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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
幕間 3
51/133

誘いの聖域

 胡坐(あぐら)をかいて窓に向かい、眼を閉じ両腕を組んで考え込む。


 俺は上代(かみしろ)凱斗(かいと)、上代家の次女の長男で、双子の弟と二歳下の弟がいる。

 父親は小学生の頃に亡くなっているが、祖母と母の姉(伯母)、その息子である二人の従兄弟と暮らしているので、毎日賑やかだ。二十四歳、独身。会社では営業担当をしている。

 まあ概ね平穏といえるかなり気儘な生活を楽しんでいたが、ある日を堺に状況は一変した。──俺の従兄弟が生霊に憑かれた。その後、次々と巻き起こる怪異な事件。俺はもう、元の平穏な生活には戻れない事を理解していた。



 かなりの時を微動だにせず鬱々と考えていた俺は、小さく溜息をつく。こんな風に考え込むのは俺らしくないとは思う。

 だけど、一体どう動き出せばいいものやら、俺には見当もつかない。

 ゆっくりと顔を上げて窓の外に眼をやると、すっきりと冴えた青空が広がっていた。


 ──意を決して立ち上がると、階下にいるはずの従兄弟の名を大きな声で呼んだ。



「──いや凱斗、そう言われてもな」


 困ったような声が、畳に額を擦りつけた俺の上から聞こえる。


「……俺が呼び出せるかなんて分かんないし、ってか、多分無理だろ?」

「いや、お前になら出来ると思うんだ!」


 がばっと顔を上げて同い年の従兄弟、采希(さいき)と向き合う。

 龍と白虎という霊獣に護られ、人外の()とも心を交わす特別な力を持った俺の家族。

 その力はあまりに強大で、制御する力を失った采希には危険すぎるため、長く封印されていた。

 封印を施したのは、それ程の力を持つ采希に『化け物』と言わしめた巫女。

 その『化け物』巫女によって、つい先日、俺は十二天将の天乙貴人(てんおつきじん)をこの身に降ろされた。よく分からないが、神様クラスの存在らしい。超有名な陰陽師の使い魔だったようだが、それを使役する巫女は采希の言うように化け物じみているのだろうと理解している。



 身体の中に巨大な太陽が入り込んだような、あの感覚。

 その制御できない力の大きさと、未知の感覚に対する恐怖に怯えた俺を落ち着かせてくれたのも、采希だった。

 そして、俺から解き放たれた圧倒的な力──あの感触が忘れられない。

 困ったように半眼を伏せる采希は、俺の視線から眼を逸らしている。


「悪いけど、多分無理。──俺じゃなくて、あきらに頼めばいいだろ」

「……貴人を呼び出すってのは、巫女さんにしか出来ないのか?」

()()方法も分からないし、呼び出したとしても俺には制御できないぞ。凱斗だって次もうまくいくとは限らないだろ」

「そうか? 俺は意外と采希にも出来んじゃねーかと思ってるぞ」


 俺は本気でそう思っていた。

 なのに采希は眉を寄せて首を横に振るばかりだ。


 別に、俺は采希を困らせたい訳じゃない。

 いつも俺たちを護るために闘ってくれるこいつを、俺も護りたい、それだけだ。……まぁ、力を発動させる快感が忘れられないってのもあるが。

 でもそれを口に出すのもどうかと思うし、困らせるつもりもなかったので思案していると、采希の左腕のバングルから小さな光が飛び出してきた。

 ──琥珀だ。本体は神社に奉納されている御神刀のくせに、采希の求めに応じて破邪の弓に変化する。今は水干の童子姿だ。


《凱斗さん、采希さんをあまり困らせないで下さいね》

「琥珀、いや俺は別に……」

《マスターに伺ったのですが、凱斗さんにも天乙貴人を呼び出すことは可能だそうですよ》


 思わず身体を乗り出す。


「マジで? じゃあ、どうすればいいか教えて」

《まず、呼び出すためにはそれなりの修行が必要だそうです》

「──は?」


 ──修行……って言ったか?


