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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
第14章 昏迷の霊媒師
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第70話 幽囚の念

那岐(なぎ)! ここだ!」


 (れい)の声に那岐が視線を眼下に向けると、豪華な洋館の前で大きく手を振る姿が見えた。

 その姿を目指して地龍の姫をゆっくりと旋回させながら下降させる。那岐たち四人を背に乗せた地龍の姫は、小さく唸りながら黎の傍に近付く。

 黎の隣には、スーツ姿の男が並んでいた。那岐にはどこかの組の構成員っぽく見えたが、近付くとかなり整った笑顔が確認できた。


(──この人が、シュウさん?)


 記憶の何処かで見たような目鼻立ちだが、その気配に覚えはなかった。

 地龍の姫の上で那岐の背中に掴まっていた琉斗(りゅうと)の手に力が入った気配がする。


「呼び出して悪かった。俺一人だとちょっと難しそうだったんでな。三郎は連れてきてくれたのか?」

「平気です! ──言われたとおり、みんな連れて来たけど……一体、何が相手なんですか? 幽霊屋敷だから、誰かの霊とか?」


 地龍の姫から飛び降りながら那岐は黎に尋ねる。


「──正直、俺には分からん。采希(さいき)には見当がついていそうだったが。……だから、引き込まれたのかもな……」

「引き込まれたって、鏡の世界に?」

「ああ、だから三郎が必要なんだ」

「え???」


 那岐と黎が話している脇をすり抜け、琉斗がシュウに向かって真っすぐに進む。


(あ……ヤバい?)


 慌てて那岐が琉斗を引き留めようとすると、凱斗(かいと)の方が一歩速かった。

 琉斗の肩に腕を回して、自然に琉斗の動きを抑制する。


「ど~も、始めましてぇ。噂には聞いてます、シュウさんっすよね? 俺は采希の従兄弟で、凱斗で~す♪ 采希が何やら、世話になったようでー」


 凱斗の眼が笑っていないのに那岐は冷や汗をかいた。さっき琉斗が余計な事を吹き込んだせいだろう。

 シュウが黎と間違えて采希に抱き着いたのは、勘違いが招いた事故だと何度も言ったのだが、凱斗には気に入らなかったようだ。

 那岐が小さく溜息をついた時、屋敷の周りを確認していた榛冴(はるひ)が声を上げた。


「黎さん、ここ、どんな場所か知ってて来たの?」


 唇を噛みしめて黎に縋るような視線を向ける。


「どんなって……榛冴、何か視えるのか?」


 榛冴がぶるんと首を横に振る。


「僕にはよく視えない、です。もう少し集中しないと。……でも、声が聞こえる。ずっと地の底から。それと、ここって山神さまの土地なんじゃないかと思われるんですけど」


 那岐と黎は揃って榛冴を見つめる。特に何の声も聞こえていなかった那岐は、探るように辺りを見渡した。

 言われてみれば確かに山神の気配が感じられる。


(……だけど、なんだか様子がおかしい。怒ってる?)


「榛冴、誰の、どんな声だ? 何を言っているかは解るか?」


 榛冴が俯きがちに、黎に向かって首を傾げる。


「──言葉は聞き取れないんですけど、でもたくさんの女の人です。この声の調子は、怨嗟だと思います。それと、この地──山の神様が怒ってらっしゃるようですが」

「怨嗟……」


 シュウが黎の肩に手を置く。


「黎、お前にも聞こえない声が、彼には()()()()のか?」


 黎がふっと苦笑いをしてみせる。


「そうだな……この上代家の末っ子は、神様の声すら聞き取る。お前が敢えて言わなかった事も、こいつらが全員揃ったら簡単に暴かれると思うぞ」


 シュウがちょっと眼を見張る。軽く舌打ちして、諦めたように大きく息をついた。


「その、敢えて言わなかった内容ってのを──俺たちに教えてもらえないっすか? ねぇ、シュウさん?」


 ちょっと斜めにシュウを見つめる凱斗の視線が、傍から見ていてもかなり怖い。


(急がないと……兄さん達のイライラが頂点に達する前に……)


