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巫の血脈  作者: 櫟木 惺
第18章 逸走の里
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第97話 古の邪気

采希(さいき)兄さん! やっと見つけたぁ。……凱斗(かいと)兄さん、どうしたの?」


 榛冴(はるひ)の視線の先には(うずくま)った凱斗がいて、隣には采希が頭を掻きながら立っていた。

 その傍には白虎が全身の毛を逆立てて伏せていて、背後に中学生くらいの少年がいた。白虎の体躯からぱちぱちと小さな音がしている。

 蒼褪(あおざ)めて震える少年に琉斗(りゅうと)が近付いた。


「君が紗矢(さや)さんが捜していた生徒か?」


 小刻みに震える少年が、歯を鳴らしながらがくがくと頷く。


「……采希兄さん、まさか念動だけじゃなく霹靂(へきれき)も稼働させたの? もしかして、かなり狭い空間だった?」

「……念動だけじゃ無理な気がしたんで。思った以上に頑丈だったな」

「凱斗兄さんはその余波で感電したって事? 榛冴!」


 那岐(なぎ)の言葉を待たずに、榛冴は凱斗に手を(かざ)す。

 周辺には紫電の残したオゾン臭が漂っていて、どれ程の威力だったのかと那岐は溜息をついた。

 白虎の逆立った毛に触れたら静電気が起こるのだろう。

 もう大丈夫、と榛冴の手を押さえ、凱斗が立ち上がる。


「いや、采希はちゃんと警告してくれたぞ。この程度で済んでくれたんだ、ガイアに感謝だな」


 以前、采希の紫電の直撃を受けた那岐は三日寝込んでいる。

 それに比べたら全く問題ないだろう、と凱斗は笑顔を作ってみせた。本音としては、ガイアが凱斗の足元から電撃が流れないようにしてくれたのに、これほどの威力があるとは思ってもいなかった。


「……ごめん、凱斗」

「だから大丈夫だって。きちんと俺の方に電撃が向かないように調整してくれただろ?」


 少し痺れたような感覚は残っているが、凱斗は少年の方に向かった双子の弟の方へと視線を移す。

 琉斗の手を借りて立ち上がった少年は、膝を震わせながら琉斗に掴まっている。


「な? 結構危ないだろ?」


 少年に笑ってみせた凱斗に、榛冴が呆れたように視線を向けた。


「全員集まったし、尋ね人も見つかった。後はこの空間を創っている邪気の塊を消しに行こうよ」


 凱斗の身体をあちこち確認するように触っていた采希が那岐の方を見る。


「その邪気の塊がこの空間を支配しているのか?」

「多分ね。そいつの部下っぽい奴がこっちに近付けまいとしてたから。ただ、相当に濃い邪気だ。四神の全力なら抑えられるかなって位だと思う」

「……そんな奴がいつの間に育っていたんだろうな」


 采希が呟くと、那岐がさっき確認した邪気の塊がいた方向を眺めながら首を傾げる。


《特に気の滞りやすい場所のようです。先程、シェンさんを通じて(れい)さまから見解が届きました》

「黎さん、向こうの作業が終わったのか?」

《まだのようです。私が送った情報とロキさまが送った情報をシンさまが解析し、黎さまがそう判断されたようです》


 気の滞りやすい場と聞いて、采希は腕組みをして考え込んだ。

 これまでも呪や邪気の存在する場は気が巡っていなかった。采希は俯いて、囚われている巫女に思いを馳せる。


(あきらのしていた仕事は、何だ? 邪気を消し、龍たちの気を巡らせる。それって、自分の手が届く範囲全ての気を正常に循環させていたって事じゃないのか? だとしたら、巫女不在の今、気を巡らせる者がいないって事になるのか? どの位の範囲で対処していたかは分からないけど……)


 龍脈という言葉があるように、龍たちの存在はその地の気を巡らせる。その龍に時々気を供給していたのは巫女だった。

 采希の中で何かが、かちりと(はま)った気がした。それでもまだ答えは出ない。


(あきらに仕事をさせないようにその力を封じ込める。それは誰にとって得になるんだ? あの邪教集団以外に誰が、あきらを邪魔に思った?)


