第005話 竜との遭遇
「お、水の音が聞こえるぞ! こっちか?」
ザックスが森を適当に進んでいると、水の流れ落ちる音が耳に届いた。
水の音を頼りにザックスは草木をかき分け突き進む。そのうちに、地面は土から加工された石へ変化していった。
「これ、ただ埋め込まれただけの岩じゃなさそうだな。たぶん、人間の技術で研磨された石だ……」
ザックスが新たに発見した道は舗装されているものの、長いあいだ放置されていたものと見受けられる。合間からは雑草が顔を出し、好き好きに伸びあがっていた。ザックスが石畳を頼りに進んでいると、水音はどんどん大きくなっていく。そのまま森を抜けると、そこには絶景が広がっていた。
「おお! こりゃあ、見事なもんだぜ……」
ザックスの口から思わず感嘆の声が漏れた。
視界には一本の長い石橋が伸びている。脇には壮大な滝が飛沫を上げていた。
ザックスは橋下をのぞいてみたが、霧に包まれていて底がまるで見えない。
「なるほどな。ここが、親父の言ってたワイバーンの住処ってやつ、か?」
ビゴットが言う“沼”とは程遠い景観である。がしかし、ザックスにとって“沼”は水のあるところという認識でしかなかった。
「さて。それじゃあ、いっちょ頑張りますか!」
ザックスは軽く伸びをし、ストレッチを始めた。気合と共に、橋の向こうにある大扉へと臨む。
石橋は古く、その質感は歴史を感じさせる。それでいて幾年経っても崩れることのない頑丈な作りで、橋脚も未だ欠けることなく健在である。ザックスは石畳を踏みしめながら、この渓美観と匠の技に感嘆を漏らした。
滝音に囲まれながら歩みを進めていたザックスは、扉の前ではたと足を止める。
「すげぇな、こりゃあ……」
ザックスが大扉を見上げる。圧倒的な存在感。
重厚で荘厳な大扉は、およそ十階建ての住居ほどの高さである。
「とてもじゃねぇけど、こんなもんどうやって開けんだよ……おっ?」
扉の前で辺りを見回してみる。大扉の脇にそびえる石壁。そこに通用口が見えた。扉は腐り落ちて無くなっていた。
ザックスは通用口から大扉の向こう側へ顔を覗かせる。そこには崩れた石垣、手つかずで伸び伸びと育った樹林など。自然のまま放置された空間が広がっていた。扉から奥へ向け、一本の石畳が続いている。やや湿気もあり、仄かにすっぱい臭いも漂っていた。
「ここは、遺跡か何かじゃねぇかな……?」
ここに来てようやく、ザックスは“沼”に来たわけではない事を感じ始めた。
自然に任せきりとなった“遺跡”へ足を踏み入れる。辺りを見回すと、ザックスはそこいらに転がる瓦礫に気が付いて僅かに眉根を寄せた。
「この瓦礫、食われてるな……あっちもだ」
あちこちに寝転がる石には、かじり取られたような痕。試しにひと齧りしてみたような。けして小さくないその傷痕は、大型の動物によるものとあたりがつく。不可解な現場をしげしげと眺めつつ、ザックスは歩を進めていった。
石壁の内側は思いのほか広大だった。舗装はあるものの、大部分は地肌が露出しており、あちこちで芽吹いた樹木によって盛り返されてしまっている。ところどころに点在する瓦礫は、大きな牙で噛み砕かれたものと、強い衝撃によって破壊されたものがある。何か、とてつもなく巨大な生物が徘徊していることは間違いなさそうだ。
そうザックスは見当をつけ、緊張した面持ちで注意深く敷地内を練り歩いていた。
ふいに、獣の唸り声のような重低音が聞こえた。
「あっちか……?」
生物の息吹を敏感に察知したザックスは、石畳の先を睨みつける。左右に鎮座する樹木が腕を広げて欠伸をしているその先。ひときわ背の高く大きな建物が顔をのぞかせていた。
ザックスは警戒しながら、ゆっくりと建物へ近づいていった。樹木のひざ元まで来て、脇下から建物を窺う。一棟の太った建物が物憂げに佇んでいた。元は神殿だった建物は屋根ごと側面が抉り取られている。こうして未だに建っているのが不思議だった。
「グルルルル……」
「っ!」
静まり返ったこの空間に、小さな重低音が鳴り響いた。
反射的に腰のガン・ソードへ手が伸びる。
ザックスが黙して睨みつける視線の終点。そこには、竜の首が横たわっていた。
神殿は、いまや竜の寝床としてその役目を担っていた。
「暗くて見づれぇけど……あいつが、今回のターゲットだな?」
ぼんやり遠くから見るは、緑の鱗をびっしり敷き詰めた竜の顔。頭から伸びる琥珀色の双角。瞳は閉じられており、巨大な体を丸めて蹲っている。なるほど、先ほどの重低音は寝息だったのだ。
『ワイバーンは主に沼地で群れて行動する。が、ガン・ソードは沼地じゃ不利だ。理由は土地柄なもんだが、テメェの頭じゃ理解できねぇだろうから後回しだ。とりあえず、ターゲットをおびき寄せて沼地から引き離せ。そして、確実に一匹ずつ仕留めるのがワイバーン狩りのコツだ』
ビゴットの言葉が脳裏をよぎった。