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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
幕間 4
68/133

空転する目算

何かと不器用な、双子の弟・琉斗の話です。

「考え直して、陽那(ひな)さん」


 那岐(なぎ)の言葉に、彼女は口を引き結んだまま頭を振る。

 もうどれだけの時間、同じやり取りが繰り返されているのだろう、と俺は思った。俺と兄の、卓を挟んだ向かいで、従兄弟の那岐は困り果てたように耳の辺りを掻いている。


 彼女──陽那は異母妹によってその身体に呪を纏わされていた。

 呪は俺の従兄弟・采希(さいき)の尽力で効果を失い、彼女は救われた。

 その際、彼女には呪術の素質があることが判明し、彼女は自らの守護である霊亀(れいき)の勧めで呪術を学びたいと俺たちに願い出た。

 采希も那岐も猛反対したが、彼女の意思は固いようだった。


「何で呪術なんてやりたがるのかね。どう思う、琉斗(りゅうと)?」


 離れの居間で卓の向かいに座る凱斗(かいと)が、片肘をついて陽那を眺めながら、俺に尋ねる。


「……兄貴は、力が欲しい方じゃなかったか?」

「力は欲しい。でも呪術はおっかないだろ」


 なるほど。

 力を求めているのは相変わらずなのか。


「あんな神獣を従えているのにな、怖いのか」


 凱斗に厭味混じりに言うと、横目でじろりと睨まれる。


「力があっても使えないんじゃ、意味はない。お前こそ、何かの力が発現したんだろ? ずるいよな、お前だけ」


 使えなければ意味がない。それは俺にも言える事だ。

 俺の力とやらがあの時どうやって発動したのかも、今後どうすれば使えるのかも分からない。そもそも、どんな力なのか采希にすら見極められなかったんだ。


「……使い方が分からないからな、俺の力もあまり意味はない」

「怒ったら出て来るんじゃねぇの? お前、普段あんまり怒んないし、感情の昂りで発動するとか、ありそうじゃん。采希ですら闘気を自在に出せるようになるには時間が掛かったんだし、いつかそのうち出来るだろ」

「怒り、か? うーん……」


 そんなものでいいんだろうか?

 凱斗は考え込んだ俺から眼を逸らすように、お互い黙り込んでしまった那岐と陽那の方に声を掛けた。


「ねぇ、陽那ちゃん。どうしてそんなに呪術なんか習いたいの?」

「……私は采希さんに救われました。自分に守護がいたと知る事が出来て、いろんな話を霊亀(れいき)から聞く事も出来ました。この世には意図するしないに関わらず、たくさんの呪がある事も。だから自分に出来るなら、誰かの役に立ちたいと思ったんです。采希さんはお礼を受け取ってくれませんし、その分を誰か困っている人に使いたいかなって思いました」

「采希は、報酬は受けたって言ってたぞ」

「一般的な金額は受け取ってくださいましたが、父が用意した謝礼については受け取られていません」

「あ~……なるほど。でもそれだけで、こんな大変そうな修行を始めるの? もしかして采希の傍にいたいとか」


 凱斗がからかうように言い出した。俺が凱斗を窘めようとする前に、陽那は首を傾げて凱斗を見返す。


「どうしてですか? 采希さんには心に決めた人がいますよね?」


 俺は凱斗に向かって上げた手を途中で止めた。凱斗は口をぽかんと開けている。那岐が静かに口を開いた。


「……陽那さん、あきらちゃんには会っていないよね?」

「はい。……あきらさん、と仰る方なんですね」

「じゃあ何で、知ってるの?」

「相手が誰かは分からなかったですけど、何となく、誰か大事に思っている人がいるんだろうなって思ってました」

「……何となく?」

「はい、何となくです。それと……采希さん、女性に優しいですよね? でも、相手の好意には無頓着そうだなって思いました」

「…………」


 那岐が困惑したように俺を見る。

 俺は采希がほんの数日会っただけでそこまで見抜かれている事に驚いた。

 もちろん、陽那の観察眼を褒めるべきなのだろうが、学生時代と同じ評価をされている采希を少し気の毒に思った。


 同時に、女性は自分が好意を持った相手の想いに敏感だと榛冴(はるひ)が言っていたのを思い出した。

 では陽那は采希を好意的に見ていたから気付いたと言うことか?


