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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
第11章 朔の月輪
61/133

第55話 月夜の反撃

 準備のために、待て。(れい)にそう言われて、2日が過ぎた。

 何の準備なのか全く聞かされてはいなかったが、采希(さいき)たちはこの間のほとんどを道場で過ごした。

 武器を持たない凱斗(かいと)と、霊に直接攻撃できない榛冴(はるひ)は、体内の気を巡らせる訓練に明け暮れていた。

 珍しいことに、凱斗は文句ひとつ言わない。あまり集中力のない兄を弟の榛冴が気遣うのだが、凱斗は黙って黎の指示に従い呼吸法と瞑想を繰り返す。


「いつになく真面目じゃん」


 采希がちょっとからかうように言ってみると、いつもの笑顔が返ってくる。


「でも、やっぱりうまくいかねぇのな。お前や那岐(なぎ)は、何でそう簡単にできるのかね?」


 額の汗を拭いながら凱斗が笑ってみせる。ほんのかすかな溜息が聞こえた。

 先刻から采希は凱斗の様子を見ていたが、気を一か所に集めることは出来るようになっている。

 ならば、と采希は凱斗の額の真ん中に人差し指で触れた。


「凱斗、ここに集中してみな」

「──? こうか?」

「そうそう、俺の指を追って、気を動かしてみろ」


 ゆっくりと動く采希の指に合わせ、凱斗の気が移動するのが感じられた。

 顔の中心を真っすぐに下り、喉から鳩尾に向かう。わずかな時間でコツを掴んだのか、采希の指を追い越して凱斗の気が巡り始めた。

 下腹部まで到達した気はそのまま背中側に回り、背骨に沿って頭頂部に向かう。そして再び、体の前面を下降してくる。

 そのスピードは徐々に加速されていった。


「……出来てんじゃねーか、凱斗。初っ端からその大きさの気を巡らせるか、さすがだな。──いや、まだまだか」


 黎に褒められた途端に、凱斗の気が乱れる。

 呆れたように笑いながら、黎が玄関に向かう。すると玄関から来客の声が聞こえた。


「……黎さん、声が聞こえる前に玄関に向かったよね? 采希兄さん、もしかして黎さんって、あきらちゃんより能力は上なんじゃ?」

「多分な。ナーガがそんな事を言ってたし。俺、榛冴の能力の事は話してないのに、黎さんには見鬼(けんき)ってわかったみたいだしな」


 采希の言葉に凱斗と榛冴が『そう言えば──』と顔を見合わせる。


「おぉい、お前らちょっと来い」


 玄関からの声に、全員が一斉に立ち上がった。




「黎さん……これって、どうしたんですか?」

「大急ぎで作ってもらった。サイズはぴったりなはずだぞ」

「いや、そうじゃなくて、何のために?」

「──ま、戦闘服みたいなもん、かな?」

「戦闘服?」

「仮にも本家に宣戦布告のお礼参りに伺うんだし、これくらいはと思ってな」

「……宮守の本家って、ドレスコード、あるんですか?」


 采希の手には漆黒のスリーピース・スーツ。濃い色合いのシャツと黒のネクタイ、革靴まで揃っている。

 凱斗たちも同様で、それぞれのシャツの色は違うものの、全員、黒のスリーピースだ。


「黎さん、これ……着てみてもいいだろうか?」

「俺、ベスト付きのスーツ、欲しかったんだよね~♪」

「……すご……全員、微妙なサイズ調整されてない?」

「──黎さん、僕、スーツはあんまり……」

「那岐兄さん、ここは大人しく着ておこうよ」


 わちゃわちゃと騒ぎながら楽しそうに着替え始める凱斗たちを見て、采希は自分の手にあるスーツに再び視線を落とす。

 那岐の台詞ではないが、戦闘服と言いながらスーツなのはどういう事だろうと采希は首を傾げる。

 小さく溜息をついたところで榛冴に肩を叩かれた。


「どう? 采希兄さん、ちゃんと着れそう?」

「──問題ない。たかがベストが増えただけだし。……あれ?」

「ね。なるほど、戦闘服だよね」


 嬉しそうに笑う榛冴に采希は頷いてみせる。

 ミリ単位で調整されたスーツは驚くほど身体に合っているのに、采希の動きをほとんど拘束しなかった。生地が特別なのか縫製に工夫がされているのか、とても動きやすい。

 那岐もすぐに気付いたようで、早速琉斗(りゅうと)と共に流れるような組手を始めた。


「ところで、黎さんは?」