「え……っと、修行……?」

《はい》

「ちなみに、それってどんくらい?」

《さて? 人によるとは思いますが……おそらくは数年から十数年というところかと》


 ──最低でも数年、ですか……。

 じゃ、俺には無理かな。そんなに何年も修行とやらに耐えられるような仕様(スペック)にはなっていないし、おそらく苦行を強いられるであろう修行を続ける根性も持ち合わせていない。

 多分俺は、微妙な表情をしたのだろう。琥珀がくすりと笑う。


《マスターが、そう言えば早々に諦めるだろうと仰っていましたが》


 ──彼女の笑い声が聞こえた気がした。『凱斗、お前の覚悟はそんなものか?』……うん、言われそうだ。


「や……ちょっと、その、年単位だとは思わなかったし」


 無意識に視線が泳ぎそうになるのを自覚しながら、ちょっと言い訳じみた事を言ってみる。


《──采希さんになら、できると思う、だそうですよ》


 思わず身を乗り出し、琥珀に手を差し出すと、ふわりと俺の手に乗った。

 両手で包み込むようにして、慎重に声をひそめる。


「それって……いや、でも、采希も修行はしていないんだし……ってことは、もしかして……」

《はい、相当のリスクを伴うはずです》


 ──リスクか……。



 分かっていたんだ。采希の力は『化け物巫女』が唯一認めた程だってことを。

 そして、采希は家族のためなら自分の身体を(かえり)みないことも。

 俺が無理に頼んだら、采希は引き受けようとするはずだ。

 自分に自信がないからこそ、さっきまでは躊躇していたが……『化け物巫女』が采希にも可能だと答えてしまった。


 しかもリスクがある? だったら──


「……ありがとな、琥珀。じゃあ、この件は──」

「琥珀、マジで俺にも出来んの?」


 ──この件はおしまいな、そう言おうと思っていたんだけど。

 俺の言葉を遮った采希が、俺の手の中から琥珀をつまみ上げる。


「どうやって貴人を呼び出すのか、琥珀は知ってるのか?」

《はい、一通りは》


 水干の襟あたりをつままれた姿勢のまま、琥珀が大人しく答えた。居心地は悪いらしく、両手をだらりと下げているのに、両足は縮こまるように折り曲げられている。

 真面目な顔付きとのギャップに思わず口角が上がってしまった。


「具体的には?」

《まず、四神を呼び出します。采希さんの場合は白虎さまがいらっしゃいますし、残りの三体のみですが》

「いや、待て待て、そこで話を進めんじゃねぇよ」


 二人で勝手に話が進みそうになるのに、慌てて割って入る。


「琥珀、お前、リスクがあるっていっただろ? それなのに采希に勧めるのはおかしいんじゃないか?」


 突っ込む俺に、琥珀がにっこりと微笑む。


《はい、采希さんをお護りするのが私の役目です。しかし、采希さんが望むのであれば私は──》

「おーい! だから! いくら采希が望んでも、そこはだな、止めんのも眷属の大事な役目だろ?」

《いえ、私は采希さんの望みに全力でお応えする所存です》


 俺は思わず頭を抱える。

 ──そうだった。こいつは采希の意思を果たすために自ら穢れを(かぶ)るのも(いと)わないんだった。


「~~っ……わかった。お前の気持ちは分かったから。それでもこの話はおしまいな!」

「いや、元々はあんたが──」

「あー、そうだな。悪かった。もう言わない。お詫びに……そうだ、須永のとこ行こうぜ。今日は休日だから公園に焼鳥のケータリングカー出してるはず。俺、奢らせてもらうぞ」

