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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
第14章 昏迷の霊媒師
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第73話 捕食する者

「待って、(れい)さん。まだ炎駒(えんく)が現れていない」


 屋敷の正面で合図を出す時期を待っていた黎は、隣で困ったように腰に手を当てた采希(さいき)に向かって眉を寄せる。


「マジか。──あいつ、何やってんだ」

「プレッシャーで焦ってるんだと思う。──黎さん、俺、ちょっと行ってきます」


 黎が黙って頷くと、一瞬で采希が消えた。


凱斗(かいと)の力はそんなに不安定なのか? 俺にはそうは思えなかったが」


 凱斗は頭も切れるようだし、多分頭に血が登っていなければその状況判断能力は的確だとシュウは感じていた。

 シュウがぼそりと呟くと、陽那(ひな)が苦笑いしながら答えた。


「……集中力に欠ける傾向がありますね。以前も黎さんに手伝って頂いていますし」


 凱斗の集中力だけの問題ではないのは陽那にも分かっていた。

 とにかく力が強大すぎるせいだ。その分、制御するための力も大きくなる。

 陽那が思いを巡らせていると、突然、シュウが吹き出した。


「陽那、凱斗に呼び出されるのをそわそわと待っている麒麟か。その絵面は中々だぞ」


(──あ、この人はサトリだった)


 陽那が無意識に頭に浮かべた映像が伝わったらしい。

 口を開きかけた陽那の周囲の空気が変わった。


「……来たか」


 黎の声に釣られて見上げると、上空に光の渦が出現していた。陽那は思わず息を飲む。


「黎さん、向こうは大丈夫。準備完了だ」


 いつの間にか眼の前に采希が立っていた。


「……采希さん、あれは、何ですか?」


 光が渦巻く空を指差した陽那に、采希がにっこりと笑う。


「向こうの山の神様と、沢の神様と、この先の川の神様。手伝いをお願いした」


 事も無げにさらりと答える。

 陽那は呆けたように口を開けた。

 いつの間に神様たちに要請したのだろう、と思った。

 柔らかい笑みを湛えたままの采希が、ちらりと黎に視線を動かす。


 神様相手は苦手だ、と言っていた黎だが、それでも霊能力者を統べる当主だ。


「神様たちとの交渉を用意したのは黎さんだ。この麓で宮守の一族が祭壇を仕立てているらしいぞ」


 さすがは古くから続く組織だと陽那は感心していた。

 黎の一声で組織が動き、神霊の助力を得る。

 黒の三つ揃いを身に付けた黎からは、堅苦しい威厳は感じられない。

 だが陽那がいる朔の組織だけでも、黎の統率力は眼を見張るものがあった。実働部隊である宮守の能力者一族と、彼らを助け、支えるために表に出ている朔の組織。

 支える側が表に立つのは逆ではないかと陽那は思ったが、昔は貴重な陰陽師を護るための隠密部隊だったらしい。時代と共に交渉や情報収集をする彼らが表の顔になったと。

 陽那は能力者ではあるが、まだ一人前ではないので朔に所属しており、宮守の一族とは交流がない。

 二つの組織を一人で纏め上げている黎を、陽那は素直に尊敬していた。本人は『周りが優秀だから、どうにかなっている』と笑っていたが、その優秀な者たちがどれだけ黎を慕っているのかを顧みれば、自ずと答えはでる。


 巫女がいた時は黎と役割を分けていたのかと思っていたが、そうではないらしい。巫女は両方の組織の旗頭として完全に実働専門だった。一族の中で唯一、表に出ている能力者だ。

 だから、采希たちが手を貸してくれるのが本当にありがたいと、黎はそう言っていた。

 一族の能力者たちは、黎や巫女ほどに突出した力は持っていないのだと聞いて、陽那は采希たちの特殊さがよく理解できた。


 ──なんで、身内に五人も能力者が発現するんだ?

