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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
第5章 呪縛する想い
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第25話 途切れる年輪

「うおおおおお!」


 琉斗(りゅうと)の叫び声と共に空間の切れ目が拡がる。

 紅蓮が変化(へんげ)した木刀を手にした琉斗の姿が空間の隙間からも見えた。


「だーかーらー! 誰が力任せにしろって言ったのさ! もう少し頭を使ったらどうなの、琉斗兄さん?」


 榛冴(はるひ)のイラついたような声が聞こえた。


采希(さいき)兄さん!」


 空間の裂け目を押し広げるようにして飛び込んで来た那岐(なぎ)が、采希に駆け寄って顔を両手で包み込む。


「兄さん、大丈夫?」

「……」


 采希は声を出すことどころか指先を動かす事も出来ない。ゆっくりと重い瞼を上げようとするが、微かに睫毛が震えるだけだった。


「これは、どういう状況だ?」


 凱斗(かいと)を抱き起こしながら琉斗が尋ねる。

 自分を気遣うよりも先に状況確認かよ、とむっとしつつ、凱斗は質問に質問で返す。


「琉斗、采希は?」

「見たところ、疲労で声も出せないみたいだが」

「……ああ、そっか」

「何があったんだ?」

「桜の木が采希の力を奪い取ろうとして、でも力が大きすぎて取り込めなかった……かな? 俺にはそんな風に見えた」


 琉斗が確認するように那岐を振り返る。


「うん、凱斗兄さんの言った通りみたい。今なら桜が弱っている。琉斗兄さん!」

「おう。任せろ」


 琉斗が采希に近付き、紅蓮を上段に構えて振り下ろす。

 まだ采希の身体を拘束していた残りの根を断ち切っていった。

 その様子を見ながら采希は、自分の力でなくとも琉斗は紅蓮を扱えるのか、と沈んだ気分でぼんやり考えた。

 疲れ果てて、思考が定まらない。


 根の呪縛から解放された采希の身体が膝から崩れ落ちる前に、那岐が受け止める。


「あいつが弱っている隙に、ひとまず逃げるよ。采希兄さん、ちょっと失礼しまっす!」


 那岐が采希の身体をその肩に担ぎ上げる。

 腹部に自重が掛かり吐きそうになったが、采希は呻くことも出来ずに荷物のように運ばれる事にした。


「それで、姫さんはどこだ、那岐?」

「…………分かんない」

「俺には、視えるはずもないか……」

「采希兄さん?」

「…………」


 それぞれが呟いたところに、空間の裂け目から悲鳴に似た声が聞こえた。


「ちょっとぉ! もうそろそろ限界なんだけど! 兄さんたち、早く出て来てよ!」


 榛冴の声だ。

 彼は空間が閉じてしまわないように、その身体で入り口を支えていた。


「……悪い、采希、姫さんは後だ。お前ももう動けないし、ここは撤退させてくれ」


 凱斗が申し訳なさそうに言うが、采希に反論するつもりはなかった。

 僅かに動かした視線に、凱斗が頷く。


「ちょ……お願い、兄さんたち……ほんっと……やば……」


 榛冴の悲痛な声に、全員が慌てて空間の裂け目に飛び込んだ。




「……っぶねぇ……。俺、片足、挟まれちゃったよ。そのまま右足だけ異空間に置いて来ちゃうのかと思ったじゃん」


 まだ少しフラついている凱斗が座り込む。

 那岐も、一旦采希を地面に降ろした。

 身体の奥で白虎から力が供給されているのを感じて、采希は安堵した。琥珀の気配も確かに存在している。


 榛冴を見ると、座り込んで肩で息をしている。

 その身に微かに狐の気配がした。

 采希は支えてくれている那岐に寄り掛かりながら、榛冴に尋ねた。


「榛冴、お前……その気配、お稲荷様?」

「あ、うん。ちょっと手伝ってもらった。お稲荷様を降ろすのは怖かったけど。いや、憑依されても怖くないって、この間思ったんだけどね、でも、やっぱり……」


 意識を残したまま自分でお稲荷様を降ろすのが、彼にとってどれだけ怖かったのかが推測できるような顔色だった。


 采希はまだうまく力の入らない右手を持ち上げ、榛冴の頭をくしゃくしゃと掻き回す。

 くすぐったそうにしながら、榛冴が続ける。


「……凱斗兄さんが一人で入って行っちゃって、入り口がそこにあるのは分かるのに誰も入れなくてさ。そしたら紅蓮が飛び出して来て、琉斗兄さんの手の中で木刀に変化(へんげ)したんだよ」


