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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
幕間 2
36/133

見鬼の覚醒

「まだ拗ねてんのか、榛冴(はるひ)? 采希(さいき)にだって、何か考えがあるんだろ」


 凱斗(かいと)兄さんが運転席からルームミラー越しに僕を見る。

 その目は子供を宥めているように感じられて、ますます不快な気持ちになった。


「……別に、拗ねてなんかいないけど。なんで琉斗(りゅうと)兄さんだけ連れて行くのかって思ってるだけ」

「やっぱ拗ねてんじゃねぇか」


 凱斗兄さんが鼻で笑う。

 やっと采希兄さんに追いついたのに、また逃げられてしまった。

 さっきまで泣きそうな顔をしていた那岐(なぎ)兄さんは、僕の隣で姫ちゃんから采希兄さんの伝言を聞いて納得したようだ。

 何やら姫ちゃんと相談しながら、那岐兄さんの身体が時々ほんのり光っている。


 でも僕は、納得していない。

 采希兄さんが自分の封印された力を鬱陶しく思っているのは知っている。記憶が無くなっている事も、采希兄さんにしたら複雑な心境だろうと思う。

 だからって黙って置いて行かれるのは、僕らが信頼されていないような気がするんだ。


「一緒に連れて行くなら、那岐兄さんの方がいいと思うのに」


 小さく呟くと、那岐兄さんが僕の方を見た。


「兄さんは独りで行くつもりだったんだよ。琉斗兄さんが勝手について行っただけ」

「──怖がりで、采希兄さんの力を貸してもらわなきゃポンコツのくせに。何でついて行ったんだか」


 流れる窓の外を眺めながら言うと、凱斗兄さんが笑った。


「ポンコツなのは、その通りだ。──ちょっと車、止めるぞ。少し休ませてくれ」


 周りに民家もない、少し山に入った道の途中の休憩所に、凱斗兄さんは車を停めた。




「じゃ、凱斗兄さん、僕たちはその辺を見て来るから。ひと眠りしててね」


 那岐兄さんがそう声を掛けると、凱斗兄さんがひらひらと手を振って応えた。


 民家どころか、休憩所なのにドライブインのようなその建物は閉まっていた。

 駐車場に止まっている車はなく、壊れた古い自販機が放置されている。

 仕方なく、僕と那岐兄さんは通って来た道にあったコンビニまで徒歩で戻ることにした。



 僕は、見鬼(けんき)だそうだ。

 見鬼というのは、霊などを視ることが出来る能力を持つ人のことらしい。


 ある日突然何かの声が聞こえ、この世の者ならざるモノが見え始めて戸惑う僕を助けてくれたのは従兄弟(いとこ)の采希兄さんと那岐兄さんだった。

 僕の兄である凱斗兄さんと琉斗兄さんには、視る霊力(ちから)がない。


 もしも双子の兄に視えていたとしても、僕は多分、采希兄さんと那岐兄さんを頼ったと思う。

 幼い頃から双子の兄達はいつも二人でつるんでいて、二歳離れた僕は邪魔でしかなかったらしい。

 いつも立ち止まって僕に手を差し伸べてくれたのは、従兄弟の兄さんたちだった。


 だから僕は、今でも采希兄さんと那岐兄さんを頼りにしているんだ。


 普段から色んなモノを見ている那岐兄さんは、視えるのが当たり前になっているためか、説明が感覚的でよくわからない。その点采希兄さんはかなりの期間、能力を封印されていたので、那岐兄さんよりは説明が解りやすかった。

 視えているモノをどう表現したらいいか困っている時も、的確なアドバイスをくれる。


「那岐兄さんは視る時に、何か意識してる?」


 そう尋ねた僕に、那岐兄さんは『視ようとする』と答えた。そんなんじゃ、分かるわけがない。これだから感覚派の天才は嫌なんだ。

 采希兄さんからはどんな答えが返ってくるのだろうと思い、小太郎さんの家で夕飯を頂いた後、采希兄さんと散歩しながら同じ質問をぶつけてみた。

 采希兄さんは手を口元に当て、左腕を組んで真剣に考え込んでいた。


 根が真面目な采希兄さんは、どう説明したら理解してもらえるかをいつも真剣に考えて、言葉を選ぶ。

 ゆっくりと僕に向き合い、少し首を傾げた。


「榛冴はある日急に視えるようになった──って言ってたよな?」


 小さく頷く。


「多分、だけど……お前が切羽詰まった状態じゃないと発動しないのかもな。まあ、慣れてくればオンとオフは簡単に切り替わるんだと思う。那岐みたいにな。でも俺はどっちかっつーと慣れてない部類なんで、言葉ではうまく表現できない。参考になるかは分からないけど──」