 ──強大な能力者の傍に居ると、釣られるように能力が現れるのは確認されている。元々、宮守(うち)と同じくらい古い家系で……どうやら婆様もあいつらの存在を知っていたらしい。

 ──マジか? …………動く、のか? 時代が。

 ──…………さあな。


 朔の執務室での、黎と彼の右腕との会話を思い出す。

 陽那にはよく分からなかったが、一族の当主には采希たちに能力が現れる事は想定内だったらしい。

 采希たちは、自分たちのせいで巫女を巻き込んだと思っていたらしいが、実は黎が巫女の手助けを容認していたと聞いている。

 それを知った采希は酷く悔しそうだったと。

 少し硬い表情で空を見上げる采希を、陽那はそっと見つめる。


 空に大きく拡がった光は、ゆっくりと渦巻きながら煌めいている。荘厳すぎて、陽那は少し怖くなった。


「……大きいですね」

「神様だからな、榛冴でもかなりキツそうだ」

「……大丈夫なんですか?」

「そのための、炎駒だ」


 確かに大変そうだ、と陽那は思った。

 怒りに満ちた山神の、説得に協力してくれた神様たちだ。榛冴一人で、その身体が耐え切れるのか心配になる。黎は大丈夫だと言っていたが。


「じゃあ陽那、頼む」


 采希に頷きを返し、陽那は眼を閉じた。ゆっくりと呼吸を繰り返す。


(五月姫さま、お願いいたします)


 すっと陽那の身体が右手を挙げる。その姿に重なるように、瀧夜叉姫の姿が現れた。


《器は、あれに。ご助力を、願い奉ります》


 静かな女性の声が聴こえた。付き合いは長いが、初めて聞く瀧夜叉姫の声に黎が嬉しそうに眼を細める。

 上空の光は急速に地上の一点を目指して収束する。

 そうして降りた光の先には屋敷の南側に陣取った巫覡(シャーマン)の身体。


《うああああああああ!!》


 榛冴の声が采希の脳裏に響く。


「今だ、凱斗! 炎駒(スルト)、取り囲め!」


 指示を出す采希は、全身から白いオーラが噴き出していた。

 屋敷の敷地全体が見えない檻で囲まれていく。

 結界なのだろうが、囲まれた内部の圧迫感が半端ではなかった。陽那が堪らず膝を付く。

 喘ぐように呼吸を繰り返す。


 真っ白なオーラに包まれた采希は、濃い紫に輝く瞳を陽那に向けて微笑んだ。急に身体が楽になる。


(あ……五月姫さま)


 陽那の背後に浮かんだ瀧夜叉姫が、陽那の肩に手を乗せている。そこから暖かい気が流れ込むのを感じた。


「瀧夜叉、あとはこっちで何とかする。お前は陽那を護っててくれ。──ヴァイス、来い」


 采希の声に従い、大きな白虎が姿を現わした。

 目線だけで采希の意図を察した白虎が、ゆっくりとシュウの背後に回る。


「ガイア、頼む」


 その短い一言で、陽那とシュウの周囲が小さな半球のドームで覆われた。


(護られているだけなんて……私にも何か出来ることは?)


「采希さん、私も一緒に──」


 采希が再び陽那を振り返る。ふっと笑い、首を横に振る。


「陽那はそこにいろ。琉斗(りゅうと)那岐(なぎ)が廓のお姉さん方を鎮めたら、ここにくる手筈になってる。まだ仕事はあるぞ」

「……ですけど……」

「実はな、リズの中に降ろされてきちんと帰されていなかった霊が何なのか、良く分かっていない。那岐や榛冴でも見極められなかった。陽那を護りながら闘える自信はないからな、悪いけど」


 ビスクドールの中にいる女の子が降霊したはずの霊が残されている、というのは瀧夜叉姫から聞かされていた。

 どこかから連れて来られた霊がいる──そう始めに気付いたのは那岐だった。

 榛冴が感知した廓の女性たちのさらに奥深く、何かが潜んでいた。屋敷内に漂う邪霊たちだけではなかったのかと、皆が嫌そうな顔になった。


 采希の眼もそこまでは届かず、実際の現場で意識を凝らした那岐と榛冴の顔は、揃って蒼白になっていた。

『視えない、なのに何かいる』と那岐ですら怯えた状況に、黎は頭を抱えていた。

 地龍の姫からこの地に繋がるモノではないと聞かされ、采希と黎は唸ったきり黙り込んでしまった。


(……外国から召喚された霊にも、日本の呪が効くのかな……)


