第052話 捜索と依頼
ネルビスを先頭にして、ザックスとマーブルの三人は酒場『ドラグーン』の扉をくぐった。
席をとり、マーブルはさっそく三人分のエールを注文する。
飲み物が卓に置かれると、ネルビスが口を開いた。
「では、今回の依頼内容について説明しよう。昨日、ディストリアより応援要請が来た。エヴァブ火山に火竜『アラネーア』が出没したそうだ。ところで、ザックス。先日の食事会で紹介した協会長のことは覚えているか?」
「ああ。あの片レンズをかけた胡散臭そうな奴だろ」
ザックスがダンクルーザーの印象を話すと、ネルビスは額に手をあてて渋い顔をする。
マーブルは隣で苦笑いをしていた。
「……まあ、覚えているならいい。それで、竜の動向は協会長であるダンクルーザーが掴んでいたそうだ。今回の件については、いずれ話が来るだろうと予測していたらしい。あの場で直々に登録の話を勧めてきたのは、優秀な竜追い人を少しでも多く確保しておきたいという狙いもあったのだろう」
ザックスがネルビスの話を聞き、「ほーん、なるほどな」と呟いた。
納得したように相槌を打つザックスを尻目に、マーブルがネルビスに質問する。
「火竜『アラネーア』と言えば、狂暴さで有名な竜ですわよね? 出没が確認されたら避難令が出されるって」
「そうだ。ランクはA。狩猟対象となる竜の中で、最も危険度の高い竜だ。俺も、奴が巣の移動を開始していたことは聞いていたが、エヴァブ火山に住み着くとはな。あそこの近くにはドニカ村がある。ドニカ村の奴隷たちにはすぐに避難を始めさせたそうだ」
「ドニカ村!」
突然、ザックスが立ち上がる。
「どうした、ザックス?」
急に立ち上がったザックスを見て、ネルビスが驚いた。
事情を知るマーブルが、テーブルの上で手を開きながらネルビスに説明する。
「ネルビスさん。どうやら、ザックスの産みの親がドニカ村出身らしいのですわ。実は、これから私たちはザックスのお母さまを探しに、ディストリアへ向かおうと考えていたところですの」
事情を聞くと、ネルビスは静かに頷いた。
「そうか……。そう言えばお前は、ビゴットと血が繋がっていなかったんだったな」
「お前、馬車での話を聞いてたのかよ」
「聞こえる程度の声量で話してたのでな。それでお前のルーツを探すために、ディストリアへ訪れる予定だったか。ドニカ村か、なるほどな」
何かを納得したような態度のネルビス。
ザックスは座り直して、ネルビスに尋ねた。
「その様子だと、お前も何か知ってんのか?」
「いやなに、ドニカ村の奴隷同士で子を成すことは少なくないからな。しかし、立場的に子供を育てられない者達もいると聞く。養子に出している場合もあるそうだから、お前がそうだったという可能性は想定できることだ。まさか、ビゴットが引き取って育てていたことには驚きではあるが」
「いや、えっとぉ……」
勝手に納得したネルビスに、ザックスは何と切り返したものかと困惑する。
ザックスには、ビゴットから話の内容は秘密にしておくようにと念を押されていた。
というのも、ザックスのように竜の血を継いだ特殊な存在は、人類に強く警戒されている現実があった。そのため、無用な混乱を招かないよう、しばらくは黙っておいた方が良いと助言を受けていたのだった。
うろたえるザックスを見かねて、マーブルがフォローを入れる。
「ザックスは親の顔もよく分かっていないようですの。ですから、養子に出されたというよりは、捨て子だった可能性が高いですわ」
「ふむ、捨て子か。ドニカ村がディストリアへ吸収されてから、捨て子の報告は激減しているそうだが。顔も覚えてないとなるとそれ以前の頃だろう。その当時の村の状況を考えると、あり得るか……」
「あー、うん、まあ。そんな感じだ」
どうにかそれらしく纏まり、ザックスは適当に相槌をうった。
その様子を見て、ネルビスは逡巡する。
「なるほど。俺は任務のついでになるからあまり力になれないかも知れないが、出来ることがあれば手伝ってやろう。協会の連中になら顔が利く。もしかしたら、何か聞き出すことができるかもしれない。どうせ、ディストリアには数日滞在することになるだろうからな」
「おう、ありがとな。ってか、今回の依頼ってそんなに時間がかかるのか?」
ザックスが、脱線した話を戻そうとネルビスに質問を投げかけた。
「うむ、話を戻そう。まず、ターゲットの巣が非常に厄介な場所だ。火竜は火山の中に住む。当然ながら我々人間が立ち入れる場所ではない。そこで、火竜が巣から出てこない事にはこちらから何も手出しが出来んというわけだ」
「おいおい、マグマに耐えるってのかよ」
「その通りだ。図体は翡翠竜より一回り小さいくらいだが、それでも十Mはくだらん。その体は岩石のように固く、高温にも耐える。大きな胴体に六本の脚と二本の首を持つのだが――そうだな、容姿だけで例えるなら、巨大な蜘蛛のような竜だ。鋭利な爪は岩石をも砕く。口からは灼熱の炎を吐き、あたり一面を焼き払う。ひとたび暴れ出されると、まさに手に負えない相手だ」
ザックスは、「マジかよ」と一言呟く。
テーブルに肘をつき、ネルビスの顔を覗き込むように前に乗り出した。
「そんな奴が徘徊してんのかよ。倒せんのか?」
ザックスにしては珍しく、やや弱気な発言だった。
これに対して、ネルビスは頭を横に振って答える。
「残念ながら、火竜『アラネーア』を討伐できた人間は歴史的にも一人しかおらん。今回の依頼も、恐らく生死問わず――すなわち、追い払うだけで構わない形になるだろう。作戦内容はまだ分からないが、まず人海戦術になると想像している。同盟国のミリタリアからも応援が来るだろう。ディストリア内でも竜追い人を募っているに違いない」
「結構やばい依頼じゃねぇか……本当に災害級だな」
「そうだ。正直、この仕事をいきなりお前に振る方がどうかしていると思うが……ダンクルーザーは、よっぽどお前に期待しているのだろう。辞めるなら今のうちだが、どうする?」
ネルビスは腕を組み、ちらりとザックスを見やる。
ザックスは、右拳を左手の平にぱしんと当てて、やえ歯をむき出し笑った。
「いや、やるぜ。たぶん、その討伐した人間って親父だろうしな。親父に出来るんなら、俺にも出来るはずだぜ」
「いや、討伐記録が残っているのは、およそ二百年も前の話だから、別人なんだが……。まあ、やる気があるというなら構わん」
言って、ネルビスが目を伏せてふっと笑う。
わずかに弱気な態度を見せたザックスにネルビスは心配を覚えていたのだったが、内心で「杞憂だったな」と喜んでいた。
二人の様子を見て、マーブルがまとめに入った。
「それでは、ディストリアへ向けて出立の準備をしましょう。わたくしも、久しぶりに外の国へ行きたいですわ」
「そうだな。集合場所はどうするんだ?」
「正門でよいだろう。馬車の手配はこちらで済ませておく。明後日には出立できると思う」
「じゃあ、明後日の朝に正門前に集合だな!」
「うむ」
「では、話がまとまったところで。乾杯しましょう?」
マーブルがエールの入ったグラスを持ち上げる。
マーブルの号令で、ザックスとネルビスもグラスを持ち上げた。
そして、三人は軽くグラスを合わせた。