 采希兄さんがゆっくりと近付いてくる。僕の頭──耳の上辺りを両手で挟み、眼を閉じるように促される。


「俺が()()()と意識する時の感覚、こんな感じなんだけど──わかる?」


 僕の額に采希兄さんの額が当てられる。両手と額、両方から采希兄さんの気が伝わり、眼の奥で何かが切り替わったような気配があった。

 眼を開けた途端、少し離れた所にいたおどろおどろしい姿の男と眼が合い、僕は声も出せずに硬直してしまった。


「お? 視えたみたいだな。──おっと」


 しゃがみ込んでいた男が、突然僕に向かって文字通り()()()来た。そして()()は、采希兄さんが無造作に差し出した左手であっさりと弾き飛ばされる。


「…………何、今の……?」

「ん~……」


 なおも暴れて飛び掛かろうとする男に、采希兄さんの右手が向けられる。ゆっくりと握り込まれた右手の動きと同時に、男の動きが止まった。


(那岐兄さんが言っていたのはこの事かな。──『縛る』とか何とか……)


 男を念で縛りながら、何事もなかったように采希兄さんが僕を振り返る。


「霊と眼が合うとな、自分をアピールしたくて寄って来るんだ」

「采希兄さん、さっきのは寄って来るとかいうレベルじゃなかったよね。あれは──」


 僕の言葉を笑顔で制しながら、采希兄さんが続けた。


「あんな風に成仏できていない連中は、生きている人間のエネルギーが欲しいらしい。だから波長が合ったりしたら持って行かれるからな、気を付けろ」


 そう言いながら采希兄さんが拳にした右手に力を込めると、男の霊は弾けるように消えた。


「エネルギー? 何のために?」

「──さあ? でも生きてるヒトの(エネルギー)は霊にとっては心地いいらしいぞ」

「でも気を付けろって言われても、具体的にどうすればいいの?」

「……榛冴、お前には管狐(くだぎつね)がいるだろ? お稲荷様の加護もあるし」


 後は自分で考えろと言いたげな采希兄さんの言葉に、僕は少し溜息をついた。


 僕は出来る限り霊には関わりたくない。神頼みしたくなることも多いけど、叶うならば神霊との関りも避けたいと思っている。

 とにかく、怖いのだ。

 何よりもさっきみたいに、『眼が合ったから』と言う理由で襲われるのは御免だ。


 なぜなら、僕には凱斗兄さんのように悪霊を跳ね除ける力はなく、采希兄さんや那岐兄さんのように真っ向から対峙できる力も持ってはいないから。

 琉斗兄さんのように無防備な体質じゃなくて本当に良かったとは思っているけど。



 そんな事を思い出しながら歩いていると、前方にコンビニが見えて僕はほっとする。那岐兄さんが僕の隣で笑顔になる。


「さっさと食べる物、買って帰ろう。そろそろ暗くなりそうだしね」


 来た時とは逆に緩く登る道の歩道を歩く。車を停めてある休憩所に向かって歩きながら、ぼんやりと考えを巡らせる。

 采希兄さんが『力なんか要らない』と言っていたのは凱斗兄さんから聞いていた。

 凱斗兄さんは自分の力をうまく使えない事が欲求不満(フラストレーション)になっているらしく、力を不要な物と考える采希兄さんの気持ちが理解できないようだ。

 僕は、采希兄さんの気持ちがよく分かる。那岐兄さんもそうだと思うが、力があるのは良い事ばかりではない。


 例えば、不浄な霊に憑かれている人が眼の前にいたとして、自分に除霊する事ができても無暗に手出しをしてはいけないのだと、祖母から何度も言われている。

 主に、大きな力を持つ采希兄さんと那岐兄さんに向けられた教えだった。

 小さい頃は『タダで除霊するとか、そんな無駄な事なんてしないよ』と思っていたのだが、単に対価の問題ではないのが今ならば分かる。


 リスクが、あるのだ。


 除霊が毎回無事に済む訳ではない。強大な邪霊も存在する。

 自分と相手の力量を見極めて、見合った対価を受け取る。

 そんな当たり前に思える事が、実はすごく難しいのだと知った。

 何より、僕は霊が怖い。

 わざわざ自分から首を突っ込みたくはない。



 自分の考えに没頭していたせいか、ふと気付くと那岐兄さんが黙って俯いたまま後ろからついて来ていた。あまりお喋りではない性格なので、僕は気にせず再び前を向く。

 大きな満月が正面に見えていた。


 ──満月……?