 陽那がそんな事を考えていると、瀧夜叉姫が笑った気配がした。

 ちょっと首を回して瀧夜叉姫を確認すると、大丈夫、任せろというように小さく頷いた。


「陽那は、呪術が得意なんだったか」


 シュウが陽那の横に並ぶ。律儀に背後の白虎も、シュウの動きに合わせて付いて来た。


「私が得意という訳ではないです。得意なのはこちらの五月姫さまで──」


 シュウがきょとんとした顔で陽那の背後に視線を這わせる。

 困ったように片方の眉が上がった様子で陽那は気付いた。


「あの……シュウさん、もしかして、視えていない……とか?」

「……まあ、そうだな。何となく、何かが【居る】のは感じるんだが……」


 自分は守護の霊亀(れいき)のおかげで今は視えているが、一般的には視えないのが普通だと気付いた。

 自分の周りが凱斗以外──琉斗ですら多少なりとも見鬼の力を持っているので、視えることが当たり前のように思っていた事に気付く。


「シュウさん、視えた方がよくないですか? 視えないと不安も感じるでしょうし。今だけなら視えるように私が──」


 陽那の言葉を遮るようにシュウがぶんぶんと首を横に振る。


「いや、結構だ。視えなくとも、不便はない。俺の眼はこの世の形ある美しい物を堪能するために──」

「……怖いんですね」

「!! そんな事はないぞ! あくまでも俺はリアルを追及する主義で……」


(そう言えば、琉斗さんもこんな反応してたな)


 思わずくすりと笑ってしまう。


「……だからな、陽那……」

「はい、分かりました。では、私の後ろでなるべく動かないように大人しくしてて下さいね。あまり動くと白虎さまが大変なので」


 慌ててシュウが背後を振り返った。



 * * * * * *



 そこだけがモノクロームの世界であるかのような、真っ白なオーラを纏う背中が振り返る。


「黎さん」


 その一言で、黎は彼の準備が整ったのだと悟る。

 采希たちそれぞれが違った役割を持っているおかげで、一気に片付けられそうだ、と思った。

 中心となっている眼の前の青年は、封印されずに自分で制御さえ出来れば自分や姪のあきらの能力さえ凌駕する事を黎は知っていた。


 その力を封印しなくてはならなくなったその場に、黎はいた。

 采希ですら覚えていない記憶。それは現在も自分の片腕として常に影に控える相棒の能力による効果だった。

 制御を失った采希の力は、幼い身体にはあまりに危険な強大さだった。当時ようやく抑えた黎も、今の采希の力を抑えられる自信はなかった。


柊耶(とうや)、感謝するぞ)


 今もおそらく離れた場所で、黎を護るために潜んでいるはずの幼馴染を思った。

 彼がいなかったら、采希は今、ここにはいなかったはずだった。

 龍神から聞いた話では、姪のあきらの力に対抗する手段として【意思】から力を与えられたのが、この采希らしい。


(……気の毒にな……)


 決してそんな力を求めてはいないであろう彼の気持ちを考えると、黎は憂鬱になった。


 ──望まない、能力。

 それでもその力を持って解決できるなら、見過ごすことは采希には出来ないのだろうと思い、黎は嘆息した。


 力の封印に関わった一員として、可能な限り采希の力になる。

 そう、幼馴染みと共に誓った。



「陽那、凱斗と榛冴に指示を出せ。廓のお姉さま方だけを地中から琉斗と那岐がいる部屋に誘い出すんだ。采希、ダキニ様のお遣い狐を呼べ。榛冴へのサポートが足りない」


 屋敷の裏手にいるはずの榛冴の絶叫がいつの間にか止んでいる。

 心配そうな表情の陽那の不安を和らげるために、黎はそっと八咫烏に指示を出した。


 八咫烏の眼を全員に共有させる。

 突然脳裏に差し込まれた映像に采希が黎を振り返った。

 黎が親指を立ててみせると、采希はきゅっと口角を上げた。


 采希の頭に映し出されたのは、地面に膝をつきながら上目遣いに中空を睨む榛冴。歯を食いしばり、その身体に降りた神様を抑え込もうとしているように見えた。

 自分の身体を抱え込むように両腕に力を込めていて、その榛冴を見下ろすように炎駒が覗き込んでいた。


(山神さまを説得しているのか?)