 采希が琉斗を見ると、手の中の木刀──紅蓮をじっと見つめていた。


「紅蓮が、采希兄さんの力を帯びないとただの木刀に過ぎないのは分かってたけどね。取りあえず、僕の力を紅蓮の周りに纏わせてみたんだ」


 立ち上がろうとする采希に手を貸しながら那岐が説明してくれた。


「お前の? じゃあ、あの紅蓮の銀色の光って、お前の気?」

「榛冴には入り口が見えていたから、紅蓮で入り口を切り拡げようとしたけどうまくいかなくて。だから榛冴がお稲荷様を呼んでくれて、お稲荷様の気も紅蓮に乗せてもらって、ようやく入り口を通れるくらいに拡げられたんだよ」

「でも、その入り口もじわじわと狭くなっていくからさ、僕が抑えてたんだ。お稲荷様のおかげで何とかなったけど、凄い力で閉じようとするからぞっとしたよ」


 白虎のおかげで采希の身体は少しずつ回復していく。ゆっくりなら自力で歩けそうだ。


「お疲れ、榛冴。那岐、ありがとな。もう大丈夫だ。でも、ごめん、姫を取り戻せなかった」


 凱斗に肩を貸しながら、琉斗が立ち上がる。


「ひとまず、帰ろう。采希を休ませてやらないとな」




 采希は、深く深く泥のように眠っていた。

 身体が失った力を取り戻すように眠り、眼が覚めると、那岐が采希を覗き込んでいた。


「兄さん、起きた? 身体、どう?」

「……今、何時だ?」


 起き上がってベッドから足を下ろしながら尋ねる。


「十二時過ぎ。兄さん、十七時間くらい寝てた」

「……そうか」

「桜の木に力を取り込まれそうになったって聞いたけど……」

「うん」

「取り込むには兄さんの力が大きすぎて、膨れ上がった桜の木が耐え切れなくて破裂したみたいに見えたって、凱斗兄さんが言ってたよ」


 着替えながら采希は昨日の事を思い出す。


「膨れ上がったあの根がおそらく、あいつが取り憑いていた部分だったんだろうな。取り込まれたって言うよりは、俺が強引に力をヤツに注ぎ込んだんだ。……で、耐え切れずに俺の力を全部吐き出した」

「オーバーフロー……?」

「……だろうな。その衝撃で、あいつもすぐには動けないはずだから、姫を取り返すなら今がチャンスだ。それと、おそらくあの桜の精霊と俺を襲ったヤツは別物だ」


 思いがけない事を聞いた、という表情で、那岐が動きを止める。


「別物? 兄さんがいたあの場所は桜の木と無関係だってこと?」

「無関係ではないな、多分。俺が誘い込まれたのは、あの桜に取り憑いた【念】が作った【場】だと思う。桜の精霊は操られているか、無理に従わせられているんじゃないかって思ったんだ」

「でも、兄さん……」


 那岐が心配そうに采希を見る。

 ことことと琉斗が階段を上って来た。


「起きたか、采希」


 琉斗の左腕には、紅蓮の金のバングルが装着されている。

 自分の力を受けずに紅蓮が空間を裂いた事を采希が思い出していると、琉斗が視線に気付いて、バングルを愛しそうに撫でる。


「紅蓮はまだ眠ったままだ。采希以外の力を使って働かせるのはやはり無茶だったようだな」


 琉斗の言葉に、采希はちょっと考える。

 那岐とお稲荷様の力を借りた紅蓮は銀の光を纏っていたが、それが紅蓮の負担になっていたとは気付かなかった。


「紅蓮」


 采希が小さく呼ぶと、琉斗のバングルがうっすらと光る。

 その光に手を添えると、采希の中にすうっと飲み込まれるように入っていった。


「ちょっと、俺の中で休んでいろ。ごめんな、紅蓮」


 采希の言葉に、那岐が申し訳なさそうに俯く。

 無理に自分の気を纏わせたことで紅蓮が不調を起こしていると、気付いていた。

 そんな那岐の想いを察し、采希は弟の肩に手を乗せて顔を覗き込む。


「俺がもうちょっとしっかり出来ていれば良かったんだ。ごめん、那岐」


 驚いたように采希の顔を見つめ、那岐は黙って首を横に振った。


「要は、紅蓮が采希の力を使えるようにすればいいんだろう? 采希、俺も色々考えてみた。俺がお前の力を受け取る事が現段階で無理なら、紅蓮に直接その力を預けてみる、というのはどうだ?」


