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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
第2章 龍神様の捧げ物
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第7話 狭間の邂逅

 気付くと采希(さいき)は、何もない空間に一人ぽつんと立っていた。額が熱くなり視界がスパークした後、どのくらいの時間が経ったのかわからない。


(どこだ、ここ?)


 声に出してみるのが、何となく怖かった。

 身動きすることすら怖くてできない。

 夢の中に似ているけど、自分の身体の感覚は夢の中とは違っているような気がした。

 辺りは霧で覆われたように霞んでいて、よく確認出来ない。周囲の霧に流れはないので、自然のものではないことだけは分かった。


琉斗(りゅうと)、どうしたかな?)


 無事だといいけど……そう思いながら、そっと息を吐き出す。身体も視線も動かす勇気はなかった。



 固まる采希の眼の前に、ふわりと銀色の猫が降り立つ。


「シェン!」


 思わぬ再会に、嬉しくなって手を差し出そうとすると、シェンの尻尾も全身の毛も、怒りで逆立っていた。


「采希さん、どういうおつもりですか!」


 なぜ怒っているのか分からず、采希は反射的に首を傾げる。

 猫に怒られるとは思ってもみなかった。


「鍵もなしに、無理やり封印をこじ開けるなど、無謀すぎます!」

「えっと、言ってる意味がよく……」


 小さくひとつ息を吐いて、シェンが少し落ち着いた声で話し出した。


「采希さん、あなたは琉斗さんを助けたい一心で、自分の封印を強引にこじ開けて力を使いました。だからこんなとこに飛ばされたんです。それは理解できますか?」

「いえ、全然……」

「おまけに私まで引きずり込まれ……。ちょっと出られそうにないですね」


 不快そうに辺りを見回すシェンにの様子に、采希は中途半端に差し出そうとしていた腕をぱたりと下げる。


(引きずり込んだ? どうやって? あ、俺がシェンを呼んだせいか?)


 状況が掴めず少し困りながらも、采希はしゃがみ込んでシェンを覗き込むように視線を下げる。


「えっと、まずさ、ここ、どこ?」

此岸(しがん)彼岸(ひがん)の間ですね。采希さんは死ぬ一歩手前といったところです」

「……なんで?」

「さっきも言いましたが、無理に力を使ったため、反動で魂が飛ばされたのだと考えられます」

「琉斗は? どうなった?」

「……この状況で琉斗さんの心配ですか? 琉斗さんは無事です。采希さんの力で、憑依していたものは術者に還ったようです。しかし、此岸では呼吸をしていないあなたの身体が倒れています」

「俺、死んだのか?」

「一歩手前、です。このままだと確実に死にます」


 それは困る、と采希は思った。まだ死んでないなら、戻りたい。

 辺りをそっと確認するが、三途の川らしきものは見当たらなかった。


「此岸と彼岸の間って……。どうやったら戻れるんだ?」

「ここからは出られそうにない、と申し上げました。あなたの力は封印されていますので……」


 そう言いながら眼を逸らすシェンに、采希は何やら違和感を感じた。ふと思い立ち、口に出してみる。


「それって、力が封印されてなきゃ出られるってこと?」


 シェンは答えない。


「シェン、もしかしてお前、俺の力を開放する方法を知ってるのか?」


 シェンのヒゲがぴくりと反応する。


(やっぱり……)


 どうあっても出られないのであれば、シェンももう少し焦るんじゃないかと采希は考えた。

 ここから出るための方法を知っているけど言えない、と仮定すれば、シェンの言い方も何となく納得できた。采希はゆっくりとシェンを見つめる。


「それができるなら、開放してくれ。今だけ限定でもいいから」

「……」

「シェン」

「それは、ちょっと……。采希さんは私のご主人ではないので……」

「ご主人様の許可が必要なのか? でもこのままじゃシェンも出られないよな? 俺も死んじゃうし」


 シェンは視線を合わせようとせず、黙ったままだ。


(『私のご主人じゃないから』? 俺がシェンの主人なら封印を解くように命令できるって意味なのか、主人である巫女殿にしかそれは出来ないって意味なのか、どっちだ? いや、そもそもシェンに俺の封印が解けるのかが、問題か)