「須永に強請(たか)る、の間違いじゃ……ま、いいけど。ゴチっす」




 のんびりと幼馴染・須永のケータリングカーを目指して采希と二人、公園に向かう。

 幸いなことに、他の連中は全員出掛けているようだ。俺は他の連中の分まで金を出さずに済むことにほっとした。

 俺は所詮、この程度の器の小さな人間なんだよ。




「なんで急に、貴人を呼ぼうとか思ったんだ?」


 采希が俺を横目で見る。


「……特に意味はない。俺にも出来んのかなって、そう思っただけ」


 笑顔で答えたつもりだが、采希は少し眉根を寄せた。

 こいつは人一倍、勘がいい。那岐の野生動物のような勘の良さとは質が違う。

 采希は人の心の機微を読み取っているような所がある。

 ――こりゃ、バレてるかな? ま、だからって人をからかうようなヤツでもないし、バレてもいいかと思う。


 もうすぐ焼鳥の移動販売車が見えてくるであろう所まで差し掛かった時、ふと身体に抵抗を感じた。

 うまく前に進めないような、おかしな感覚。

 訝しんで立ち止まると、采希も怪訝そうに足を止め、俺を覗き込んだ。


「どうかしたのか?」


 ──いや、何でもない。そう言おうとしてぎくりとした。

 見返した采希の眼がきらりと紫色に光っている。


「采希……眼、反応してるぞ。お前こそどうかしたか?」


 采希は慌てて眼に手を当てようとするが、そんな事で確認できるはずもないと気付いたのか、すぐに腕を下げた。


 本人が気付かないうちに、何かに反応したのか? だとしたらそれは、あまり良くはない状況な予感がする。


「凱斗こそ、どうして立ち止まったんだよ」

「俺? ……なんでだろ。何となくうまく進めないような……ま、気のせい気のせい♪」


 歩き出そうとするが、采希は立ち止まったまま考え込んでいる。

 ──ああ、そうか。俺も采希も反応したのなら、この先には『何か』がいるのは確実だ。


 ──この先……?


「──須永……」


 采希が呟くと同時に俺は走り出した。




「よお、今日は二人だけか? ちょうど客足が途絶えたとこだったんだ」


 わずかに走っただけで、汗だくで息も整わない俺たちを見て、須永が不思議そうに首を傾げる。


「……何やってんだ、お前ら?」

「いや、ちょっと運動不足だな、なんて……その確認をね」

「はぁ? 何言って……采希、どうかしたのか?」


 きょろきょろと辺りを確認するように見回す采希に、須永も不審そうだ。

 移動販売車の周囲には小さな折り畳みのテーブルや椅子が置かれ、ちょっとここで食べようというお客さんが使えるようになっている。

 テーブルには、まだ焼鳥の乗った皿が放置されていた。

 さて、なんて説明……いや、誤魔化すか……。


「須永、さっきまでここにお客さん、来てただろ? ──女の人、か?」


 真剣な顔で須永に問いただす采希にちょっと慌てる。


(いやいや采希、俺がなんとかうまく聞き出そうと……お前、直球すぎだろ? これじゃマジで不審がられるって)


「……よく分かったな。ちょっと飲み物買いに行くって言ってたから、もうすぐ戻ってくると思うけど……ああ、彼女だ」


 須永の視線を追うと、俺たちが来たのとは反対方向から歩いて来る女性が視界に入った。

 俺たちを認め、一瞬歩みを止めかける。だが、そのまま何かに押されたように歩き出す。

 押された、と思ったのは、動き出す瞬間にほんのわずか頭が後方に振られたように見えたせいだ。

 笑顔で俺たちに会釈し、さっきまで座っていたであろう場所に再び腰掛け、須永に話しかける。


「……」


 隣で立ち尽くしている采希に眼をやると、ちらりと俺に視線を投げ、唇が音もなく動く。

 そして黙ったまま、女性の傍の椅子に腰掛けた。


(……様子見、ね。りょーかい)


「須永ぁ、楽しそうにお話ししてるとこ悪いけど、俺たちにも何か適当に見つくろって。あ、軟骨は入れてくれ、塩ダレで」


    ・

    ・

    ・


「──どう、思った?」


 会計を済ませた女性がにこやかに立ち去ると、采希が俺に聞いて来た。視線が女性の背中を追っていたから、彼女の事を訊かれたのだと察した。


「う~ん……何だろうな。ものすごい違和感があるのに、それが何だかわからない……って言うか」

「……得体が知れない」

「そーそー、それ。話の辻褄は合ってるっぽいんだけど何だかしっくりこないって言うかさ。あー、あれだ、凄く離れた国と中継が繋がってます、みたいな」

「……確かに。微妙な時差があった気がする」


「──何の話だ? それより凱斗、お前、あのお客さんに気に入られたみたいだな。やたらお前に話しかけていたし」


 須永が笑いながらさっきの女性が座っていた椅子に腰かけた。いつもなら軽口で返す所だけど。

 俺は真顔で須永を見つめる。そこにも微かな違和感がある。いつもの須永に何かの気配が纏わり付いている。

 黙ったまま采希を肘でつつくと一瞬こちらを見たが、俺に(なら)って采希も須永を見つめる。


「何だ凱斗、真面目な顔して……え? 采希、どうしたんだ、その眼──」


 須永の台詞が終わらないうちに、突然采希が立ち上がる。座っていた椅子ごと須永を押し倒した。


「おわっ!! なん──」

「須永! 眼、(つむ)ってろ!」


 そう言いながら、采希が須永の目元を左手で覆う。

 右手が須永の(くび)の辺りで動いていたかと思うと、そのまま何かを須永から引き剥がす。

 采希の手に握られていたのは白い大きなトカゲのように見えるモノだ。トカゲは采希の手の中で溶けるように消えていった。

 采希も驚いていると言う事は、消したのではなく消えた、と言う事か。


(──采希、今のは……?)


