第007話 ザックスの反撃
「はぁ……、はぁ……」
白髪の後ろ髪を揺らしながら、ザックスは石橋を駆ける。
早鐘を打つ心臓。大地を揺らす衝撃。翡翠の竜が、壁越しに迫っているのを感じる。ザックスは焦燥を禁じ得なかった。
大きな衝撃に、ザックスの体が一瞬だけ宙に浮く。多少よろめきながらも、背後の大扉から出来る限り遠ざかろうと必死だった。
ザックスが橋の中腹まで差し掛かった頃。背後から轟音が鳴った。石の雨が降り注ぎ、ザックスは橋へと打ちつけられる。
「――――っ!」
突っ伏して丸くなるザックス。苦悶の表情を浮かべながらも頭をかばって、なんとか石の雨をやり過ごした。石雨が止むと、背後から轟雷のごとき雄叫びが天を貫く。
大扉を突き破った巨大な竜頭が、鎌首をもたげながらザックスを見下ろしていた。
「あのでけぇ扉を頭突きでぶち抜いたってのか? くそったれ……っ!」
翡翠竜は唸り声を上げながら、首を振る。その様は、扉から突き出した首が引き抜けずにもがいているように見えた。
「はん、この間抜けっ! 格好の標的じゃねぇか」
好機。ザックスは起き上がって腰に携えたガン・ソードを引き抜いた。
指ぬきグローブをはめた手でグリップをしっかりと握る。ガン・ソードを脇に挟み込み、大きな銃口を竜の方へと向けた。
「今度はとっておきをお見舞いしてやるぜ。覚悟しなっ!」
ザックスはほくそ笑み、銃身の下部から空になった魔力莢を取り外す。それを石畳に投げつけると、腰につけたポーチから替えの魔力莢を取り出した。舐めるような動作で素早く装填する。
グリップを脇にはさみながら、手をトリガー部分へと移した。額にかけたゴーグルをおろし、銃口を竜の額へと向け狙いを定める。
「くたばりやがれぇぇぇぇっ!」
ザックスがグリップを引く。銃口へ魔力が集まり紫色に輝きだした。先ほどより、多くのエネルギーを注ぎ込んだ。一回り大きな紫の光は、竜の額へ向けて一直線に駆けだした。
翡翠竜の瞳が光球を視認するのとほぼ同時。飛び出したエネルギー弾は爆音と共に、紫色の粒子を飛び散らしながら爆ぜた。
「なん、だと……?」
ザックスの渾身の一撃は、中空で紫色の光鱗をちらつかせて消えていく。対する竜は、引いてダメならとその巨体を大扉へ押し当てて壁を破壊。翡翠色の全身をあらわにした。
圧倒的な存在。人類の叡智を集めて作られた武器をもってさえ傷ひとつ付けられず、堅牢な大扉をもってしても防げないその行軍。竜こそが、この世界の覇者たる所以だった。
『ところで、ザックス。よもや間違うことはねぇと思うが、緑色の竜はもう一種類いる。そいつは翡翠竜といって、長い首と尾を持ち、四足で歩く巨大な竜だ。額に生える二本の角は、市場で高い値がついていてな、良い稼ぎになる。だが、鉄壁の魔力障壁を繰るそいつは、一筋縄では倒せねぇ。まだお前には荷が重い相手だろうから、もし出会っても絶対に手を出すなよ。警戒心が非常に強い翡翠竜は、こちらが手出ししなけりゃ、絶対に襲ってこない。やれない相手じゃあないが、狩るにはそれなりの準備が必要だ』
「……おせぇよ、クソハゲ」
今さら思い出したビゴットの言葉。ザックスの口から悪態がついて出る。
「なーんか、おかしいと思ってたんだよな。翼竜っていう割には四足で走るし、魔力が無いっていう割には魔力障壁が飛び出してくる。アレがこいつ自身の仕業だっていうんなら、ここも沼地なんかじゃねぇよな、きっと」
ザックスはようやく合点がいき、自分が見当違いなところへたどり着いてしまった事に気が付いた。
「しかしまぁ、ここまで来ちまえば大丈夫だろう。あいつの図体じゃあ、どうやったってこの橋は渡れねぇだろうし」
森と遺跡を繋ぐこの大橋は、人間が渡るために作られたもの。せいぜい人が往来できる程度の広さと頑強さがあるくらいで、竜が渡ることなど不可能だった。
ザックスは翡翠竜に見切りをつけると、対岸へ向けて足を踏み出した。
「ガアァァァ!」
だがしかし。こともあろうに、翡翠竜は橋の上に強く前足を踏み出した。
竜の足元から盛大に亀裂が走ると、石橋は端から崩れ始めた。
「あんの馬鹿野郎! 何てことしやがる!」