第43話 断絶する部屋
「采希兄さん、このフロアには居ないらしい」
少し疲れた様子の榛冴を促し、采希は階下へ進むべく建物中央の階段へ向かう。
「じゃあ別の階層ってことか?」
「ざっと探っただけなんだけど、建物内部には凱斗兄さんの姿が見当たらないんだよね」
「──ここじゃなかったってことか?」
「ううん、この場所で正解だよ。凱斗兄さんの匂いがするからね」
首を傾げる采希と榛冴に、那岐が自信満々に笑う。
「凱斗兄さんの残り香だけなんだけどね、ここにいるのは確実。このビルに入っているのに、出て行った形跡がないから。ここまで分からないのは、密閉に近い空間にいるからだと思うんだよね」
「……密閉?」
那岐の言葉に、采希の記憶の琴線が反応する。
「榛冴、さっきと同じだ」
「は? 何が?」
「お前の眼で見えない場所、それを探してくれ」
「見えない場所って、透視出来ない部屋ってこと?」
「そう。それと那岐、お前は電磁波に囲まれている場所を探せるか?」
「電磁波? ……えっと、波長は分かる?」
「……マイクロ波だったかな? 多分、壁の内部に電気を流したコイルが張り巡らされている部屋があるんじゃないかと思ってる」
「壁の内部が空洞ってこと?」
「そう。おそらく壁には鉛が使われていると思うんだけど」
「了解!」
采希と那岐の会話で、榛冴は以前に読んだ何かの記事を思い出す。確か、古い超能力実験の記事だったはず。
警戒しながら階段のあるホールに辿り着くと、そこには女が一人蹲っていた。采希たちを見て、怯えた声を上げる。
よく見ると先程動物霊を呼び出した女で、まだ高校生くらいに見えた。かちかちと歯のぶつかる音が聞こえてくる程、震えている。
「君、さっきの……どうしてこんなとこに? 具合でも悪いとか?」
榛冴が声を掛ける。口調は心配しているようだが、相手ときっちり距離を取っている。
「まあ、あんなモノ見せられたら具合も悪くなるか。君、うちの兄をどこに連れて行ったのか、さっさと教えてくれる? そしたら見逃してあげなくもないけど」
イラついている榛冴は、急に口調を変えて両手を腰に当てる。
「まあ待て榛冴、怯えているお嬢さんに対してそんな言い方はよくないぞ。ここは俺に任せて──」
「いいから、除け」
采希は少女の傍に屈み込もうとした琉斗の尻を蹴飛ばし、場所を空けてもらう。
何やら恨み言を呟いている琉斗を無視し、少女の顔を覗き込んだ。
「──あんまり手荒な真似は、したくない。俺たちはあんたが知ってることを教えて欲しいだけだ。協力してくれ」
少女が、怯えた眼で采希を見返す。
「……あんな眷属を使役してるんだから、自分で捜せばいいじゃない」
「いや、残念ながら、使役している訳じゃない。彼らには手伝ってもらっているだけだ」
「……手伝い……?」
「ああ。あんな大きな存在、あんなに大きな力を人間ごときが使役するとか、傲慢すぎだろう。あんたんとこの教祖様は使役しろって言ってるのか?」
「……教祖じゃない。師父様よ。師父様は、神様と呼ばれる存在は古来よりヒトに使役されて来たんだからって……。力のある者が使役するのが当然だって」
采希はちょっと天を仰いで溜息をつく。
(どんな教え方だよ……まだこんな若い子に)
呆れると同時に怒りがこみ上げてくる。
ここで議論している場合ではないので、采希は膝に手を掛けてゆっくりと立ち上がった。眼を眇め、少女を見下ろす。
「あんたが何を信じようが、勝手だけどな。使役しようとしたお前らと、力を借りているだけの俺との間にどれだけの違いがあったのか、ゆっくり考えてみろ」
少女をそこに残し、階段を降りて行く。後で面倒な事にならないよう、少女には強制的に眠ってもらった。
「榛冴、那岐、場所は特定できたか? 時間が掛かるようならどこかに落ち着いて──」
「「地下だね」」
二人から同時に応えが返ってくる。
「地下?」
「全く内部の確認できない部屋があるよ。座敷牢みたいな感じでもなく、普通の部屋みたいなんだけど。他にも視えにくい場所はあるけど、完全に遮断されているのは地下の部屋」
「うん、多分僕が見たのも同じ場所だと思う。見た目は普通の部屋だと思うんだけど、壁の内部に采希兄さんが言ったような細工がされているみたい」