 琉斗が采希と那岐を交互に見ながら言った。

 采希と那岐はちょっと呆けたように顔を見合わせる。


「紅蓮に、直接?」

「考えた事はなかったな。確かに、紅蓮は時々俺の中で気の補充をしているし、昨日も木刀の姿になるための力を自分で持って行った。──試してみるか」


 そう言ってはみたものの、ゆっくり確認している時間はなさそうだった。

 榛冴が桜の根に重なった異空間の入り口を支えている間にも、龍の姫の気配は徐々に弱くなったと言っていた。

 今ならばあの桜の木も、采希の反撃で弱っている。

 だからと言って、確実に龍の姫を取り戻せるとは限らない。

 采希は決心するようにふうっと大きく息をつく。


「……紅蓮、行けるか?」


 采希の中からはっきりと、肯定の意思が返ってきた。




 居間に降りて行くと、凱斗と榛冴が昼食を取っていた。


「おう、準備は出来たか?」


 包帯で巻かれた左腕を吊った凱斗が振り返る。

 その姿に、采希はふと疑問に思って那岐を見た。


「そう言えば、凱斗に邪念は効かないんじゃないのか? どうして凱斗に干渉出来たんだ?」

「邪念そのもの、ではなく、念が操った根による攻撃だからとか? 物理攻撃だと凱斗兄さんの防御の力も及ばないのかも」


 采希はきゅっと眉を寄せながら凱斗の隣に座った。

 直接的な念攻撃を凱斗が受け付けないのは確認済だ。


「間接的な物理攻撃だと凱斗でも被弾する可能性がある、ってことか?」

「その可能性は、あるよね」


 那岐の言葉を、采希は噛み締めるように口の中で呟いた。

 自分と那岐、そして管狐を持つ榛冴は問題ないが、凱斗と琉斗には身を護る術がない。

 そっと溜息を付きつつ、采希は三角巾で支えられた凱斗の左腕を見る。


「まさか、折れてたのか?」

「ちょっとな。ヒビ、いった」


 凱斗は何でもない事のように、にやりと笑う。

 采希たちの食事を運んで来た蒼依(あおい)が凱斗を軽く睨んだ。


「ちょっとでも、骨折は骨折でしょ。さっきまで痛い痛いって大騒ぎしてたのは誰よ? 病院の看護師さんにまで笑われて!」


 慌てた凱斗が蒼依に向かって『黙ってて』と言いながら口元に人差し指を当てる。

 誤魔化すように早口で采希に言った。


「そんな事よりさ、俺、ちょっと思い付いたコト、あんだよね。だから俺も連れてってくれ」


 蒼依の(まなじり)がきゅっと吊り上がる。


「凱斗! あんたは自分の身体がどういう状況か分かって言ってんの?!」

「分かってるって。手首も動かせないように固定してもらったし、大丈夫。利き手じゃないしな」


 そう反論する凱斗だったが、蒼依は納得しない。

 琉斗は右利きだったが、凱斗は両手が同じように使える。

 どちらかと言えば右利き、というタイプで、咄嗟に左手を使ってしまうことも多かった。

 絶対に動かさない保障がなければ、母親として行かせるわけにはいかなかった。


「動かさなければいいの? だったら、凱斗兄さんの肩を脱臼させれば──」

「待て、榛冴! お前は敵なの? 味方なの?」


 叫ぶ凱斗を余所に、榛冴は采希の方を見た。


「采希兄さん、僕も行くからね」

「いいのか? 多分かなり弱ってはいるだろうけど、どうやったら倒せるか分からない相手だぞ」

「うん。でも、姫ちゃんの気配を捜せるのは多分、僕だけだよ」


 榛冴の言葉で、那岐が思い出したように声を上げる。


「榛冴、もしかして『見鬼(けんき)』だった?」


 すかさず凱斗と琉斗が采希の方を見る。

 説明を求められていると察した采希は素知らぬ顔で昼食に専念しようとするが、凱斗に脇腹を肘で突かれて観念した。


「お前らは揃って面倒だな。見鬼(けんき)ってのは、()()が出来る人の事を言うんだ。俺と那岐もそうだけど、榛冴の方が霊視の力は強いみたいだな」


 そういったモノが一切視えない凱斗と琉斗は、恨めし気に榛冴を見る。

『なんでお前だけ』と呟いているが、完全に言いがかりなので榛冴は気にも留めない。


「本当に不本意だけど、お稲荷様が言ってらしたから、多分そうなんだと思う。僕も最近まで気付かなかったし」


 それはおそらく榛冴自身が視たくないと強く思っていたためなのだろうと、全員がそう思った。

『視えたって、何もいい事なんかないのに』と小さな声で言った榛冴に、采希は同意の頷きを返す。


「確かに、視たくないモノの方が圧倒的に多いな。でも、榛冴が姫の気配を見つけてくれるならありがたい」

「期待されたくはないけどね。頼んでもいないのに、お稲荷様から預けられた物もあるし」

「そうか、じゃ期待してる」

「…………」


 強引に蒼依を説得した凱斗が立ち上がった。


「凱斗、本当に大丈夫なのか?」

「だーいじょうぶ。考えがあるって、言っただろ?」


 凱斗の声に、全員が顔を見合わせる。


「んじゃ、行くか。今度こそ、姫さんを取り返す」



 * * * * * *



 公園の桜の木の傍で、凱斗が嬉しそうに笑う。


「あいつ、まだダメージ残ってるみたいだな」


 凱斗の言葉を裏付けるように、まだ緑色の葉が大量に落ちていた。


「采希兄さん、どうやって姫様を取り戻す?」

「うーん、まさか木を切り倒す訳にはいかないだろうし。あいつの中に入り込むのが一番なんだろうけどな。あいつの中、気脈から切り離されているらしいんだ。だからヴァイスも琥珀も呼べなかった。その状態で闘うのは無謀かもな」


