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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
第14章 昏迷の霊媒師
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第69話 八咫烏の招致

琉斗(りゅうと)兄さん、言ってる意味がわかりません」


 那岐(なぎ)のちょっと怒ったような声に、琉斗が必死で言葉を繰り返す。


「だから! 鏡に采希(さいき)が映っていたんだ。何度呼んでも応えなくて……そしたら陽那(ひな)が鏡の中に吸い込まれていってだな──」

「琉斗兄さん、そんな小さな鏡だよ? どうやって中に入れるって言うのさ?」


 榛冴(はるひ)もイラついたように呆れた声を上げる。

 普段から説明が上手ではない琉斗の言葉を理解するのを諦めて、那岐は鏡を手に取った。

 綺麗に磨き込まれたその表面には、眉間に皺を寄せた那岐が映っている。


(鏡に、ここに居ないはずの采希兄さんが映って……? それって、この鏡と采希兄さんの居場所が繋がったってこと? なんでそんな現象が起きた? 采希兄さんに何かが起こって琉斗兄さんがその危機を察したとか……じゃあ、琉斗兄さんの力? ……こんな繊細な術、琉斗兄さんのはずがないか……。それに陽那さんがこんな小さな鏡に吸い込まれたって、どういう事?)


 榛冴が堪らず声を荒げる。


「もぉ、全っ然わかんない。琉斗兄さん、僕にも分かるように説明できないかなぁ?」

「……そうしているつもりだが」

「だって! 鏡に采希兄さんが映ったのはなんで? 陽那さんはどうやってこんな小さな鏡に入れたの? 僕の疑問にちゃんとした答えがほしいんだけど」

「…………」


 榛冴が琉斗を責めようと考えている訳ではない事は那岐にも分かった。


(榛冴、不安なんだろうな……)


 怖くて不安で落ち着かない。だから琉斗に勢いよく畳み掛ける。

 本心で知りたい訳ではないのだろうと思った。


 普段、榛冴は采希と那岐に懐いている。

 それでもこんな風に遠慮なく気持ちをぶつけるのは、やはり兄である双子に対してだけだった。


「……陽那が消えて、俺が鏡を手にした時にはもう普通の鏡だったんだ……」


(……普通の? じゃ、現象が起こった時の鏡は……?)


 苦々し気に告げる琉斗に、那岐はきゅっと口を横に引き結んで顔を上げる。


「紅蓮、来てくれる?」


 琉斗の腕のバングルから小さな巫女姿の幼女が飛び出す。

 この小さな生き物は、元々は木刀だった。使い手の力に合わせ、今は日本刀の姿になることが出来る。

 ただ采希に装着されている時以外は、呼ばないと姿を現わすことが出来ない。だから那岐は、紅蓮の名を呼んだ。


「紅蓮は、見ていたよね? 采希兄さんが鏡に映った時のことを教えて」

「那岐、俺の説明では……」


 ちょっと情けない顔をする琉斗に、那岐はぺこりと頭を下げる。


「琉斗兄さん、ごめんね。紅蓮が()()()()映像を知りたいんだ。琉斗兄さんの説明が良くないとかじゃなく……あ……」


 琉斗の肩ががっくりと下がる。


「もう! 拗ねてないで、ほら! 百聞は一見に如かずって言うでしょ? 紅蓮の見た光景を一緒に確認しよ。琉斗兄さんに解説してもらわなきゃ!」


 榛冴の言葉に那岐はあからさまにほっとした。さすがに榛冴は琉斗の扱いを心得ている。

 何とか笑顔になった琉斗を座るように促した那岐は、そこで初めて大事なことに気が付いた。朝から家に居たはずの、うるさい気配が無い。


「……あれ? 凱斗(かいと)兄さんは?」



 * * * * * *



 ちょっと早足で、采希は陽那と並んで進んで行く。

 真っ暗な空間は、壁も天井も判別できなかった。踏みしめている床の感触はあるが、どう進んでも壁のようなものに行き当たる事はなかった。だだっ広い空間で、方角の指針となる物は一切ない。

