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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
第3章 不可侵領域の祟り神
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第14話 祓いの社

 周囲に残っていた蛇たちの動きが変わった。個々に(うごめ)いていた蛇は、鎌首をもたげて同じ方向に頭部を向ける。

 一斉に神社の入口に向かって動き出した。

 怪訝に思った采希(さいき)が視線を移動させて、近付く気配にようやく気付く。


「──榛冴(はるひ)!」


 両手を胸のあたりで握りしめ、恐る恐る石段を登って榛冴が姿を現した。

 蛇たちが目指しているのが榛冴なのは、一目瞭然だった。

 考える(いとま)もなく、采希は走り出す。

 蛇たちに追いつき、抜き去る。一匹ずつ消すには時間が掛かりすぎる。今はとにかく榛冴を護らなければ、と思った。

 榛冴の身体を庇うように抱きかかえる。同時に蛇の群れが一斉に采希の背中に飛び掛かった。


「采希兄さん!」


 榛冴の声を聞きながら、悪意に満ちた蛇たちの攻撃を、背中で全て受け止める。

 采希の全身がおぞましい気配に硬直した。


(悪意? そんな生易しいモンじゃない。何だこれ……こんなにどす黒い感情って……)


 どろりとした気味の悪い物体で全身を覆われるような感覚。冷気と焼けつくような痛みと、腐敗臭。自分の身体が、ありとあらゆる嫌な感覚に包まれたような気がした。

 一気に吐き気が襲ってくる。

 経験したこともないような絶望感と厭世感。

 こんな闇が、存在するのかと思うほどの。


 そして采希の意識は途切れる。




 ──微かに鈴の音が耳に届いた。

 同時に覚醒していく意識が、耳慣れた声を拾う。


「……采希兄さん? 戻った?」


 那岐(なぎ)が泣きそうな顔をしている。采希は眼を瞬かせながら弟の顔を不思議そうに眺めた。

 ゆるゆると記憶を辿り、榛冴を抱きかかえて硬直したまま意識を失っていた事に気付く。腕の中に恐怖で震える榛冴を抱えたままの体勢だった。

 どうやら、意識を失っていたのは僅かな時間らしい、と安堵する。


 自分たちを襲った蛇たちは、那岐と龍の姫の逆鱗に触れて一気に弾き飛ばされたと、後に凱斗(かいと)が教えてくれた。

 少し離れた所で、数十匹の蛇たちが蠢いている。まだこちらに襲いかかろうという意図が見えるが、凱斗が采希の傍にいるので、蛇たちは近付く事が出来ないように見えた。


「ごめんなさい、ごめんなさい采希兄さん……僕、一人でうちに残されて、怖くて……」


 榛冴がぼろぼろと泣きながら采希の腕を掴んでいた。


「問題ない。榛冴、お前が無事でよかった」


 強がりではなく、采希の本心だった。

 榛冴に怖い思いをさせたことだけが悔やまれる。


「問題なくはないだろ……お前、自分がどんな目に合ったのか自覚してるよな?」


 采希の横で、凱斗が呆れたように大きなため息をつく。同時に龍の姫が采希の顔に飛びついて来た。


「……姫?」


 小さな頭をぶんぶんと横に振る。顔にしがみ付いていたその身体をそっと摘まんで引き剥がした。


「心配させたか? ごめんな。ちょっと意識が飛んだだけだから大丈夫だ」

《違う、采希……。あんな邪気を受けたら、普通は戻ってこれない。白虎が何とか間に合ってくれなかったら、采希は……》

「そうなのか? ごめん、気を付ける」


 白虎が采希の中にいる気配がした。

 咄嗟に自分を護ろうと入ってくれたのだろうと采希は思った。


「本当に姫さんの言う通りだぞ采希。無茶しすぎだ。それにお前、金剛杵(こんごうしょ)使ってないって、姫さんずっとそわそわしてたんだ」