 封印を掛けた本人ではないが、その使い魔であれば何らかの方法を知っていそうな気がした。


「……もしかして、俺がシェンの主人になる方法とか、あったりする? そしたら封印を解けるとか?」


 考え込んだまま呟いた采希の言葉に、驚いたようにシェンが采希を見る。不安気に尻尾が揺れた。

 是とも否とも答えず、シェンが再び目を逸らす。その仕草で、采希は自分の考えたことが誤りではないと確信した。

 少しほっとしながら、采希はさらに考える。自分がシェンを支配する立場になるなら、多分、方法はこれだ。


 シェンの傍にしゃがみ込んでいた采希は、片膝をついてシェンの片方の前脚を手に取る。小さな脚を両手で大事に包んだ。

 息を吸い込んで、できるだけ優しく声を出す。


「俺に力を貸して。頼むよ、()()()()()。あんたを束縛するつもりはない。ちょっとだけ、俺に力を貸して欲しいんだ」


 シェンの身体が柔らかい光を発した。


(──ビンゴ)


 思わず口元が緩む。古今東西、()()()()()を当てる事で相手を支配するのはよくある話だからこそ、真っ先に思い付いた。


「……どうして……」

「俺、あんたのご主人様と気が合うかもな。あの白狼の名前が()()なら、あんたは神猫(シェン・マオ)だって思った。だって俺、あの子虎にシェンフーって名前付けようと思ってたからね」

神虎(シェン・フー)、ですか? 白虎に? ……なるほど。そしたら、呼ぶのに紛らわしい気がしますが」

「そうだな、だから……(ヴァイス)。とりあえず、そう呼ぶことにした。ちょっと安易かと思うけど、呼べないと不便だし。これでいいか、ヴァイス?」


 眼の前の空間に白虎が現れる。その体躯は小さいままだ。

 青いその眼を覗き込んで、采希はそっと頭を撫でる。


「よろしくな、ヴァイス」


 白虎は眼を細めながら采希の手に頭を擦り付ける。それに小さく微笑んで、采希はシェンに向き直った。


「そろそろ戻りたいんだけど。みんな心配してるだろうし」

「──了解しました。では、封印を一時解除します。ただし、ごく一部です。全ての封印は私には解除できませんし、いきなりですと身体の負担が大きく危険ですので。準備はよろしいですか?」