「んじゃ、地下まで真っすぐ行くか」
階段を降り始めた采希の腕を、琉斗が引き寄せた。
「──っおい、危ないだろ!」
「教えてくれないか? お前たちがさっきから言っている、そのおかしな部屋は一体何なんだ?」
いつもの琉斗の質問癖が始まった、と采希は面倒に思った。
「後で……じゃ、ダメですか?」
「今、だな采希。凱斗が囚われている場所なんだろう? だったら俺も知っておく必要がある」
「はい、正論ですね。──昔な、何かで読んだことがあるんだ。透視を妨げる壁ってヤツ。仕組みも理屈もよく分からないんだけどな、鉛は透視できないらしいんだ。コイルは電磁波を発生させるためで、どうやら透視ってのは波動というか、対象に気のようなものを当てて読み取っている場合が多いらしくて……」
「…………」
「理解できなくて固まるくらいなら、最初から聞くなよ」
やれやれと首を振りながら采希が歩き出すと、今度は肩を強く引かれた。
「おあっ! 危ないっつってんだろが琉斗!」
「采希兄さん」
「あ? 榛冴、どうした?」
榛冴が何やら思いつめた表情で采希の肩を掴んでいた。
「あの、さ……」
とにかく前に進むように、采希は榛冴を顎で促す。
並んで階段を降りながら、榛冴が口を開くのを待った。
「僕も、武器になるような物が欲しいなって……」
「武器? お前のお札、かなり役に立ってるぞ。俺も助けられたしな」
「うん……でもさ、さっきみたいに敵に囲まれたら意外と不便かなって。あんな若い女の子も闘っているのに……」
榛冴の気持ちがよく分かったので、采希はちょっと笑って頭をぽんぽんと叩く。
「闘うってのは、何も力任せに相手をなぎ倒す事じゃない。冷静に状況を視ることがどれほど重要か、お前にも分かるだろ?」
「──うん。それでも自分の身は自分で護れるようにしたいんだ……怖いけど」
真剣な言葉には真剣に応えるのが礼儀だと、采希は榛冴に頷いてみせる。
怖がりの榛冴に使えそうな武器はどんなのだろうと考え始めた。
当然のことながら地下まですんなり行かせてもらえるはずもなく、3階と2階の間にある階段の踊り場で挟み撃ちにされた。
「那岐、琉斗、ロキ、前の奴らを! ヴァイス、俺と来てくれ!」
前方、2階から向かって来たのは手に手に竹刀や棍、トンファーなどを持った武装集団。ならば、こちらも武闘派で問題ないと、那岐と琉斗に任せる。
後方、3階からの連中は、またも金剛杵や錫杖のような物を手にしているので、おそらく何らかの術を使うのだろう。こちらの方が数も少なかった。
采希は背後に榛冴を庇うように陣取った白虎の前に立つ。
全員が、何やら唱えながら気合いを発しているが、先程と同じように何も起きない。
「いや、さっきの連中もだけど、お前ら一体何がしたいんだ?」
『効いていないぞ!』『どういうことだ?』と口々に喚きたてている。
《そのような付け焼き刃の真言や祝詞がなんの役に立つというのだ? 紛い物では勝てるなずもないと、聞いておらなんだか》
龍神の声が踊り場に響く。巨大な龍の頭部が浮かび上がったのが見えているらしく、采希の頭の上に視線が集中していた。
「そっちの攻撃が効かないのなら、俺に負けても文句はないって事でいいな?」
采希は静かに宣言し、上目遣いに笑ってみせる。
《采希、真言を》
「ナーガ、殺すなよ」
《──承知した》
長く伸びた独鈷杵を身体の前にかざす。
采希の気を通すと金色の光を帯び、龍神の気が流れ込んでくるのが分かった。
「おん あみり たてい ぜい から うん。なうまく さまんだ ばざら だん かん!」
詠唱と同時に独鈷杵を横に薙ぐ。金の光を纏った気の斬撃が一気に襲い掛かった。
一掃された白作業服集団を嫌そうに見ながら、榛冴が采希の横に立つ。
「采希兄さん、それって僕には使えない?」
采希の手に握られた独鈷杵を指さした。
「あぁ? これは……ああ、なるほど。要は近接じゃなくて遠隔戦用の武器が欲しいのか」
「うん、あまり体力には自信がないし」
采希は心得たように頷いた。
「それなら、お前に合いそうな武器があるな」
