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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
第4章 選択の代償
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第19話 必然の標的

 琉斗(りゅうと)に異変があったのは、その日の夜だった。


 采希(さいき)は夜中に唐突に眼を覚ました。嫌な気配が漂っている気がして、ベッドの上で身体を起こす。

 気配の正体を見極めようと視線を巡らすと、自分たちの部屋と向かいの部屋、両方が見渡せた。どちらの部屋も、普段は襖を開けたままにしているせいだ。

 何気なく向かいの部屋を見て、采希は思わずベッドから降りて立ち上がった。

 琉斗の身体の上に、ぼんやりした黒い影が視える。人の形に見えないこともないが、どうも歪な形をしている。


(何だ、こいつ?)


 妙に細長い胴体部分に、バランスの悪い大きな丸い頭部。

 細い四肢が生えてはいるが、その腕の付け根である肩の部分は人間よりも低い位置にあった。

 人の霊というより、何かが人の姿を取ろうとしているような違和感がある。


 驚くと同時にこんなに近くにいるのに気付かずに寝ていた自分に、采希は少なからずショックを受けていた。

 影が身じろぎするように動く。

 動きに合わせて、頭部にあった二つの目のようなモノが采希の方を向いた。

 作り物のように不自然な形の目。血走った白目と、全く光を受けていないような真っ黒な虹彩には瞳孔が確認できない。


(目だけ……? いや、顔が……)


 じっと動かない采希に安心したのか、その口らしき部分が左右に開かれ、醜悪な笑顔を作る。うっすら口を開いているようだが、口腔内はただの闇色に見えた。

 厭らしい笑みは、挑発を含んでいるように思える。


(いい度胸だ。俺に喧嘩売ってんのか?)


 バカにされているように感じた采希は、むっとしながら蔑むように影を見下ろす。

 笑っていた口がぴくりと引き攣れて歪む。その目と気配が怯えた様子に変わる。

 影はゆっくりと琉斗の身体から離れ、逃げ出そうと窓の方へ飛んだ。


(逃がすか!)


 采希はすかさず影の方へ右手を差し出し、拳を握りこむ。

 影の動きがぴたりと止まった。


「采希兄さん、そのまま()()()て」


 いつの間に起きたのか、部屋の反対側のベッドで那岐(なぎ)が起き上がった。

 那岐が素早く影に歩み寄り手をかざすと、音もなく崩れるように消え去った。

 それを確認し、ほっとしながら采希が腕を降ろす。

 ふと、自分の手を見つめた。さっきのは何だったんだろう、と疑問に思った。


「那岐、俺、今の……」

「今のって?」

「あの、なんか黒いヤツの動きを止めたような」


 ああ、と那岐が頷く。


「何だろうね。おそらく、兄さんがあいつの動きを封じようと思ったから出来たんだと思うけど。僕にはそんな感じの【気】が感じられたから。だから『縛ってて』って言ったんだよ」


 采希が、呆けたように那岐を見つめる。

 どうしてそんな事が出来たのか、自分でも分からなかった。もやっとする気持ちを抑え、那岐に訊ねた。


「あの黒いのって、踏切にいた(ヤツ)?」

「うん、多分ね。近くで僕たちが寝静まるのを待ってたのかな? ここまで気配を隠して近寄れるってことは、かなり強いんだろうね。だとすると、今、僕が消したのはあの女の一部だった可能性はあるかな」

「まだ終わりじゃないってことか?」


 采希の口から、心底嫌そうな声が出てしまう。

 人の霊ではないんじゃないかと心のどこかで期待していたのに、人だと断定された事が采希を嫌な気分にさせていた。

 あんな気味の悪いモノ、何か得体の知れない存在だと言われた方がマシだった、と心から思った。


 采希と那岐の会話を余所に、双子たちが静かに寝息を立てている事に僅かに安堵した。


☆☆☆


 翌日、采希は、仕事帰りに那岐と共に踏切近辺の様子を確認してくる、と従兄弟たちに告げた。


「できれば、凱斗(かいと)は早く帰ってきて琉斗の傍にいてもらいたい。大丈夫か?」

「わかった、なるべく急いで帰る」

「琉斗もまっすぐ帰れよ。それと、電車は使うな」


 昨夜の件は無駄に怖がらせるだけだろうと思い、話してはいなかった。


「念のため、お稲荷様に頼んでここの玄関には結界を置いてもらうけど、招き入れたら効果はないらしいから、気を付けてね」


 那岐がそう言うと、凱斗が首を傾げる。


「招き入れる?」

「外からの呼びかけに対して、返事をして戸を開けてしまうことだよ。それだけは注意して。お稲荷様からは、悪意のある気配は招かれなければ入れない仕様になっている、とは言われてるけど」

