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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
第7章 封印の守護者
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第35話 瘴気の檻

 日が暮れても琉斗(りゅうと)が起きる気配はなく、采希(さいき)はその辺の枯れ枝を集めて焚火を熾す。

 膝を抱えて座る采希の両肩には、紅蓮と琥珀が座っている。

 龍神ナーガの話によれば、琉斗への情報伝達(プログラミング)は終わっている。琉斗の脳が今、その情報を処理しているのだろうと考えられるとのことだった。

 ただし、采希の力を制御するには琉斗では経験値が圧倒的に足りていないため、情報は持っていてもすぐには使えないらしい。

 やはり那岐の方が良かったか──と嘆息しつつ、脳に直接情報を流すと聞いた采希は不安になる。

 目覚めたらいきなり別人のようになっていたらどうしよう、などと考え込んでいた。


《それは余計な心配だと思いますよ》


 小声で琥珀に諭される。


《力を得ても、琉斗さんは琉斗さんです。急に賢者のようにはなりません》

《元が琉斗だしね》


 紅蓮も琥珀に同意して笑う。


「それもあるけどな、いきなり力を持ったら性格が変わって闇に墜ちるとか、そういう設定、SFにはよくあるだろ?」

《琉斗さんに限っては──》

《ないね》


 同時に否定され、采希は本当にそうだろうか、と訝しむ。

 紅蓮が眠ったままの琉斗を指差して続ける。


《さっきまで琉斗の腕に装備されてたから伝わってきたけど、もう笑っちゃうほど喜んでた。これで采希を助けることが出来る、って。だから自分のために使うって発想は琉斗にはないと思う。基本的に采希のための能力だし》