「純粋に自分を高めるために修行するの? しかも見ず知らずの他人のために? 陽那ちゃん、偉いねぇ。俺には無理だな」


 へらへらと笑いながら言う凱斗に、そんな事だからお前は成長できないんだろう、と言いたいのをぐっと堪える。陽那の前でわざわざ凱斗と言い争う必要はない。


「それでも、采希兄さんは陽那さんをこんな世界に巻き込みたくないと思うよ。何が起こるか分からないから」


 眉根を寄せながら言う那岐に、陽那は少し不思議そうに首を傾げる。

 那岐は口に出してもいいものかと迷っていたが、静かに話し出した。


「陽那さん、あきらちゃんっていうのは、僕らが何度も助けてもらっている恩人なんだ。彼女は凄く力もあって小さな頃からきちんと修行をしていた。呪術に関しても、瀧夜叉姫を使役できるくらいにね。それでも気付かないうちに呪に絡めとられて、その身を封じられてしまった。だから采希兄さんは陽那さんがそんな目に遭う事を危惧しているんだと思う」


 那岐の声を聞きながら、俺は自然と俯いてしまう。あきらだけではない。俺たちも何度も危険な目に遭っている。

 采希は自分の手が届く限りの人を助けたいと思っているはずだ。それなのに、あきらにはその手は届かなかった。家族以外で初めて、采希が掴み取りたいと願った唯一の相手だっただろうに。

 采希にとって、それがどれ程悔しかったのだろうと思う。


「陽那、お前の気持ちは分かる。だが俺も反対だ」


 腕組みを解いて、俺は陽那の方に向き直る。

 陽那は悄然と俯いていた。思ってもみなかった巫女(あきら)の境遇に呆然としているようだ。


「陽那に何かあったら采希は全力で護ろうとする。そして力が及ばず陽那に何かあったら、采希はどうなると思う?」

「…………」

「俺も那岐も、采希を護りたいんだ。危険に晒したくないし、もう傷付いて欲しくない。分かってもらえるか?」


 自分たちの気持ちだけを考えた、あまり親切ではない言葉である事は俺にも分かっている。

 凱斗が呆れた顔で俺を見ているが、敢えて無視することにした。


「……皆さんと共に行動するのではなく、自分の身は自分で護ります。それでも駄目ですか?」


 尚も食い下がる陽那に、那岐が心底困ったように深い溜息を吐いた。

 そんな無責任な事は出来ないと思っているのが俺にも伝わってくる。

 陽那もその気持ちは分かったのか、ぺこりと頭を下げるとバッグを手に立ち上がった。


「今日は、帰ります。困らせてしまって申し訳ありませんでした」


 慌てて自分も立ち上がろうとする那岐を、俺は手で制する。


「そこまで送ろう」

「大丈夫ですよ、琉斗さん」

「遠慮するな」


 困り顔の陽那を先導するように玄関に向かう。

 陽那は遠慮して俺の申し出を断った訳ではない。それは知っている。


 多分陽那は、俺や凱斗が苦手なんだろう。





 薄暗くなりかけた道を、陽那は黙ったまま俺の後ろから付いて来る。

 陽那は『申し訳ない』とは言っていたが、諦めるとは一言も言わなかった。那岐が困ってしまう程度には頑固なようだ。


「采希や那岐を、困らせるつもりは無いんだろう?」


 振り返らずに言うと、陽那が息を吸い込む気配がした。


「ちょっと、付き合ってくれないか? 時間は取らせない」





「琉斗さん?! 琉斗さんが女の人と……お兄ちゃん!」

桜花(おうか)、騒ぎすぎだ。須永も、カウンターから出て来る程の事じゃないだろう。真面目な話だから邪魔しないでくれ」

「おや? 彼女さんじゃないの?」

「違う」

「彼女さん候補とか?」

「違うと言っているだろう。そもそも俺の候補ではない」

「え~、じゃあ誰の? 凱斗さん──な訳ないかぁ」


 俺は、お目当ての桜花にまでそんな風に思われている凱斗を思って、少し苦笑いしながら手早く注文を済ませ、その場から桜花を遠ざけた。


「あの……琉斗さん」

「陽那、呪詛返しと言うのは聞いた事があるか?」

「……いえ」

「標的に対して術者が呪を掛ける。だが標的の守護が強かったりした場合、その呪は術師に戻る。そして陽那が標的となった場合だが、陽那が呪を返したり消滅させたりする事をしくじれば、周囲にいる者に被害が及ぶ事もあるんだ」