「……あ」


 凱斗の言葉で思い出した途端に、采希の手の中に金属の感触が現れる。龍から受け取った、妙にしっくりと手に馴染む金剛杵。

 握り込むと、龍の声が頭に響く。


《無茶はするなとあれほど……。今回はとっさに彼を庇ったためではあるが。困ったら呼べと、言い置いただろうに。我らは勝手に手出しは出来ぬのだ》


 ちょっと俯きながら、龍の説教を甘んじて受ける。本当に反省していた。


「うん、今回は俺が悪いな。何も考えずに動いてた。ごめんなさい」


 龍の姿は見えないが、采希はぺこりと頭を下げる。

 それにしても、龍が勝手にこちら側に手出し出来ないとは知らなかった。

 何かあれば無条件に護ってくれるとか、そういう事を期待していた自分に苦笑する。


 言われてみれば、生霊事件の白狼(ロキ)もそんな事を言っていた気がした。

 心配そうに見上げる榛冴の肩に軽く手を乗せて笑ってみせ、ゆっくり立ち上がる。

 少し離れた所でまだ琉斗(りゅうと)が横たわっている。采希の指示で白虎が現れ、琉斗を護るように寄り添った。

 意識もまだ戻っていないのだろう。ぴくりとも動かない。

 采希は手の中の金剛杵をきゅっと握り直す。


(──うん、大丈夫)


「凱斗、榛冴を連れて琉斗のところに居てくれ。姫、みんなを頼む。那岐、お前は俺と……」

「龍神さまの力、借りるんだよね?」


 那岐に先回りされ、思わず苦笑いする。


「ああ、俺たちだけじゃ、力を使い果たしそうだからな。ここは敢えてお願いしよう」


 境内の真ん中あたりで、采希は那岐と向き合った。


(この場に存在する邪霊を消したい。そのための助力を頂きたい、です)


 采希が祈るように頭の中で言葉を形作ると、待ちかねたように龍の気がその周囲に集まる。

 龍の気と共に、采希が感じた事のない()()の力が流れ込んで来た。それが何かは分からなかったが、どこかの神社で感じたことのある気配のような気がした。

 采希と那岐を中心に、渦を巻くように広がる龍の気が蛇たちを薙ぎ払って行く。


 それはつむじ風が逆再生されているような光景だった。

 龍の気に触れた蛇は、ぼろぼろと崩れるように消滅していく。

 あまりに簡単に見える龍の(わざ)に、采希はつい深いため息をついた。


「……俺ら、あんなに苦労したのにな」


 思わず口に出してしまい、那岐が吹き出す。


「采希兄さん、神様に対抗しようとしないでよ」




 ひとまず休めという龍の言葉に従って、家路に着く。

 琉斗の意識もまだ戻らず動けないので、凱斗が琉斗を背負うことになった。


「こいつ、重すぎだ!」


 明らかに自分より筋肉質な双子の弟(琉斗)は、同じ背丈とはいえ凱斗よりかなり重い。

 盛大にぼやいてよろめきながら歩いていたが、唯一琉斗を背負う筋力のある那岐は、采希とともにゆっくり歩くことしかできないほど疲労困憊だった。


「采希兄さん、本当にごめんなさい」

「もういいって、言っただろ。お前より、琉斗の方が悪い。うちにいろって言ったのに、なんで飛び出してくるかな」


 ぶつぶつ呟くと、凱斗が答えた。


「どうやらお前が危険だって事に気付いたみたいだぞ。姫さんより早く反応したんだ。姫さんも驚いてた」

「……俺?」

「うん。『采希が怪我をした』って言ってた。どうして分かったんだろうな」


 怪我と言われて、采希はちょっと考える。蛇が飛んできて肩を傷つけた時の事しか思い付かない。


「どこが危険だったんだ? 確かに、俺も那岐も大量の蛇に苦労してたけど。一番危険だったのは、琉斗が家を飛び出したことじゃないのか?」


 前を歩く凱斗の、その背に負ぶさった琉斗の背中を見つめながら言った。

 凱斗は『まあ、そうだよなー』と言いながらよろけつつ進んで行く。


(──姫より早く、俺の危険に気付いた?)