 僕は今、車が停めてある西の方角へと向かっている、はず。


 ──だったら、どうして満月が正面に見える? 満月が西の空にあるのは明け方に向かう時で……


 自分の不安を打ち消すように、必死に思い出す。

 さっき那岐兄さんに、『そろそろ暗くなりそう』と言われて見上げた空には、中空辺りに白い半月が見えていた。

 夕刻から間もないのに、西の空に満月が見える……?

 何より、この暗さはどういうことだろう?

 それに、この臭い。生臭いような臭いが鼻をつく。

 僕はどこに向かって……いや、それよりこの違和感だらけの状況で勘のいい那岐兄さんが黙っているはずは……。


(──!!)


 ある可能性に気付き、そっと肩越しに後ろを歩いているはずの従兄弟を振り返る。

 僕の身体からは異様な汗が噴き出し、頸から肩、背中が凝り固まったように感じた。


 ──【逢魔が時】


 文字通り、魔に出会いやすい時間帯だと言われるらしい。

 辻褄の合わないこの暗さと、あり得ない月齢の月。僕が時間軸を飛び越えたか、異界に紛れ込んだか……。いずれにしても、僕一人で解決できそうにない状況だ。

 僕の視線に気付いた那岐兄さんは、顔を上げて僕に向かって笑いかける。

 いつもの那岐兄さんとは違う、ニヤけた嫌らしい笑い顔。

 その姿に、ほんの少しブレて一瞬何かの影が見える。僕の視覚は、それを見逃すことは無かった。

 ぴたりと立ち止まって振り返る。


「お前、誰だ?」


 微笑む、僕の従兄弟に似たモノに向かって問い掛ける。


「那岐兄さんは、そんな風には笑わない。お前は、誰だよ?」


 奴はとても傷ついたような表情を作り、那岐兄さんと同じ声で僕に話しかけた。


「何を言ってるんだ、榛冴? 俺だよ、那岐だ」


 溜息をつきながら大きく首を横に振る。


「違う、お前は那岐兄さんじゃない。話し方くらい、きちんと学んでおけば? 一体誰なんだよ。兄さんをどこに……!」


 僕が言い終わらないうちに、奴の表情が醜く歪む。

 口が大きく左右に開き、鼻先が伸びて血走った眼が赤く濁っていく。その口から覗くのは並んだ犬歯。


(何てったっけ、こういうの……? (むじな)とか何とか……いや、ちょっと違うか。とりあえず、何とかして逃げなくちゃ……)


 僕の考えが伝わったかのように奴の身体が黒く膨れ上がっていく。


(──マズい! 姫ちゃん……は凱斗兄さんのとこか。采希兄さん……どこにいるか分かんない。那岐兄さん、どこ? いや、この際凱斗兄さんでもいい! 誰か!)


 僕の頭の中を怒涛の様に思考が駆け巡る。そうしている間にも膨れ上がったそれは僕の視界をすっかり覆う程になった。

 どうにかして逃げないと、と思うのだが、僕の脚は棒立ちになったまま動かない。

 頭上から巨大な闇が僕に覆い被さる。あっという間に闇に飲み込まれた。


(何、これ? 息が……)


 酷く空気が薄い。無理に息を吸い込むと、闇が身体の中に入り込もうとしてきた。

 僕の眼は自動的に闇の中で蠢く無数の影を捕えようとしてしまう。

 嫌だ、と思ったとたん、僕の視界はノーマルモードに切り替わった。つまり、僕の眼には闇以外、何も視えない。


(ちょ──マズいって! 何とかしないと……どこか出られる所……)


 気持ちが焦り、視線を彷徨わせるが、辺り一面は闇だ。次第に身体から力が抜けていくような気がした。


(まさかこんな所で──)


 僕の人生、終わるのかよ、ふざけんな。




『見つけた!! 姫さま、切り裂いて!!』


 諦めかけて眼を閉じた僕の耳に、滅多に大声を出さない従兄弟の声が響いた。


(──那岐兄さん?)