 * * * * * *



 ふわりと浮き上がる感覚から、猛スピードで浮上する。

 不思議と恐怖はないが、一体どこに向かうんだろうと少しだけ不安になった。

 しかも何故か、感覚的にだが、凄く乱暴に放り投げられたような気がしてならなかった。

 顔に雫が当たる気配がして、唐突に采希の視界が開ける。

 眼の前には、ぼろぼろと涙を流す琉斗の顔があった。


「……うわ、すんげー顔」


 間近でみた従兄弟の泣き顔に、思わず嫌そうな声が出た。

 精悍なイケメンが台無しだ。


「采希!」


 琉斗にしがみつかれる。


「……ぐえっ」

「よかった~。采希兄さん、息してなかったんだけど。本当にどうしようかと……」

榛冴(はるひ)、ごめん。ご心配おかけいたしました。この通り、無事だった」

「──無事で何よりだ。ところで采希、お前どうやって琉斗に憑いてるのを祓ったんだ? 俺もできるようになりたいから教えてくれ」


 凱斗(かいと)が采希を支えながら、身体を起こしてくれた。無事を喜ぶよりそっちが優先か? と采希は言いそうになった。

 自分の心配はされていなかったのかと、ちょっとだけ思ってしまう。


「いや、残念ながら、自分でもよくわからん」

「采希兄さん、ホントに生きてるよね? ゾンビじゃないよね?」

「……俺、ちゃんと喋ってんじゃん」

「そうだけど……本当に呼吸、止まってたんだからね。多分、心臓も。脈、確認出来なかったし」


 しつこく、微かに声を震わせながら告げる榛冴に、そんなに心配させたのかと采希は少し反省する。

 涙と鼻水にまみれて泣いている琉斗の肩越しに、ふと壁の前の空間がキラキラと光っているのに気付いた。

 采希がじっと見つめていると、徐々に光が集まって何かを形作ろうとしている。

 采希の視線を追って、全員がその光を見ていた。


「──なに、あれ……」

「お、お化け?」

「でもキラキラしてるぞ」


 くるりと回転しながら、光の中から出現したのは……


「シェン? なんで?」


 この世ではもう死んでいると、言っていなかったか? と思いつつ、采希は首を傾げる。


《あれ……ここって、此岸? え? どういう……》


「「「はぁぁ? 猫? 何これ!」」」


 采希以外の三人が盛大に叫び声を上げる。

『そりゃそうだ、何もない空間から突然現れたら驚くわな』と呟きながら、采希は布団に降り立った青銀の猫に膝歩きでにじり寄る。


「シェン、どうしてここにいるんだ? お前、もう現世に身体はないって……どこからこの身体、持ってきた?」

《……多分、采希さんに引きずられた……? この身体、実体はあるようですが、触れますか?》


 焦っているように小刻みに動くシェンの身体を、采希はそっと抱き上げてみる。

 普通に、猫の感触だ。ちゃんと、暖かい。

 猫好きの采希は嬉しくなって、その滑らかな毛皮に頬ずりする。


「とにかく、シェン、また会えて嬉しいよ」

「ちょっと、采希! なんだよそれ、化け猫?」


 眼を見開き、シェンを思いっきり指差しながら凱斗が大きな声を出す。


「違うよ、凱斗。この子は俺を助けてくれたんだ。だから指差すのはやめなさい、失礼だから」

「でも、でも、急に現れて……」

「あぁ、シェンはもう死んでるからな。──そういう意味じゃ、化け猫になるのか?」

《化け……そりゃもう死んでますが、他に言い様はないですか?》

「あったら教えてくれ」

《…………ないですね》


 憮然とするように猫の眉間の辺りに皺が寄せられる。その様子を嬉しそうに笑いながら見ていた采希の肩に、凱斗の手が乗せられた。

 まだ少し声が震えている。


「……あ~、采希? お前、だーれと話してんのかなぁ?」

「誰って、この()に決まってんじゃん」

「……猫、だよな?」

「うん」

「猫と、喋ってる、のか?」


 念を押すように、凱斗が繰り返す。


「だからこうして……あ、シェン、お前の声って俺にだけ聞こえてるのか?」

《……そのようですね》

「じゃ、俺、おかしな人みたいになってる?」