 采希と那岐が困り顔で話していると、凱斗が傍にやってきた。

 采希の肩を抱き、にやりと笑ってみせる。


「采希、覚えているだろ? 俺と一緒にあの空間に入った紅蓮はちゃんと機能していたぞ」

「……あ!」

「と言う事は、俺がいれば気脈は繋げられると思うんだよね。──どうだ?」

「可能性はあるな」


 それなら闘うことが出来るかもしれない、と采希は思った。

 昨日、凱斗があの空間に飛び込んで来た時には、白虎も琥珀も呼び出せるような状況ではなかったが、確かに紅蓮はあの空間に居た。

 確認を取るように那岐を見ると、那岐も采希に頷く。

 少し考えるように首を傾け、真っすぐに向き直った。


「采希兄さん、金剛杵(こんごうしょ)を凱斗兄さんに渡して」


 采希が右手を開いて握り込むと、金剛杵が現れた。黙って指示に従い、凱斗に渡す。


「凱斗兄さん、金剛杵をしっかり握って、桜の木の根元に突き刺して。離しちゃダメっすよ。兄さんの力で桜の周りに結界を張る。僕が手伝うから」


 桜の木の下に凱斗が胡坐で座り込む。無事な右手で金剛杵を地面に突き刺した。

 凱斗の後ろに那岐が立ち、両手を胸の前で組み合わせる。

 陶器を弾いたような音と共に、桜の木の周囲に白い炎のような結界が張られたのが采希には見えた。


「おー、何だこれ? 俺の力なのか? すっげー勢いで身体の中、何かが巡ってるんだけど」


 凱斗が驚いたように声を上げる。

 その声に満足そうに頷いて、那岐が榛冴を振り返る。


「榛冴、入り口を教えて。琉斗兄さん、紅蓮を」

「了解」

「わかった」


 榛冴と琉斗、二人が桜の傍に近寄る。


「采希!」


 琉斗の声に応えて采希が右手を琉斗に向けて差し出す。


「──紅蓮、行け!」


 采希の手から放たれた光の玉が、琉斗の手の中で木刀に変わる。

 采希の身体の中で指示通りに采希の気を溜め込んでいた紅蓮の刀身が紅い光を帯びた。


「待ってたぞ、紅蓮」


 琉斗が嬉しそうに笑う。

 榛冴が示した場所を琉斗が紅蓮で切り裂くと、前回よりもかなり大きな裂け目が出来る。

 凱斗を残し、四人で裂け目に飛び込んだ。





「榛冴、姫はどこだ?」


 琉斗が尋ねると、榛冴が慌てたように辺りを見回して答える。


「姫ちゃん?! 姫ちゃんが根に取り込まれている!」

「どういうことだ?」


 振り返った采希に、榛冴が空間の一点を指さす。


「あの辺りなんだけど、凄く気配が薄い。徐々に消えていってるみたいなんだ」


 示された場所に目を凝らすが、采希には分からない。


「──ちっ……俺には見えない。遅かったか?」

「榛冴、あいつの中心はどこ?」


 那岐が叫ぶ。

 榛冴が示した場所は、采希の正面。


「采希兄さん、ちょっとどいて!」


 榛冴の右手が左から右に薙ぎ払われ、その手から何かがひゅっと放たれる。

 采希の目の前を掠めて飛んだ何かは、桜の根に憑いた念の一番濃い気配を放つ箇所に張り付いた。


「あれは、お札? 榛冴、なんで……」

「お稲荷様からの借り物だよ。那岐兄さん、どう?」

「かなり抑えてるみたいだね」


 地鳴りのような音と共に、桜に憑いた念の絶叫が響き渡った。


「ヴァイス! 榛冴を頼む! 琉斗、那岐、行くぞ!」


 空間が歪み、采希の声に応えて白虎が現れる。采希の後ろに跳躍して榛冴を護るように背後に降り立つ。

 そっと後ろを確認し、采希は嬉しそうに笑った。


「凱斗兄さんの力、うまく気脈を繋いでくれてるみたいだね」

「そうだな、無茶しなければいいが。巻き添えで母さんに怒られるのは勘弁してほしいからな」


 那岐と琉斗が采希の両隣に並ぶ。


「──琥珀」