 慌てて那岐は声を上げる。


「黎さん、その話は道々聞かせてもらう事にして、僕は采希兄さんの所に行きたいんだけど。──案内お願いできますか?」



 * * * * * *



 采希の感覚が、遠くの気配を感じ取る。

 鏡の中に閉じ込められても分かる。弟たちの気配とそして弟たちの中の聖なる獣たちの気配だった。

 今は琉斗に憑いているはずの武将の声が、采希の耳に届いた。


《采希、どこだ? 応えよ》

(三郎さん、ここです。おそらく、西棟の端、二階です)

《おそらく? 自分の位置が分かっておらぬのか?》

(はぁ……どうやら鏡の中を移動させられたようなんですよね……まだ鏡の中にいるようですし……)

《鏡、か。ならば容易(たやす)い》

(……は?)


 容易いとはどういう事だろう、と考える間もなく大きな鏡の前に総髪の髷姿の武士が現れた。

 采希の姿を鏡の中に確認し、マントを翻しながらするりと大鏡の中に入り込んでにやりと笑った。


「はや……随分と簡単に見つけてもらって……」

《問題ない。儂らは鏡の中に入れるのでな。鏡を使って移動することも可能だ。なので手近の鏡に入ってそこからお前の気を捜した。この鏡だけが妙な壁で仕切られているため、鏡を通して移動は出来なかったが。──おかしな気配の場だ》


 武将が訝し気に周囲に視線を走らせる。

 なるほど、霊であれば鏡に入るのは容易いと、そういう意味かと采希は納得した。

 実際には見えなくても、鏡にだけ霊が映るという現象も聞いた事があった。


(それって、鏡に霊が映っていたんじゃなくて鏡の中に霊がいたってことか)


 三郎を初めて見た陽那(ひな)が、眼の前のビスクドールとその横に浮かぶ三郎を交互に見ては瀧のような汗を流していた。


(誰? 戦国時代の武将っぽいけど……月代もないし、洋風のマントって一体?)


 纏う雰囲気は上に立つ者そのもので、陽那は畏怖の気持ちが湧き上がって眼も合わせられなかった。

 三郎という名に思い当たる者はいたが、その人物だと認めるのは、少し怖いと思った。

 ビスクドールは驚愕の眼で三郎を見つめていたが、その眼にとてつもない怒りの色が浮かんだ。


《おや……か……》


 可愛らしいその姿には似つかわしくない濁声に、三郎がちらりと横を見る。


《──誰じゃ》

《……貴様……!》


 ビスクドールから真っ黒な霧が噴き出す。霧は大きく膨れ上がり、天井まで届く人型を形作った。

 浮かんでいたビスクドールがごとりと床に落ちる。


(……一体何が起こった? いや、三郎がここに来れたってことは……ロキ、琉斗の所に行けるか?)


 采希の中で否定の返答があった。鏡の中で自由に動けるのは、霊体だけという事かと悟った采希は、自分の中の呪術師に呼び掛ける。


「瀧夜叉! 来い!」


 采希の中から古風な着物姿の古代の呪術師が現れる。

 心得たように采希と陽那の前に浮かび、ふわりと扇を振った。

 采希たちを縛っていた紐状のモノが消え、床に投げ出される。

 バランスを失って膝を付いた陽那の横をすり抜け、采希は床に落ちたビスクドールを拾い上げた。

 左腕の前腕で下から支えるように人形を抱え、髪を整えるようにそっと人形の頭を撫で、振り返る。


「三郎さん!」

《采希、蛍丸を召喚せよ》


 要請に応え、采希は右手を三郎に向ける。

 手の平から飛び出した金の光は、彼の手の中で太刀に変わった。


《迷いし亡者ども、永遠に消し去ってくれる》


 黒い霧の人型から無数の小さな刃のようなモノが放たれる。

 身体の前で太刀を器用に回して、そのほとんどを叩き落した世に名だたる戦国武将が鼻で笑った。


《──なるほど、草の者どもか。この地に隠れ里でも作っておったとみえる。……なぜ儂を恨むのかは聞かずとも察しはつくが。貴様らが仇と狙うべきは禿ネズミのヤツではないかと思うが、どうだ?》


