「あああああ! 思い出したくない! あの後、兄だってバレて散々女子に追い回されたんだよ!」


 頭を抱える榛冴を、そっと横目で見る。兄の事は口実で、榛冴自身が目的だった子が大勢紛れていたのを陸玖は知っていた。


(友達だと思っていたけど……上代の兄弟の話って、ほとんど聞いた事がなかったな……)


 本人が話したがらない事を無理に聞き出すつもりはないし、特に興味もなかった。

 兄たちは双子なのに顔も性格も全然違うとは聞いていたが、それだけだった。噂の霊感少年の話すら内容を聞かされた覚えがない。

 そう言えば、その霊感少年とやらは四人のうちの誰なのだろうと、ふと思った。


「お願いしてもらえただけでも有難いよ。お礼に、晩御飯は僕に任せて」


 助手席で嬉しそうに笑う声を聞きながら、陸玖はどんな美味しい物を食べさせてあげようかと真剣に悩んでいた。



 * * * * * *



「満足してもらえた?」

「ん~~~、満足しました。でもお洒落すぎて緊張しそうだったよ。ああいう所は女の子と一緒の方がいいんじゃない?」

「上代のイメージに合わせてエスコートしたつもりだけど」

「……やめて、怖いから」


 陸玖に対する女性の評価が『王子様』だったことを榛冴は思い出していた。

 とにかく女性への気遣いが上手だった──一部を除いては、だが。

 自分の双子の兄たちに見習わせたいと思いながら、榛冴は首を横に振った。自分には、王子様に憧れる気持ちはない。


 楽しそうに笑いながら運転する陸玖がふと沿道に視線を向ける。そのままミラーで後方を確認し、ウインカーを上げて減速した。

 周囲を走っている車輌はなく、ゆっくりと車を後退させる。

 何事かと榛冴が振り返ると、歩道に蹲っている女の子が見えた。こんな遅い時間で人通りもないのに、一人で蹲っているなど何かあったとしか思えない。

 ハザードランプを点灯させながら陸玖が助手席側の窓を開ける。


「ちょっと君、大丈夫? 具合でも悪いの?」


 陸玖が呼び掛けると、小学生くらいの女の子が顔を上げた。

 表情は薄暗くてよく分からないが、あまり顔色はよくないようだ。


「……足が……痛くて」

「歩けない? 送って行こうか? うちは近くなの?」


 陸玖の声に女の子が小さく頷く。

 榛冴の首から下げていた銀製の笛が急激に熱を帯びた。榛冴はぎくりと視線を胸元に向ける。


(──綱丸が反応した……まさか……)


「陸玖くん、あのさ──」


 榛冴が声を上げた時には、もう女の子は後部席に乗り込んでいた。


(綱丸、悪いけど、僕と陸玖くんの周りをガードできる?)


 ふわりと白狐の尾が榛冴の目の前を横切った。

 榛冴には采希や那岐のような結界を作り出すことは出来ない。だが、彼には神様のお遣い狐がついていた。

 どんなに怪しくても、こんな夜道で小さな女の子を車から放り出す訳にはいかないし、ましてや本人の前で陸玖に自分が怪しんでいる事を告げる事も出来ない。


(ひとます、これで直接手を下される事はない……と思うんだけど……)


 助手席からだと、振り返らない限り後部座席の様子は確認できない事に、榛冴は改めて気付いてしまった。ルームミラーは運転席側からしか、見えない。

 思わず舌打ちしそうになる。


(もう少し真面目に、采希兄さんに訓練してもらうんだったなぁ)



 * * * * * *



「え……っと、本当に、ここでいいの?」


 後部席を振り返って尋ねた陸玖の言葉は、見事に空振りになった。

 さっきまで自分に後部席から道順を告げていたはずの女の子が、消えている。車から降りた気配は全くなかった。


 ぞわぞわと恐怖が這い上ってくる。

 強張った顔で助手席の榛冴に視線を移すと、榛冴は真剣な表情で周囲を覗っていた。


「……上代……」

「言わなくても分かってる。陸玖くん、ここ、どこ?」


 辺りは真っ暗で、街灯もない。

 慌ててカーナビを確認するが、画面には何も映っていなかった。

 点いているはずの車のライトが妙に薄暗く、前方の様子も確認出来ない。


(……ナビ、さっきまでは確かに……それより、ここはどこだ?)