 俺の視線に、采希が黙って頷く。そっと須永から手を離し、ゆっくりと須永を起き上がらせた。


「──一体、何なんだ? 采希、ちゃんと説明……」

「須永、さっきの女は、ここに来たのは初めてか? 俺たちが来る前、どんな話をしてた? 俺たちの事、知ってるようだったか?」


 真剣な表情で采希が須永にたたみ掛ける。

 いつになく慌てた様子の采希に、須永が戸惑いながら答えた。


「来たのは多分、初めてだな。最初は他愛もない話をしてたんだよ。そしたら、この辺に昔、有名な神職だった旧家があるって聞いたんだけど、っていうからさ。那岐は霊感少年で有名だったし、お前たちの家の事かと──」

「それを尋ねた理由は聞いたか?」

「どっかの大学の研究室で、色々調べてるとか言ってたな。神道の流れがどうのとか」


 気まずそうな須永に返事もせず、采希が立ち上がる。

 そのままテーブルの下を覗き込み、何かを拾い上げた。

 俺に背中を向けたまま、その何かがさっきと同じように消滅した気配がした。


「采希、そろそろ俺にも説明し──」


 ──どくん。


 心臓が大きく鼓動する。──何これ? 痛いんだけど。

 采希の背中がぼんやりと霞み始める。

 采希を呼ぼうとしたけど、声が出ない。

 手を伸ばそうとしても、身体は凍り付いたように動かない。


 世界から、音が消えた。


(采希!!)


 采希が振り返る。俺の異変に気付き、駆け寄って来た。

 俺に向かって手を伸ばし、触れる直前、須永に向かって何か叫んでいた。

 視界いっぱいに拡がる、空。


 そこで俺の意識は途切れた。



 * * * * * *



《凱斗さん! 起きて下さい! 凱斗さん!》


 小さな手が俺の頬をぺちぺちと叩く。

 ──この声は、琥珀か。

 ゆっくりと眼を開けると、俺は息を飲んだ。


「……何、ここ?」

《分かりません。気付いたらここに》

「──一体、どこだよ。琥珀、ここはまた異次元とやらなのか?」


 琥珀がぷるんと首を横に振る。


「いいえ、ここは此岸(しがん)です」

「いやいや、んな訳ねぇだろ? 俺は須永のケータリングカーがある公園にいたんだぞ? なのに何でこんな山の中にいるんだよ」


 眼を開けて、真っ先に視界に入ったのは空を覆う程に葉を茂らせたたくさんの木。

 そして、アスファルトがあるはずの俺の身体の下には、土と石と草。

 俺の傍でうつ伏せに横たわった、采希。


「──あ? 采希? おい……?」

《采希さんは、ここにはいません》


 哀しそうに告げる琥珀を一瞥する。


「何言ってんだよ。ここにいるじゃん」

《いえ、ここに()()のは采希さんの身体だけで……精神といいますか、心は……》


 ──つまり、この采希は抜け殻ってことか?