 どういう事だろう、と思いながら采希は、肩に乗った龍の姫に声を掛ける。


「姫、俺、そんなに危なかったか?」

《力の使い方がよくなかったみたい。無駄に大量の気を使っていたんじゃないかな。だから私が行った時、全部片づけるまでもたないだろうって思った》

「もし琉斗が飛び出して来なかったら?」

《私が気付けば、警告してたと思う。でも、あの邪気に溢れた波動の中だと気付けたか自信がない》

「……」

《近くまで来てようやく分かった。だから、遠く離れた琉斗になぜ分かったのか、不思議》


 考えても、采希にはよく分からない。ひとまず、琉斗が気付いたら聞いてみようと、そう思うことにした。





 采希は倒れ込むように布団に潜る。

 那岐はもう眠ったようで、部屋の反対側のベッドから寝息が聞こえる。

 琉斗はまだずっと眠ったままだ。那岐が(なか)ば強引に琉斗の中の蛇を消滅させたことで、身体に相当な負担が掛かったらしい。

 それは仕方がない事だと思ったが、采希はふと不安になる。


(琉斗、このまま眼を覚まさないなんてことは……)


 これまでも、大丈夫だった。きっと今回も大丈夫。そう自分に言い聞かせているうちに、眠りに落ちた。




 何か夢を見たような気がした。

 起きた瞬間に、何かの感覚は残っているものの、采希には思い出すことはできなかった。ぐっすりと眠れたらしく、身体の疲れは取れている。

 何だかもやもやした気持ちでいると、那岐に声を掛けられた。


「采希兄さん、行くんでしょ?」


 那岐が何を言っているのか分からず、反射的に首を傾げる。逆に那岐にも首を傾げられた。


「あれ? 夢に出て来なかった?」

「……何が?」

「あの神社のお稲荷様。すごく謝ってて、もし都合が良ければ、朝になったら来てくれって」

「夢? 見た気がするけど覚えてない」

「兄さん、相当疲れてたんだね」

「俺も行っていいのか?」

「僕の夢の中では兄さんが隣にいたんだけど……」


 くすりと那岐が笑う。覚えていないもやもやは、お稲荷様のメッセージか、と思いつつ、心の中でお稲荷様に謝った。


「身体が大丈夫なら、朝ごはん食べたら行こうよ」




 どうしても、全員ついて来ると言って聞かなかったので、揃って(くだん)の神社にやって来た。

 琉斗もすっかり回復している。

 神社の境内は昨日とは違い、清浄な空気に包まれていた。


 那岐がお社の前に進み出る。

 采希の肩から、龍の姫がふわふわ飛びながら後に続き、那岐の横で止まった。

 社の正面に柔らかい光が浮かび上がり、お稲荷様がぼんやりと見えた。真っ白な光を纏うその姿に、元の姿を取り戻したのだろうと采希はそっと胸をなでおろす。

 お稲荷様から、言葉ではなく意志のようなものが伝わって来た。


 ──謝罪と、提案。


 気持ちは伝わって来る。それでも何を言いたいのか正確には分からず采希が困っていると、龍の姫が戻ってきた。


《采希、わかった?》

「いや、俺には神様の声は聞こえませんでした」


 ちょっと拗ねてみせるが、龍の姫は気にも留めず、淡々と話し出した。


《ごめんなさいって。蛇の卵を大量に生みつけられて困ってたって。自分を制御できなくなって迷惑かけたって仰ってる》

「蛇の、卵?」

《榛冴くんの同僚の女の子。狐だけじゃなく、蛇も憑いてたみたい》

「それって、蛇でお稲荷様を弱らせてからお社を乗っ取ろうとしたのか? エゲツねぇな。狐は蛇の天敵なのに、一緒に憑くことができるのか?」

《実際の生態系では無理だろうけどね》


 ふーん、と小さく答える。よく分からないが、采希はそんなもんなのかと聞いておく事にした。


《お稲荷様が、その子を連れて来いって》

「……なんで?」

《その狐を、抜いてくれるみたい》

「そんなことも出来るんだ……やっぱ神様、すげーな」

「龍神さまも手伝ってくれるみたいだよ」


 那岐も拝殿の方から戻ってきて言った。


「だから、名前を呼べってさ」

「……あー、わかった」

「で、榛冴」


 那岐に呼ばれ、榛冴が固い表情で返事をする。


「榛冴はその子を連れて来て」

「……僕に、できるかな」


 不安そうな榛冴を見て、凱斗が弟を庇うように口を出す。


「だけど那岐、その子は暴れたり奇行が続いてるんだろ? 榛冴一人で大丈夫なのか?」