 きゅっと口を引き結んだ榛冴が、ゆっくりとポケットから何かを取り出す。

 その途端、車の警告音が一斉に鳴り出した。


「──は? 何が……?」

「陸玖くん、これって何とかソナーってヤツ? 周囲の障害物なんかに反応するって、言ってたよね?」

「あ……ああ、そうなんだけど……でもこれって……」

「全方向のソナーが反応してる……」

「……なんで……何もないのに……」


 車輌の衝突を回避するためのこの機能は、停車中に車の傍を人が通っただけで反応する。運転席のパネルは、全方位に警告の表示が出ていた。

 何故、今、この音が鳴り響いているのだろう。陸玖は鳴り止まない警告音に混乱しそうになる。


「どうして、鳴って……」


 助手席の榛冴がすうっと息を吸い込む。


「綱丸!!」


 その声に応えるように現れたのは、真っ白な狐。車のボンネットに大きな二本の尾が揺れる。呼吸を止めて目を見開く陸玖は、思わずハンドルから手を離した。

 狐が現れると同時に横に払われた榛冴の手から、車の内部四隅に放たれたお札が張り付く。


(な……んだ、これは)


 車の周囲に無数の手が見える。

 狐のいるフロントガラス以外の窓に、たくさんの手が張り付いて(うごめ)いている。

 よく見ると、妙に薄暗いヘッドライトの灯りに、何か影のようなモノが蠢いていた。


(手だけ? これって何? 気味悪……)


「綱丸、追い払って!」


 榛冴の命を受け、白狐が白い炎を吐き出す。

 視界が白い炎で覆われるが、窓に貼り付いた無数の手は(ひる)まない。


(何が起こって……)


 榛冴が苦しそうに胸元を抑える。喘ぐように息を吐き出したその時だった。

 微かな金属音が聞こえた気がして陸玖が思わず顔を上げると、車を取り囲んでいた手が全て静止していた。


「今だ、榛冴! 車から降りろ!」


 耳元で叫ばれたようにはっきりと聞こえた、陸玖には聞き慣れない声。

 思わず陸玖が榛冴の方を見ると、榛冴が大きく頷いた。




「っしゃ、兄さん、行きまっせ!」

「おう! 任せろ!」


 榛冴たちの飛び降りた車が、何か大きくて透明な箱のようなもので覆われている。

 その中に影のような何かが無数にいるのが遠目にも分かった。


 地面に座り込んだ榛冴と陸玖の前に、並んだ二人の背中が立ち塞がっている。

 そのうちの一人が大きく腕を頭上に掲げ、白銀の弓を引き絞ろうとしているのが見えた。


「大丈夫か、榛冴?」

「琉斗兄さん!」


 いつの間にか榛冴の隣には、陸玖にも見覚えのある顔がしゃがみ込んでいた。


(あ、琉斗先輩? ……ってことは、この二人が例の従兄弟……)


 一瞬で車に纏わりついていたモノを消滅させたらしい二人が大きくハイタッチするのを、陸玖は呆然と眺めていた。



 * * * * * *



「ひとまず、話を聞かせてもらえるか? ……なんであんな事になってたのかも含めて」


 夜のファミレスで榛冴と陸玖の向かいに座った采希が口を開いた。両隣には那岐と琉斗が座っていた。

 状況が理解できないまま『とりあえず、お茶でも』と言う陸玖の声に、那岐のお腹が盛大な音を奏でた。


「那岐兄さん、お腹すいてるの? ひとまず何か食べに行く?」


 采希たちの顔を見て安心したのか、榛冴が満面の笑顔で提案する。

 陸玖は自分が助けられたと思っていたので、どこかのカフェにでも、と思ったのだが、榛冴は陸玖の肩に手を置いて首を横に振った。

 この三人にカフェのおしゃれなご飯では到底足りない。

 細身の見た目に反してかなり良く食べる三人の前に食事が運ばれて来た。

 まだ満腹している榛冴と陸玖は先に来ていた珈琲に手を伸ばす。


「まずは腹ごしらえさせてね。榛冴、ゆっくりでいいから状況説明をお願い。さっき、あんな場所にいた事情もね」


 にっこり笑ってフォークを手にした那岐に、榛冴は落ち着かないような視線を返す。


「あんな場所? 僕にはよく分からなかったけど、あそこは何だったの?」


 スプーンを口にしながら采希が榛冴を見つめた。


「……どこに居たのか、分かっていなかったのか。あそこはちょっと有名な肝試しスポットだよ。所謂(いわゆる)、廃病院ってヤツ」


 ぎょっとしたように榛冴が固まる。

 普段の自分なら、絶対に近付かない。


「……ナビ、動いてなかっただろ?」


 今度は榛冴の隣の陸玖に、確認を取るようにわずかに首を傾げる。


「あ、そうです。よく分かりましたね。──失礼しました、僕は上代……榛冴くんの友人で、陸玖と言います。采希さん、ですよね?」

「あ、はい、そうです。えっと……うん、霊とかは電波に干渉するって言われてるらしいから。ナビの誤作動は霊障が原因。でもそれだけじゃないな。何かに、誘われたか?」


 ちょっと戸惑う陸玖に代わり、榛冴が身を乗り出す。


「小さな女の子だよ。一人で歩道に蹲っている所を見つけて車に乗せたんだ。足が痛いって言ったから。僕には普通の女の子に見えた。だけど車に乗り込んだ途端に綱丸が反応して、慌ててガードしたんだけど……」