『そうだよ。諦めちゃダメだよ、榛冴』


 その台詞と同時に、目の前を光の軌跡が通る。雷のような音がして、空間が切り裂かれた。

 珍しく少し怒ったような表情の那岐兄さんが、大きな龍に跨って現れた。


「あああ、那岐兄さん!」

「榛冴、手を!」


 那岐兄さんが差し出した手を慌てて掴むと、驚くほど強い力であっさりと龍の背に引き上げられた。

 那岐兄さんの背後に乗せられ、その背中に必死にしがみ付く。


「うん、しっかり掴まってて。ちょっと荒っぽいかもだから、落ちないようにね」

「──は? 荒っぽいって……うわぁ!」


 僕たちの乗った龍は急激に上昇を始める。


(こんな所、もう御免だ……)


「さっさと逃げようよ、那岐兄さん。出口は空の上なの?」


 くるりと肩越しに那岐兄さんが振り返る。


「何言ってんの、逃げる訳ないでしょ。榛冴を取り込もうとか考えるような輩には、お仕置きが必要だよね」


 無表情なまま、口角の片方だけをきゅっと上げて笑う。

 思わず僕の頬が引き攣った。いつも優しい那岐兄さんがこういう顔をする時はロクな事がない。誰かが本気で怒らせた時の顔だった。

 案の定、急激な上昇から空中で急停止し、僕の尻は一瞬ふわりと龍の背から浮いた。


(──この感覚、嫌いなんだよね)


 再び那岐兄さんの腰にしっかりと掴まり、ふと自分が跨っている龍に意識を凝らす。


(──? あれ? この気配って……)


「……うおっ? 姫ちゃん?」

「あれ? 今頃気付いたの?」


 那岐兄さんがあっさりと答える。

 眼下にはさっき僕を飲み込もうとした大きな黒い塊。巨大で真っ黒な鏡餅に手が生えたようなその形を見下ろしながら、大きな龍になった姫ちゃんが旋回する。


「いや、だって、こんな大きな龍になるなんて……」

「ちょっと説明は後にさせてね。──姫さま、あいつが視える?」

《雑多な霊の集合体。何が中心なのかはちょっと分からない》


 ──いつもの姫ちゃんの声。少し反響してはいるが、聞き慣れた声だ。

 二人の会話に釣られて足下に視線を落とす。


「中心かぁ。じゃ、ちょっと削ろうか。姫さま、この空間に雲は呼べる? 采希兄さんの技をもう一度使ってみたい」

《任せて》


 闇の夜空に雲が集まったのは、その匂いで分かった。こんなに真っ暗なのに、黒い雨雲がはっきりと見える。

 那岐兄さんが右手で天に向かって大きな円を描く。その動きに呼応するかのように雲に光の円が映し出された。そしてそこには──。


「……雷?」

「そう、ちょっと余計なモノが集まり過ぎているようだから、削ってやろうと思って」


 那岐兄さんが右手の平を天に向けると、光の円の中に集まっていた雷の放電する光が強くなった。そのまま無造作に右手を振り下ろす。




「──那岐兄さん、まだ耳が変なんだけど」


 バカでかい雷の音を間近で受け、僕は耳鳴りが治まらない。


「ごめんね、閉鎖された空間だから思った以上に音が響いたね。僕もまだよく聞こえない」


 笑いながら那岐兄さんが言ったが、その眼は足下の物体に注がれている。

 さっきまで辛うじて巨大な達磨のような形を作っていたモノは、ぐにゃぐにゃと形を変えながらのたうち回っているように見える。


「さてと、榛冴には何が視える?」

(何が、って……どこに?)


 訝しみながら眼下の物体に目を凝らす。

 あいつの中心となっているモノを探せということだろうか?

 いや、那岐兄さんは『何が』と言った。では、あの物体そのもののことだろう。


(──僕の、眼……)