 微かに途切れがちな声が聴こえる。

 自らの治める地で惨殺が行われ、怨嗟の籠もった遺体を大量に埋められ、挙げ句にごっそりとその地を削られた。吠える山神を、他の神様たちが宥めているのだろう。


 炎駒の隣では凱斗が腕組みしたまま榛冴の背後を睨みつけていた。

 ふっと空気が変化し、山神の地への束縛が緩む。

 炎駒の体躯からごおっと風が巻き起こり、榛冴を囲むように渦巻いて天へと昇っていった。

 ほっとしたように身体から力を抜いた榛冴は何かを呟きながら、手を地面に置いて気合いを込める。同時に凱斗が建物の二階を振り仰いだ。

 地中から追い出された無数の念が、凱斗の炎駒が操る炎で西棟二階の一室に導かれる。


『来るぞ!』


 琉斗が打ち刀に変化(へんげ)した紅蓮を構える。

 隣の那岐は存分に気を纏わせた長い棒をくるりと頭上で回した。

 その背後には大きな白狼。低く構えた体勢で、待ち受けている。

 昨日、不意打ちを喰らった武将の三郎も、巫女の愛刀・蛍丸をゆるりと薙ぎ、襲い掛かる念の巨大な塊を一斉に迎え撃った。


 奇声を上げながら、女たちの恨みの念が消えていく。


 念の最初の一撃をうまく迎え撃った那岐と琉斗に、采希はほっと息を吐いた。

 不意打ちでない限り、あの好戦的な面子に負けのあろうはずがなかった。


「……琉斗は覚醒してないんだよな? 采希は刀の紅蓮が邪霊を消すための力を分け与えているんだろう? それだけなのに、あんなに闘えるものなのか?」


 シュウが黎の背後から声を掛ける。その場から動こうとしないのは、先程、陽那にうろうろするなと釘を刺されたからだろう。律儀な友人に、黎はひっそりと笑った。


「それだけじゃないな。元々、こいつらは全員、ある程度は【視える】能力を持っている。お前と違ってな。それが采希や那岐に影響され、見鬼(はるひ)が目覚めたことで、触発されたような形で顕在化した。【視えて】【触れる】なら闘うことは出来る。凱斗でも、気配は感じられるしな」


 黎にはシュウがやたらと琉斗を気に掛けているように感じた。


(ファンだったって言われて嬉しかったのか? ──違うな。何か共感するような要素があったのか?)


 肩越しにシュウと視線が合った。


「なあ、黎──」

『黎さん、こっちは片付いたよ。次は何をすればいい?』


 汗だくの那岐がシュウの言葉を、意図せず遮る。

 八咫烏の【眼】に気付いたのか、きっちりとこちらに視線を合わせていた。


「那岐は榛冴の所に行ってくれ。朱雀に炎駒のサポートをさせるんだ。ここの念どもを一匹たりとも逃がすなよ」


 映像の那岐が大きく頷く。


「琉斗、お前は急いでこっちに来い。くれぐれも注意を怠るな。今、屋敷の中は霊が飽和状態だ。出来れば跳んで──」

『そうしたいのはやまやまなんだが──とにかく、急いでそっちに向かう』

「……そうしてくれ」


『跳べないのか……』と采希が小さく呟き、黎は苦笑した。


 凱斗といい、琉斗といい、追い詰められた状態でないと力が発動しないのはどういう訳なのだろうと思う。

 一度発動すれば徐々に容易くなっていくものだと思っていたが、あの双子には自分たちの常識(セオリー)が通用しない。


 今の琉斗は、紅蓮の起動に必要な采希の闘気を纏っている。

 邪霊が大喜びで飛び付くような純粋な力の気配を、この屋敷内に潜んでいる狡猾なヤツらは見逃さないだろうと思った。

 采希と黎は祈るように屋敷の入り口を見つめた。


(頼むから、無事にここまで来てくれ)