「無理」


 あっさりと那岐が答える。


「だったら……」

「だから、お稲荷様と姫様が一緒に行くって。──榛冴、嫌かもしれないけど、お前の身体にお稲荷様を降ろすよ」

「……うん、僕にも聞こえてた」


 榛冴は那岐に頷きを返す。その返事に凱斗と琉斗が揃って榛冴の顔を覗き込む。


「聞こえてたって?」

「榛冴には聞こえるのか、お稲荷様の声が……」


 采希が驚いて那岐を見つめた。一体いつの間にお稲荷様とそこまで打ち合わせたんだ、と口を開こうとすると、那岐がこちらを向いた。


「采希兄さん」

「は? はい」


 いつもの笑顔ではない。お稲荷様と話した後だからか、那岐も固いほどに真面目な表情だった。


「神様を降ろすのは、兄さんにお願いしたいんだ。多分、僕より確実だから」

「俺はいいけど。……榛冴?」


 榛冴が胸のあたりを両手で押さえ、俯きがちに答える。


「今回のことは僕が兄さんたちを巻き込んだせいだから、僕に出来ることなら、やってみる。やらせてください。……少し、怖いけど」


 凱斗と琉斗が同時に破顔して、弟の勇気を称えるように榛冴の頭や肩をぽんぽんと叩く。


「わかった、じゃ、怖くないようにするから」


 こくりと頷くのを確認して采希が榛冴の顔の前に手をかざすと、榛冴の眼が眠そうに半眼になる。

 そのまま顔の前でぱちんと指を鳴らすと、一瞬で眠りに落ちた。


「采希、お前そんな技、どっから……」

「……さぁ? なんとなく? でも眠った方が榛冴にとってはいいかと思って」


 榛冴の身体を支える凱斗に、采希は答える。

 実際、今の一連の行動は無意識で、身体が勝手に動いたように感じていた。

 采希が頭の中でお稲荷様にお願いすると、榛冴が眼を開けた。


「……入った? 見た目、変わってないからわからないな」


 采希が呟くと、榛冴がふっと微笑んだ。それがいつもの榛冴の表情ではない事で、采希は上手く降ろせたと悟る。

 榛冴の顔が采希の肩の上に向けられる。その眼が龍の姫を確認し、黙って頷いた。

 龍の姫が采希から榛冴の肩に移ると、お稲荷様を宿した榛冴の身体は、ゆっくりと歩き出した。




 神社のお社の階段に、残された四人が並んで座っていた。

 凱斗がぼんやりと頬杖をつきながら呟く。


「なーんかさ、俺ら、采希たちにばっかり働かせてるよな。まあ、どうせ役に立たないけど」

「俺は迷惑ばかり掛けているしな……」


 琉斗も俯きながら言った。

 采希は那岐と顔を見合わせる。


「凱斗、俺たち、そんな風には思ってないぞ」

「そうだよ、昨日だって凱斗兄さんたちに助けられたよ」

「……でも俺は……」


 琉斗がさらに俯く。


「まぁ、琉斗がらみで厄介な目に遭ってるのは事実だけど」


 ぼそりと呟いた采希を、琉斗がちょっと傷付いた顔で見る。


「でも、お前が俺の危険を姫に教えてくれたのも事実だしな」


 ゆっくりと、采希が琉斗の方に顔を向ける。


「俺、まだ自分の力加減とか限界とか、よくわからないんだ。お前、どうして俺が危ないってわかったんだ?」


 琉斗が驚いた顔で見つめている。


「……どうして? ……さあ、どうしてだろう?」

「なんだ琉斗、自分でもわかってないのか?」

「……兄貴」


 戸惑う琉斗に、那岐がにっこりと笑う。


「そっかー、僕たちの危険を察知する能力なのかなー」


 足をぶらぶらさせながら、那岐が納得したように言った。


「……それがこいつの力だっていうのか?」


 怪訝そうに采希と凱斗が顔を見合わせる。確かにそう考えなければ、琉斗が突然家を飛び出した説明が出来ない。

 家族の危機を知って渦中に飛び込んで、自分が死にそうになってたら本末転倒だろう、と采希も凱斗も思った。


 第一、琉斗には危機を回避するための力はない。

 どう考えても采希には、あまり役に立つ能力とは思えなかった。




 唐突に、龍の姫が姿を現す。

 いきなり采希の眼の前に出現したので、思わずのけ反って倒れそうになった。

 榛冴の身体を借りたお稲荷様が、騒ぎの原因となった女の子の肩を抱くようにして石段を上がってきた。


《采希、場を作るから、呼んで》


 姫の言葉が龍神のことを言っているんだと察した采希は、少し戸惑う。


(名前か……)