榛冴にお札を出させる。その手首を掴んで手の平が向き合うように角度を変える。
采希の手を添えたまま、榛冴の気とお札を使ってイメージすると、榛冴の両手の間に金属っぽい輪が現れた。幅広だが厚みはない。
「……兄さん、これは?」
「円月輪。回転させながら相手に投げるんだ。気でコントロールできるから、お前の所に戻ってくる。本来はこの輪の外周は刃なんだけどな、それじゃ殺傷力が高すぎるから、これは潰してある」
屋上で襲ってきた連中が使っていた苦無にしようかとも考えたが、こちらの方が榛冴には合いそうだと思った。
「どうやって使うの?」
「フリスビーの要領、だったかな? 中に指を入れて回しながら投げる方法もあったな」
「それは榛冴の武器か? かっこいいな」
2階の白作業服集団を一掃した琉斗と那岐が、踊り場まで戻って来た。
「……榛冴、これ、ちゃんと練習しないと危ないからね」
「そうなの?」
「うん、うまく投げられないと、味方に当たる」
「それはマズいよね。練習する時間がないけど」
采希は、小さく溜息をつく榛冴の肩に手を掛けた──つもりだった。
* * * * * *
(──何が、どうしたんだ?)
どこかの会社の社長室のような場所に立つ采希は、状況が飲み込めずに呆然としていた。
大きなデスクに壁を埋め尽くす本棚。革張りのソファが置かれた応接セット。
デスクに座っているのは還暦に近いような男性。髪は黒々としているようだが、その皮膚の質感が年齢を感じさせる。
その隣にはラクダのような長めの締まりのない顔をした男が、ガニ股でだらしなく立っている。
榛冴の肩に置こうとした采希の手は、そのまま何の抵抗も無く振り下ろされて空を切った。
そして気付くとこの部屋にいた。
(一瞬でここに移動させられた……?)
じっと采希を見つめる初老の男を見返す。どこかの総司令のようにデスクに肘をついて指を組んでいる。
「──上代采希くん。はじめましてだね。早速だけど、君の力を見せてもらった。だけど、力の使い方が良くないね。そこで、私たちが君の力をうまく使えるようにお手伝いをさせてもらいたいと思ってね、招待させてもらったよ」
延々と続く猫なで声を、采希はほとんど聞いていなかった。
こいつが師父と呼ばれていた男なのか、と思いつつ、周囲の気配を探る。
采希の身体は、何か不可視の篭の様なもので囲まれていた。
おそらくは結界のつもりなのだろうが、身体の中に白虎を擁した采希には大した効果はない。しかも隙間だらけだった。これが全力の結界だと言うなら、術者の力量はたかが知れている。
それでも采希は相手の出方を窺うつもりで、じっと様子を見ていた。
「力の使い方? 効率が悪いとか、そういう事ですか?」
気味の悪い話し方だと思いながらも、話が途切れたタイミングで采希は物憂げに問い返す。
男はさも面白そうに笑い、首を横に振る。さてはこいつの望む質問をしてしまったか、と采希は舌打ちしそうになった。
「いや、そうじゃない。君ほどの力をそんな些細な事に使っていることだよ。君の力は、もっと人類のために使うべきだ。我々はその手伝いをしてあげようと提案しているんだよ」
采希の感覚は、この部屋の隣にある部屋に集中していた。
そこには十人ほどの、ちゃんとした能力者。先程までの思い込みだけの戦闘員とは違う。
一人ひとりはそんなに強い力ではないが、十人もいればその力は那岐に及ぶかもしれないと思った。少なくとも、実際にここまで采希を運んでいる。
ここで無駄に暴れても徒労に終わるのは間違いない。
おまけに、デスクの横に立つラクダ男は上着の中に銃を所持している。
この部屋も、凱斗がいると思われる地下の部屋と同じように、鉛と電磁波に包まれている。采希を捕えた後に電流を流したのだろうと考えた。
(榛冴と那岐に見つけられないように、ってことか)
自分の中にいる白虎が何の制約も受けていない事を確認し、采希は師父らしき男から視線を落として後頭部を掻いた。
隣室にいる能力者の中で気を視る事の出来る者がどれだけいるかは分からない。
可視化したとしても実体のない白虎に気付かない可能性はあった。
何より、本気で采希を捕らえるにしてはお粗末すぎる気がして、まさか凱斗の洗脳がもう終わっているのか、と不安になった。