 ひたすら真っすぐに歩いているつもりだったが、それすらも確認は出来なかった。


「鏡の中って、鏡に映った世界が拡がっているのかな、とか思っていました」


 陽那の声が、まだ少し震えている。


「あ~、俺もそう思ってた。実際はそうなんじゃないか? ……実際って言う言い方も変だけどな。ここは創られた空間らしいから」

「それですよ。誰が何の目的で創造したんですかね?」


 それが分かれば、脱出する方法に辿り着けるかもしれないとは思った。だが現状では何も分かっていない。


「采希さん、私に会う前はずっと歩き回ってたって──」

「うん」

「……迷子の心得、知ってます?」

「…………その場を動かない……?」

「そうです。かなりの距離を移動しているのに、どこにも行き付かない。だったら、動くのは正解じゃないんじゃないかと思ったんですが」

「…………」


 なるほど一理ある、と采希は顎に手を当てて俯いた。


「じゃあ、とりあえず止まって……それから?」


 陽那が口元に手を当てて考え込む。


「呼び掛けて、みます?」

「誰に?」

「この空間を創造した誰かに」


 采希は目から鱗が落ちたような気持ちになった。陽那、何だかすげえな、と隣に佇む女性を見つめる。

 立ち止まっていると、何だか周囲の闇に押し潰されそうでぞわぞわと寒気がした。

 陽那の身体がぶるりと震える。


「……陽那、怖いか?」

「怖くない訳じゃないですけど……進む先や周囲の様子が見えないっていうのは、かなり不安ですよね」


 お互い、顔を見合わせてくすりと笑う。


「不思議ですね。こんなに真っ暗なのに、采希さんの顔はよく見えます」


 そう言えばそうだな、と言い掛けて、采希はふと思った。


(──なんで、見えるんだ?)


 何者かが創った空間。光源はない。動き回ってもどこにも行き当たらない。呼吸は普通にできる。

 まるで……


(あきらが誘き寄せられた空間と似たような場所?)


 巫女が囚われたのも足元が砂か床かの違いだけで、この場所と共通しているように思えた。


(物理的にはあり得ない。これまでも異次元やら何かの胎内やら、おかしな場所に放り込まれたけど……)


 異空間を創造し、そこに自分たちを誘う。

 それがどれほどの力を必要とするのか、采希には想像もつかない。


(【意思】の一部や神様クラスになら可能か? でも、あんなお屋敷一つに神様系が絡んでるとは……)


 とてもそうは思えなかったが、玄関を入った途端に浴びたたくさんの視線と、山神の気配を思い出した。

 ではこの空間は山神が作った物なのか?

 だとしたら、あの悪意の視線の主は誰だ?

