第050話 のどかな朝
翌朝。ビゴットは日の出とともに起き、リビングを背に壁向きキッチンで朝食の準備をしていた。
そこへ、コンコンとドアを叩く音が響く。
ビゴットは、リビングと直につながった玄関口に目を向け、手を止めた。
「あいよ、ちょっと待っててくれ」
声をあげて返事をするビゴット。
包丁を置き、近くに垂らした布で手をぬぐう。
ビゴットがのしのしと玄関へ向かいドアを開けると、そこにはマーブルが立っていた。
「おはようございます、ビゴットさん」
「おう、マーブルか」
「朝早くからごめんなさい。その、ザックスの体調はいかがですの?」
マーブルが上目遣いでおずおずと尋ねる。
ビゴットはふぅと息をひとつ吐いて答えた。
「心配かけてすまねぇな。あいつなら、もう大丈夫そうだ。そのうち起きてくると思うぜ。今から飯にするんだが、食べていくか?」
「そう、それは良かったですわ。それじゃ、お言葉に甘えてお邪魔させていただきますわ」
「お、いい匂いだな。今朝はコルンスープか」
マーブルとビゴットが話をしていると、ザックスが鼻をひくつかせながら階段から降りてきた。
噂をすればとマーブルが、ザックスへ手を振って挨拶をする。
「おはようございます、ザックス。ご機嫌はいかがかしら?」
「おう、マーブルじゃねぇか。おかげさまでこの調子だぜ」
ザックスは腕を持ち上げて力こぶをつくって見せた。
ザックスの元気そうな様子に、マーブルは安堵の息をもらす。
「体力が戻ったようで良かったですわ」
「さて、ザックスも起きたことだ。みんなで飯にするか」
ビゴットが、マーブルをリビングへと促し、三人は食卓を囲んだ。
◇ ◇ ◇
「ん~、甘くて美味しいですわ」
マーブルがスプーンを片手に頬へ手をあて、舌鼓を打つ。
その様子を眺めながら、対面に座るビゴットがスプーンを上に向けて自慢げに話を始めた。
「コルンは便利だな。生なら甘くてうまい。余ったら乾燥させて粉末にしとけば、保存も効く。こねて焼けば主食になる」
「コルンブレッドは俺も好きだぜ。口の中に広がるあの香りが良いんだ」
マーブルの隣に座るザックスが会話に混ざる。
和気あいあいと話すふたりの様子を、マーブルは朗らかな笑みを浮かべて眺めていた。
「こうしてみると、面白いものですわね。『竜殺し』と言われ、たくさんの竜を討伐してきたビゴットさんが、今じゃ家庭的な主夫なんてやっているんですもの」
ふと、そんな言葉を発したマーブルに、ビゴットは頭を撫でて答える。
「そうだな。まったく、運命って奴は不思議なもんだぜ」
「あら、ビゴットさんの口から『運命』なんて言葉が出てくるなんて。意外ですわ」
「そうか?」
不思議そうな顔をするビゴット。
そこへザックスが、スプーンを皿に放り投げて言う。
「たしかに。親父、諦めの悪さは筋金入りだしな。『運命』とか決まった未来なんてクソくらえって感じだったろ。親父、歳とったんじゃねぇか?」
「まぁ、そうかもな。ドラガリア男性の平均寿命は五十くらいって言うしな」
「おいおい、ほんとらしくねぇな。どうしちまったんだ?」
「おめぇが言ったんだろ、ザックス」
ザックスとビゴットのやり取りに、マーブルがふふっと声を漏らした。
のどかな朝の時間が過ぎていった。
朝食を食べ終え、マーブルとザックスは一緒にドラガリアの街に繰り出した。
街へ向かう道中のこと。
ザックスとマーブルは二人で森の開けた道を歩いていた。
「そうだ、マーブル。俺、竜追い人の登録をすることにしたんだ」
「あら、やっと決心がついたのね」
「ああ。そんで、ディストリアに行くことに決めたんだ」
ザックスが手の平を見つめ、強く握る。
決意を覗かせる横顔を見つめながら、マーブルは青い瞳をザックスに向けて疑問を投げかけた。
「ディストリアに? どうしてまた」
「そこに行けば、俺のおふくろについて何か分かるかも知れねぇって聞いてよ。マーブルには、俺と親父の血が繋がってないことは話したよな」
「ええ、お聞きしましたわ。ザックスのお母さまは、ディストリア出身なんですの?」
「いや、その近くにあるドニカ村出身の可能性が高いってよ」
「ドニカ村? たしか、奴隷たちの村ですわよね」
「え、そうなのか?」
ザックスが驚き、目を丸くする。
構わずマーブルは続けた。
「ええ。七年くらい前かしら。ディストリアが侵略し、植民地に変えたそうですわ。住んでいた村人たちは奴隷としてそのまま村の労働力とされ、一部の人たちはディストリアの施設に入れられているそうですの。施設に入れられた者は、値がつけば奴隷として売られているとお聞きしていますわ」
「ちょっと待て。それじゃあ、俺のおふくろは今じゃ奴隷だっていうのか?」
「うーん、それは分かりませんわ。でも、その可能性は十分にありますわね」
「それじゃあ、急いで助けねぇと!」
マーブルの話を聞き、ザックスの顔に焦りの色が浮かんだ。
それに対し、マーブルはきょとんとして小首をかしげた。
「奴隷と言っても、待遇はいいですわよ。結局、保護が目的ですし。村の重鎮と折り合いがつかなかったために侵略した形にはなりましたけれど、村人は国の援助と仕事も与えられて、生活に困らなくなったそうですわ。施設に入れられた人たちは村の悪習で犠牲になった方々で、お金に余裕のある人たちの元へ引き取られるのを待っているのだそうですわ。その間は国が面倒を見ていて、継続的な治療と支援を受けられているんですって」
マーブルの解説を受けてザックスは胸をなでおろすと、安堵の息をこぼした。
「なんだよ、紛らわしいな」
「だから、急ぐ必要はないと思いますわ。でも、すでに誰かに引き取られている可能性もありますから、なかなか探すのは大変そうですわ。お名前や容姿はご存じでして?」
「いや、実はそれ以外、何も手がかりがねぇんだ」
「それは困りましたわね……」
歩きながら話をしているうちに、ザックスとマーブルの二人はドラガリアに到着する。
「とりあえず、竜追い人の登録を済ませに行くか」
「ええ。会員証が発行されるまでの間に、人探しの作戦を練っておきましょう」
「そうだな」