「うん、おかしいよ、采希兄さん……」


 榛冴が怯えた目で采希を見る。凱斗も采希とシェンを見比べながら、何とも言えない表情をしている。

 そんな兄と弟を尻目に、果敢にも琉斗が近寄って来た。涙と鼻水の跡が残る顔は真剣だ。


「俺が触っても、大丈夫か?」

「へ?」


 恐る恐る、手を伸ばしてシェンに触れる。

 そっと撫でながら琉斗はシェンに声を掛けた。


「俺の身内が世話になった。俺は采希の従兄弟で、琉斗だ。よろしく頼む」


 声は思いっ切り震えているし、顔色もかなり蒼褪(あおざ)めている。


《よろしくお願いします、琉斗さん。聞こえないとは存じますが》


 凱斗もそんな弟の様子を見て、采希の肩に手を乗せたまま、恐る恐るシェンを覗き込んだ。


「……俺たちの声は聞こえてる、のか? あー、俺は凱斗。こいつの従兄弟で琉斗の兄で……よろしく、って言っていいのかな? 美人な猫さん」

《あら……ありがとうございます、凱斗さん》

「ぼ、僕は榛冴。あの、采希兄さんがお世話に……すみません!」


 遠巻きに様子を窺っていた榛冴も身体を半身(はんみ)に引きながら挨拶をした。


「ところでシェン、なんで俺だけにお前の声が聞こえるんだ?」


 采希の腕の中、シェンは困ったように首を傾げた。





「とにかく、采希は無事だったんだし、あとは那岐(なぎ)を捜さないとな」


 凱斗の言葉に全員が頷く。


「あの那岐兄さんが攫われるって、信じられないんだけど。ホントなの、采希兄さん?」

「うん、シェンがそう言ってた。どこかに閉じ込められてるって。おそらく、スタンガンか何か、使われたと思う。ちょうどその頃、俺、変な静電気みたいなのを感じてるし」

「……シンクロニシティってヤツ?」


 凱斗が思い出したように呟く。凱斗と琉斗は双子でも二卵性なのであまり実感はなかったが、一卵性双生児にはそんな現象が確認されていると聞いた気がする。

 采希と那岐は一つ違いの兄弟だが、自分と琉斗よりもはるかに双子っぽい繋がりがあると、凱斗は常々思っていた。


「さぁ……そうなのかな」

「でも、那岐兄さん、どこに閉じ込められているんだろ?」

「采希、お前、わかるんじゃねぇの? 今、封印ないんだろ?」

「いや、まだ封印はあるんだけど……わかるのか?」


 凱斗があまりにもあっさりと言うので、采希は面食らいながらシェンに尋ねる。


《どうでしょう? 試してみたらいかがですか? 恐らくは出来る、と考えていますが》

「……どうやって?」

《那岐さんを捜す、と考えてください》

「……それだけ?」

《はい》


 とても信じられない、といった表情で采希はシェンを見つめる。


「──それだけで出来るんなら、苦労しないだろ。だったら誰にでも出来る、って事になんじゃねぇの?」

《出来るそうですよ》

「え?」

《やろうと思えば誰にでも可能だそうです》

「──巫女殿がそう言ったのか?」

《いいえ、…………あの、はい、そうです》


 不自然に途切れたシェンの言葉に訝しみながらも、采希は眼を閉じて頭の中で言葉を形作ってみた。


(……──!!)


 眼を閉じているのに、周りの風景が見える。

 まるで采希の額のあたりに大きなスクリーンが現れて、そこに映し出されているような感覚だった。


 那岐の事を考えながら、采希の視線は旅館の中を捜す。ついでに旅館の周囲も映し出してみる。それに合わせるように、複数のスクリーンが同時に展開された。

 旅館の従業員用らしき部屋では数人が倒れていた。全員一様に、泡を吹いて白目を剥いている。琉斗から引き剥がして自分が還した『何か』を喰らったのだろうと思いつつ、采希は視線を素通りさせる。自業自得の連中に構っている暇はなかった。

 旅館裏手の山を少し登った先に、小さな建物が見える。平屋で、中もせいぜい二部屋程度だろう。

 建物の中を覗こうとすると、何故かかなりの抵抗があった。そのせいか、中の様子は分からない。


(なんだ? この先が見えない。何か、隠そうとしているような感じか?)