 この状況は、ちょっと俺でも呆然としていいんじゃないかと思った。

 そっと唾を飲み込んで、琥珀を手に乗せる。


「──采希の心はどこに行ったんだ?」

《分かりません》

「じゃ、俺はどうしてこんな所にいるんだ?」

《……それも分かりませんが、おそらくは何者かが凱斗さんを攫うために転移させたかと。目的地はここではなかったようですが》

「転移? 誰が? 目的地じゃないって、どういうことだよ」


 不安が抑えられず、つい琥珀を責めるような口調になってしまった。


「──いや、悪いな。琥珀のせいじゃないのに悪かった」

《いえ、お気になさらず。──まず転移ですが、何者かが凱斗さんを運ぼうとした意思を感じ取りました》

「……じゃあ、またあの、以前俺が攫われた時の残党とか?」


 琥珀がちょっと首を傾げる。


《違うと思います。ヒトの力ではないようです。ですが目的地がズレた理由は、采希さんが原因ではないかと考えられます》

「──采希?」

《はい。あの転移の瞬間、采希さんが介入したために、力のバランスが崩れたのではないでしょうか》

「で、その時の衝撃で采希の身体と心が分かれた?」

《……はい。私は采希さんの腕に装着されていたので、こちらに参りましたが……采希さんの心は──》


 琥珀の言葉を聞いて、俺はすぐさま立ち上がった。


「捜そう」

《──はい。よろしくお願いします》

「問題は采希の身体だな……。ここに置いておく訳にはいかないだろ」

《そうですね。凱斗さんに運んでいただくしか……》

「いや、それは無理。俺、そんな体力ねーもん。──しゃーねーな、置いてくか」


《──絶対、そう言うと思ったよ》


 どこかから声が聞こえる。

 慌てて見回すと、采希の左腕に付けられている琥珀のバングルが、光を放っていた。


「采希? お前、こん中に入ってんのか?」


 指先でバングルをつつきながら聞いてみると、呆れた声が返ってきた。


《んな訳あるか! 俺の魂魄はこっちに残されている》


 本当に身体と魂魄が離れてるのか。──采希、お前それでなんで平然としてるんだよ。ちょっとは焦るとか、ないのか?

 一瞬、采希はこんな怪し気な出来事に慣れてしまっているのかと心配になる。


《采希さんの魂魄のみ、弾き出されたと言う事でしょうか?》

《そうみたいだな。ひとまず、凱斗を転移させた連中に居場所がバレないように、琥珀、凱斗の気配を隠形(おんぎょう)させてくれ。それから凱斗──これを》


 采希の言葉が終わらないうちに、倒れたままの采希の右手に金剛杵が現れた。


「──遠隔操作が出来るのか? だったら、この身体を歩かせたり出来るんじゃないか?」

《──一理あるな。那岐(なぎ)、どう思う?》

《出来ると思う。兄さん、やってみたらどうすか?》

「え? そこに那岐もいるの?」


 ふと思い出した。俺が飛ばされる直前、采希が須永に叫んでいた、あの唇の動き。『那岐を呼んでくれ!』だったんだ。

 なるほど、最強コンビが揃ってるなら、俺の帰還も早そうだ。


 ちょっと気持ちが楽になった俺の眼に、信じられない光景が入って来た。


「……采希、これ、何?」

《何って、俺の身体を歩かせてみてるんだけど。何か変?》

「……変も何も……」


 はっきり言って、気持ち悪い。

 魂の入っていない采希の身体は、よれよれがくがくと動き出す。

 その動きは──あれだ、ゾンビ映画。


(こんな山中でリアルゾンビとか……勘弁してくれ。死んでないけど)


《采希さん、この動きでは他人に不審に思われる可能性があります》

《そうか? じゃあどうしよう?》

《琥珀さんは、兄さんの身体に入れない?》

《……サイズ的に、どうなんだ?》


 いや、そんな問題か? こんな人外生物にサイズとか──そもそも自分の身体に()()を入れるって、お前は平気なのか、采希? それを提案する那岐、お前も普通の神経じゃないと思うぞ。

 こいつらの感覚ってどこかおかしいんじゃないかとつくづく思ってしまう。


「待て待て、采希。お前がこの身体に戻ってくればいいだけの話だろ?」

《あ~、それが出来ればねぇ……》

《凱斗兄さん、采希兄さんをそっちに飛ばすのはリスクが高いんだ。場所もよく視えない。凱斗兄さんもそこが何処なのか説明出来ないでしょう? なんとか自力で戻って来れない?》

「リスク?」

《うん。飛ばされた場所が分からない状態だとうまく転移出来ないし、相手の目的も不明。采希兄さんまでそっちに行くと、こっちの護りが手薄になるし、それに……》

「──那岐、それは、俺なら居なくても問題ないって?」

《あ、いや……そんな事は──そうじゃなくて、凱斗兄さんならこんな事を仕出かすような奴の攻撃は受けないでしょ》

「俺、実際こんなとこに飛ばされてるけどな」

《……あ》

《今はそんな事に拗ねてる場合じゃないだろ? とにかく人里に出られるように下山してくれるか?》


 采希の言う事はもっともだ。

 ──俺は納得していないけど。



「ところでさ、なんで俺たちが狙われたんだ? ──ってか、今回も俺か。なんで俺なんだ?」


 よれよれと俺の後をついて来る采希の身体、その左腕から溜息が聞こえる。


《──それが、さっぱり。方法は那岐が見つけてくれたんだけど、目的が分からない》

「方法?」

《ああ。さっきの女の人。彼女が媒介だ。わざわざあの人を使って、お前を運ぶための方陣を設置したらしい。そこまでしてあんたを捜し出したって事は、多分、相手はヒトではないんじゃないかと……》

「あー、それは琥珀も言ってたな。ヒトじゃないならやっぱり狙われるのはお前じゃないの?」

《うーん……》

《兄さん、ヒトじゃないなら、相手は何だろ?》

《お前に分からない事が俺に分かるかよ》


 ──あれ?