「うん、いい判断だ。でも、乗せる前に気付くべきだったな。──ま、俺たちが間に合ったから、いいけど」


 采希がにやりと笑って那岐の方を見る。


「榛冴の眼を誤魔化す技量、か。管狐には通用しなかったみたいだな」

「綱丸の存在を認識していなかったんだろうね」

「消した手応え的には、何かウラに潜んでる……ような気がする。何の関係もないあの場所に、あれだけの雑霊を集めている理由がない。怖がらせて手を引かせるためだけとか? ──那岐、どう思った?」


 口の中の咀嚼していたパスタをごくりと飲み込んで、那岐は采希を見た。


「あの廃病院は誘い込むためじゃなく、榛冴の力を測るために使われた、ってこと?」

「あそこが大元じゃない感じだな」

「ああ……道理で手応えが薄い気がしたんだ。榛冴が脅される理由、心当たりはある?」


 榛冴が困ったように口を尖らせる。


「特に、ないけど」

「お前が依頼しようとしてる件に関しては?」

「僕も状況はよく分かっていないし。まだその物件すら見ていないしね」

「…………」


 采希が陸玖に無言で視線を向ける。


「え……っと、まだ上代にはきちんと話していないんですが……。僕の大学時代の友人が住んでいる賃貸物件なんですけど、どうやら何かがいるようで……」


 采希は少し困った顔をしながら、僅かに陸玖の背後に視線を動かす。目についた雑霊をこっそり弾き飛ばした。


「その何か、ってのは具体的にどんな現象を起こしている? ──例えば、ラップ音とか」

「……ラップ音って、部屋の中で怪しい音がする、あれですよね? ラップ音もですが、誰かの声が聞こえるらしいです。一人暮らしなのに扉の影に気配があるのはしょっちゅうで、夏でも異様に寒かったり、家電が誤作動するのもよくあるらしいです」

「そこって、新築?」


 采希の質問に、陸玖が少し困ったように首を傾げる。


「う~ん……おそらく築2~3年といったところじゃないかと思います。僕にもよく分からないですけど」

「采希、築年数が何か関係あるのか?」


 ずっと無言でご飯をかきこんでいた琉斗が采希に尋ねた。


「新築だとな、家鳴りっていう音がする事があるんだ。だから一応確認」


 その答えに得心したように陸玖が頷く。


「家鳴りなら僕も聞いた事があります。──僕も何度か彼女の部屋にお邪魔したんですが、家鳴りなんて可愛らしいモノじゃなかったです。何て言うか……『ずずん』とか『ゴゴゴ』って感じの音と、色んな声が話しているような音がずっと聞こえているんです。それと──先日、彼女が就寝中に眼を開けたら、眼の前に見知らぬ顔があって自分を覗き込んでいたと。しかも、頭部だけだったそうで」


 榛冴がひゅっと息を飲んで身体を引いた。

 そんな部屋には絶対住めない、と眼が語っている。


「その建物の他の部屋には、どんな現象がでている?」

「確認しましたが、彼女の部屋だけのようです」

「……まだその部屋に住んでるんだよな?」

「はい。ですが、今は入院しています。衰弱がひどくて、検査入院ですが」


 采希がちょっと視線を逸らして考え込む。


(聞いた限りでは良くない霊が部屋にいるのは確実。色んな声って言うのは何だ? その訳あり物件と今回榛冴が巻き込まれた件は繋がっているはず。でも、築年数が浅いのに大量の霊がいるって、何なんだ。しかもその部屋だけって事は──)


 心配そうな表情の榛冴の首の後ろあたりに漂っている小者の霊を消しながら、那岐もこっそりと足元の邪気を掃除しているのに気付いた。


 どうやら彼は、ずっと監視されているらしい。

 何度祓っても、執拗に視線が追ってくる。


(何のために、誰が?)


 小さく息を吐くと、采希は陸玖の眼を見つめる。


「明日、仕事?」

「あ、いや、休みです」

「じゃ、その物件に案内してもらっていいか? この依頼、引き受けさせてもらうから」

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