 冷たい眼で霧を眺める三郎に、動揺したように霧の中心辺りが歪んだ。

 采希は三郎の言葉にふと思考を巡らせる。


(……草って、隠密の人達のことだよな? 隠れ里? これだけの念が残ってるってことは──誰かに襲撃されて壊滅させられたってことかも。……禿ネズミって……あぁ、あの人か)


「采希さん、ここにいたら私たちも危ないんじゃないですか? どうにかして出る方法を──って、なんでその人形を持ってるんですか?」


 陽那が采希の腕の中の人形を、嫌そうに見つめる。

 霊の入り込んだ人形など、普通に考えたら恐怖の対象だ。


「ここに置いてたらまた利用されそうだからな。連れて行く」

「利用? って誰に……」


 陽那が言い終わらないうちに、霧の人型から再び刃のようなモノが放出された。今度は放射状に采希たちの方にも向かってきた。

 采希は陽那の前に移動し、右掌をかざして防御壁を作る。予想以上にあっさりと消えていく念の刃に、ちょっと違和感を覚えた。

 采希たちを捕らえた紐のような念に比べ、かなり手応えがない気がした。

 小さな念の刃を器用に叩き落していた三郎が蛍丸を鞘に収め、怪訝そうに眉を寄せて隠密たちの念を見つめる。


「三郎さん?」


 憮然とした表情で采希の方を見て、三郎は小さく首を振った。


《采希、昇華を》

「……はい?」

《この者どもの昇華を頼みたい。──もう、ロクな力も残っておらぬのに……誰がためにそこまで》


 力が残っていないと言われ、采希は何となく納得した。確かに、威勢の割に手応えがなさすぎる。


「この場では、無理です多分。鏡の外に出ないと。ちょっと一旦、人形の中に……あ、いや、この中に入ってもらいたいんだけど」


 手近にあった小さなオルゴールの小箱を指し示す。これらの念を昇華させるのであれば、一人では出来ないと考えた。

 采希が人形の中に、と言いかけた刹那、采希の腕の中で人形がぶるっと身震いした。まるで、嫌だと言わんばかりに。

 提示された小さなオルゴールの箱に、不満そうに霧の人型の輪郭が歪む。

 めんどくせぇな、と小さく呟いて、采希は念の塊を見据えた。


「こんな小さな器じゃ不満か? だったら今すぐ消し去ってもいいぞ。俺にはあんたらを助ける義理はないしな」


 さらに輪郭がバラバラに動き始める。一体、何体分の念が集まっているんだろうと采希は興味なさげに眺めた。


《貴様ら、采希には従うが得策ぞ。此奴は太陽神の巫女を封じるほどの力を持っておる。その力に惹かれ、貴様らも動き出したのであろう?》


 静かに告げる三郎に、采希は何故、彼がこの念たちを助けようと考えたのかと不思議に思った。明らかに悪意を放って攻撃してきた相手に、温情を与えるような言動に聞こえる。

 眉間に皺を寄せた采希の隣で、陽那が困った様子の瀧夜叉姫に気付いてそっと采希の肩をつついて促した。


 霧の人型は大人しく凝縮し始めていた。


「あ、大人しく入ってくれるのか。じゃ、瀧夜叉、頼む」


 ゆるりとした動きで瀧夜叉姫が扇を振ると、霧が小箱の中に綺麗に吸い込まれていった。




 何かが憑いていると思われたビスクドールを抱えた采希を、陽那は不安そうに見つめる。

 怖くないのだろうかと思っていると、采希が顔を上げて陽那に声を掛けた。


「陽那、ちょっといいか?」


 そう言って采希は陽那の手を握る。途端に陽那の頭に流れ込んでくる、誰かの想い。小さな子供のように思えた。


《ドルイド……助けて》


(は? 誰? えっと……采希さんがサイコメトリーしてるの? だとしたら、この人形の声?)