 自分には、圧倒的に知識と経験が足りていない、と采希は眉間に深く皺を寄せる。

 今更ながら(れい)と引き離された事に歯噛みしそうになる。


「ところで采希さん、ここに捉われてからどのくらい経ったかわかりますか?」

「……へ? 俺? ……そうだな……時間の感覚はないけど、一時間は経っていないと思うぞ」


 陽那に会うまでにかなりの距離を進んだ気がしていたが、全く疲れていない事に気付く。


「……私、喉が渇いたなぁって思ってたはずなんですけど、ここに来てから、喉の渇きがなくなったんですよね」


 ぽつりと言う陽那の言葉に、采希はぴくりと片眉を上げる。

 そっと自分の両手に視線を落とし、何度も握ってみる。

 自分の身体の感覚はある。夢の中のようなぼんやりとした感じではない。ぎゅっと握り込むと、掌に短い爪が喰い込んだ。

 ふと、体感する時間の流れが止まっているのではないかと、そう思った。


「陽那……もしかしたら……いや、とにかく、手を」


 迷う事なく差し出された陽那の左手を、采希は右手で握る。


「ちゃんと、掴まってろよ」


 そっと呟いて、采希は顔を上げ上方に向かって叫ぶ。

 瀧夜叉姫に倣うように、言霊を声に乗せた。


「お前は、誰だ?!」


 空間がぶるっと震えた気がした。



 * * * * * *



『那岐、聞こえるか?』

「黎さん!!」


 縁側から聞こえた声に、那岐は勢いよく振り返って三歩で駆け寄る。庭に八咫烏が舞い降りて来た。


『悪い……采希を何処かに連れ去られたようだ』


 焦ったような声が八咫烏を通じて発せられる。

 ある意味予想通りの言葉に、那岐は思わず溜息が出そうになった。連れて行かれた先は鏡の中なんだろうと即座に理解する。


「黎さん、こっちでも陽那さんが鏡に吸い込まれました。多分、采希兄さんの所に行ったんだと思います」


 黎が息を飲んだ気配がした。


『陽那が? なにがあったんだ……いや、とにかく那岐、お前らこっちに来れるか?』

「うん、僕も黎さんに助けて欲しいって思ってました。でも、凱斗兄さんがいなくて……」


 八咫烏がちょっと首を傾ける。黎の心情に連動したその動きに、思わず那岐は笑ってしまった。


『二階に()()のは──凱斗の身体に見えるんだが。あいつ、中身はどこに行ったんだ?』

「「「……はぁあ?」」」


 那岐と琉斗と榛冴の三人は揃っておかしな声を上げてしまった。真っ先に居間を飛び出した那岐の後ろに、琉斗と榛冴が続く。


「凱斗兄さん!!」


 部屋の真ん中で大の字に寝転がっているのは──凱斗だった。

 入り口付近で那岐は思わず立ち止まる。


(……ここに居たのに……どうして僕には気付けなかったんだろう?)


 琉斗と榛冴が凱斗に駆け寄って声を掛けながら身体を揺すっている。

 凱斗の右手には、采希の五鈷杵が握られていた。


「凱斗兄さんってば! ちょっと、起きて!」


 さっき黎が『凱斗の身体』と言っていた事を那岐は思い返す。

 その身体に、凱斗の気配がない。

 ──なるほど、『中身はどこに行ったんだ?』


 口元に笑みを浮かべながら、ゆっくりと凱斗の身体に近付く。

 那岐は凱斗の頭の方に座り、凱斗の額に自分の額をぴったりと合わせる。

 すうっと鼻から息を吸い込んで、意識を凝らす。

 額に【気】が集まる。閉じた眼にも那岐自身の額から溢れた光が視える。


(……凱斗兄さん、どこ? 采希兄さんと陽那さんが居なくなっちゃったんだ。一緒に捜しに行こう)


 凱斗の身体と繋がっているはずの、凱斗の意識に呼び掛けてみる。

 真っ白な光の中に、ぽつんと小さな紅い炎が視える。

 揺らぎもせずに近付いてくる紅い炎が麒麟──炎駒(えんく)の放つものだと那岐は気付いた。


(凱斗兄さん!)

『──那岐、俺を迎えに来たのか? よくこの場所が分かったな~』

(……この場所……? え? ここって、どこなの? ……とにかく急いで身体に戻って。采希兄さんと陽那さんが……)


 炎駒に跨った凱斗がにやりと笑う。


『うん、知ってる。さっさと迎えに行こうぜ。──那岐、朱雀を呼べるよう準備しとけ』



 * * * * * *



 采希には自分と陽那の周囲の空気が捩れた気がした。

 急激に闇が凝縮して、采希たちの傍で弾ける。


「陽那!」


 采希が陽那を庇うように繋いでいない方の腕で陽那の頭を引き寄せた。

 ガラスが砕けるような音と共に闇が消え去ると、采希たちの周りは光で溢れた。眩しさに思わず眼を閉じる。


「……ここは元の屋敷? いや、なんだか違和感が……」


 采希の声に陽那はゆっくりと光に慣らすように眼を開けてみる。

 こぎれいな洋風の室内で、雰囲気は子供部屋のようだった。


「元の屋敷って、采希さんと黎さんが受けた依頼の、お化け屋敷とやらですか?」


 頷きながらも采希は不審そうに辺りを見ている。


「多分……でもここ、何か変だな……」


 元々の屋敷を見ていない陽那には、何が変なのかが全く分からなかった。

 室内を見渡した陽那の眼が窓を認めて硬直した。


「采希さん、窓の、景色が……」


 窓から見えるはずの風景が、半分切り取られたようになっていた。普通の庭の風景と、半分は何もない闇。

 陽那の視線を追った采希も一瞬息を飲み、果敢にも窓に近付いた。

 窓からの景色を確認し、振り返ってドアに向かう。

 ドアノブに手を掛け、ゆっくりと開いて行くと、その動きに合わせて廊下の景色が現れた。


「……やっぱり」


 采希が小さく呟く。


「采希さん、やっぱりって……」


 陽那の声には応えず、采希は本棚に向かう。

 本棚に並ぶ本を一瞥した采希が陽那を手招きした。


「ほら、この本、見てみな」

「この本って、どの……あ!!」


 陽那は思わず声を上げる。

 並んだ本の背表紙に書かれていた文字は、全て鏡文字になっていた。


「これ……じゃ、ここって……」

「──まだ、鏡の中だな。多分だけど、俺も陽那も鏡に吸い込まれてから、身体はここにいたんじゃないかな。さっきの場所は意識だけが取り込まれていたんじゃないかと思う。喉、乾いてるだろ?」