 巫女に直接除霊される事より、巫女が気を循環させることを嫌がった『何か』。その考えが、采希の記憶のどこかに触れた気がした。

 顎に手を当てて考え込む采希の肩に、那岐の手が乗せられた。


「兄さん、何を考えているかは大体予想がつくけど。今はこの空間から出る事が優先だよ」

「……そうだな、那岐、どっちの方向だ?」

「こちらから出向く必要はなさそうだよ。──あいつだ」


 那岐の視線の先に、熊と狼を混ぜたような巨大な黒ずんだ物が近付いて来た。四足歩行で闘牛のような二本の角を生やしている。




「さっきから思ってたけどさぁ、天狗だの熊だの、なんでそんな姿なんだ?」

「昔の人たちが恐怖した対象を模している、と考えるのが妥当じゃない? かなり昔から邪気を溜め込んでいたようだしね。それより凱斗兄さん、今日こそちゃんと炎駒さまを呼び出せるんだよね?」

「任せろ」


 凱斗と榛冴が嫌そうに巨大な生き物を見つめる。

 采希と那岐は少年の傍に歩み寄り、二人掛かりで結界を少年の周りに展開した。


「ここまで強化すれば大丈夫か? 小僧、どうせ動けないとは思うけど、絶対にこの場を動くなよ」

「内側からなら簡単に破れちゃうからね、兄さんの言うように絶対ここから移動しないでね。今回は白虎さまも兄さんの方に付くから、君は一人になる。胆力が試される場面だけど、頑張って」

