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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
第4章 選択の代償
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第18話 警戒と推考

 なぜ琉斗(りゅうと)に突然女の子の霊が視えたのか、どうしても那岐(なぎ)には不思議だった。

 琉斗本人は霊だと思っていなかったという事は、それほど鮮明に見えていたからに相違ないだろう。自分や兄の采希(さいき)でも、生者と霊体を見紛う事はない。稀に、采希がぼんやりしていて霊体に道を譲ってしまうことはあっても。

 那岐は何日か様子を窺っていたが、あの日以降、琉斗に霊視の力は確認出来なかった。


『最近、琉斗が夜中にうなされていて、うるさくて眠れない』と凱斗(かいと)がぼやいているのを、采希は眉を寄せて聞いていた。

 不思議なことに、琉斗本人にうなされている自覚がないらしい。本人はぐっすり眠っているのに何故か疲れが取れない、そう思っているだけのようだ。

 自分が生き霊の被害を受けた時の事を考えても、琉斗が目覚めた時に全く覚えていないのが采希には腑に落ちなかった。


 悪夢は見ているが、起きたら忘れる。それはよく聞くが、それでも嫌な感覚などは残る。うなされる程の夢なら、浅くなった眠りから醒めても可怪しくはない。その声で凱斗が目醒めてしまうほどのうなされ様なら普通は起きるだろう、と采希は考えていた。

 少しずつだが、琉斗はやつれているようにも見える。


 憑依体質とも言える琉斗だが、今は何かに憑かれているようにも見えなかった。

 なのに采希と那岐は何故か『霊障だ』と直感した。

 霊障ならば放っては置けない。ただ、何による霊障なのかが分からない。


 ぐるぐると考えた末に、采希は琉斗を誘う事にした。

 琉斗の異変の始まりは、幼い少女の霊に出会ってからだ。ならば、その本人に聞いてみようと思い至っての事だった。


「なぁ琉斗、もう一度、あの子の所に行ってみないか?」


 采希がそう言うと、琉斗が相好を崩す。


「俺も、行きたいと思っていたんだ。だが、一人で行く勇気がなくてな」

「あー……そう言やお前、怖がりさんだったな。那岐は明日、仕事が入ったから行けないけど、まあ那岐が居なくても大丈夫だろ。俺も行くから、行ってみようか」

「ああ、采希が一緒なら心強い」


 嬉しそうな琉斗に、采希は額を軽く手で押さえる。


「いや、お前、霊とはいえ小さな女の子にびびってるとか、ちょっと……」


 引くわ、と言い掛けて采希は言葉を呑み込んだ。




 埠頭に着くと、采希はすぐに(くだん)の少女を見つけた。

 琉斗には視えていないらしく、きょろきょろしている。采希はそれを横目で確認しながら、黙って少女を手招きした。

 音もなく近付いた少女に、ようやく琉斗が気付いた。


「──あ」


 琉斗が思わず小さく声を上げると、少女がぺこりと頭を下げた。礼儀正しい子だ、と思った琉斗に、もう恐怖心はなかった。


「あれ? 琉斗、怖くないみたいだな」

「そうだな。こうして眼の前にすると怖くはない。采希がいるからかな?」

「いや、違う。あー、この子の波動、お前に近いんじゃないかな。そんな感じ。だから平気なのかも。波動が似通っているから、お前にも視えたのかもな」

「…………」

「こんにちは。君、なんでここにいるの?」


 意味が分からずきょとんとする琉斗を無視して、采希は少女に話しかける。

 采希がわざわざここまで来た理由、それが、少女の霊がここに縛られている事情を知りたいという事だった。


《ここで、死んだから》


 ほぼ、采希の予想通りの答えが返ってくる。

 何となくだが、自分が死んだ場所から動けない地縛霊なのだろうと思っていた。

 近辺には他にもいくつか、弱い霊の気配がする。


「ここで? この……海でってこと?」

《そう。ここから海に落とされたの……》


 少女の顔が苦しそうに歪む。

 落とされた、という事はつまりそういう事だ。想定外の答えに、采希の表情が曇った。よく見れば少女は、白黒(モノクロ)写真に直立不動で写っているような時代掛かった服装をしている。