 俺の言葉に陽那はじっと耳を傾けている。


「陽那の志は立派だと思う。だが、力というものは一朝一夕に身に付く物ではないんだ。俺と凱斗がそうだな。凱斗は強大な力を自分では行使出来ないし、俺に至ってはどんな能力なのかすら分かっていないんだ。だから──」


 俺の頭頂部に鈍痛が走る。

 誰かの拳が俺の頭に振り下ろされたのだと悟ると同時に、後ろから声が聞こえた。


「なーに偉そうに説教してんだ?」

「采希!?」


 俺の頭に拳を乗せたまま、采希が片方の眉をちょっと上げて俺を睨んでいる。


「采希さん……」

「采希、俺は──」

「桜花、俺にもビール」

「はあーい」


 座っていた椅子から采希に無理矢理奥に押し込まれ、俺は隣の椅子に座り直す。


「どうしてここに? 仕事帰りだとここは通らないはずだろ?」

「琥珀が見つけた。琉斗が陽那さんを連れ込んで説教してるって」

「説教? 俺はお前や那岐の事を思って──」

「思って、なに?」

「……陽那を思い止まらせようと」


 ああ、と軽く頷きながら采希が陽那を見た。


「呪術の件?」

「そうだ」

「ふーん……いいよ」

「だろう? だから……は?」

「引き受ける」


 俺は大きく椅子の音を立てながら隣にいる采希を見る。


「時間や場所は陽那さんの都合に合わせる。呼べば瀧夜叉が陽那さんの所に行くはずだから。瀧夜叉から教わるって事でいいんだよな?」


 陽那は嬉しそうに表情を輝かせるが、俺は思わず采希の肩を掴んだ。


「采希、どうして急に……お前は陽那を巻き込むつもりか?」


 采希はちらりと俺を見て、陽那の前で人差し指を立ててみせた。


「ひとつ、約束してくれ。瀧夜叉に師事はしても、俺達の仕事には関わらないこと」

「はい……」

「いずれ術の練度が上がれば、(れい)さんの組織からの指示に従ってもらうから」


 呆然とする俺を尻目に、陽那は力強く頷いた。

 確かに昨日までは采希も猛反対していたはず。

 なのにこれはどういう事だ?