「…………」


 少年は采希と那岐を交互に見つめる。采希に眼を留めて、そっと唇を噛んだ。


邦武(くにたけ)、です」

「は?」

「僕の名前、邦武と言います」


 ちょっとぽかんとした采希は、すぐに相好を崩す。


「そうか。じゃあ邦武、ここできちんと踏ん張ってみせろ」

「はい」


 自信なさげに、それでも心を決めたように頷いた少年に向かって、琉斗が嬉しそうに笑った。


「いい返事だ。采希と那岐の結界は衝撃を無効にするが、視覚と聴覚は遮らない。──ビビるんじゃないぞ」


 引き攣った笑顔を返す少年に、琉斗は親指を立ててみせ、凱斗の隣に向かった。采希と那岐はとうに予定の位置に移動している。


「四神の全力って事は、僕らの動きも阻害される?」


 榛冴が不安そうに言うと、采希は頷いた。


「俺と榛冴はこの場から攻撃するから、あまり影響ないと思うけどな。凱斗たちは直接突っ込むから、防護壁は全面的に凱斗たちに回した方がいいだろう。──榛冴、不安か?」

「まあ……でもガイアさんの防御は僕らのとこまで届くんだよね?」

「……かろうじて、だな。ナーガと姫は凱斗たち三人に付く。海はないけど、海神(わだつみ)の加護はどうやら届きそうだ」

「海神さまと守護契約を結んだから? だったら何とかなるかも。じゃあ、奴の攻撃範囲に届く前に、方陣を張ろうよ」


 榛冴の声を合図に、それぞれが四神と麒麟を呼び出す。


「東方守護神青龍、南方守護神朱雀、西方守護神白虎、北方守護神玄武、行きます、封縛結界!」

炎駒(スルト)、来い!」


 那岐の結界が、四神の力を乗せて展開される。

 巨大な邪気の上空に炎駒が姿を現わし、四方と上空を結ぶ四角錘(ピラミッド)の方陣が完成した。

 最大限に開放した四神たちの力に、那岐の身体がふらりと傾く。


「那岐、結界の維持は俺が引き受ける。お前は攻撃に移れ」


 采希がそう言うと、那岐の身体に掛かっていた圧力が消えた。

 采希の方を振り返った那岐が口角を引いて笑ってみせ、凱斗と琉斗に向かって声を上げた。


「凱斗兄さん、琉斗兄さん、行くよ!」


 錫杖(しゃくじょう)を出現させた凱斗の隣で琉斗が紅蓮を呼ぶ。

 那岐も再び三節棍を取り出し、三人が同時に駆け出した。


「出来る限り奴の気を削り取れ! 核は俺が叩き潰す」


 采希の声に全員が小さく頷いて、巨大な邪気に四神の気を乗せた武器で攻撃を始めた。

 榛冴の手から飛び出した円月輪(チャクラム)が唸りを上げて対象を切り刻む。

 采希の後ろに武将の三郎が陣取り、采希が次々に作り出す真空の刃を操っていた。


「采希兄さん、あの那岐兄さんですら負担の大きかった結界なのに、平気なの?」


 苦も無く結界を支えているように見える采希は、榛冴に向かって笑ってみせた。


「大丈夫だな。封印もないし、制御するのは問題ない。榛冴、こいつの核部分はどこだ?」

「まだ現れない。もう少し兄さんたちに削ってもらえれば……」

「分かった。琥珀、何時でも行けるようにしてろ」

《御意》


 榛冴はふと疑問に思った。


 あれほど邪気に餌として狙われていた采希だったが、いつからかそれが無くなった。

 それは多分、采希の力の波動が上がり、邪気たちに手出しできなくなったからだろう、と黎から聞かされていた。

 だが、采希の力にその器は耐えられないと言われていたはず。


 では何故、今、制御できているのか。


 頭に浮かんだ不穏な考えを振り払うように、榛冴はぶるんと頭を振る。


(大丈夫、黎さんと陽那(ひな)さんの杞憂だ。采希兄さんは、大丈夫)


 唇を噛みしめて円月輪の制御に集中しようとする。

 一度頭に浮かんだ考えは、容易に消えてはくれなかった。


(ダメだ、集中を欠いたら……瀧夜叉(たきたしゃ)さま、お願いします!)