 少女に掛けてあげられる言葉を探して迷い、采希は黙り込んでしまった。


「采希、この子と話が出来るのか?」

「え? 琉斗、出来ないのか?」

「……俺には、聞こえない」

「……」


 じゃあどうして琉斗はあの日、この少女の霊とコミュニケーションが取れていたのかと訝しむ。


「でも、この間は?」

「ああ、あの日はな、俺がここで一人で鼻歌を歌っていたんだ。そしたらこの子がいつの間にか傍にいて、とても興味深そうに聴いてくれて、だから嬉しくなって歌っていたんだ」


 采希の眼の前の少女も、同意するように頷く。


《もっと歌って欲しいなって思ってたら、お兄ちゃんが歌ってくれた》

「へぇ……」


 偶然か──いや、波長が合うなら好みが似通っても不思議はないか、と采希は納得したような気になる。

 歌で繋がる世界とか、ちょっと羨ましいと思った。

 それでも少女と話せた方が嬉しいのではないか、と思った采希は、黙って琉斗の肩に手を乗せる。

 自分の気を琉斗の頭部あたりに纏わせるように、注ぎ込んだ。


「……采希?」

「これで、聞こえないか?」

「え?」

《お兄ちゃんと、話が出来るの?》

「!! 聞こえた! 聞こえるぞ、采希」

「……じゃ、俺じゃなく、その子と話せば?」


 嬉々として女の子と話す琉斗の肩に手を置いたまま、采希はぼんやりと海の方を眺めた。

 この少女が地縛霊なのは采希にも分かっていたが、まさか殺されたとは思っていなかった。

 どんな事情かは知らないが、まだ小学校に入ったばかり位の年齢の子を海に落とすなど、怒りが込み上げてくる。


 最初は琉斗の不調の原因が、もしかしたらこの少女ではないかと考えていた。

 この世に未練を残す地縛霊、だから琉斗に取り憑こうとしたのではないか。そうして琉斗の生気を奪っていく。

 その確認のために琉斗を誘ってここまで来たのだが、近くで確認しても少女の霊からそんな気配は感じられなかった。

 ヒトの気を奪っていくほどの力はこの少女にはない。それほど弱い存在だった。


 采希はそっとため息をつく。

 自分の力を分ける事が出来ていれば、琉斗はこんなよく分からない霊障に巻き込まれる事もなかったかもしれないのに、と思った。

 良くないモノに狙われやすい力だ、と龍から聞かされてはいたが、何故か采希は、それが琉斗に渡した場合にも当てはまるとは思い付きもしなかった。


 いずれにせよ、『気を交わす』という方法はよく分からず、龍の姫も自分がどうやって気を受けているのか説明できなかったので、采希と那岐は半ば諦めていた。

 それならば、何か龍の秘宝のような物でも何らかの秘術でもいいから心当たりはないか、と畳み掛けたところ、すっかり辟易されてしまった。

 そんな訳で、ここ数日、龍の姫は采希の前に現れていなかった。



「采希?」


 急に琉斗に声を掛けられ、采希は現実に戻る。


「どうした? ぼんやりして」

「いや、別に。ちょっと考え事してただけ」

「そうか、悪いが付き合ってもらうぞ」


 そう言いながら、琉斗が背負っていたケースからギターを取り出した。

 昨夜、琉斗がずっと自分の部屋で練習していたのを、采希は思い出した。