「あのな、黎、さっきから気になっていたんだが」

「なんだ?」


 黎がシュウを振り返ると、シュウの額がほの明るく光っていた。


「シュウ、お前──」

「黎、『()』とは何の──()()()だ?」



 * * * * * *



 西棟2階端の子供部屋から大急ぎで廊下を通り、中央の大きなカーブを描く階段を駆け下りる。

 琉斗は念の気配には詳しくないが、それでも値踏みされているような視線を感じてかなり不快だった。


「三郎殿、この辺りも霊が多いのか?」

《──かなりの数だな。お前でも分かるか》

「……そうだな。視線のようなモノを感じる。敵意と言うよりは、捕食者のような視線に思えるんだ」

《そうであろうな。采希の気配に反応しているようだ──……琉斗!!》


 琉斗の隣に浮かんだまま移動していた三郎が琉斗に手を伸ばす。その手は琉斗には届かず、急激に遠ざかって行った。


(──何が……俺は?)


 奇妙な浮遊感で、琉斗は自分の身体が落下しているのだと気付いた。


(階段から、落ちた? いや、そんな高さはないはず……なのにこれは? 俺は一体、どこに……)


 ゆっくりと琉斗の周りの風景が動いて行く。水の中を沈んで行くような感覚だった。

 落ちていくその先ではどす黒い何かが歓喜の声を上げながら大きく口を開いている、そんなイメージが琉斗の頭に浮かんだ。


(采希……采希!!)


 声にならない声で、必死に従兄弟の名を呼ぶ。焦っているせいか、届いた様子はなかった。

 濃厚な闇の気配に全身が包まれる。息が、出来なかった。身体が鉛のように重い。


(紅蓮、無事か?)

《琉斗、力が──》

(紅蓮?!)


 右手に掴んだ紅蓮の柄が小刻みに震える。

 妙に重くなった右腕を少し上げてみると、刃の周囲に何かが纏わりついていて刀身がよく見えない。


(何だこれは? 紅蓮の……采希の【気】に惹かれて来たモノどもか?)


 纏わりついた気配は嬉しそうに紅蓮に絡みついている。


(ロキ、いるか?)


 琉斗の呼び掛けに、白狼がゆっくりと姿を現わす。琉斗を護るように、その全身で包み込むように寄り添った。

 琉斗には白狼の表情が苦しそうに歪んで見えた。濃厚な悪意の中で、白狼が自分を護ってくれているのだと直感した。



『琉斗!!』


 必死に酸素を取り込もうとする琉斗の頭に声が響く。


『待ってろ、今行く!』

『待て、采希。お前が行けば奴らを喜ばせるだけだ』

『だけど、黎さん……』

『琉斗、聴こえるな?』


 黎の声に応えようとするが、喉にも力が入らない。

 きちんと返事をしなければならないと琉斗は思った。

 何の準備もなしに采希がここに飛び込んできたら、黎の言うようにこの闇に望む餌を与えることになってしまう。

 それだけは嫌だった。自分のせいで采希が危険に晒されるようなことはあってはならない。


(大丈夫だ、黎さん。ちゃんと聴こえている)


 こんな状況なのに不思議と落ち着いている自分に、琉斗は驚いた。


『お前にしか出来ない。優先事項は分かるな、琉斗?』


 もちろんだ。そう声に出したかった。

 自分にしか出来ない事、それはたった一つしかない。

 だが、それだけで勝機は確実に跳ね上がるはずだ。

 琉斗は力の入らない右手に左手を添え、ゆっくりと持ち上げる。

 自分の力のなさに歯噛みする思いを抑えるように眼を閉じると、頭の中心で生じた光が眉間に向かって溢れ出したのを自覚した。


(采希、お前の鍵を開放する。──すまないな、俺の力ではここから抜け出せそうにない。……迎えに来てもらえるだろうか?)


 采希がほんの少し戸惑った気配がした。


『琉斗……』


 労るように顔を寄せる白狼の首にゆっくりと腕を回す。

 白狼の気遣うような気配を感じた。

 もうすぐ自分の意識は、途切れるだろう。


(大丈夫だ。悪いな、ロキ。お前の力を貸してくれ)


 すうっと息を吸い込んで、自分の中の力を開放する。


 ──かちゃり。


 豪華な装飾の鍵を鍵穴に差し込んで回すイメージと共に、離れたところで自分を案じているであろう采希の封印が開放されたのを確認して、琉斗は微笑みながら意識を落とした。

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