「…………」

《琉斗は采希の【鍵】で、采希のためだからこそ自分の力を役立てる事ができるって、今頃はきちんと理解してるよ、きっと》


 ぱちぱちと、焚火の炎が爆ぜる。

 バカがつく程に素直で真っすぐな琉斗の横たわった姿が、焚火で照らされていた。

 琥珀たちが言うように、余計な心配なのだろうとは采希も思う。それでも不安な気持ちは変わらない。改めて封印を施したという巫女の言葉を思い出す。


「封印の鍵……どんな仕組みなんだろうな。ある程度は鍵なしで使えるって──」


 采希の右肩で、紅蓮がびくりと身体を震わせた。

 同時に琥珀が空を見上げる。


《采希!》

《采希さん》


 何があったのかと()(ただ)す前に二人が肩から浮かび上がって、采希の正面に移動する。


那岐(なぎ)の気配が途切れた》

《シェンさまから緊急の伝言です》



 * * * * * *



 采希が焚火の炎に照らしだされる琉斗の顔を眺めていると、ふいにその眉が寄せられた。

 ぴくりと身体が動き、ゆっくりと眼が開いた。

 琉斗は眩しそうに焚火から眼を逸らし、視界に采希を認めて微笑んだ。


「……采希」

「起きたか」


 琉斗は腹筋だけで身体を起こし、眉根を寄せる。


「……身体が、痛いな。あちこちが筋肉痛のようなんだが」

「俺には寝ていただけのように見えたけどな。どんな情報だったんだ?」

「……言葉ではうまく表現できない」

「まあ、そうだろうな。ところで、その筋肉痛の身体、動かせそうか?」

「……? ああ、何とか。……どうかしたのか?」

「動けるなら、帰るぞ」

「帰るって、うちにか?」

「そう」

「もう遅い時間のようだが……今日はこのままここで野宿なのかと思っていたぞ」

「そのつもりだったんだけどな。──そうもいかなくなった」

「……采希?」

「お前が寝ている間にな、那岐が紅蓮を通して繋がっていたんだけど……急に途切れた。同時にシェンから連絡があって、うちの近隣一体がおかしなことになっているらしい」

「……!」


 黙って琉斗に手を差し出す。琉斗が采希の手に触れるのを見計らって、采希はさっき視た光景を再生する。


 空からの景色だ。上代家のある地域、その学区全域を覆うような、巨大な半球の黒いドーム。その表面は生き物のように絶えず蠢いている。


「……これは?」

「おそらく、瘴気の塊。この地域のどこかから噴き出した瘴気で、囲まれたんじゃないかって事らしい。巫女殿の『後ろにいる人』がシェンを通じて教えてくれた」

「後ろ? ……守護霊とやらか?」

「いや、違う。守護はしてるけど霊じゃない。あれは……高次元生命体? そんな感じだ」


 采希の説明が理解出来ない琉斗は、一瞬、顎を引いて眉を顰める。


「……巫女は、どうしたんだ?」

「俺たちのために力を使い過ぎて爆睡中」

「……采希、のんびりしている場合か? あんな気味の悪いモノの中にいるなんて、急いで帰らないと大勢の人が──」

「あれな、普通の人にはすぐに影響はないらしい。ヤバいのは俺たちみたいな一定の力を持つ人間らしいんだ」

「だったら! 凱斗も榛冴も那岐も──なおさら急がないと!」

「……」

「采希!」


《だからと言って、準備もなしに罠に真っすぐ飛び込んで行くのは得策とは言えんな》


 頭上からの声に、琉斗が慌てて空を見上げる。


「龍神! しかし……! ────罠、だと?」


 琉斗が眉間を寄せて眼を見開く。


《巫女が采希の封印を一度解除して掛け直した……そのわずかな瞬間に気付かれたようだな。決してガードが甘かった訳ではなかったが──余程采希の力を欲していたとみえる》

「誰がだ? 誰が采希を……いや、それを聞いている時間も惜しいか。あれは采希を、捕らえるためのものか?」

《さっきからしばらく様子を見るよう、采希に言っているのだが》


 思わず息を止めた琉斗の隣で、采希が呟く。


「どのみち、このままにはしておけないんだし、俺はすぐにでも帰りたいんだけどな」


 采希の言葉に龍が大きなため息をついた。


《だが……せめて巫女が目覚めるまで待て》


 采希は静かに首を横に振る。巫女は何時(いつ)、目覚めるかわからない。

 ただでさえ自分たちのために消耗させてしまったのに、目覚めるのを待ってこれ以上どんな負担を強いるのかと考えた。


「これは、俺の問題だ。あまり頻繁に巫女に頼るのはダメなんじゃないかと思う。どうしようもなくなったら、ちゃんと力を借りるつもりだ。だからお願いだ、行かせてくれ、ナーガ」


 無言のまま龍が采希を見おろす。

 采希たちの周囲は、龍の結界に覆われていた。采希たちをあの瘴気に囲まれた地へ行かせないための、優しい結界だった。

 心配されているのが分かったので、采希も無理に結界を壊す気にはなれなかった。


 穏やかに説得を続けようとする采希の前に、きらきらと光る光の粒子が出現した。

 その光が集まって徐々に形を浮かび上がらせる。


 現れたのは、夜の闇の中でも輝く白銀の狼。

 采希は驚きながら小さくその名を呼んだ。


「……ロキ?」


 巫女の守護をしているはずの白狼は、采希を一瞥してから空を見上げる。


《龍神、巫女からの伝言だ。心配なのは理解できるが、此奴(こやつ)らを信頼しろと。それと今一つ、これより我は此奴の守護にあたる。それでも足りぬか?》


 白狼・ロキが示したのは、琉斗。


「ロキが琉斗の守護? 巫女殿はもう目覚めたのか?」

《いや、まだ身体は眠ったままだ》


 采希の問いに答え、白狼は再びナーガを見上げる。


《お主も采希の守護としてついて行くつもりだったのであろう。ここで問答していても仕方あるまい》


 琉斗は、突然現れた白狼とその申し出に思わず半開きにしていた口を、きゅっと引き結んだ。

 龍が肯定するようにゆっくりと頷いた。


《では采希、守護を受けると言ってもらいたい》

「は?」

《お前の意思に反して力を貸す事は出来ないのでな》


 そんなルールがあったのか、と思いながら、以前にも似たような事を聞いた気がした。


「あー、なんか、大事(おおごと)みたいになってるようなんですけど。別に怨霊大戦争とか、そんなんじゃないだろ」

《似たようなものだ。何者かが()の地に大量に瘴気を集めているようだからな》

「それって、何モノなんだよ」

《分からぬな。それを確認するためにも我が送り込まれた。──琉斗とやら、よろしく頼む》


 白狼をじっと見つめていた琉斗が、頷きを返す。


「話には聞いていたが……巫女の守護殿、だな? 俺の、守護について頂けるのか?」

《そうだ、ひとまずこの件が終息するまでの間だが》

「こちらこそ、よろしくお願いする。──ロキ、と呼んでよろしいのか?」


 白狼を見返す琉斗の眼に、強い意思と(みなぎ)るやる気が見えた気がして、采希は何故か頭を抱えたくなった。


「……お前、随分あっさりと受け入れるんだな。この状況、分かってんのか?」

「分かっているぞ。俺たちだけではどうしようもないだろうという事もな」


 采希にもそれは分かっている。それでもこの状況を違和感なく受け入れる琉斗に、諦めたように両手を上げてみせた。





 夜明けが近い。東の空の遠い稜線が濃い藍色を背景に浮かび上がる。

 地上を移動したのでは邪魔が入るかもしれないとの忠告に従い、采希は龍の力で作られた空の道を白虎の背に乗ってひた走る。

 すぐ隣には白狼に跨った琉斗がいた。

 真剣な眼差しで前方を見つめていると、間もなく進行方向の遥か先に、黒い塊が見えて来た。

 ふと琉斗が左手に視線を落として、采希の方を見た。


「采希、どうやら那岐と繋がったらしい」

《采希兄さん! もしかして近くまで来てる?》

「那岐! そっちの様子は? 無事か?」

《みんな無事だよ。外に出ると息苦しくて気分が悪くなるから、みんなで母屋に籠ってる。姫さまと榛冴(はるひ)がいるから外の様子は把握しているよ。普通の人は平気みたいなんだけど、ちょっと人より勘がいいとか、霊力のある人達は瘴気の影響を受けそう》