 凱斗がうるさがっていても意に介さず、ひたすら練習していたのはこの時のためか、と納得した。

 少女の霊に怯え(ビビり)ながらも、その霊のためにわざわざ練習した琉斗の気持ちは、采希には理解できない。

 どういった心理からの行動か、特に知りたいとも思わなかったが、自分が少女の事情を把握したいと思った理由と似たようなものなんだろうと何となく思っていた。


 ゆっくりと、琉斗が弦を弾く。

 采希も知っている曲で、男性デュオが歌っていた。

 イントロを奏でながら、琉斗が意味あり気に采希を見て笑う。


「俺も? マジか……」


 自分にも歌えと言っているのだと気付いた采希は、仕方なさそうに軽く咳払いして歌い出す。

 おそらく琉斗は低音パートを歌うだろうと思ったので、迷わず高音パートを歌い出す。

 予想以上に、声が綺麗にハモった。

 こんな風に二人で歌うのは初めてだったが、元々琉斗の歌が上手いのは知っていたし、歌う時の癖も予想できていたので采希は琉斗に合わせた。

 二人が歌い終わると、音は聞こえないが少女が一生懸命拍手をしてくれた。


「ありがとう、小さなレディ。喜んでもらえて何よりだ。他に聞きたい歌はあるかい?」


 少女からのリクエストはなかったが、調子に乗った琉斗のせいで采希はその後も何曲かデュエットさせられる羽目になった。

 琉斗(いわ)く『小さなレディ』が喜んでくれたから、まあいいか、と思いながら。




「采希の歌は、やっぱりいいな。声の出し方とか、俺はすごく好きだぞ」


 帰りの電車で琉斗に笑いかけられ、采希は戸惑ったように眼を逸らす。


「やっぱりって、何だよ」

「カラオケに行った時、いつも思ってたんだ。大概は凱斗が大騒ぎするから俺たちにマイクが回ってくる事は少ないけど、采希も那岐も上手いだろ。そう言えば、朱莉(あかり)さんも半端なく上手かったな、知ってたか?」

「そりゃまあ、知ってるけど。一応、実の母なもんで」

「だよな、やっぱり血筋なのかな」

「それは自分も上手いんだぞっていうアピールか?」


 ひとしきり、二人で笑い合う。

 ふっと息を一つ吐いて、琉斗が少し伏し目がちになった。


「あの子と話せたのは嬉しかった。ありがとう、采希。しかし……」


 俯いて唇を噛みしめ、言葉が途切れる。


「…………可哀想だ、って?」


 采希が口に出すと、琉斗は弾かれたように采希を見た。


「……聞いていたのか……」

「海に落とされたって、俺にも言ってた」

「そうか……」


 琉斗は再び視線を落とす。

 どうやらこの従兄弟は相手に同情しやすいらしい、と采希も気付いていた。生霊にすら同情してしまう。

 霊が相手の場合には特に、むやみに同情しない方がいいと祖母から学んでいるはずだが、琉斗の性格上、仕方ないのだろうと采希は小さく溜息をついた。


「あの子は、ずっとあそこに縛られたままなのか?」

「地縛霊らしいからな。自分で浄化するのを待つ、ってのが普通なんだと思うけど。俺には浄化の方法はよく分からないし、どうやったらあの子を救えるのかは分からない。婆ちゃん以外だと……那岐なら、知ってるかもな」