「自分も着替えるって。──ああ、来たみた……い……」


 あんぐりと口を開けた采希の視線を榛冴が追う。采希と同様に、口をぽかんと開ける。


「黎さん……それって……」

「んあ? ああ、一応当主って立場もあるんで組織の連中に用意された。ちょっと派手で着るのに躊躇していたんだが、こんな時なら効果的かと思ってな」

「うおっ! 黎さん、かっけー!」

「なんと言うか、別人にしか見えないんだが」

「黎さん、すごく似合ってる。その色、いいなあ」

「黎さん、帽子! 帽子も被って見せて!」


 白に近いグレイのスーツは光の加減で細いストライプが白銀に見える。

 采希たちより少し淡い色のシャツに、那岐の声に応えて同色のボルサリーノを頭に乗せる。


「……帽子は、いらんな。邪魔だ」

「……いや、かえって効果的だと思うけど」

「いいな~! 俺もそんな色のスーツ、着てみたい!」

「はいはい、分かったから。凱斗兄さんは自分の結婚式とかで存分に着てよ。──黎さん、今日これから向かうつもりですか?」


 一度被った帽子を取って、手で玩びながら黎は榛冴に向かって笑ってみせた。


「ま、襲撃は夜と相場が決まっているだろう? 準備が整ったら、行くぞ」



 * * * * * *



 静かな屋敷に女の金切り声が響く。

 三十畳ほどの和室が二間続きになっている。屋敷内を覗いていた采希は、一体何のための広さだろうと思ってしまった。


「だから、さっさと始末してって言ってるでしょう! この屋敷の金目の物は全部、呪が掛けられていて持ち出せないの! あきらはもう居ないんだから、あの男が細工したに違いないのよ!」


 声の主は丸々とした中年の女。ボリュームの無い短いボブの頭を掻き毟るようにしてイラついている。

 女の足元には正座させられた二十数人の男女が俯いている。


「しかし、寿恵様、あの男は実はあきら様よりも能力が上であると……。しかもあの上代家の方々もかなりの力を持っている様子で……」

「そうです。それに、組織の方も感付いたらしく、ハッキングを受けた形跡や、例の『危険だ』と噂の警備部門が動いているとの情報も───」


 恐る恐る顔を上げた男に、大きな声が浴びせられる。


「そんな筈がないでしょう! あの男は本家から遥かに遠い傍系の産まれなんだから! 組織に気付かれないようにわざわざお前達の教団に依頼したのに、役立たずが! 上代なんて聞いた事もない烏合の衆に何を手こずっているの!」


 ぎゃんぎゃんと喚く声が耳障りで、凱斗は小さく舌打ちした。

 闇の中でごく小さな合図が掛かる。


「こんばんはぁ。夜分に失礼いたしまーす」


 妙に間延びした声に、室内の全員が一斉に顔を上げた。

 天井の高い広間の、かなり高い位置に取り付けられた天窓。普通の一戸建てなら、2階ほどの高さにある。月を背景に、大きな窓にずらりと並んだ6つのシルエット。

 目深に被っていたボルサリーノの鍔の下で、黎の眼がきらりと光った。

 全員が固まったように天窓を見上げている。

 寿恵と呼ばれていた女が細く描かれた柳眉を吊り上げ、大声で叫んだ。


「お前たち、何をぼうっとしている! さっさと片付けなさい! 侵入者よ!」

「おや、寿恵おば様、侵入者はどちらで? 自分の家に入るのに、あなたの許可が必要ですかね?」

「──黎! たかが傍系の小僧が!」

「俺が傍系なら、あんたは宮守に何の関係もない、ただの姻族ですよね? しかも夫は遠い分家だ。あんたに言われる筋合いは、ねぇんだよ。──行くぞ」


 低い黎の声に、采希たちは一斉に窓枠から飛び降りた。

 靴のままであることに気付いたが、采希は気にしない事に決めた。


 居座っていた男女の中から、体術系と思われる数人が飛び掛かって来る。心得たように、琉斗と那岐が武器を出現させて迎え撃つ。


「ケンカなら、俺も参加していい?」


 凱斗がワクワク顔で尋ねる。黎は黙って凱斗の右手を取り、凱斗自身の気を使ってその拳に集中させた。

 特に邪気を発する者には効果的なはずだった。


「思いっきり、行ってこい」


 凱斗が嬉々として戦闘の中に飛び込む。


「さて──榛冴、お前はチャクラムが使えるんだよな? 存分に気を乗せて、後ろの連中が詠唱できないように邪魔してくれ。何だったら当ててもいいぞ。采希、お前はこの【気】をトレスしろ」