 榛冴の願いに応えるように、眼の前に瀧夜叉姫の扇が現れた。

 すかさず扇を手にした榛冴は、左手で管狐(くだぎつね)の入っている銀笛を握りしめる。


「綱丸、円月輪に気を乗せるのを手伝って! 采希兄さん、一気に削りたいんだけど、ロキさんは動けそう?」

「ロキ、行け」


 琉斗の身体から、采希の気を纏った白狼が飛び出した。


「総力を注ぎ込むよ。采希兄さん、核の気配が視える。もう少し削ってからの方がいいとは思うけど、あいつの背後下部だ。──回り込む?」


 榛冴の示した場所を僅かに目を細めて確認した采希は、小さく首を振る。


「問題ない。──琥珀」


 呼び掛けに応えた琥珀は、七尺三寸の弓となって現れる。


「狙いは、あいつの後方。天に雷雲を呼ぶ。紫電を纏って、奴を貫け」


 雨の匂いを含んで頭上に雷雲が現れる。采希が少し斜め上に向けて放った矢は途中で上方に軌道を変え、雷雲の中に消えた。

 雷雲の一部が光ったと思うと、加速した琥珀の矢が現れ、真上から邪気の塊の中心となっていた核を正確に貫いた。




「采希、大丈夫か?」


 片膝を付いた采希に琉斗が手を差し出す。


「……疲れた」

「ああ、お疲れさんだったな。元の空間に戻って来たようだぞ」


 采希が顔を上げると、そこは山の中のように見えた。先程までとは違い、足場が斜めになっている。


「トンネルは?」

「ここからだとちょっと歩くかな。姫さま、まだ余力があるなら、僕らを乗せてくれる?」


 那岐が声を掛けると、地龍の姫が大きな龍の姿で現れた。


「あ、小僧は大丈夫だったのか?」

「僕なら大丈夫です」


 采希が振り返ると、凱斗に連れられた少年が少しはにかむように笑みを浮かべていた。


「……怖くなかったか?」

「滅茶苦茶怖かったです。だけど……」

「?」

「動かなければ大丈夫だと采希さんが仰っていたので、信じていました」

「……そうか」


 優しく笑って、采希はよく頑張ったというように少年の頭をわしわしと撫でる。


「じゃあご褒美だな。龍の背中に乗せてやるぞ。どうだ?」



 * * * * * *



「大丈夫でしょうか? もうすぐ日も暮れそうですけど」


 不安そうにトンネルの方を見つめる紗矢子(さやこ)に、陽那はゆっくりと頷く。


「大丈夫だと思いますよ。先程、私が師から預かっている扇が召喚されました。恐らく榛冴さんに呼ばれたのだと思います」

「榛冴が召喚? ……何だかどんどん僕らの世界から遠ざかって行く気がするな」


 陸玖(りく)が溜息交じりに呟くと、亜妃(あき)は陸玖に笑ってみせる。


「どんなに凄い力を持ったとしても、榛冴くんは榛冴くんだよ。あの兄弟と従兄弟たちは、力に溺れたりはしないと思う。何となくだけど」

「そうですね、『下手な事したら采希が怖い』と凱斗さんも仰っていましたよ。あの方たちが道を(たが)えることはないと思います」


 亜妃の言葉に陽那が同意すると、紗矢子が小さく声を上げる。

 釣られるように顔を上げた一同が見上げた夕焼けの空に、新緑の色を反射した龍の姿が見えた。




「お疲れさまでした。すぐ本部に戻られますか?」

「ああ、いや、こぞ……邦武を送ってやりたい」

「……その必要はなさそうですよ。──来ました」


 陽那が嫌そうに表情を歪ませると、耳障りなダミ声が采希の耳に届いた。


「邦くん!! やっぱり異世界に行っていたのね! キャハハ! よくやったわ! しかもきちんと戻ってくるなんて、やっぱり邦くんは光の勢力の勇者だったのよ!」


 叔母の姿を確認した少年の表情が曇る。

 まるで自分が大変な目に遭っていたのを遠くから眺めて楽しんでいるような口調に、不快な気持ちが湧き上がって来た。

 その様子を見ていた采希は、全員に目配せして下がらせた。

 一人になった少年の元に叔母が駆け寄り、肩をがっしりと掴む。


「本当によくやったわ! しかも龍を従えて戻ってくるなんて! これからも光の勢力として、闇の勢力を根絶するために──」

「黙ってくれる?」

「……え?」

「光とか闇の勢力とか、ケイ叔母さんがそう信じるならそれはそれで構わない。だけど、もう僕には真実である事以外、吹き込もうとするのはやめて」

「邦くん……何を言ってるの? 私が言っているのは真実よ! この世には闇の勢力が──」

「それで、闇の勢力とやらに対してケイ叔母さんは何をしたの? 自分は何も成し遂げないのに、ただ騒ぐだけなの?」


 少年と彼の叔母の会話を黙って聞いていた凱斗が、くるりと後ろを向いて小さく吹き出す。


「采希、あの子はもう平気だろ。ちゃんとお前の伝えたい事は分かったみたいだぞ」


 凱斗の言葉に、采希も黙って頷く。

 凱斗たちを連れて、陽那が運転して来た車の傍まで跳ぶと、采希はそのまま意識を失った。




「毎度こいつは……自分の限界値は把握しているだろうに」


 黎のぼやきに、カイと凱斗が同時に頷きを返す。


「黎さん、分かっているからこそ、ぎりぎりまで力を行使しようとしているんだと思うよ」

「そうだな、采希に出し惜しみしたり余力を残そうって気はさらさら無いだろう」

「それでも倒れる前にどうにか(こら)えてもらいたいものだな。心配している周りの気持ちも考えるように言っておくか」


 言っても無駄だろうと、カイも凱斗も思った。

 今回は、凱斗以外の全員に余力はなかった。采希に続いて榛冴が、そして本部に到着するなり琉斗と那岐が意識を失った。


「相当な邪気だったみたいだな」

「うん。錫杖を振るって奴の気を削る度に、ごっそりと身体の気が持って行かれる気がした。結界を保持しつつ、三郎を駆使していた采希はどんだけ負担だったんだろうって思ったよ」

「……それでもお前は平気だったんだな」

「カイさん、それは俺がまだ全力を出し切れていないせいだと思う。炎駒(えんく)のおかげもあるだろうけどね」


 少し申し訳なさそうに苦笑する凱斗の頭に手を乗せ、カイは笑いながら軽く叩いた。


「そこは炎駒の力だろう。あきらの鳳凰に匹敵する神獣だ。──それでも、立ち上がれない程ってのは驚いたけどな。黎、これまであの邪気は一度も感知されていないんだろ?」

「……そうだな。どうやって潜んでいたのやら。他にも存在しない事を祈るか」


 黎のフラグのような台詞に、カイは呆れたように笑う。

 その笑みが凍り付いた。


「カイ?」


 黎が不審そうに問い掛けると、カイは黙って黎の背後を指差した。

 怪訝な顔で振り返った黎も、カイと同様に硬直する。



 そこには、見慣れた姪の姿があった。


 だがその姿が纏う気配は巫女ではなかった。しかも半分透けている。

 大神さまの力を纏って現れた巫女は、涙を流していた。

 両親を同時に亡くしたその日から、決して黎の前では見せなかった涙。

 動けない黎に向かって、先見(さきみ)の巫女は言葉を紡ぐ。


《黎さん、お願いだ。采希を、止めてくれ》


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