 ゆっくりと眼を瞑る。

 采希兄さんに教えてもらった時の感覚を思い出しながら眼の奥に意識を凝らす。


 ──かちり……

 何かが()()()ように感じ、眼を開ける。



「──(ぬえ)、か?」


 ぽつりと呟くと那岐兄さんが眼を見開いた。


「鵺ぇぇ?!」


 珍しく、那岐兄さんが素っ頓狂な声を上げる。


「鵺……って、何だっけ? あの、猿で狸で虎で蛇の……?」

「──そういう事は采希兄さんが詳しいよね。まぁ何て言うか……そんな感じに色々合わさっているって言った方がいいのかな。各々が変に混ざり合っている感じ」


 僕の言葉に得心したように頷く。


「なるほどね。──で、何が合わさっているの?」

「ん~~……鬼?」

「鬼ぃぃ?! は? 何それ?」


 ──毎度、いいリアクションをありがとう兄さん。


「あとは動物……四つ足が何種類かと、蛇や蜘蛛とか……何だろう、百足みたいなの。虫系も多いみたい。でも自然界にいる虫とはかなり形態が違うような……」


 言いながら那岐兄さんの方を見ると、腕組みをして考え込んでいる。


「──?」

「……蠱毒(こどく)、かな」

「こどく?」

「うん、呪術の一種でさ、毒虫をたくさん、一つの壺とかに入れて放置するんだ。密閉してね」

「……うん」

「すると虫同士で共喰いが起こる。密閉されてるからね。そうして最後に残った虫を蠱毒と呼ぶんだけど、その蠱毒を呪いたい相手の屋敷に送り込む。すると憎い相手を一家丸ごと呪い殺せるってわけ。ただし、蠱毒を飼っておくためには定期的な贄が必要だから、贄を提供するのを怠って自分に()()()くることもあったらしいけどね」


 思わず息を飲む。その作り方といい、どれほどの恨みがあるのだろう。

 何よりも、もしもさっき僕があの中に取り込まれていたら──?

 自分の想像に思わず身震いする。


「ま、ひとまずは消してしまおうか。蠱毒以外にも全て呪術に使われたモノ達らしいからね。呪いを被らないうちにさっさと片付けよう」


 物騒な台詞とは裏腹に、嬉しそうに笑いながら那岐兄さんが右手を蠢く物体に向ける。──が、怪訝そうに腕を下げた。


「──那岐兄さん?」

「……的が、絞れない。榛冴、どこを狙えばいいの?」

「え……?」


 慌てて見下ろすが、さっきと変わらないように見える。つまり、虫やらを纏った動物霊と鬼のように見える()()の塊。


「どこって……那岐兄さんなら、あのでっかい塊にも攻撃できるんじゃ……」


 兄さんがぷるんと首を横に振った。


「僕には大きすぎかな。中心となっているヤツを直接攻撃しないと。こいつらをまとめ上げているモノ──鬼とやらが中心になってるんだろうけど、僕にはその姿が視えないんだ。榛冴の()で視えない?」


 困ったように言われ、僕も困り果てた。


(そう言われても……僕にはこれ以上……)



 びくりと姫ちゃんの体躯が反応する。


《那岐、来る!》


 声と同時に姫ちゃんがその身をくねらせ、何かから逃げるような動きをした。その尾を何かが叩いたような音がして、視界が横に大きくブレる。

 反動で那岐兄さんがバランスを崩し、その身体が傾いだ。

 僕は慌てて兄さんの腕を掴もうとするが、あっという間に眼下の塊に飲み込まれてしまった。


「那岐兄さん!!! 姫ちゃん、兄さんを!」

《──無理。あの中には入れない》

「さっき僕を助けたみたいに──」

《あれは那岐の力》

(そんな……どうすれば……)


 兄さんを飲み込んだケモノや虫たちの塊を見下ろしながら、姫ちゃんが再び上空を旋回する。

 出来るだけ身体を伸ばして凝視するが、那岐兄さんの姿は見つけられない。


(那岐兄さん……)


 思わずぎゅっと眼を瞑る。すると、再び眼の奥で何かが切り替わったような気がした。



 眼下で蠢く異形の塊。

 その中に身体を丸めて横たわる従兄弟の姿が視える。

 眼を閉じたまま動かないその身体に近付く()()。那岐兄さんのすぐ近くまでずるずると移動し、こちらを見上げて笑ったその顔。

 さっき僕が鬼と認識したはずのそれは、小さな老婆の姿をしていた。


 これが本性か──。


「あいつだ。あいつが──那岐兄さん! ……僕の声、届かないの?」


 老婆は右手に神主が持つような、長い紙のついた御幣(ごへい)を持っている。──では、あの老婆がこいつらをまとめ上げている呪者で間違いない。

 眼を閉じて、意識を集中する。


(僕が、何とかしないと……)