 いきなり呼んでも認識してくれるのだろうか、と少し迷う。


(出でよ神龍って、言ってみたかった気もするけど)


 やめろと言われた呼び名で呼ぶ勇気はない。

 どんな言葉で呼び出せばいいのかも分からないが、采希は眼を閉じてゆったりと力を抜く。


(八大龍王、娑伽羅。そして天の八部衆の龍、沙羯羅。お二方のお名前をお借りいたします。かの地を治める地龍『サーガラ』、俺たちに力を貸して下さい)


 ぴんと空気が張り詰める。

 周囲が清浄な気に溢れ、小さな光の粒が周囲に舞っていた。

 上空から、地面から、光の柱が現れ、一本になる。


 榛冴の身体が女の子とともにその光の柱の中に入った。

 狐の影が一瞬浮かび上がり、光に溶けていく。

 女の子の身体の周りに大きな大蛇が巻き付いているのが見えた。

 のたうちながら、大蛇も消えていく。

 ゆっくりと光が弱くなり、ふっと柱が消失した。


「……終わったのか?」


 采希の頭に声が響く。


《その名を受けよう。龍王の名とは身に余るが》

「あー……うまい事、思い付かなくて……気に入ってもらえたなら良かった)


 龍が笑ったような気配がして、ゆっくりと消えていった。



 * * * * * *



「だからね、安易に神頼みとか、しちゃダメだよ」


 珍しく、榛冴に対して那岐の説教が続く。


「今回はたまたま上手くいったけど、本来、神様の領域ってのは、僕ら人間が手を出しちゃいけないんだからね」

「……はい、ごめんなさい」

「だいたい榛冴は、女の子に甘いから……」

「はいはい、那岐。その位にしとけ。榛冴だって反省してんだから」


 凱斗が二人の間に割って入る。


「それに、榛冴のせいって訳じゃないし。そんなに怒らないでやってくれ」

「でも、采希兄さんは今回本当に危なかったし。それに琉斗兄さんだって……」


 一斉に琉斗を見る。みんなの視線を受けて、琉斗が慌てたように背筋を伸ばす。


「……すまない」

「お守りも、効かなかったな」


 凱斗が苦笑いしながら気の毒そうに琉斗を見た。


「琉斗にも姫さんみたいに護ってくれる存在()がいれば、苦労しなくてすむのにな」


 凱斗の言葉に、采希は思わず那岐と顔を見合わせる。


「いや、姫は俺の護りっていうよりは、龍神との橋渡し役……ああ、でもそうか、誰かの護りについてもらえば……」

「そっか、そしたら心配しなくてすむね」

「あ、ダメだ。姫には『気』の供給が必要だった。琉斗にそれは無理だって言ってたな」

「そうなの? じゃあ仕方ないか。まあ、何も持たない、琉斗兄さんみたいな人が普通なんだし。いざとなったら僕らが──って、兄さん? 采希兄さん!」


 ぼんやりと那岐の顔を眺める。どうして那岐が慌てているのか采希には分からなかった。

 那岐が無言で口を動かしているのを不思議に思っていた。


 采希の視界がぐらりと傾ぐ。

 琉斗が采希を支えるために手を伸ばした。

 凱斗が采希の額に手を当てる。

 慌てて口を動かしながら振り返る。

 榛冴が急いで立ち上がる。

 那岐が采希の顔を両手で挟んで、大きく口を動かしている。


 そこでやっと、采希は気付いた。


(どうして、音が聞こえないんだ?)


 騒がしいはずのみんなの声が聞こえない。

 采希の中に、急激に不安な気持ちがこみ上げる。


「……那岐……?」


 声を出してみると、那岐が大きく頷いた。


「俺、声、出てる?」


 真剣な顔で那岐がこくこくと頷く。


「那岐、俺、耳が……」


 那岐の口がゆっくり動く。


(聞こえてないの? ……って言ったのかな?)


 那岐に頷いてみせると、泣きそうに歪んだ那岐の顔がぼやけて見えた。


(身体……だるい)


 静かに、采希は意識を失った。

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