 俺は相当渋い表情をしていたのだろう。采希が俺を見てくすりと笑った。


「正直、俺は今でも反対だけどな。瀧夜叉から頼まれたんだ」

「五月姫さまが?」

「そう。余程気に入られたみたいだな。それと、陽那さんの身柄を引き受けると黎さんが申し出てくれた。あきらが居ないんで、呪術系の人手が足りないらしい」

「あきらの代わりにか?」


 俺が小さく聞くと、采希はきゅっと眉をひそめた。


「あんな化け物の代わりとか、陽那さんが可哀想だろ」

「えっと、采希さん、化け物とは?」

「あき……あー、俺達に仕事を斡旋している組織の(トップ)の姪御さん」

「いや、采希、それだと少し危ない仕事に聞こえるぞ」


 目を丸くしていた陽那がくすりと笑った。


「巫女さまのあきらさん、ですね」

「あれ? 知ってた?」

「那岐さんの話の端々から、そうかなと。代わりはとても務まりませんが、(さく)の一族のお手伝いが出来るのであれば頑張らせて頂きたいです」


 陽那の言葉に、俺と采希が固まる。そっとお互い目を合わせた。


「それも知ってたのか」

「私ではなく、父が。先代である祖父がお世話になった事があったそうです」

「マジか……」

「意外と世間は狭いな。いや、黎さんの組織がそれだけ凄いのか」


 采希の呟きに、俺も同意しながら頷く。

 ふと、疑問に思ったので、俺はまだ考え込んでいる采希の肩を叩いた。


「瀧夜叉は言葉を発する事が出来るのか?」


 俺を見返した采希が少し考え、ああ、と声を上げた。


「大丈夫だ、霊亀が通訳してくれる」

「そうか、琥珀もそうだったな」


 瀧夜叉姫の声は言霊となるため、采希も一度しか聞いた事がないらしい。そのためいつもは采希の武器である琥珀がその意を伝えてくれている。


 眼を輝かせている陽那とは対照的に、少し虚ろな眼をしている采希にようやく気付いた。

 俺の訝しげな視線を感じた采希は、伏し目がちに呟いた。


「本当はこんな危ない世界に巻き込みたくない。それは理解してもらえるか?」

「……はい。我が儘言ってすみません」

「いや、実際教えるのも俺じゃないし、謝る必要はないよ。俺には陽那さんまで護りきる自信はないけど、黎さんの組織なら護ってくれるはずだから」


 采希が言外に『だから俺たちには近付くな』と言っている気配がして、俺はもう一度采希の横顔を見る。

 真剣な眼差しに、陽那もその意図を察したようにきゅっと唇を噛み締めている。

 小さく溜息をつく采希との間に流れる空気が重苦しく、俺は努めて明るい声を上げた。


「それでも采希は陽那を見捨てたりはしない。事が起これば護ってくれるだろう」


 先程は陽那に諦めさせるために言ったのに、今度は陽那を元気付けるために言う。自分でもどうかと思ったが、采希はぽつりと呟いた。


「それは多分、俺の役目じゃない」




 陽那を駅まで送り、帰りの道のりを采希の前に立って歩く。


「さっきの……陽那を護るのは采希の役目じゃない、と言うのはどういう意味なんだ?」


 肩越しに声を掛けると、采希は少し考えるように視線を動かす。


「どうって……何となく、そう思ったんだ」

「何となく?」

「ああ」

「それは、お前に陽那を護ろうという気持ちがないと言う事か?」

「そうじゃねぇよ。ただ……」


 突然黙り込んだ采希を再び振り返る。

 だが、そこには誰も居なかった。


「采希?」


 気付くと辺りは真っ暗で、商店街を歩いていたはずの俺は思わず辺りを見回した。


「……何故、真っ暗なんだ?」

「こちらでございます」


 背後から聞こえた声に慌てて振り返る。

 着物を着た小さな老婆が灯りを手に佇んでいた。灯籠とかいうのだったか、木枠に和紙が貼られ、蝋燭の灯りが揺らめいている。


(……誰だ?)

「お迎えが遅くなりました。申し訳ございません。ご案内いたします」


 ちらちらと揺れる灯りと共に、老婆が歩き出す。

 口を真一文字に結んだまま、俺はそっと左手首に触れた。


(紅蓮、看破出来(みやぶれ)るか?)

《邪気を帯びた……木霊(こだま)?》

(精霊の類か? ここは何処だ? あの老婆は何だ?)

物の怪(モノノケ)の通る道。琉斗は人ではない者たちの世界に招かれてる。このままだと()()。あれは案内人》


 紅蓮に琥珀ほどきちんとした説明が出来ないのは仕方がないが、采希も那岐もいない状況で俺は思わず額を押さえた。

 紅蓮の説明では分からない。


(……出られるか?)

《琉斗を招いた邪気を破れば出られる、けど……》


 それはその木霊とやらを斬るとか、そう言う事か?

 だが今日は采希の闘気を受け取っていない。

 どうしたものかと思案していると、先の老婆が振り返った。


「迷われないよう、遅れず付いてきて頂けませんでしょうか」

「何処までだ?」

「私どもの主の所でございます」

「何のために?」

「主をお助け頂きたく」


(紅蓮──)

《問題ない》


 采希の口癖を紅蓮が口にした事で、俺は意を決して顔を上げ、小走りに老婆を追った。



 ほの白い光を放つ、大きな木が見えて来た。

 まだ大分距離があるようだが、その木がかなりの大きさなのが分かった。


《止まって》

(紅蓮?)