 ヒトじゃない、って事はまた邪霊だの念だのかと思ってたんだけど……。だとしたら──


「あの女は……媒介って事はその、俺を狙ってるヤツに使役されてたって事だよな?」

《だろうな。完全な傀儡(かいらい)ではなく、ある程度自分の意思もあったと思う。凱斗を見た時、僅かに躊躇してたしな》

「だったら、俺の傍に()()()()のはどうしてだ? 俺を連れ去ろうとしたのは、()に属するモノではなかったって事か?」

《《──あ!!》》


 采希たちが同時に叫ぶ。──俺の勘、冴えてる?


《だとしたら、これは……》

榛冴(はるひ)の出番っすね》

「あ? 何で榛冴?」


 突然弟の名前が告げられたことに、意味がわからず首を傾げる。

 ──榛冴の力って、何だっけ。




 俺の肩に乗っていた琥珀が、突然びくりと反応した。


(──? 琥珀、なんか、身体が光ってる?)


 口を開こうとしたその時、琥珀が唐突に喋り出す。


《はい。承知いたしました》


 感情のこもらない口調で宙空に向かってそう告げると、その光が増した。


「こは…………え?」


 一瞬で、俺の視界がひらけた。しかも、見渡す限りの空。

 目線よりも低い位置に、周囲の山々が見下ろせる。

 かなり高い山頂のようだ。


「……どういうことだ?」


 琥珀に話しかけようと肩を見るが、琥珀がいない。


《急に転移させてしまい、申し訳ございません》


 頭上から声がして、慌てて見上げる。俺の頭の上に浮かんでいた琥珀がぺこりと頭を下げながら降りて来た。

 では、俺をここに運んだのは琥珀か。


「……説明しろ。ここはどこだ?」

《ある山の、頂上で──》

「んなこた分かってる。どこの山で、俺はなんでここにいるんだ?」

《申し訳ございません、山の名前までは分かりかねます。ここにお連れした理由は、凱斗さんが呼ばれたためです》


 ──呼ばれた? 誰に?


 そう問い掛けようとして口を開きかけた俺は、気配を感じて振り返る。


 そこにいたのは、かなり大きめの不思議な獣。

 鹿のような体躯に、額の真ん中から一本の角が生えている。鹿ではないと思った理由は、その毛並みが燃えるような赤い色だったから。

 しかもイッカクのような細い螺旋の溝が入った角があった。


(ああ、イッカクの場合は牙だっけ。じゃあこの生き物はなんだ?)


「琥珀──これは……」

炎駒(えんく)さまです》


 聞き慣れない言葉に、つい眉根を寄せる。


「炎駒?」

《はい。──麒麟(きりん)、と言った方が分かりますか?》


 麒麟? 以前那岐が話してた、瑞獣とか……見た者は皇帝になれるとかいう、どっかの国の伝説の?

 琥珀に向かって小さな声で尋ねる。


「麒麟、なのか? 一角獣(ユニコーン)とかではなく?」

《そうですね、一角獣ならば凱斗さんには近付けません。その体躯の毛色が黄色い場合は麒麟、赤い場合は炎駒と呼ばれるようです》


 色によって呼び方が変わるのか、面倒だな。

 じっと俺を見つめる黒い瞳に、全く敵意はない。むしろ何事か訴えているようにも見えた。


「……で、その麒麟──炎駒が俺に何の用?」

《凱斗さんの能力(ちから)をお借りしたいとのことです》


 琥珀が教えてくれた。──なるほど、俺には全く分からない。

 この炎駒とやらの意思は読み取れないし、声も聞こえない。

 これが采希たちなら、通じたんだろうな。──何だか情けない気分になる。


(──まあ、ここで落ち込んでいてもしょうがない)