 陽那はごくりと唾を飲み込んだ。確かに、急激に喉の渇きを覚えている。

 さっき采希が開けたドアの外も、窓と同じように廊下の景色が半分切り取られたような闇だったのだろうと采希の表情から想像できた。

 では、ここから出るにはどうすればいいのだろうと背中を冷や汗が流れる。

 陽那は本棚の反対側に大きな鏡を見つけ、思わず駆け寄る。

 だけどその鏡には、陽那の姿は映っていなかった。


「……何これ……鏡なのに……」

「鏡は、表面にある光を反射して映し出すんだ。だから、鏡の中にいる俺たちを映し出すことはない。ここから見えているのは本来の部屋だから、そこにいない俺たちは映らないんだろう」


 妙に落ち着いた声で采希が説明してくれた。

 理屈ではそうなんだろうと思ったが、陽那の脳は処理しきれずに混乱した。自分たちはどうやったらここから出る事ができるのかと不安が募る。

 鏡を割ってみたら──と一瞬考えたが、采希がそれを思い付かないはずがない。ならば、割るのは最適解ではないと采希は判断したのだと思った。

 ぎゅっと唇を噛みしめて采希を見つめると、采希は陽那の視線を誘導するようにゆっくりと本棚の隣にある引き出しの並んだ洋箪笥を見た。

 その上には高価そうなビスクドールが置かれている。

 采希の容赦ない視線を受け、その人形が微かに動いたのに陽那は気付き、息を止めた。


(……あの人形に何か()()()いるの?)


 人形には念などが入りやすいと聞いている。それではこの一連の現象はこの人形の仕業なのかと考えた。


 ふと目を逸らした采希が、陽那の背中を押して大きな鏡の方へと促す。


「──行こう。俺たちがここにいる必要はない」

「……は? えっと……いいんですか、あれ?」


 陽那は恐る恐る人形を指差すが、采希は小さく首を横に振って陽那の背中に当てがった手に力を込める。


「それに、どうやってここから出るのか……」

「問題ない。もうすぐ着くと思うから」


 何が着くというのかと陽那が首を傾げた。


《待って!!》


 背後から子供のような声が掛かる。

 びくりと身体を強張らせた陽那は、振り向きたい衝動を無理矢理抑える。


(後ろからって……あの人形? 冗談はやめて。振り返ったら動き出すとか、怖い、本当にやめて)


 一気に汗だくになった陽那を、采希がちょっと横目で確認してくすりと笑った。

 平然としているように見える采希を思わず睨みつけそうになった。

 振り返りもせずに采希が冷たく言い放つ。


「待つ理由がない。俺たちを無理矢理引きずり込んでおいて何かを求めるとか、ちょっと図々しいと思わないか? 俺たちは帰らせてもらう。──邪魔しない方がいいぞ。もうすぐあいつらが来るはずだからな」

《では──その前に片付けさせてもらおう》


 采希の言葉にかぶせ気味に聴こえたのは、さっきとは打って変わった獣が発したような低い低い濁声だった。

 同時に采希と陽那の四肢が何かに絡めとられ、勢いよく後ろに引かれた。背中に衝撃が走る。

 強かに壁に打ち付けられたため、一瞬、息が出来なくなる。

 天井に近い壁に張り付けつけられた采希の前にふわりと浮かんだのは、さっきのビスクドールだった。

 陽那はガラスの眼の奥に黒いモノが蠢いているのが視えて、思わず眼を閉じる。


「……陽那、眼を閉じたら逆に怖く……ああ、ま、いっか」


 隣で陽那と同じように壁に張り付けられているはずの采希が、妙に冷静な声を出す。

 何故そんなに落ち着いているのかと思いながら、采希の考えが陽那には全く理解できなかった。

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