 采希が呼び掛けると、左手に弓、右手に弓掛が現れた。

 弓が微かに、武者震いのように震える。


「……待たせたな琥珀、さあ、行こう」




「那岐、あのお札を狙えばいいんだな?」

「琉斗兄さん、お札は切っちゃダメ」

「承知した」


 紅蓮を下段に構え、琉斗が桜の根に張り付いたお札に向かおうとすると、根の一部が暴れるように動き出した。

 襲い来る根を、紅蓮の紅い軌跡が次々に切り捨てる。

 きょろきょろと辺りを見回していた那岐が、そっと両手を合わせた。

 両手を徐々に離して行くと、手と手の間に細い光が現れ、長くなっていく。

 那岐の両手を広げた長さになった時、その光は薄れて細長い棒のようなモノが現れた。


「那岐、それは如意棒か?」


 采希が尋ねると、那岐がにっこり笑った。

 棒を両手で左右に引くと、がちゃりと音を立てて三つに分かれる。


「ううん、三節棍(さんせつこん)のイメージで作ってみた。ここは凱斗兄さんの気で溢れているから、気を形作りやすいみたい。──この方が効率良さそうな気がして」

「なるほど」


 采希に頷きを返し、那岐も走り出した。

 琉斗と二人、それぞれが武器をぶんぶんと振り回しながら根を切り落としていく。

 その感触から、那岐は襲って来るのが実際の根ではなく、取り憑いた念が作り出した【気】の触手も含まれているのに気付いた。


 相手が気なら、那岐には雑作もない。

 お札で抑えられているとはいえ、無数の根が襲い掛かってくるのを物ともせずに、断ち切っていく。

 決してお互いを邪魔することなく活路を開いて行くその様に、采希は思わず『ほぉぉ』と感心していた。


「采希兄さん! お札のそばに……!」


 榛冴の声でお札が張り付いた辺りをよく見ると、采希の眼にも見えた。

 黒い念の塊の中に、鈍い光を放つ眼のようなものが二つ。

 両腕を頭上に掲げて弓を構え、静かに引き絞る。

 琥珀から放たれた矢は、真っすぐに二つの眼の間、お札が張られたその中心を貫いた。



 ──断末魔の声が響く。

 采希たちの周りの根が、次々と砕けて崩れ落ちていく。



「榛冴! 姫はどこだ?」


 采希の声に、榛冴が駆け寄って来る。


「あそこ、あの辺りの根に……」


 采希は迷わず崩れかけた根に飛び付き、榛冴が示した場所に手を伸ばす。


「姫! おいで!」


 采希の指先が触れた根の一部が微かに光り、采希の手の中に吸い込まれる。

 ふいに足場が崩れ、そのまま根の残骸と共に、どことも知れない所に落ちて行くのを感じていた。

 視界の端で、那岐が何か叫びながら手を差し伸べているのが見えた。

 采希の身体は、逆さまになったまま何処とも知れない所に落ちていく。





 暗い、場所だった。

 さっきまでいた地下の異空間よりもさらに暗い。

 自分の手がよく見えない程の暗さだ。

 自分はどこにいるんだろう、と采希は不安になる。

 足元の感覚すらなく、一歩でも動いたら再び何処かに落下してしまうのではないかと思ってしまう。

 そもそも、自分は存在しているのだろうか。

 こうして考えている自分も、本当に自分なんだろうか。



 ぼんやりと、胸の中心あたりに光が灯る。暗闇だから辛うじて見えるほどの、淡い光。


「……姫?」


 采希の呼び掛けに応えるように一瞬、光量を増す。




「あ、いたいた!」


 暗い空間に光が差すような、聞き覚えのある明るい声。


「さーいきー! こっちこっち!」

「凱斗……どこ? どこだ?」


 声は聞こえるのに、凱斗の姿がない。


「どこにいるのか見えないんだ、凱斗!」

「采希、金剛杵、出して」

「は? 金剛杵はあんたに……」

「いいからいいから。ほら!」