 黎の右手の平が采希に向けられる。

 そこには、采希が触れたことのない【気】が小さな球状で存在していた。


「黎さん、これって?」


 黎が、不穏な笑顔を采希に向けた。


「負のモノを呼び寄せる【気】だな」


 物凄く悪い顔をした黎を、采希は背中に汗が流れるのを感じながら見返す。


「これを、こいつら一人一人の中に埋め込むんだ。術者を狙ってな」

「──えっと、そしたら常に呪われているような状態になるんじゃ……」

「ま、そうだな。でもこれは特別製だ。力を使おうとした時にだけ発動する。──あきらに掛けられた(しゅ)をそのままお返ししたいと思ってな」


 采希は驚いたように黎を見つめる。


「……じゃ、あきらの呪って……」

「こいつらが一役買っているな。自分たちが掛けた呪を、自分たちの身体で味わってもらおうか」


 そういう事ならば采希には異論はなかった。

 黎の手の平から【気】を読み取り、琥珀を呼ぶ。


「琥珀、連射しやすいように少し小さくなれるか?」

《承知いたしました》


 先程読み取った【気】を作り出し、琥珀の矢に乗せて次々と放つ。

 黎は采希と並んで右手首を左手でホールドしながら、右の拳から気を放出している。


 派手な物音に、更に戦闘要員が駆け付けて来た。いかにもな黒服集団もいれば、作務衣のような装束の連中もいる。

 それらが何を得意とするかを瞬時に判断し、黎の指示が飛ぶ。


「琉斗、凱斗と一緒に左手の集団を。采希、凱斗側には術者はいないから狙わなくていい。那岐、右手の作務衣の奴らは気を操る。榛冴が支援するから突っ込んで暴れていいぞ!」


 予想以上の的確な指示に、采希が思わず笑顔になる。


「笑っている場合じゃないぞ。俺がいない時はお前が指示をだすんだ」


 思いがけない言葉に、采希は一瞬戸惑った。どちらかと言えば榛冴の方が向いていそうな気がする。


「榛冴はもう少し訓練が必要だな」


 自分の考えを読まれた采希は苦笑しながらも納得した。

 自分の役割を果たすべく一人一人の能力を確認しながら気を打ち込んでいく。


「黎さん! ちょっと人数、多すぎ! 僕のチャクラムじゃ、追い付かない!」


 榛冴の叫び声が届く。


「……確かに。このままでは長丁場になるのは必至だな。お前たちの霊獣の力を借りて、一気に終わらせるか。榛冴、それと……琉斗だな。呼び出すのは管狐(くだぎつね)とロキだ。そいつらに術者の作り出す【気】を喰わせろ」

「綱丸!」「ロキ!!」


 榛冴と琉斗が同時に叫び、二人の身体から大きな白狼と二尾の白狐が飛び出した。

 黎がすっと差し出した左手から、何かが放たれる。

 それは黒い大きなブーメランのように見えた。作務衣の集団に襲い掛かり、彼らの【気】を身体から切り離す。

 すかさず白狐と白狼がその【気】を飲み込んで行った。


「……黎さん、今のは……?」

「後で紹介してやる。──続けろ」



 広い室内の采希たち以外の術者がほとんどが倒れ、武器を手にした黒服数名を残すのみとなった。


「采希兄さん、黎さん! あの女が逃げる!」


 喧騒の中、榛冴の声が采希の耳にはっきりと届いた。


「「逃がすかぁ!!」」


 采希と黎の声と動きがぴたりと合った。

 二人分の呪をその背に受け、丸い身体がどすんと派手な音を立てて畳に倒れた。



 ゆっくりと、黎が痙攣を繰り返す女の傍に近付く。


「──この屋敷に勝手に入り込むまでは、まあ許しましょう。だが、ここで悪事を企むのは勘弁して貰えませんかね。ましてや直系であるあきらに手を出すなんざ、他の親戚連中にバレたら、あんた、どうなるか分かってたんですか?」