「そこから出ることは出来ないのか?」


 琉斗の言葉に、那岐が一瞬考えるように間を置いた。


《出られるとは思う。僕と凱斗(かいと)兄さんならね。でも……》


 榛冴と母たちは出られないのか、と理解した。

 那岐なら、その力で瘴気の壁を破って飛び出せるのだろうと采希は思った。

 それでも、那岐の力をもってしても自分が抜け出すのが精一杯であることも容易に理解できる。

 凱斗には瘴気は影響しない。難なく壁を通り抜けられるが、それだけだ。


《僕は中からこの塊をどうにか出来ないか、考えてみるよ。その方が効率が良さそうだし》

「わかった。悪いけど、みんなを頼む」

《了解!》

「……聞いての通りだ。何とかしてあいつらの所に行かないと。──急ぐぞ」


 采希の言葉に白虎と白狼が、ぐんっとスピードを上げる。


 やがて視界のほとんどを、表面が生き物のように蠢く巨大な黒いドームが埋め尽くす。

 白虎から采希に警告の意識が流れ込んで来る。

 その言葉ではない警告に従って少し前方の地上を見ると、妙な黒い靄が立ち上っているのが見えた。


「どうやら、待ち伏せ要員もいたようだな」


 そう呟くと、琉斗が白狼を采希のすぐ脇に寄せた。

 龍神の助力によって練り上げられた闘気を、采希の右手から琉斗の左手に渡す。


 明るくなりかけた空を背景に采希が見たのは、左眼が紫、右眼が藍色になった琉斗の瞳だった。

 空の色が映り込んだのかと采希は思わず自分の後ろを振り返る。

 白虎と白狼がタイミングを心得たように互いの距離を取ると、琉斗が身体の正面で左手のバングルに手を当てる。そのまま右手を横に薙ぐと、その手には日本刀が煌いていた。


「……刀ぁ? 紅蓮、それは『少し修正』ってレベルじゃないだろ」


 采希が呆れた声を上げるが、琉斗は満足そうに抜き身の日本刀を眺めている。


《来るぞ!》


 ロキの声と同時に正面から黒い靄がこちらに向かって来るのが確認できた。

 いくつかに千切れるように分離した靄がそれぞれに収束し、個々に異形の化け物のような姿になる。


「采希、後ろだ!」


 琉斗の声に振り返ると、正面と同様に化け物が近付いて来ていた。


「琉斗、お前は正面を──」

「任せろ!」


 白虎が空中で身を翻して後方の化け物に対峙する。

 采希が左手を振ると、一瞬で琥珀が弓となってその手の中に納まった。

 弓を構えるとナーガの声が脳裏に響く。


《采希、狙うのは的のやや上方だ。大日如来の真言を》


 采希は迷う事無く、龍の声に従う。


「おん あびら うん けん!」


 引き絞られた弓から放たれた矢は、上空で無数に分かれて化け物どもに降り注ぐ。

 あっという間に複数の化け物を消し去り、ほんの一瞬で終息した闘いに、采希は思わず眼を(しばたた)かせた。


「……これ、ナーガの力か?」

《ああ、琥珀の矢はその矢に乗せた力によって、様々に変化することが出来る。──今の感覚を忘れるな》

「じゃあ、もしかして他にも──」

《用途に応じて使うことが可能だ》


 ふと采希が右手に装着された弓掛を見ると、手の甲の部分が金の鱗のようになっていた。おそらく龍の力が加わったためなのだと采希にも分かった。

 前方に向き直ると、琉斗が化け物をあらかた片付けていた。残りを琉斗の邪魔にならないように、琉斗の少し上空から射抜く。


「片付いたか」


 琉斗は全く疲れた素振りも見せない。

 刀を振るう分、采希よりも確実に体力を消耗しているはずなのに、とほんの少し悔しくなった。


 紺碧から鮮やかな茜色に染まり始めた空を背景に、真っ白な狼に跨った琉斗が刀を手に遥か前方の巨大な瘴気のドームを睨みつける。

 その隣で采希は、琉斗とは対照的に憂鬱そうに呟いた。


「まだ片付いてないな。これからだ」


 その言葉にちらりと采希を見て、琉斗が不敵に笑う。


「ああ、そうだな。──では、行こうか」


 刀を持つ右手を目線の高さに上げ、前方を指し示す。

 ほんの僅かに昇った太陽が放つ金の光を受けて、紅蓮が金色に煌いた。

 あまりにも巨大な瘴気の塊に、采希はほんの少し身震いした。


 軽く眼を閉じて大きく息を吸う。

 采希の周りの気配を確認する。白虎、白狼、龍神、琥珀と紅蓮、そして、眼を閉じていてもはっきりと分かる紺碧の気。琉斗の気配だった。

 こんな事態なのに、きっと大丈夫だと思っている自分に思わず苦笑した。


「──っし、行くぞ」


 真っすぐに霊獣たちを走らせる。


 自分たちの、家族の待つ場所に。

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