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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
第10章 咫尺天涯 ~霊獣たちの集う夜
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第50話 影の系譜

「あ、戻って来た! 采希(さいき)兄さん!」


 ゆっくりと砂の上に降り立つ采希に、那岐(なぎ)が駆け寄って来た。


「空から降ってくるって……お前、どこに行ってたんだ?」


 凱斗(かいと)が怪訝そうに宙を見上げる。どこにと聞かれても、采希には分からない。

 気付いた時には凱斗たちの上空に浮かんでいた。


 周囲から霊獣たちの気配は消えていて、すでにゴーレムもいなかった。

 確認するように辺りを見回す采希に、那岐が説明してくれた。


「兄さんがあのゴーレムに注がれていた気脈を遮断してくれたおかげで倒せたんだ。茶枳尼天(ダキニてん)さまはもう戻られたよ、狐たちもね。朱雀たちは僕らの中にいるけど、疲れたようだから休ませてる。他に聞きたい事は?」

「──ああ、そうなのか。これで、終わった……のか?」

「うん、御遣(みつか)いの人がそう言ってた」

「御遣い?」


《──こちらに》


 背後から聞こえた声に反射的に振り向き、采希の口から思わずおかしな声が出た。

 采希の後ろに立っていたのは、頭からマントのような物を被った小さな──1メートルもないような──人型の生き物。


《驚かせてしまったようで、申し訳ございません。主より、謝罪をお伝えするようにと──》


 妙に籠って反響するような、不思議な声だった。顔は全く見えない。


「謝罪?」

《はい。天照さまよりお叱りを受け、主も深く反省を。巫女殿に施した鎖は、主には解除できず……重ねてお詫びをと。その替わり、と言うのも何ですが、あなた様の身体をお護りさせていただくとの事です。今後は多少の無理をされましても大丈夫かと》


 後半はほとんど采希の耳に届いていなかった。


(──解呪、できないのか。仕掛けた本人にも……)


 采希はぎりりと歯を食い縛る。それでは本当にこの先いつ、巫女に逢えるか分からない。


「采希兄さん……」


 采希の肩に温かい手が乗せられた。泣きそうな那岐と、困り果てたような凱斗、悔しそうに眉を寄せる琉斗(りゅうと)の顔を、采希は感情のこもらない眼で眺める。


 采希には、終わったのだという実感が薄かった。

 結局巫女を助け出すことは出来ず、自分の力不足にただただ気が滅入っていた。

 左腕に着けたバングルがぶるりと震え、琥珀からの警告が届き、采希は少し身体の力を抜く。


「──戻ろう。榛冴(はるひ)が待ってる。それに、じきにこの場は崩れるらしい」

「場って……今いるこの空間が崩れるってことか?」


 凱斗に向かって采希はゆっくりと頷いてみせる。


「戻るって言っても、見渡す限り砂漠だぞ」


《何のために僕がこっちに残ってるのか分かってないの、凱斗兄さん! 導いてあげるからさっさと戻って、崩れるよ!》



 * * * * * *



 朝から霧のような雨が降っていた。

 窓枠に背中をもたれかけ、采希は視界の端で灰色の空を眺める。

 あれから三日が経っていた。

 采希たちは小太郎の家に戻り、榛冴に一連の経過を説明した。

 巫女がもう戻れないかもしれない事も、その場で凱斗たちに告げた。

 泣いている榛冴を、自分も涙ぐみながら慰める那岐や、悔しそうに俯いている双子たちを、采希はどこか他人事のように眺めていた。無表情のまま、采希の気持ちは全く動かなかった。


 帰りの車中も、腕組みして背中を丸め車の窓にずっと頭をくっつけたまま黙り込んでいる采希を(はばか)って、全員押し黙ったままだった。

 家に帰ってもほとんど口を利かず、ろくに食事も取らないまま、眠ってもとろとろと微睡んでは跳ね起きる。そんな日々を過ごしていた。

 仕事は何とかこなしていたものの、家では無気力な幽鬼のような様子で、朱莉たちも声を掛ける事すら出来なかった。


 ぼんやりとただ呼吸をしているだけの自分が、どうして生かされているんだろう、どうして彼女の代わりに自分があの場所に囚われなかったのだろう。そんな想いが采希の中で堂々巡りをしていた。

 不甲斐ない自分にイラつき、采希はぎゅっと眼を閉じて舌打ちしながら両手で頭を抱え込む。


 ふと、微かな鳴き声が聞こえた。


(……? 外──玄関の方か?)