 意を決して僕は眼を開ける。

 気を込めて右手にお稲荷様のお札を出現させた。



 お札を取り出した僕を見て、嘲るように笑っていた老婆の顔が嫌そうに歪む。

 手にしていた御幣をぶんっと振ったのが見えた。三日月のような形の黒い物体が僕をめがけて飛んでくる。


《榛冴!!》


 ──大丈夫だよ、姫ちゃん。


 左手を向けると黒い三日月の物体は、僕の直前で白いふさふさの尾で弾き飛ばされた。管狐の尾だ。

 構えていたお札を老婆に向けて放つ。

 怯えたようにこちらを仰ぎ見る老婆が、眼には見えない細い呪の檻に包まれていく。


 ほっと一息ついた僕の眼に、嬉しそうに笑いながら手を振る姿が映った。


「……那岐兄さん?」




「だから、ごめんね榛冴」

「……一体、どこからがお芝居だったの?」


 車で待っているであろう凱斗兄さんに合流するため、僕たちは再び歩道を進む。

 謝る那岐兄さんに低い声で問い掛けると、那岐兄さんは屈託なく笑いながら答える。


「僕が落ちたところからだよ。榛冴の力は危機感を持つことで発動しやすいみたいだって、采希兄さんが言ってたから」

「まぁ、那岐兄さんがあの程度で落ちるはずがないよね。もし僕が間に合わなかったらどうする気だったの?」

「うーん、間に合うって、思ってたから」

「信頼してもらえるのは嬉しいけど、那岐兄さんはもう少し、きちんと計画的に動いた方がいいと思うよ」

「……そうかもね」


 申し訳なさそうに顔をぽりぽりと掻く。

 一応、怒ったような顔をしてみせてはいるが、那岐兄さんが僕の力を引き出すために危険を冒して一芝居うってくれたことは分かっている。

 あの後きっちりと一撃で、蠱毒退治はしてくれたことだし、そろそろ許してあげようか。


「──榛冴、まだ怒ってる?」


 ちょっと首を傾げながら僕を見つめる。


「もう怒ってないよ、那岐兄さん」


 そう言うと、ほっとしたように笑った。その見慣れた笑い方に、ちょっと安心する。


 ──ああ、いつもの那岐兄さんだ。



「そう言えば、姫ちゃん、一体どうしたの? あんな大きな龍の姿になって」

「ああ、ここは山間部だから地の気が豊富なおかげみたい。ずっと采希兄さんと一緒にいて、姫さまも成長してたんだろうね」


 へええ、と感心する。もう立派な龍みたいだ。

 本体の龍神サーガラに比べると少し明るめの緑色の体躯。地龍らしい大地の色だ。

 今は那岐兄さんの肩の上で澄ましている姫ちゃんを見ながら、僕は何だか嬉しくなった。


 成長かぁ、いいな。僕も少しは成長してるのかな?


 僕の心を読んだように、再び那岐兄さんが笑う。


「榛冴も、もう少し前向きに頑張ろうね」

「……分かってる。僕も兄さんたちの足手纏いにはなりたくないからね」


 本当は関わりたくないけど、と思いながらも、やっと車を停めた休憩所に到着した。

 凱斗兄さんは車を降りて、駐車場を取り囲む柵に寄り掛かって紫煙をくゆらせていた。


「──戻ったか。楽勝だったみたいだな」


 無表情でそう告げられ、僕は思わず那岐兄さんを振り返る。


「大丈夫だよ。どうやら車に載せてある采希兄さんの荷物に残った気配に、釣られたみたいだった」

「んじゃ、もういいな。出発するぞ」


 ──どういう事?


 眉間に皺を寄せて睨みつける僕に、凱斗兄さんはふっと笑って無言で運転席に乗り込む。


「ごめんね榛冴。何かが僕らを追って来ているのが分かったから、片付けようと思ったんだ。うちまで連れて帰る訳にはいかなかったしね。凱斗兄さんも気付いてたから、ここで待っててもらったんだ。榛冴の訓練は采希兄さんにお願いされてたから、一緒に──あれ? 榛冴?」


 にこにこと説明をしてくれる那岐兄さんを下から睨みつけ、僕は黙って車の後部ドアを開けた。


 力が使えなくてイラついていたくせに、見鬼の僕よりもきちんと事態を把握しているって、どういう事?

 凱斗兄さんって、ホントに何者なんだよ。


 嫉妬と八つ当たりに満ちた目線を送る僕をルームミラーで確認した凱斗兄さんが、僕に向かってウインクした。


 やめてくれ。可愛くはないから。

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