 脳裏のスクリーンをフェードアウトさせ、采希はゆっくりと眼を開ける。じっと見守っていた従兄弟三人を見渡し、今見た光景を簡単に説明した。

 旅館裏手の建物が限りなく怪しいと告げると、凱斗が迷いなく応えた。


「んじゃ、行くしかないだろ?」

「でも、もう真っ暗だよ兄さん」

「──懐中電灯がある」


 全員一斉に立ち上がり、暗い玄関から出て旅館の裏に向かう。

 一人取り残されるのが怖いのか、榛冴も付いて来た。先頭を歩く凱斗の上着の裾を、皺になるほど強く握っている。

 苦笑いしながら采希と琉斗がその後に続く。隣を歩く琉斗が風の音にも過敏に反応しているのに、采希は気付かない振りをした。


「その、倒れている連中って一体、どうしたんだ?」

「多分、俺が琉斗の憑依を引き剥がしたから、術者に戻ったってとこかな。死んではいない、多分」


 攻撃されたという事実もあって、凱斗の質問に答える采希の口調は自然に冷たくなる。


「じゃ、あれ、呪いの類だったってこと?」

「それも凱斗を狙ったものだぞ。琉斗がおかしくなる前、凱斗、何か感じただろ?」

「……うん、何か虫みたいなのが首筋に……あれが、そうなのぉ?」


 憑依しようとした霊を虫のようだったと断じた凱斗に、采希は少し呆れる。


(どんだけ護りが強いんだよ……)


 そう思いながら、采希は自分の考えを口に出した。


「凱斗を狙ったものの、凱斗には取り憑けなかったんだと思う。霊能力(ちから)のある那岐を俺たちから引き離したから、大丈夫だと思ったんだろうな」

「那岐兄さんが能力者だって知ってたってこと?」

「おそらく。そんで次に、体内に力を溢れさせている凱斗を狙ったんだろう」

「……じゃ、琉斗がああなったのは、俺のせい?」

「違うな。あのおっさん達のせいだ」


 懐中電灯の灯りを頼りに小声で話しながら、一同は旅館裏手の小さな建物にたどり着く。

 玄関に向かって近寄る凱斗が、ふと立ち止まった。


「あれ?」

「どうしたの、凱斗兄さん?」

「進めねぇ……」

「──は? あれ? なにこれ?」


 榛冴も空間に手を当ててなぞる。目に見えない壁を二人で押したり叩いたりしている。

 そのパントマイムのような動きに、後ろで並んでいた采希と琉斗が顔を見合わせる。

 二人で前に進み、同時にゆっくり手を伸ばすと、手が同じ場所でぴたりと止まる。


「……なに、この抵抗?」

「感触が金属っぽいな」


 琉斗を見ると、采希を意味あり気に見ている。

 同時に頷き、同じ歩調で後ろに数歩下がる。


「「せーのっ!」」


 同時にダッシュし、それぞれ肩から突っ込むように見えない壁に体当たりする。

 予想通り、二人で派手に跳ね返された。


「……二人とも、何がしたいわけ?」


 榛冴が呆れたように、倒れた采希たちを見下ろす。


「琉斗が金属っぽいって言ったから。確認しようかなって」

「金属かどうかを?」

「違う。確かに肌触りは金属っぽいけど、妙に弾力があったんだ。だから……」


 凱斗が不審そうに尋ねる。


「……お前ら、一度触っただけで同じ事考えてたの?」

「そうらしいな。金属の手触りで弾力がある物質ってなんだろう、と思ったんだ。しかも完全に不可視の壁とはな」


 琉斗も同意する。


「結論は?」

「……采希?」

「偉そうに語っておいて俺に振るのはやめろ、琉斗。……目に見えなくて、この世の物質じゃないなら、これは多分、結界とかいうモノだろうけど。触れる結界って、あるのかな?」

「結界ねぇ、なるほど。どうやったら解ける? お前、なんとか出来ないの?」


 期待するような凱斗の言葉に、采希が一瞬情けない顔になる。『俺……?』と小さく呟いてシェンを振り返った。


「……シェン?」

《結界の術式が分かれば可能かと。分からない場合は術者か、もしくは何らかの術具が必要でしょう。強引に壊そうとすれば、結界の中も無事は保障いたしかねますが》


 凱斗と采希がぶんぶんと首を振る。中に那岐がいるかもしれないのに誰もそんな無茶を押し通す気はなかった。


「仕方ない、一旦戻ろうか」

「……だな。ひとまず休むか……」


 行く手を阻む不可視の壁に当てた采希の指先に力がこもる。


(待ってろ、那岐──)

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