「そうか」

「死んだ場所に縛られている霊は、死んだ時の想いなんかを自分で繰り返し再生して苦しんでる、って話も聞いたことがあるけど。あの子の場合は違う気がする」

「……どうしてだ?」

「お前に逢ったから」

「……?」

「少なくとも、お前の歌を聴いているあの子は幸せそうだった。なら、浄化も早いんじゃないかって。俺が勝手に思っているだけだけど」

「……うん、そうだといいな」


 やっと、琉斗が少し笑った。


☆☆☆


 あと一駅だというのに、手前の駅に到着してから電車が動かない。

 二人が怪訝に思っていると、車内アナウンスが流れた。


『この先の駅、手前の踏切で事故が発生したため、運転を見合わせております──』


 采希と琉斗が顔を見合わせる。どちらからともなく立ち上がって、電車を降りた。


「事故って、まさか、また人身事故か? この先の踏切って言ったら、あのニュースでやっていた場所だよな?」

「……恐らくな」


 采希の脳裏に、事故の場面で嬉しそうに笑っていた女の姿が浮かぶ。強い霊は生きている人間にも影響を及ぼすと、祖母が言っていたのを思い出した。

 無意識に、采希は早足になる。琉斗が慌てて後に続いた。


「采希? そっちの道だと遠回りに……」

「いいんだ。なるべくあの踏切から遠い道にしたい」

「事故で封鎖されていても、俺たちが通る訳ではないだろう。それとも、傍に寄りたくない何かがあるのか?」

「正解。特に、お前は近寄らない方がいい」

「……わかった」


 あの踏切だけに留まっている地縛霊なら、近寄らなければ問題ないはず。

 なのに、采希は理由のわからない嫌な予感に襲われていた。





 翌日、夕飯の支度のために母屋で采希と那岐が母を手伝っていると、居間でスマホを弄っていた榛冴(はるひ)が台所に駆け込んで来た。


「采希兄さん、管狐(くだぎつね)が!」

「……はい?」

「管狐が、琉斗兄さんに……」


 最後まで聞かずに采希と那岐が居間に飛び込むと、立ち尽くした琉斗と、その琉斗を威嚇する管狐が眼に入った。


「何? 琉斗、まさか、また憑かれて……」

「なぁ采希、どうして俺はこいつに威嚇されているんだ?」


 憮然とした顔で管狐を指差す仕草は、いつもの琉斗に見えた。

 采希が隣に並ぶ那岐の方を見ると、那岐も口元に手を当てて考え込んでいた。


「……お前、何ともないの?」

「何がだ? 少し身体がだるいが、それだけだ」


 なら、どうして管狐はこんなに琉斗を警戒しているんだろう、と采希は首を傾げた。

 視た限りでは琉斗の気配も、特に変わった様子はないように思えた。

 ゆっくり琉斗に近寄ろうとすると、管狐が采希の方に飛んで来て、手の平に乗る。采希は小さな狐に話し掛けた。


「お前、どうしたんだ?」


 采希に、管狐の思考が流れ込む。管狐は琉斗を敵として認識していた。


「……え? 琉斗お前、どこに行って来たんだ?」

「どこって、仕事に決まっているだろう」

「電車で?」

「ああ」


 琉斗が会社に行く際、電車はあの事故のあった踏切を通る。

 今日は普通に運行していたはず、と思った采希は、振り返って弟を呼ぶ。


「那岐!」


 采希に呼ばれた意味を理解した那岐が、琉斗の身体に触れた。

 眼を閉じて琉斗の身体に残された気配の残滓(ざんし)を探る。


「んー、琉斗兄さんを標的にしたらしい形跡が残ってる。すごく巧妙に『気』を奪われてたみたい……マジか、気付かなかった。でも、采希兄さんと凱斗兄さんの気配が残っていたから憑けなかった……? かなり近くでちょっかい出したような残り香があるね。しかもついさっきまで、ついて来てたみたい」


 ぶつぶつと呟く那岐に、采希が低い声で確認する。


「……誰がだ?」

「采希兄さんの予想通りだよ。踏切の地縛霊だね」


 那岐の言葉の意味が分からない琉斗が、怪訝そうに眉を寄せる。


「……は?」

「琉斗兄さん、ちょっとタチの良くない地縛霊に目を付けられたみたいだね。兄さんたちのおかげで大事には至らなかったみたいだけど」


 予期せぬ言葉に、琉斗の眼が大きく見開かれる。

 采希と那岐を交互に見ながら、口をぱくぱくと動かすが、声が出て来ない。


「……いや、逆に、俺の気配があるから目を付けられたんじゃないか?」


 采希の力は邪気を持つモノに狙われやすいだけではなく、凱斗や那岐の力よりも、霊にとっては取り込みやすいのだと言われたのを思い出した。

 俯いた采希に、那岐が首を横に振る。


「違う。地縛霊が琉斗兄さんに惹かれたのは、琉斗兄さんが気に入ったとか、そういう理由だと思うよ。采希兄さんの力と凱斗兄さんの気配に怯えて、手が出せないって感情が伝わってくる」

「だったら……」


 琉斗が少し弾むような声で那岐に問い掛ける。


「ちゃんと采希の力を分けてもらえたら、そういうモノに憑かれたり目を付けられたりしなくて済むんじゃないか?」

「それは、どうだろう? さっき采希兄さんが言ったように、采希兄さんの力は狙われやすいらしいから、他のが(・・・)寄って来る可能性も……とりあえず、踏切の霊の残り香は祓っておくね」


 那岐の言葉に、采希も大きく息を吐いて首を振る。

 琉斗に指を突き付けるようにして詰め寄った。


「まず前提がおかしい。どうやって俺の力を分けるんだ? うまいこと俺の力を分けられたとして、今度はお前が狙われるようになったらどうするんだ? 自分が憑依されやすいって、理解していないのか?」


 琉斗がぐっと答えに詰まる。

 深く考えもせずに言い出した琉斗に、采希は再び大きなため息をつく。


「もう、大丈夫?」


 榛冴が顔だけを覗かせてそっと声を掛けてきた。

 采希が無言で頷くと、あからさまにほっとした顔で琉斗を見る。


「琉斗兄さん、一体何があったの? また何かの動物や生霊?」

「いや、今回は死霊だな。地縛霊──ああ、ここまで付いて来たなら地縛霊とは言えないのか」


 疲れた様子の采希が無表情で答えると、榛冴は小さな悲鳴を上げて那岐の背中にしがみ付いた。

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