 野良猫ならばこんな雨の中をうろつくとは思えず、か細い鳴き声が妙に気に掛かった。急いで階段を降り、玄関に向かう。


「采希?」


 居間でたむろっていた凱斗たちが一斉に立ち上がって采希の後に続く。

 がらりと玄関の引き戸を開けると、薄汚れてやせ細った猫が一匹、前肢を揃えて座り、采希を見上げていた。その毛色は采希にとって見慣れた物だった。


「──アル? お前、アルビオンか?」


 采希の呼び掛けに、猫は小さく鳴いて応える。

 急いで抱き上げると、逃げようともせずに大人しく采希の腕の中に収まった。

 どれだけの距離を旅して来たのか、かなり薄汚れて軽いその身体をゆっくりと撫でる。


 巫女に『猫を預かって欲しい』と言われた事をようやく思い出した。


「お前、ひとりでここまで来たのか? ──ごめんな、迎えに行けなくて」


 采希の腕の中で、猫は小さく喉を鳴らす。


「采希兄さん、この子……もしかしてシェンの?」

「うん」

「びしょ濡れじゃないか。急いで拭いてやらないと」

「随分汚れてんな。暖かい濡れタオル持ってきてくれ、榛冴」

「なんで僕? ……ったく、しょうがないな」

「うわ、シェンにそっくり。男の子だよね? この子もシェンみたいになるのかな?」


 采希の周りで一斉に喋り出す。


「──お前ら……なんで俺のあと、付いて来てんだ?」

「そりゃ、お前が心配だったからに決まってんだろ?」


 当然だろ、と言わんばかりの凱斗を、采希はじっと見つめる。

 自分が心配されていたという事実にすら気付こうとしなかった事に思い当たり、少し呆然とした。


 凱斗に向かってちょっと頭を下げる。


「……ごめん」


 凱斗と琉斗が笑いながら、次々と采希の肩や背中を叩いて居間に戻って行く。采希も二人のあとに続いた。


「兄さん、少しは元気、でた?」


 那岐が采希の横に並ぶ。


「──うん。こいつの顔を見たら、ちょっと元気でたかな」


 采希が答えると、那岐は本当に嬉しそうに笑った。その顔を見た采希は、自分がどれだけ心配を掛けていたのかようやく理解した。

 自分だけが辛くて悔しいような気持ちになっていた。一人で絶望感に浸っていた自分を、本当に情けないと思った。


「だったらさ、兄さん。あきらちゃんの叔父さんに、会いに行こうよ」

「……え?」

「あきらちゃんの事、伝えてあげないと」

「──いや、でも、どこに住んでるのかも聞いていないぞ」

「……あ、そっか」


 那岐が口元をに手を当てて、うーん、と考え込む。


「でも、たった一人の身内だって言ってたしな。……どうにか、連絡してみるか」



 * * * * * *



 母屋の固定電話の前で、采希はしばらく考え込んでいた。

 話をした事もない相手に、その家族の良くない知らせを、どう切り出したらいいのか分からなかった。


《架けないのか、采希》


 采希の足元で寝そべった白狼がのんびりと促す。


《受話器を取れば、我が繋いでやろうと言っている。なのにお前はかれこれ半時もそうしているではないか》

「──分かってる。でも、どう話したらいいか迷っててな」

《まあ、話してみるのだな。あの男なら、多くを語らずとも理解するだろう》


 白狼の言葉に、采希は思わず疑わし気に片眉を上げる。だけど白狼の言う事が正しいのだろうと、采希の中の何かが納得していた。



 意を決した采希は受話器を取り上げ、耳に当てる。

 番号を押してもいないのに呼び出し音が聞こえ、かちゃりと繋がった音がした。


『──はい』

「あ──あの、俺、上代と申します。あの……あきらの……友達で……」


 采希は焦って話し始めるが、相手は無言だ。背中から汗が吹き出し、背骨に沿って流れ落ちる。


「あ……えっと、あきら、さんの事でお話が……」

『────あんたが、采希?』


 唐突に名前を呼ばれ、采希は一瞬、息を飲む。


「……はい」

『お前さんの事は、あきらから聞いてる。──あいつ、何かの事件に巻き込まれたんだろ?』


 低くぼそぼそと話す割に、聞き取りにくくはない。不思議な声だと思った。


「そう、です。俺にうまく状況が話せるか、自信はないんですけど……」

『構わない。俺も説明するのは下手だからな。大雑把には把握してるから、ゆっくりでいい……時々質問させてもらう。教えてくれ』



 采希が心もちすっきりした気分で受話器を置くと、那岐が身を乗り出した。


「兄さん、どうだった?」

「ああ、どうやら能力者みたいでさ、大まかな状況は分かってたみたいだ」

「──能力者? それってやっぱり血筋なのかな?」


 榛冴が興味深げにスマホから顔を上げた。


「いや、血筋って言うか……(れい)さんは養子らしいんだ。あきらのお母さんに力が現れなかったんで、能力を買われていずれ婿養子にって引き取られて。でも子供の頃から一緒だったんで、どうしても弟ってポジションは変わらなかったみたいでさ、あきらのお母さんは他の人と結婚して、あきらが産まれた。あきらに力が宿ったことが分かって、黎さんは家を出たらしい」