 口から涎を流しながら、女が目線だけで黎を見上げ、睨みつける。


「たとえあきらが居なくなっても、あんたの愚鈍な息子には当主の座は回ってこない。血筋的にも、能力的にも。──もういい加減、諦めるんですね。あんたが依頼したどこぞの集団にも、そう言っておいて下さいよ。まあ、うちに宣戦布告しといて逃げ出すような輩のようですが」


 蔑むような冷たい眼が女を見下ろす。

 依頼した、という言葉に采希が反応して眉を寄せる。怒りで顔を真っ赤にした女を問い詰めるべきか迷った。

 倒れた連中を平然と跨いで、黎が悠然と部屋を出る。采希たちもそれぞれ顔を見合わせて、後を追った。


「黎さん、あいつら……あのままでも大丈夫なのか?」

「問題ない。半日は動けないはずだからな。後始末はうちの組織が何とかする。それより琉斗、お前、俺が注意したところが全く直ってなかったぞ。戻ったら鍛え直してやる」


 引き攣った笑いを浮かべる琉斗を見ながら、凱斗が采希の肩に手を乗せて耳元で囁く。


「なぁ、あいつ──琉斗が何か迷っているみたいなんだけど、お前、心当たりある?」

「…………なんで俺に聞くんだ?」

「俺には素直に言わないからな、琉斗は。まあ、あいつは大概(たいがい)大雑把なくせに意外と繊細なところもあるからな。悪いけどフォロー頼むわ」


 ぽんっと采希の肩を叩いて、前を歩く榛冴の横に小走りで並ぶ。

 久々に聞く凱斗の兄らしい気遣いに、采希は思わず苦笑する。

 お前への嫉妬が原因なんだけどな、と口に出したい気持ちをそっと抑え込んだ。

 采希の斜め後ろを歩いていた那岐がぼそりと呟いた。


「──確かに、琉斗兄さん、動きがぎこちなかった。いつもなら、僕の動きも見えているのに……」

「そう言えば、何度か那岐とぶつかりそうになってたな」


 那岐の言葉に、采希も同意する。それだけで琉斗が迷っていると気付いた凱斗に少し感心したが、自分が元凶とは決して気付くまいと思った。

 その凱斗が黎に声を掛ける。


「ねえ黎さん、もう一か所って、いつ襲撃する? このままの勢いで行く?」

「いや、そっちはちとマズいんでな。様子を見ながら準備万端にしないと」

「マズいって、何か不都合な事でもあるの?」

「……まあな。超大物の元政治家の家に今日みたいな真似はできんだろ」

「……政治家」


 榛冴がちょっと身体を引いた。凱斗が不満そうに口を尖らせる。


「え~……。せっかくいい調子だったのに」

「何言ってるんだか。凱斗兄さんはまだまだだよね? 自分で気を纏えるようになってから言ってよ」

「……冷たいな、榛冴」

「冷静に分析しただけですけど」


 兄弟の会話に笑みを見せながら黎が告げた。


「とりあえず、お前らは一旦、家に帰れ。しばらくは向こうも手を出しては来ないだろうからな。あの女の狙いは俺一人のようだし、家に戻った方が安全だろう」


 その言葉に、那岐が残念そうに呟く。


「僕、もう少し教えて欲しかったんだけど」


 采希も同意するように黎に頷いてみせる。


「いつでも来ればいい。これからは忙しくなるだろうけどな」


 広い玄関を出ながら、全員が黎を見つめる。


「……黎さん、どう言う意味ですか?」


 嫌な予感を抑えながら采希が尋ねると、黎は口の端でにやりと笑う。


「今後、お前たちに直接依頼が行くことはない。全部、俺を──と言うか、本家が使っている依頼部門を通すようにしてある。安心して帰っていいぞ」


 そう言われてみれば、当初の目的はそうだったことを思い出した。

 鳴りやまない電話にうんざりして、逃げて来たんだった、と采希は嫌そうに眼を閉じる。

 直接の電話攻勢がないだけでもマシかも知れなかったが、それでも自分たちに組織を通じて依頼が回されるのは、黎の言葉で確信した。


「安心しろ、俺の仲間が依頼内容は厳選する。大丈夫、手数料や紹介料は一切かからないから、存分に稼げ」


 一斉に全員から悲鳴が上がった。



 * * * * * *



 窓枠に片肘を付いてもたれながら、采希は向かいの部屋のベランダから聞こえる那岐と琉斗の声をぼんやりと聞き流していた。