 意を決して、顔を真っすぐに上げる。


「琥珀、悪いな。通訳、頼めるか?」



 * * * * * *



「わざわざデートを中断して駆けつけたのにもう解決してるってどういうこと?」


 俺の背後で榛冴が叫ぶ。空の上とはいえ、耳元で叫ばれたのでは煩くてしょうがない。

 こいつの声はとても響くので勘弁して欲しい。

 龍の姫さんが変化したというでかい龍の背に並んで跨っているが、意外なほど寒くはない。──そう言えば、さっきの山の上でも驚くほど暖かかった。

 俺の前に居た那岐が笑いながら振り返る。


「それで、何の神様だったの? 凱斗兄さんを()()したのは」

「──……あ~、麒麟? ……の種族、って言うのか?」

「なんなの、その歯切れの悪さは」


 榛冴に呆れたような声を出された。残念ながら俺にもよく分かっていないしな。説明出来ないのはしょうがない。


「ん~~~……琥珀がそう言うから、そうなんだろうなって」

「凱斗兄さん、その麒麟が何の用だったの?」


 再び那岐に聞かれ、にやりと笑う。


「それは秘密」

「「はあ?!」」


 俺の前後から一斉に声が上がった。

 こればっかりは、炎駒との約束だから仕方がない。

 俺だって神様との約束を反古(ほご)にする度胸はない。何の神様かは知らないが、琥珀は『神に並ぶほどの神獣様です』とか言ってたし。

 それに──いつか俺が困ったら呼べ、って言ってくれたしね。神獣を呼べるとか、格好いいじゃん。


「それにしても榛冴、俺の居場所がよく分かったな」

「──呼びに来たんだよ」

「は? 誰が?」

「貴人。天乙貴人が僕を呼びに来たんだ。正確には僕に貴人が降りてきた」

「…………」


 ──なんで榛冴に降りてくんだよ。

 憮然とした俺の背中で榛冴が憤慨している。


「もう、二度と、嫌だからね! 勝手に降りてきて、自分の意思では身体を1ミリも動かせないし、ものっすごい苦しいし、呼吸もロクにしてくれないんだよ! あんなモノ、二度と嫌!!」


 ──へ? そんなに酷かったかな?


「仕方ないよ榛冴、おそらく僕や采希兄さんでもそうだったと思う。貴人の気に負けちゃうのは仕方ないよ。凱斗兄さんは特別」


 那岐の背中から那岐の顔を覗き込む。


「え? そーなの?」

「うん、采希兄さんがそう言ってた」

「へぇ……」


 思わずにんまりしてしまう。──そうか、俺は特別だったのか。

 でも、なんで貴人が急に降臨したんだ?

 俺の肩に乗った琥珀に視線を投げると、心得たように説明してくれた。


《凱斗さんの転移に失敗した炎駒さまからの依頼で、マスターが手を貸しています。私を通して炎駒さまの元に運ぶと共に、貴人を榛冴さんに降ろしたようですね》

「なんでわざわざ貴人? ほかの連中じゃダメなのか?」

《生憎と、私は存じ上げません。采希さんには情報が届いているのではないかと》

「そういや、その采希は?」

「置いて来た!」


 きっぱりと那岐が応える。


「置いて……?」


 魂魄だけの采希をどうやって?


「榛冴に貴人さんが降りたのに采希兄さんが気付いて、榛冴を捜しに行く途中で琉斗(りゅうと)兄さんに会ったから、そのまま預けてきた」

「──よく采希が了承したな」

「なんか騒いでたけど、身体のない兄さんを運ぶのは大変だったし。琉斗兄さんが居たからちょうどいいや、って。なんか、血だらけだったから家に帰るんだと思って」


 思わず吹き出してしまった。

 那岐と違って采希の魂魄が視えないであろう俺の弟(琉斗)が、どれほど困惑し焦ったかを想像してしまった。


 大の男が両手で何かを捧げ持つようなポーズでそろそろと歩いている。絶対、怪しい。

 それが自分じゃなくて、本当によかった。

 病院嫌いの琉斗は、歩ける状態ならまずは家に帰るだろう。それなら采希とも合流しやすい。


 そういえば、須永にも今回の一件をどう説明するか考えなくちゃな。本当の事は言えないけど。


「んじゃあ、さっさと(うち)に帰りますか!」


 意気揚々と告げる俺の耳に、琥珀の口から采希の声が聞こえた。


《──っざっけんな、凱斗! 俺の身体! どこに放り出して来たんだよ!!》


 …………あ。

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