《この先は危険。もう少し待って》


「いかがなされましたか? 主の元まではあと少しで──」


 鼻を鳴らして老婆の言葉を遮る。


「俺の頼れる護身刀がな、危険を報せている。いい加減、何からお前の主とやらを救い出すのか教えてくれないか?」

「…………」

「そうか。答える気がないのなら、俺は帰らせてもらう。──紅蓮!」


 紅蓮を呼びながら左手のバングルに触れると、右手に紅蓮の感触が現れた。


「お待ちください! どうか、ご一緒に……そうでないと主は……」

《琉斗を連れて来ないとあの木の木霊が喰われる。琉斗は代わりの贄》


「俺を主である木霊の代わりに喰わせようとしたのか」

「!! ──何故それを……」

「何に喰わせるつもりだった?」


 老婆は小刻みに震え、俺と主であろう巨木を交互に見た。


『そいつはただの遣いだ。あまり脅すな』

「采希?」


 周囲の森に不思議な反響をしながら采希の声が聞こえた。だがその姿はどこにも確認出来ない。

 俺の目の前を赤く光る矢が通り過ぎ、左手にある木の幹に突き刺さる。


『受け取れ、琉斗』


 采希が何を受け取れと言ったのか理解出来ないまま、俺は反射的に幹に刺さった矢を掴んだ。

 その瞬間、采希の闘気が俺に流れ込み、紅蓮が日本刀へと変化(へんげ)した。同時に俺の頭に采希からの情報が流れ込んでくる。

 呆けたように佇む老婆に、俺は紅蓮の切っ先を突き付ける。


「お前の主を()()()()()()者の所へ案内しろ」



 * * * * * *



 一瞬で景色が変わり、気付くと俺は石段の上に立っていた。

 目の前に大きな鳥居があり、腕組みしながら寄り掛かっている人影があった。


「おかえり」

「采希か? 俺は一体、何処に……」


 采希が、走り寄る俺の背後に視線を動かす。

 振り返ると注連縄が張られた御神木とおぼしき巨木があった。


「お前を呼んだのはその御仁だ」

「御神木がか?」

「ああ。正確には呼ばれたのは紅蓮だけどな。相手は何だった?」


 俺は少し考えながら星空を仰ぐ。


「黒い靄のような触角や肢のような物がたくさんある……長い、なんだろう?」

「それって、ムカ──」

「違う! 断じて虫ではない!」


 采希を遮るように否定した俺に、眼を見開いた采希が吹き出した。

 俺の中ではあれは邪気により異形となった何か、そう信じている。


「まあいいか。その黒いのが出した要求は『御神木を傷付けられたくなかったら贄を連れて来い』だ。だが御神木は近くに居た紅蓮と琥珀に気付いて、俺たちを連れて来るよう遣いを出した。黒いのは紅蓮に気付かなかったからな、何とか反撃したかったんだろう」

「では、何故俺だけが連れて行かれたんだ?」

「俺は()()()()()()()()()んだよ」


 なるほど、采希には白虎やらの守護がいる。

 そうでなくとも采希は強大な力を持つ。そう簡単には異界に連れ込めなかったのだろう。

 そこまで考え、俺は思わず俯いた。


 俺は霊の憑依なども受けやすいと言われていた。

 あんなに簡単に物の怪に招かれるのは、俺に力が無いからだ。

 それなのに俺は、陽那にあんなに偉そうに──


「一人で退治出来たな」


 俺を見て笑いながら采希が呟く。

 出来てなどいない、と反論しかけた俺を視線で制する。


「俺がしたのは闘気を渡す事だけ。お前は自分の判断で迅速に、そして的確に()()()を消滅させた。闇雲に紅蓮を振り回して御神木を傷付ける事もなかった。大変よくできました、だな」

「……采希? まさかと思うが……」

「あ?」

「いや、何でもない。──さっきの話の続きだが、何故、陽那を護るのがお前じゃないと思ったんだ?」


 采希は俺を睨み付け、返事をせずにすたすたと歩き出す。


「采希、待ってくれ」

「うるせー! 俺が嵌めたんじゃないかとか疑う奴は勝手に一人で帰れ!」


 そう言うなり采希の姿が目の前から消えた。


「采希!」


 疑わなかったと言えば嘘になるが、ほんの一瞬頭を過った。

 追い詰められないと力を発揮出来ない(かいと)と、同類と見なされているのではないかと思ったから。

 あの優しい従兄弟がそんな真似をする筈はないと分かっているのに。


「……困ったな」


 呆然としながら見渡した俺の視界には、見知らぬ街並みが広がっている。


 静かに溜息を吐きながら、俺は巨大な鳥居に掲げられた聞いた事のない神社の銘を振り仰いだ。

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