 巫女に掛けられた呪は、凱斗と榛冴の力ならば半分は解呪できそうだと分かったものの、あの一族の当主である黎にも残りの半分は手出しできないと判明してしまった。

 助け出そうと決意はしたものの相変わらずどう動けばいいのか分からなかったが、采希は焦るのをやめた。


 自分に出来る事など多分、たかが知れている。ならば、落ち着いて出来る事から一つずつ全力を尽くそうと考えていた。


 ふと誰かに呼ばれた気がして、采希は部屋の入り口を振り返る。

 すぐ近くでバサバサと羽音がして、采希は窓の外に視線を移した。

 窓から繋がる一階の屋根部分に烏が一羽、降り立っていた。采希から1mと離れていない。

 采希は思わず目を見開く。一般的な烏よりかなり大きいその烏には、脚が三本あった。


(……八咫烏(やたがらす)?)


 何故ここに太陽の遣いと言われる神鳥がいるのだろうと、采希は思わず腰を浮かせた。

 慌てた様子で琉斗が采希の部屋に駆け込んで来る。


「采希、今ここに──ああ、やっぱり来ていたのか」


 三本脚の八咫烏を認め、琉斗が笑顔になった。


「……知り合いか?」

「え? 黎さんだろう?」

「…………は?」

「八咫烏なら、黎さんだ。采希、知らなかったのか?」


 琉斗がさも不思議そうに眼を瞬かせる。


「……なんでお前がそれを知ってるんだ?」


 そして何故自分が知らないのか、と首を傾げながら采希が琉斗に問い掛ける。


「いや、色々と黎さんに聞きたい事があってだな、ロキに繋いでもらおうとしたら、ある日俺の前に──」

《采希、お前、勝手に依頼を受けただろう》

「──あ……」


 八咫烏から聞こえてきたのは、黎の声。

 黎の少し責めるような口調に、采希は思わず俯く。


 采希はこのひと月ほど、黎の組織を通して送られてくる依頼を、時には那岐たちの力を借りながら淡々とこなしていた。

 つい一昨日、噂を聞いて依頼にきたという女性が突然訪ねてきた。朋代と名乗ったその女性に、采希は依頼を受けることは出来ないと断っていた。


 自らの話を途中で断ち切られた琉斗が、果敢にも黎に反論を試みた。


「黎さん、違うんだ。采希は断ろうとしたんだが、凱斗が……。すまない、俺も止められなかった」


 八咫烏の眼がきらりと太陽光を反射する。


《言い訳はいい。采希、お前はどんな厄介な依頼を引き受けたのか、分かっているのか?》

「……すみません。でも、依頼内容を聞いた限りではそんなに厄介な感じは──」


 八咫烏が俯き加減に首を左右に振る。


《俺は今、ちょっと動けないんだ。こっちが片付いたら向かうから、出来れば関わるのを引き延ばせ。分かったな?》

「……はい。黎さん、厄介って、一体どういう──」

《俺にもよく分からん。そっちの状況がよく視えないんだ。何かの邪魔が入ってるようだな。──とにかく、紅蓮の様子に注意しておけ》

「紅蓮の?」

《あいつが俺に助けを求めてきたんだ。『あの女は、嫌!』ってな。意味もなくそんな事を言うとは思えない》


 紅蓮が直接、黎に助けを求めたと聞いて采希は驚く。紅蓮からは何も言われていなかったので、思わず琉斗の左腕に装着されたバングルを見つめた。

 采希に何も言わなかったのは、紅蓮にも何故あの依頼者が嫌なのか説明出来なかったからだったが、采希には知る由もなかった。


「わかりました。気をつけるようにします」


 采希が答えると、八咫烏は大きく翼を広げた。二・三度羽ばたいて、あっという間に空高く舞い上がる。

 半ば呆然としながら采希が見送っていると、琉斗が小さく呟いた。


「……わざわざ黎さんがそれを言うためだけにやって来たと言う事は、采希、今回の依頼はやはり断った方が──」

「采希!! 朋代ちゃんだよ! 早く降りてこいよ!」


 階下から、凱斗の浮かれた声がする。


 采希と琉斗は思わず顔を見合わせた。

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