 陽那は思わず人形と采希を交互に見る。黙ったまま采希が頷いた。

 さっきまでこの人形に入っていた念は、小さな木の細工の箱に入ったはずだと思っていた。


「これ……呪いの人形かなにかですか?」


 陽那の背中を冷たい嫌な汗が流れ落ちて行くが、采希は笑って頭を横に振った。


「──ドルイドって何でしたっけ? 小人?」


 怖い思いを振り切るように、陽那はとりあえず頭に浮かんだ事を口に出してみる。


「それはドワーフだな。ドルイドは、祭祀を行う人だ。古代ケルト、だったかな? 有名どころではアーサー王伝説の魔術師マーリンとか」


 相変わらずそういう事には無駄に詳しい采希に、ちょっと感心する。慌ててしまった自分が少し恥ずかしかった。


「……そのドルイドがどうしたんでしょうか?」


 陽那の疑問を受けて、采希が問い掛けるように人形に視線を落とす。


《ドルイド……約束したの……助けてくれるって……》


 途切れがちの言葉と共に、粒子が荒い感じの映像が流れ込む。

 小さな男の子。少し明るめの短い髪に、濃いオレンジに見える眼。どこかから飛び降りて着地したような動きで、眼の前に立っている。


「祭祀を行う人って、シャーマンの事ですよね? それがこんな子供なんですか?」


 陽那が不思議に思って眺めていると、唐突に采希が呟いた。


「──あきら」

「……え?」

「これ……子供の頃のあきらだ。間違いない」


 陽那にはどう見ても男の子に見えた。


「……あきらさんですか? 本当に?」

「うん。俺が初めて会った頃の……俺も最初は男の子だと思ったからな。──なるほど、だからドルイダスではなくてドルイドか」


 ドルイダスって、何だろうと陽那は首を傾げる。頭に浮かんだ映像を再度確認してみるが、やはり、きりりとした将来に期待のできそうな少年に見える。


「ああ、ドルイドの女性形がドルイダスだ。あきらを男の子だと思ったんだろうな。この人形の中にいる子は一世紀近く前の、ヨーロッパ辺りの上流階級のお嬢様だったみたいだし、あんな恰好をしてるのは女の子ではないって思ったんだろう」


 映像の少女は膝丈の短パンにタンクトップ、三分袖のシャツを羽織っている。戦前の欧州上流階級の少女なら、あり得ない服装だろうと采希は思った。

 采希の言っている意味がよく分からず、陽那が説明を求めようと口を開きかけた、その時だった。



 地鳴りのような振動と共に、足元から一気に何かが噴き出してきた。細い細い、糸のような黒い束。


「か……髪の……うげっ!」


 采希が心底気味悪そうな声を上げる。

 陽那は大量の髪の毛が一気に身体中に巻き付く事態に恐怖がこみ上げ、声を出す事も出来ない。


「!!!」

「三郎! 瀧夜叉!」


 慌てたような采希の声に、陽那が視線を動かすと二体の霊体は硬直したように宙に浮かんでいた。ぴくりとも動かない。

 そして頼みの綱の采希は、陽那よりも大量の髪の毛に完全に絡めとられていた。


(どうしよう……これって、かなりマズいんじゃ……)


 一瞬、絶望しかけた陽那の耳に聞こえたのは、ドアが壊れそうな勢いで開けられた音。


 同時に大鏡の向こうに、待ち望んでいた姿が現れた。

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