「わかった。誰か来ても、家に入れないようにすればいいんだよな?」


 凱斗の念押しに、那岐が頷く。

 母親たちや榛冴(はるひ)なら、わざわざ開けてくれと声を掛けたりはしないので、問題ないだろうと考えた。


「なるべく急いで帰ってくるけど、本当にヴァイスを置いて行かなくていいのか?」


 護りの白虎を置いて行く、という采希の提案は、あっさりと凱斗に断られていた。

 そうしたら采希に何かあった時に困るだろうと言われると、采希には絶対の自信はない。

 凱斗が手をひらひらと振る。


「だーいじょーぶ。子供の留守番じゃないんだから。お稲荷様の結界で充分だろ」



 * * * * * *



 仕事帰りに待ち合わせた采希と那岐は、踏切の手前で立ち止まる。


「「……う~ん」」


 二人同時に唸ってしまった。


「采希兄さん、ここ、おかしくない?」

「事故が頻発した割にはキレイすぎる気がするな。みんなすぐ成仏した、ってのは無理があると思うけど」

「事故でも自殺でも、それは難しいかなって思う。それに、あの女の気配が見えない」


 那岐がきょろきょろと辺りを見ながら踏切を渡る。

 踏切の脇、道路から少し奥にたくさんの花が手向けられている箇所があった。

 采希が複雑な気持ちでそれを見つめていると、那岐が采希の肩越しにその場所を覗き込む。


「あのニュースで見たここの景色は、もっと色んな気配があったよ。亡くなってから時間が経った霊は、あの女を恨んでいた。『あいつの声に耳を貸したばかりに、ふらふらと線路に飛び込んでしまった。まだやりたい事がたくさんあったのに』って」

「……あの女が生きてる人間を(そそのか)したってことか?」

「うん、やってる事がすでに悪霊だよね。かなり狙った相手の心を誘導できるんじゃないかなって感じたよ」


 人間の心は弱く、簡単に絶望に傾くことができることは采希にも理解できた。

 誰の心にもある弱い部分をそんな風に玩んで命を捨てさせるのは、どうしても許せなかった。


「那岐、あのさ……」


 那岐を振り返ろうとした采希の視界に、大型バイクが向かってくるのが見えた。

 速度を落とすことなく、采希たちの方に真っすぐに突っ込んでくる。運転士(ライダー)の背中は不自然に反り返っているように見えた。


「!!!」


 同時に采希の耳に聞こえてきたのは、踏切警報機の音。

 采希と那岐の背後で遮断機が下りる。

 後ろは線路、前からは大型バイク、右には踏切で待つ人々、左は高い生垣が続いている。


 一瞬、采希と那岐の視線が交わる。

 二人同時に、大型バイクに向かって一歩を踏み出した。

 ぎりぎりで左右に分かれて身を躱す。

 大型バイクはそこで進路を右に向け、生垣にめり込んで止まった。



 喧騒を背に、采希と那岐は足早にその場を去る。

 バイクの青年が『いきなりハンドルが効かなくなったんだ!』と喚いているのが聞こえてきた。


「……采希兄さん、これって……」

「俺たちが邪魔になったかな? 那岐、あの女の気配は?」

「バイクが向かってきた時に、感じた。でも何だか、あの女だけじゃない気がする。他の気配の方が強いかも」

「他の気配って?」


 采希が那岐に聞き返した途端、二人の身体が同時に緊張する。


「……兄さん」

「……ああ、聞こえた。急ごう」


 ──龍の欠片である姫の、悲鳴だった。



 * * * * * *



 離れの玄関には、お稲荷様にお願いした結界が張られていたはずだが、采希と那岐が戻った時にはその結界はなかった。

 嫌な予感に襲われながら二人が家の中に飛び込むと、居間に凱斗と榛冴の二人が倒れている。琉斗の姿は見当たらない。


「凱斗! 榛冴!」


 采希が慌てて抱き起こすと、凱斗は少しだけ眼を開けた。呼吸をするのも苦しそうだ。


「采希……すぐに追いかけろ……琉斗が……」

「無理に喋んなくていいから頭の中で言葉を考えろ。悪いけど、読ませてもらうから」


 凱斗が小さく頷く。

 凱斗の額に手を当て、必要な情報を読み取って、采希は那岐を振り返る。


「那岐は、ここにいてくれ。みんなを頼む」

「兄さん、でも……」

「姫が琉斗と一緒だ。ここの護りがいない。お前にしか頼めないんだ」


 那岐が榛冴を抱き起こそうとしている。榛冴の管狐(くだぎつね)だけでは護りが心許ないと采希は考えていた。


「兄さん一人じゃ……」


 那岐が泣きそうな顔をしている。

 確かに、自分一人では手に負えないかもしれないとは思った。

 それでも、自分には白虎がいる。まずは琉斗を何とか助けなければならない。


「いざとなったらヴァイスを迎えに寄越すから、助けに来てくれ」


 やっと頷いた那岐に笑ってみせて、采希は玄関を飛び出した。




(姫! どこにいる?)


 采希の呼び掛けに、龍の欠片の姫は応えない。


(くそっ……姫の気配がわかんねぇ……)


 闇雲に走ってもどうしようもないと采希は考え、とりあえず踏切に向かおうしたところで微かに声が聞こえた。


《采希……》

「琉斗か? どこだ? どこにいる?」

《……か……わ》

(川、か? くそっ、逆方向かよ!)