 金剛杵はこの空間に入る前に凱斗に預けていたはず、と(いぶか)しみながら、采希は言われたとおり右手に気を集める。

 手を握り込むと、慣れた感触が出現した。


(──!)


「出せたな。じゃ、引き上げるぞ」

「え? ……って……うあっ!」


 金剛杵を握った采希の右手が、ぐんっと上方に引っ張られる。

 そのまま身体ごと、どんどん上昇していった。

 何が何やら分からないうちに、いきなり光の中に放り出される。

 その圧倒的な眩しさに耐え切れず、思わず眼を閉じた。




「兄さん!」


 抱き着いて来た感触は、那岐だとすぐに分かった。

 明るさに慣らすように、采希はそっと眼を開ける。

 眼の前には満面の笑みの那岐がいた。

 その向こうに従兄弟たちの姿が見える。

 凱斗が采希に、金剛杵を差し出した。気付くと、さっき采希の手にあったはずの金剛杵は右手から消えていた。


「こっちが俺の……じゃ、さっきのは?」


 自分の身体に起きた一連の出来事が思い出されて、わずかに声が震える。

 ほっとしたように榛冴が地面に座り込んだ。


「お疲れ、榛冴。よく采希を見つけたな」

「自信なかったけどね、姫ちゃんが光って呼んでくれたから……」


 凱斗が榛冴の隣にしゃがみ込んで労いの言葉を掛けた。

 細かく震える右手を見つめている采希を、凱斗と榛冴が心配そうに見る。那岐がそっと采希の手を取った。


「采希兄さん、崩れた根に巻き込まれてどこかに落ちてったんだ。僕も琉斗兄さんも必死で手を伸ばしたけど届かなくてね。そしたらあの空間が消えて、僕たちは弾き出されちゃったんだよ」

「──空間が、消えた?」


 采希は信じられないというように那岐を見る。

 桜の根にあったあの黒い念が消滅したことで、空間が維持できなくなったのだろうか、と考える。


「俺、一体どこにいたんだ?」


 采希が不安を隠そうともせずに呟くと、凱斗と榛冴が顔を見合わせて首を傾げる。


「……どこだ?」

「僕にも分かんない」


 その様子を見た采希は情けない表情になり『俺、よく戻って来れたな……』と呟いた。




「あ……! 采希兄さん、後ろ!」


 榛冴の声に思わず振り返ると、背後の桜の木が身震いしたように見えた。


「……これって……ヤバい! 離れろ!」


 凱斗の号令に、全員桜から離れるべく駆け出す。

 采希も那岐と一緒に転がるように逃げ出した。




 ビキっと、木が裂ける音が響く。

 そのまま根元から上方に、亀裂が入っていく。

 悲鳴のような音を響かせて、桜の木が真っ二つに割れた。


「戦前からだと、九十年くらいか。もう寿命だったんだな」


 采希がぽつりと呟く。

 琉斗が采希の呟きを拾って、聞き返す。


「寿命? そうなのか?」

「あの種の桜の寿命は大体六十年位らしいから。枝垂桜とかだと百年単位とか、かなり長いけど」

「じゃああの桜はもう寿命だと分かっていて、采希の力を欲しがったのか?」


 琉斗の疑問に、采希は不思議に思った。


「……あれ? でも寿命を延ばすために力が欲しいなんて植物が考えるのか? 俺の力で植物の寿命が延びるとか、聞いてないぞ」

「……だったら、何のために生き永らえたいと思ったんだろうね」


 那岐が呟いて、采希たちは切ない気持ちで倒れた桜を見る。

 采希たちには植物の気持ちは分からない。でも、植物が自然の理に逆らって寿命を延ばそうと考えるとは思えなかった。


「あえて(ことわり)に逆らう理由って、何だろうな」


 凱斗の言葉に、誰からも返事はなかった。

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