 話を聞いていた琉斗が眉をひそめる。


「それは、もう用無しだからと追い出されたのか?」

「そうじゃない。あきらが力をコントロール出来るようになるまでは、一緒に暮らして訓練に付き合ってたって。あきらが独り立ちしたのを機に家を出て別邸で暮らそうとしたら、あきらが付いてったそうだ。現当主は黎さんなんだけど、本邸にはあきらも黎さんも仕事で行くだけだとか。基本的に二人とも人付き合いが苦手らしい」

「なんで巫女さんと暮らしてたんだ? 親御さんは?」


 凱斗がちょっと首を傾げる。


「小学校に入った頃、あきらの両親が亡くなったんだって」


 聞いていた皆が一斉に息を吸い込んだ。全員、俯いてしまう。


「葬儀の場で、遠い親類やなんかが利己的な理由であきらを引き取ろうと躍起になっているのを見て、あきらと暮らすのを決めたんだって。『あのままだと教祖さまとかに祀り上げられるのは必至だったからな』って言ってた」


 幼い巫女の苦労を思ってか、誰かが深い溜息をついた。

 では、自分が出会った頃にはもう黎さん──叔父と暮らしていたことになるのか、と采希は考えた。そんな辛い想いをしていた様子は、微塵も感じさせなかった。


「采希兄さん……あきらちゃん、助けてあげるんだよね? このままだとその──黎さんが……」


 榛冴がちょっと涙ぐむ。あきらの叔父である彼が孤独になってしまう恐怖を思っての事だろうと采希は思った。榛冴の頭を軽く叩いてやる。


 ──助ける。

 いつになるかは分からないけれど。

 約束、したんだ。


「ところでさ、巫女さん──あきらちゃんの家系って何なんだ?」


 凱斗の問いに全員の視線が集まる。


「何って……巫女とか禰宜(ねぎ)とか宮司とかの神職じゃないの?」

「いや、あきらは何十年振りかで顕現した()()()()()らしい。あきらの家は、普段は除霊なんかを請け負っているって言ってた。黎さんもそっちの能力者だ」

「何だか、うちと似てない?」


 榛冴と采希の会話に、お茶を運んで来た母、朱莉(あかり)が首を横に振る。


「違うな。うちは確かに巫覡(シャーマン)の流れだったけど、今はそうじゃない。その黎さんって人は陰陽道とかの系統なんじゃないか?」

「どう違うんだ、朱莉さん?」

「巫覡は神様の声を聞いたり降霊したり、がメインだね。陰陽師は式神や眷属を使役して祈祷やらを行う。巫覡も祈祷は行うらしいけど」


 説明されても難しい顔をしている琉斗は全く理解出来ていないのだろうと思われ、采希はそっと頭を振った。

 ただ、巫女からもその叔父からも陰陽師だとは言われていない。

 俯きがちに黙り込んだ采希に、朱莉が言った。


「お祖母ちゃんから聞いた事があるんだ」

「……?」

「ずっと遥か昔から続く霊能力者の家系がどこかにあって、稀に予知に長けた巫女が現れるらしい。その家は決して表には出て来ないんだけど、相当な力があって、例え時の権力者でもおいそれとは依頼を受けて貰えない。だけど依頼は確実に達成するんだって」

「話だけ聞くと気難しい一族に聞こえるね。依頼料金も法外そうに思えるんだけど」

「それがね榛冴、料金はそうでもないらしい。依頼内容と依頼者の事をきっちり調べ上げて、受けるかどうかを決めるようだよ」

「……母さん、それがあきらの一族なのか?」

「そうかもなって思ってる。お祖母ちゃんから聞いたような、そんな凄い能力者がそうそう居るとは考えたくないしね」


「采希、ちょっといい?」


 何とも言えない表情になった采希に、叔母の蒼依(あおい)が声を掛けた。


「采希に電話なんだけど。何とかって言う政治家の秘書さんらしいんだけど……知り合い?」


 居間に顔を出した蒼依が、戸惑った表情を張り付けたまま采希に告げる。


「──秘書?」

「うん、『上代家の跡取りの息子さんにお話が』って」

「いつから采希が跡取りになったんだ? そんな話をした覚えはないけど」


 蒼依に向かって、朱莉が眉を寄せる。


「私も誰の事だろうって思って改めて聞いてみたら、白虎を従えた御方ですって言われたの」

「…………采希だな。采希、お前、何かしでかしたのか?」


 采希の全身からどっと汗が噴き出す。

 何かをしでかした訳ではない。だが、その電話がどんな内容かは容易に想像がついた。


(マジか──こんなに早く……?)


 さっきの電話で巫女の叔父(黎さん)に言われた言葉を思い出しながら、采希は震える手で受話器を取り上げた。



『あきらが消えたことは、放って置いてもすぐにうちの顧客に知れ渡る。うちの顧客は代々続いている家系が多くて、紹介以外で新規の顧客を獲得する事はまずない。だから顧客には、そういうネットワークがあるらしくてな。──ついでに忠告しておくけど……お前さんがあきらに匹敵する力を持ってることも多分、バレてると思うぞ』

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