《急いで……姫……が……助け……》


 (きびす)を返して走り出しながら、小さく白虎を呼ぶ。

 詳しい位置を特定してもらおうと思った采希だったが、采希と並んで走りながら、白虎から背に乗れと促す意思が伝わった。

 街中で虎に乗って走る事にわずかに躊躇したが、呼び出した時点で今更だと思い直す。意を決して白虎の背中に飛び乗った。


 ぐん、と加速して白虎は走り出す。

 景色があっという間に後ろに流れていく。

 街中を虎が走るという異様な光景に、誰も眼を留めない。


(あぁ、これ、他の人の眼には映っていないんだ……)


 それでも何度か、采希の方を見た人がいたので、()()()タイプの人には分かったのだろうと思った。


 あっという間に大きな川に到着すると、采希は白虎の背に跨ったまま、辺りを見渡す。

 目当ての人物は、すぐに見つかった。

 数百メートル先の大きな橋の上に、見慣れた琉斗の姿が佇んでいる。

 橋の欄干に手を掛け、下を覗き込むような体勢だ。


(ヴァイス!)


 采希の思考に反応した白虎が橋に向かって走り出す。

 琉斗の近くまできて、転がり落ちるように白虎の背から飛び降りた。


「琉斗!」


 今にも落ちそうな身体を後ろから羽交い絞めにして抱え込む。


「おい、何やってんだ!」


 采希の呼び掛けに、琉斗からの返事はない。

 俯き加減の表情は確認出来なかった。

 采希が力を込めて引いても、琉斗の身体は欄干から離れない。

 琉斗の身体の向いた先で空中に浮かんでいた悪霊女と、采希の眼が合った。いつの間に現れたのか、と思うが、采希は眉間に力をこめて睨みつける。

 薄墨で描いたような色彩のないヒトの姿をしたモノが、周囲に黒い靄を纏って浮かんでいた。

 不気味に笑って手招きしている。

 琉斗の身体が手招きに誘われるように、前に傾く。


「琉斗、おいってば!」


 欄干に左足を掛けて踏ん張り、琉斗の身体を引き戻そうとするが、止まらない。琉斗の体重以上の力で引き寄せられている。

 地面に付いた右足が、ずるずると欄干に近付く。


「……~~~っ、てめぇ……っざけんな!」


 采希の怒りに連動したかのように、采希と琉斗の身体の周りが帯電したように音を立てて光った。

 女が怯えた表情でひるんだように見える。その隙に琉斗の身体を引き戻すと、勢い余って橋の真ん中で二人で倒れ込んだ。

 急いで起き上がった采希は、琉斗を背中に庇うように片膝を付いて女に対峙する。


 右手に気を集中すると、手の中に金剛杵が現れた。

 左手を添えて顔の前にかざすと同時に、女の手から真っ黒な槍のような物が放たれた。

 采希の頭には、冷静に状況が見えていた。

 頭の中で『攻撃を防ぐ壁』と考えた瞬間に、金剛杵を通して自分の前に大きな丸い壁が展開された。

 真っ黒な槍は防御壁に阻まれ、金属が擦れるような音を立てて消滅する。


「采希兄さん!」


 声と共に、橋を駆けてくる那岐が眼に入った。


「那岐?」

「大丈夫、向こうは心配ないよ。榛冴にお稲荷様が入ってくれたから」


 那岐の言葉に、采希は思わず『その手があったか』と声を上げた。神様の護りなら心配はない。


「じゃ那岐、こいつ片付けるの手伝ってくれ」

「はい!」


 並んで立った二人の周りに、急激に気が集まる。

 女が慌てたように逃げ出そうとするのを、采希は見逃さなかった。


「逃がすかよ」


 にやりと笑って、金剛杵を左手に持ち替える。

 開いた右手を女に向け、そのまま握り込むと、女の動きが止まった。


「やっぱりそれ、便利だね。──じゃ、うまく縛れたようだし、兄さん、行きまっせ」

「おう」


 集めた気で女を取り囲むと、そのまま気で押し潰すように収縮させる。

 耳障りな悲鳴を残して、女が消滅した。



 ほっとしながらすぐさま振り返り、采希と那岐は琉斗に近寄る。


「兄さん、姫様は?」

「この中」


 采希が琉斗を指さす。

 那岐の視線が困ったように揺らいだ。


「……え?」

「琉斗の中に入ってる。多分、こいつを中から護ろうとしたんだと思う。……姫、おいで」


 琉斗の胸の真ん中が、ぽうっと光る。

 その光の中から龍の姫が現れた。倒れた姿勢のまま、ぴくりとも動かない。


「姫様、どうしたの?」

「あの女に対抗しようとして、力を使い果たしたのかもな。おかげで完全に琉斗が取り憑かれることは避けられて、意識を失っただけですんだようだし」

「……姫様」


 涙を浮かべた那岐が、小さな龍の姫を両手ですくい上げる。


「……さて、どうしようか?」


 左手を腰に当てて、采希は遠くを見つめる。那岐が怪訝そうに采希を見た。


「気付かなかったか? あの女、表面の姿だけで中身は空っぽな感じがした。多分、本体は別にいる」

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