その瞬間、かすかな気配を感じて采希はほんの少し視線を動かした。
「俺の力を世界平和だか何だかに使うために、凱斗を拉致したんですか?」
「拉致? そうではないよ。君も凱斗くんも、そして那岐くんたちも、全員に協力して欲しいんだ。あの山の、龍を封じた結界を解いた力は素晴らしかったよ。あれはね、私の先祖が施したモノだったんだ」
その言葉に采希はぴくりと反応してしまった。
「──覚えがあるようだね」
「……じゃあ、あなたは陰陽師ってわけですか? 大宅中将の子孫の」
声に出して言ってみたものの、采希の中の何かが違う、と告げる。
なぜそう感じたのかは説明できなかったが、この男は違うと、そう思った。
「よく分かったね! そうだよ、まさか先祖の名前まで当てられるとは思ってもみなかった。君はどれだけの力を秘めているんだ。素晴らしい!」
単にその名前を知識として知っていただけの采希は、白けた気持ちで男から微妙に視線を外した。
この会話で、先日からの疑問が解けたと思った。
地龍が封じられていた結界は、巫女のあきらには鬼門──それはあきらではなく、恐らくは巫女の眷属である瀧夜叉姫にとっての鬼門だったのだろう。
そして瀧夜叉姫を封じたのは大宅中将光圀、陰陽師だ。
だけどこの男は違う、子孫などではないと、采希は確信していた。
「……それで、ご先祖の結界を破った俺に、復讐でもしたいんですか?」
「そうじゃない。さっきから言っているだろう、君の力になりたい、君に協力させてもらいたいんだ」
話を合わせるように会話を続けなからも、男の隣で腕組みしながらガニ股で立つラクダ男のニヤついた顔が采希の気に障った。
采希の一番嫌いな嘘と欺瞞と狡猾さに満ちた気配だった。
特に気を操る能力もない、ただの身辺警護のようだ。しかも直情型らしい。
「協力ですか? 俺の力を利用してこの世を支配したいんですよね? それって、『協力する』とは言えないと思いますけど。そんなにすごいご先祖がいるなら、自分でどうにかすればいいんじゃないですか?」
可能な限り蔑んだ眼で見つめると、男の薄い眉がぴくりと吊り上がる。
「君の従兄弟の凱斗くんの中にある力、あれは素晴らしい。彼こそ、新たな我々の御神体に相応しいと思わないか? 彼の望む生活を、我々は与えて差し上げることが出来る。もちろん、君の協力があった上でのことだがね」
「凱斗を人質にして俺に何をさせるつもりかは知りませんが、こんな怪しい集団に養ってもらう義理はありません」
「てめぇ! ふざけんな! さっきから何様のつもりだ!」
ラクダ男がいきなり激昂する。慣れない手つきで銃を取り出し、采希に銃口を向けた。
「おい、やめろ!」
男が止める間もなく、ラクダ男が発砲した。
(──やっぱりね、計算通りの短絡思考)
銃弾は、采希の頬を掠めた。
師父と呼ばれた男の怒鳴り声が響く。その声に、隣室から隠れていた者たちがバタバタと飛び出して来た。
黒い作業服のような揃いの服を着ている。そのうちの数人がラクダ男を取り押さえた。
「すまない、采希くん。このような狼藉を働くつもりは無かったんだ。この男は即刻処分を検討して……」
「いや、今ですね」
「…………」
「何故このような者を護衛としているのかは甚だ疑問ですが。人を見る目もない人物の下に付くなど、普通に考えられないと思いませんか? 今すぐ、処分してほしいですね。こんな狂人がいたら、この場にいることすら安心できません」
「……いや、しかし」
「何を心配されているのか分かりかねますが。そちらの方々は俺の能力を抑えているのでしょう?」
床に這いつくばるラクダ男の罵声を聞きながら、采希は冷たく言い放つ。
確かに隣室に控えていた者達は采希の力を封じ込めようとしていたが、采希に何の影響もないことには気付いている様子はない。
「……分かった。おい、連れて行け」
頷いた二人の黒作業服がラクダ男の両脇をホールドして外に連れ出す。
重そうな扉からかちりと音がして、何かのロックが外れた。
その大きな扉が、わずかに開いた瞬間に采希は叫んだ。
「琉斗! 俺の封印を開けろ!」




