第056話 密かなる思い
日もすっかり落ちた。
ずっと寝ころんで空を眺めていたザックスが、ふいに立ち上がる。
その時、木々の間に通るけもの道から、何者かがやってくるのが見えた。
「ネルビスか?」
月明りに照らされた仏頂面が、ザックスを睨みつけていた。
ネルビスは歩く速度を緩めることなく、まっすぐに向かって来た。
そして、ザックスの前に立つ。
「ザックス。実は、お前に聞きたいことがある」
「なんだよ、改まって」
ネルビスは真剣なまなざしのまま、口を開いた。
「率直に問う。お前は、竜人か?」
ザックスはドキリとした。
「なんだ、それ?」
「竜人とは、竜でありながら人間でもあるという、幻の存在だ。そんな者は未だ確認されていないが、噂か伝承か……まことしやかに囁かれている幻想生物の類だ」
ネルビスはザックスをまっすぐに見据えながら言う。
ザックスはネルビスから目を逸らして呟いた。
「いや、知らねぇな」
「嘘が下手だな。それに、証拠と言える物もある。先日、お前もドラゴン・アイを見せてもらっただろう」
ネルビスが腰に手をやって、姿勢を崩しながら言った。
「ドラゴン・アイは、やはりお前の存在を写している。竜の鼓動にしか反応しない竜神の目は、やはりお前を竜だと認識しているのだ」
ネルビスの言葉を受けて、ザックスは戸惑いを隠せなかった。
すでに、素性がバレていた。
そのことにザックスは酷く動揺していた。
そんなザックスの様子を見て、ネルビスはため息をひとつ吐いた。
「らしくないな。いつものように堂々としていればいいものを。ビゴットに何か吹き込まれたのか?」
ザックスはちらりと視線だけをネルビスに向けて言う。
「仮に、俺が竜人だとしたら、お前はどうするつもりだ?」
ザックスは、ビゴットから聞いていた。
人類は、その存在を脅かす者を排除しようとしている。
人間にとって敵の多いこの世界において、種が生き残るために外敵を排除しようとするのは仕方のないことだった。
ネルビス自身も、このことは重々承知している。
重い口を開き、ネルビスはザックスに告げる。
「お前が、俺たちの敵ならば……ここで斬らねばならん」
そう言ってネルビスは、腰に下げた鞘に手をかけた。
ザックスも、反射的に腰のガン・ソードに手を添える。
そのまま、しばらく沈黙が続いた。
互いに見合ったまま、静寂だけが二人を包み込んでいた。
ふと、ネルビスは鞘から手を離す。
「だが、俺には……お前が人間の敵であるとは思えん」
ネルビスの態度を見て取り、ザックスもガン・ソードから手を離した。
「もしかして、あの胡散臭そうな奴に何か言われてんのか?」
「胡散臭そうな奴……ダンクルーザーだな。それもあるが、強大な暴力から人々を守るのが俺の務めだ。お前が人間社会に紛れて何かを企んでいるのであれば、俺はそれを阻止しなければならない」
ネルビスは罰の悪そうな面持ちで、ザックスから目を逸らした。
続けてネルビスは言う。
「だから、お前が我らの敵かどうかを確かめねばならんのだ。言えることがあれば、話して欲しい。同じ竜追い人だ。敵でないなら、お前の企みに協力することもやぶさかではない」
珍しく覇気の無いネルビス。
そんな彼の様子を見て、ザックスは口をへの字に曲げて答えた。
「相変わらず、変な言い回しするよな。なんだよ、俺のおふくろ探しに協力してくれるって話か?」
「お前が味方であるならな」
「少なくとも、そこらで生活してる奴を取って食ったりしねぇよ。そんなの、見りゃあ分かんだろ」
「ならば、なぜ竜人であることを隠そうとする?」
ネルビスの問いかけに、ザックスは頭をポリポリと掻いた。
「別に。お前みたいな奴に警戒されると面倒だから、黙ってるように親父から言われたんだよ。誰だって、腹の中が見えねぇ奴と一緒にいても、何か気に食わねぇだろ」
「ふん。その考えには同意する。まあ一応、その回答で納得してやろう」
「なんで上から目線なんだよ」
互いに言葉を交わしながら、いつもの調子が戻ってきたことに安堵している二人だった。
「もうひとつ聞きたい。お前の目的は何だ?」
「だから、おふくろを探すことだよ」
「違う、人間でないお前が、人間社会に紛れ込む目的だ」
これはビゴットの契約のことだ。
さすがに、そのことまで話す義理はないと、ザックスは理解している。
「別に、俺だってもともと人間だったんだ。人間と一緒に生活して悪いかよ」
「まさか、人間だったのか?」
ザックスの何気ない一言に、ネルビスは驚いた。
そして、考え込むように呟く。
「竜人が元は人間だと……そんな話、聞いたことがない」
ネルビスの様子を見て、ザックスは両腕を頭の後ろに組んだ。
「んなこと言われても。そうだってんだから、しょうがねぇだろ」
「ならば、お前はどういう経緯で竜人になったというのだ?」
「捨てられてたんだとよ。それを、聖竜が拾って育ててくれたんだとさ。それがきっかけで、いつの間にか竜の能力を引き継いじまったらしいんだ。俺は、あんまりそのことは覚えてないんだけどな」
「竜が、人を、育てる、だと?」
ネルビスは愕然としていた。
にわかには信じられない話であった。
ネルビスの態度に、ザックスは苦笑いで答える。
「まあ、信じられねぇよな」
ネルビスは軽くめまいを覚えつつ、質問を続けた。
「百歩譲って、それが事実としよう。なぜ、聖竜はお前を拾い、育てたのだ?」
「知らねぇよ、そんなこと。気まぐれじゃねぇの?」
ザックスは能天気に返す。
ネルビスは呆れ果てて何も言えなかった。
頭を抱えて、ネルビスは気持ちを落ち着けるためひとつ深呼吸をする。
そこで、ひとつあることを思い出した。
「待て。こんな伝説がある。竜追い人という職業は、もともと竜乗りという英雄たちに端を発しているらしい。竜を操り、竜と戦った。それが竜乗りだ。それが由来となって、現在のドラゴンレースが開催されているのだという」
「それがどうしたってんだよ?」
「大昔、竜乗りは四体の竜を操り、竜に対抗した。その伝説から、人類はこの四体の竜を益竜とし、四条竜として崇めるようになったというのだ。そこでもし、竜乗りが竜人であり、竜人と四条竜に何らかの繋がりがあるのだとしたなら……お前の話にも整合性がとれる」
「つまり、どういうことだ?」
「お前は四条竜に選ばれた人類の英雄だ、ということだ。そうか、お前みたいなのが……」
「なんだよ、俺じゃ悪いってのかよ」
「この話は妄想にすぎんが……とりあえず、お前が敵でなさそうなことは信じられそうだ」
「何なんだよ、さっきから……」
ザックスも頭を抱える。
「だが、この件はダンクルーザーには黙っていた方がよいだろうな……」
「なんだ、てっきりすぐ親分に報告するのかと思ってたぜ」
「本来ならば、そうするのが筋だ。しかし、あの男に知られると、それこそ厄介なことになりかねん」
「どういうことだ?」
ネルビスはザックスに背を向ける。
「我々も、一枚岩ではないということだ。お前のような特殊な存在を利用しようと考える輩は多い。特に、あの男には気を付けろ。じゃあな」
ネルビスはそれだけ言い残して去って行った。
「何なんだよ、ったく……」
ネルビスの態度から何となく後ろ暗いものを感じながら、ザックスはネルビスの背中を眺めていた。




